今日のお題【花火】
仕事帰りの電車で、紺色の浴衣姿の女の子を見かけた。
「そうか、今日は花火大会だった。」
心の中で呟く。
花火が終わる時間より、だいぶ早く帰れるようになったから、
花火大会の人混みに辟易することもなくなった。
ドアが開いて、また二人、浴衣姿の女の子達が、笑いながら入って来た。
ドアの脇に陣取って、お喋りを始める。
「もう、いい所はないかな。」
「立っててもいいじゃん!」
「そうだね。」
と、言って笑い合う。
これから見る花火が楽しいのか、
浴衣を着て、友達とこうして一緒にいられるのが楽しいのか。
どちらもだろう。
頭の上から降ってくるお喋りを聞きながら、思う。
幼い頃、毎年花火大会に連れて行ってくれた人がいた。
海の上に打ち上げられる花火は、とても綺麗で、とてもわくわくした。
その人に連れて行ってもらうのが、楽しみだった。
従妹と一緒に、花火を見るのが嬉しかった。
母の都合で、花火大会の日までに、『そこ』に行けないときがあった。
年に一度の楽しみだったから、幼心に酷くがっかりだったことを覚えている。
従妹達は、今頃楽しんでいるのだろうと思うと、
とても悲しくて、悔しかった。
そして、私がいなくても、誰も何も思わないんだろうと思うと、
とても寂しかった。
気が付くと、電車は花火大会を開催する駅に着いていた。
ドン!と、花火の音が響く。
「ああ!音がしてる!」
「急ごう!」
浴衣の二人が、もどかしそうに小走りで出て行った。
「転ぶなよ。」
その姿が微笑ましくて、心の中で呟く。
その駅でだいぶ人が減ったが、
最初から乗っている浴衣の女の子は、変わらずそこにいた。
ドアの脇に立って、じっと外を見ている。
「ここの花火じゃないんだ。」
彼女はずっと、一人だった。
その間、誰も彼女の横に立つ者はいなかった。
「同じ駅か。」
私の降りる駅でも、今日は花火大会のはずだ。
駅に着くと、浴衣の女の子は、ゆっくり移動して、ドアの前に立った。
「やっぱりね。」
ホームに降りると、きょろきょろ辺りを見回している。
そして、降りた人々の後について歩き出す。
ドン!パパパパパ!
近くで花火の音が聞こえる。
音は近いけど、会場はもっとずっと先だ。
彼女は足を止めずに、音のする方を見て、花の姿を捜していた。
「残念ながら、ここからは見えないのね。
デッキに上がれば見えるけど。」
彼女の後ろを歩きながら思う。
エスカレーターを上がり、改札を出ると、
今度は迷わず左に曲がった。
相変わらず、私は彼女の後ろを歩いていた。
いや、ストーカーしたいわけではなく、バス停が同じ方向だからしょうがない。
背中の手まりや桜の模様を観賞しながら、彼女の後についていく。
デッキに近付くと、花火の音は大きくなって、
その姿も見えるはず、だが、デッキの手すりは、沢山の人で埋もれていた。
「見える、だろうけど、ビルに隠れて全部は見えないよね。」
それでも、いいのだろうと、思ったとき、
前を行く浴衣が走り出した。
彼女の目指す方向を見ると、
一人の男の子が花壇の脇のベンチから立ち上がって、軽く手を挙げた。
彼女が彼の前に到着すると、彼は嬉しそうに笑った。
彼の口が、動いて何かを言ったようだったが、
花火の音に消されて、私には聞こえなかった。
「綺麗だね。」
「似合うね。」
「可愛いね。」
頭の中で、彼の言葉を補って、私はバス停に向かった。
大きく弾ける火の華が、無言の音と共にバスの窓一杯に広がった。
あの二人も、どこかでこれを見てるのだろう。
そう思うと、自然に口元が緩んだ。
バスが大きく右に曲がると、花火の音だけが微かに聞こえた。
ような気がした。




