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今日のお題  作者: 炎華
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今日のお題【記憶】


 月が青い夜だった。

清々しいほどの凍った空気が、その青さに透明度を増していた。


 「もうすぐ雪になるよ。」


 そいつはぼそりと呟いた。

そんなわけないだろう。

こんなにはっきり月が出てるのに。

そう言おうとしたら、目の前を何かがはらりと通り過ぎた。

空を見上げると、凍った粒が、はらはらと舞い落ちてきた。


 何でわかった。

「何でって・・」

そいつは一つ小さく溜息をつくと、

「本当に忘れちゃうんだね。」

と、悲しそうに呟いた。

「僕のことも忘れちゃったんだよね。」


 お前のことなんか知らない。

どこのどいつかわからない奴に、そんなことを言われたくはない。


 俺の機嫌を気にすることなく、そいつは話し出した。

 「あなたは、ずっとここにいるんだ。

同じ場所、同じ時間に、ずっと留まっているんだ。」

 そいつは、悲しそうに俺を見た。

「僕が、もうすぐ雪になるよ、と言うと、何でわかったっていつも言うんだ。」


 それが何だって言うんだ。

お前、言ってることがかなりおかしいぞ。

俺がずっとここにいるって?

同じ時間に留まっているって?

そんなことがあるはずがないじゃないか。

俺は、ここでちょっと休んでるだけだ。

女房と息子のために、働いて働いて、ずっと働き詰めで、

少し、ほんの少し疲れたんだ。

だから、少しだけ休もうと、この公園のベンチに座ったんだ。


 月が綺麗だったから。

まん丸で、青くて、ぞっとするくらい透明で。


 そういえば、お前、俺の息子にちょっと似てるわ。

息子がお前くらいの歳になったら、そんな感じになるんじゃないか。


・・・

なんだか、ずっと、あいつと息子に会ってないような気がする。

もう、ずっとずっと。

いや、そんなはずはない。

今朝、そう!今朝だ。いってらっしゃいって、送られて家を出たんだ。

二人とも、玄関で手を振ってた。

 でも、なんだ?この、違和感は。

仕事が終わって、俺はとっても疲れてた。

少し休みたかった。

だから、この公園のベンチを見たとき、

座って、休んで行こうと思った。

こんな疲れた顔を、二人に見せたくなかった。


 公園の中は、すごく明るかった。

そりゃそうだ。

満月だからな。

ああ、明るいなぁ、青くて綺麗だなぁと、思ったんだ。


 それから、どうしたんだっけ?

もう帰らなくちゃと、思って、立ち上がった?

いや、立ち上がった記憶はない。

 どのくらい、俺はこうしていたんだ。

両足を投げ出して、ベンチの背もたれに両肘を乗せて。


 「あなたは、ずっと『そこ』にいましたよ、お父さん。」

俺の心を読んだように、そいつが言った。

俺は声の主を見る。

ゆっくりした動作で、首だけをそちらに向けて。


 「朝になっても帰って来ないあなたを、母は捜しに行くと言いました。

あの頃は、携帯もスマホもありませんでしたからね。

僕も、一緒に行くと言って、母と家を出ました。」

 そいつは少し微笑むと、小さく溜息をついてから、軽く息を吸った。


 「雪が積もってました。

夜のうちに降ったんでしょうね。

ざくざくと音を立てて雪を踏んで、母とこの公園まで来ました。」

 そっと目を伏せて、少しの間、黙り込む。

そして、思い出したように再び話し始める。


 「あなたは、そのベンチに座ってた。

ベンチの背もたれに、今のように両肘を乗せて、

足を投げ出して、上を見上げた格好で。」


 そいつの声は震えていた。

「幸せそうに微笑んでましたよ。

母は、半狂乱になってあなたを揺すって呼び続けました。

でももう、あなたは。」


 そいつは黙って目を伏せた。

「もう、あのときのことは思い出したくはないんです。」


 「お前、俺の息子、なのか。」

その悲しそうな顔を見ながら、最初に出た言葉がそれだった。

もっと言いいたいことは沢山あるのに。

「大きく、なったな、

もう、すっかり大人じゃないか。

俺の知ってる息子は、まだ小学生で、生意気で、でも、大切で。」

 俺の声も震えていた。

雪は微かに降り続き、息子の頭が薄ら白くなっている。

俺は立ち上がって、その雪を払ってやった。

息子は、ゆっくり目を上げ俺を見た。

 「俺はあの日死んだんだな。

やっと、思い出したよ。」

「お父さん。」

息子の目から涙が零れた。

「馬鹿。泣く奴があるか。」

俺の目からも涙が零れそうになったが、

それを気取られないように、息子の頭をちょっと乱暴に撫でた。

「本当に大きくなった。

俺より背が高いじゃないか。

あいつは、母さんはどうしてる?元気にしてるか?」

 息子はちょっと戸惑った顔をしたが、

「うん、元気だよ。」

と、頷いた。

 もしかして、俺が死んだ後に、再婚でもしたのだろうか。

そうだとしても、仕方が無い。

あいつが幸せなら、死んだ俺がどうこういうことではない。


 ただ、寂しい。どても寂しい。

あいつの笑顔を思い出すだけで、胸がこんなに苦しい。

あの朝、息子と一緒に手を振って笑ってくれた。

「いってらっしゃい。」

俺に向かって言った言葉。


 「もう、聞けないんだな。」

ぼそりと呟く。

「え?何を?」

不思議そうな顔で、息子が言う。

「いや、何でも無い。」

いいんだ。こいつが来てくれただけでも。

大きくなった姿を見せてくれただけでも。


・・・・


 なぜ、息子はここにいるんだ。

俺は死んだ。

死んでも、ここにいた。

ここはどこだ。

現世じゃないのか。

あの、公園じゃないのか。

なんで、お前は此処にいるんだ。


 「なんで、お前は此処にいるんだ。」

俺は息子の両肩を掴んだ。

「なんでお前は此処にいるんだ!」

 息子は俺の目を見ると、やっぱり少し笑った。

「俺も死んでるから。」


 雪が少し強くなった気がする。

俺の腕は息子の肩から滑り落ち、やっとの思いでその二の腕を掴んだ。

「どうして。」

掠れた声で、誰にともなく言う。

息子の冷たい手が、俺の手に重なった。

「事故だよ。バイクの事故。こんな雪の夜だった。

マンホールの蓋で滑ったんだ。」

俺は息子を見た。

「運が悪かったんだ。気がついたときには、もう遅くて、避けられなかった。」

自嘲的に息子が笑う。


 「死んで、あなたが迎えに来てくれると思ってたのに、

あなたは全然来なかった。

あっちに逝って初めてあなたが此処にずっといることを知ったんだ。」

息子は、俺の腕を掴んで笑う。

 「だから、迎えに来た。

やっと僕が息子だってわかってくれたから、あっちに連れて行ける。

長かったなあ、お父さん、全然信じてくれないんだもん。

お母さんは心配ない。新しい家庭があるから。

寂しいけど、しょうがないよ。

お父さんも、お母さんが幸せな方がいいでしょう?」

 一気に言って、息子は再び嬉しそうに笑う。


 俺は大きな溜息をついた。

いつの間にか雪は止んで、青いまん丸の月が空にはあった。

早く、こっちにこいと言うように、光っている。


 俺は大きく深呼吸をして、

 「いくか。」

と言った。

「うん。」」

息子は太陽のように笑って頷いた。





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