今日のお題【うさぎ】
空は、こんなに広かったんだ。
うさぎは思った。
今まで生きてきた森を出て、広がる草原の端っこで、うさぎは思わず立ち上がった。
空は、こんなに広かったんだ。
いつも見ていた空は、とても小さかった。
重なる木々の葉の隙間から見える小さな空。
自分より背の高い草の間から見える小さな小さな空。
うさぎはふいに駆け出した。
遥か彼方、前方に見える森を目指して。
草原の草は短く、うさぎの姿を隠してはくれない。
うさぎは駆けた。
全速力で、草の上を駆けていった。
前も、こんな風に走ったような気がする。
うさぎは思った。
必死で、全速力で走って、そして。
うさぎは、突然横に跳んだ。
黒い大きな物が、今までうさぎのいた場所に爪をたてた。
失敗したと悟った途端、そいつは飛び立とうとした。
低く飛んで、再びうさぎを攻撃するつもりだ。
うさぎは、飛んで行こうとするそれに向かって、両方の後ろ足を蹴り出した。
力強く。思い切り。目一杯の力を込めて。
ぎゃっ!
そいつは、もんどり打って落下した。
後ろ足に、何かが当たった感触が残っている。
うさぎは、振り返りもせず、眼前の森に向かって走った。
森に入る寸前で、急に草の丈が高くなった。
自分の姿が十分隠れるとわかると、うさぎはやっと後ろを振り返った。
翼を広げて、必死に飛ぼうとする鳥が見える。
後ろ足が当たったのは、翼の付け根だったらしい。
草の隙間から、うさぎはじっと見ていた。
そうだ、前も、あいつにやられたんだ。
一度だけじゃない。
何度も何度も。
やっと、一矢報いることができた。
必死に飛び立とうとするそいつを、うさぎはじっと見ていた。
そいつの後ろから四つ足の何かが来るのが見えた。
きつねは、そいつをいきなり咥えると、
鳴き声を張り上げ、暴れるそいつを、ものともせず、
戦利品とばかりに持ち去った。
うさぎは、じっと見ていた。
そいつときつねの姿が見えなくなると、うさぎは、ひとつ大きなため息をついた。
これでやっと、先に進める。
もう、『ここ』には来なくていいんだ。
また、空は小さくなったけど、これでこの生をまっとうできれば、それでいい。
うさぎは、踵を返し、森の中へと消えていった。