今日のお題【白い顔】
ぷっくりと形良く閉じられた瞼の縁を、黒く長いまつげが隙間なく縁取っている。
暗がりに白い顔がぽうと光る。髪が暗闇に溶け込んで、顔だけが白く浮かんでいるようだ。漆黒の髪。白い顔を包んでいる。
白い美しい顔から、右横に目を転じると、閉じかけた襖の向こうに、青い空が見えていた。和の窓の額縁に夏の風景が飾られているようだ。
青い空には白い入道雲が浮かび、その下には空の色を映した海が広がっている。太陽の光が水面で煌めいていた。
「何を、ご覧になっていらっしゃるのですか。」
静かだが凛とした声に目を移すと、伏せられていた瞼が開いて、髪と同じ漆黒の瞳がこちらを見ていた。ゆっくりと開いた襖に目を移すと、同じような速度でゆっくりと白い顔を私の視線の方向に向ける。長く黒い髪がさらりと肩に落ちた。
「ああ、夏を見ていらっしゃったのですね。」
ちりん、と風鈴が鳴る。和の窓には、鉄製だろうか、金属の風鈴が澄んだ音を奏でていた。
先程見たときには気が付かなかった。風鈴の短冊が、空と同じ青だったからだろうか。
ちりん
また、風鈴が音を奏でる。
「美しい音ですね。」
うっとりと白い顔が言う。
その美しい横顔を見詰めて、ふと、あなたの方が、と言いかけて止めた。
閉じた方の和窓の向こう側には、煤けた簾がかかっている。もう少し麦色の方が、あの絵には似合うのにと思う。
突然雷鳴が聞こえて、海の煌めきが消えた。入道雲が形を変えてこちらに迫ってくるようだ。
もう少ししたら、あの絵も形を変えるのだろう。
「夕立がきそうです。」
勝色の浴衣の裾を払って、さらりと立ち上がる。白い裸の足が目の前を横切り、襖を大きく開こうとしたその腕を私はそっと掴んだ。
ゆっくりと振り返った白い顔に、
「もう少しこのままで。」
と、囁いた。白い顔は長いまつげをふせ、少し微笑むと、はい、と応えて、私の手をそっと握った。