今日のお題【静寂】
雨の音だけが聞こえた。
そこは、静寂の世界だった。
どちらが言い出したのだろう。
夜のお寺に行こう、と。
すっかり雨だった。
昼間は保った天気も、夕方には雨模様になっていた。
ホテルの窓から見えた京の街は、灰色に染まっている。
雨が降ると、雪のときは特に、街に色が無くなる。
通勤電車の窓に流れる景色は、全てモノクロとなる。
早回しの白黒の映画を、ずっと見せられる感覚。
天気のいい日は、屋根や看板や木々の緑の鮮やかさを見せつけられるのに、
雨の日は、なぜその威力がなくなるのか、いつも不思議に思っていた。
それは、古都京都でも、変わらないようだ。
「そろそろ行こうか。」
声を掛けられて、旅行鞄から出しておいた傘を手に取った。
彼の後ろを歩く。
ホテルから出たときは、もう辺りはすっかり暗くなっていた。
傘にあたる雨の音を聞きながら、話しもせずに歩く。
静かだった。
まだそんなに遅くないというのに、すれ違う人はほとんどいない。
傘にあたる雨の音。
地面に跳ね返る雨の音。
彼と私が歩く音。
お寺に着いたときも、誰にも会わなかった。
夜の、ましてや雨のときに外に出る観光客はいないのかもしれない。
ホテルで寛ぐ時間帯でもあったから。
靴を脱いで、廊下を進む。
彼の後ろを歩く。
夜のお寺は、昼間とはかなり違う雰囲気だった。
部屋の隅が薄暗い。
そこまでは灯りが届いてないようだ。
外からは、相変わらず雨の音がしている。
ふと窓の外を見ると、濡れた緑が雨に打たれて揺れた。
彼が足を止めた所は、枯山水の庭だった。
足が、自然に止まる。
ライトに照らされた庭から、目が離せなかった。
彼がゆっくり歩いて、端までくると、ふいに庭の方を向いて座った。
少し驚いたが、他に誰も来る気配がなかったので、私も彼の横に座った。
静かだった。
雨の音だけが聞こえる。
周りの木々を打つ雨音。
砂にあたって染みこむ雨粒の音。
屋根を打って、弾ける雫の音。
そこは静寂の世界だった。
雫がライトに照らされて、きらきらと光って落ちていく。
邪魔をしないように、静寂を楽しむ。
やがて、若いカップルが、廊下を進んできて、急に開けた庭の縁側の端に立った。
しばらく二人で庭を眺めたあと、彼と私のようにその場に座った。
そして、やはり静寂の邪魔をしないように、黙って庭を見ていた。
そろそろ行こうかと、彼と頷きあったとき、次のカップルがやってきた。
彼らと私達を見ると、やはり同じように座って、何も話さず、静寂を楽しみ始めた。
その二組の若者を見て、彼と私は顔を見合わせて微笑んだ。