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今日のお題  作者: 炎華
16/21

今日のお題【縁側】

 大きな道を、やっとの思いで渡って、

山へ続く小さな道に入った。

 大きな道は、車が多くて、バスなんかも走ってて、

何度も渡り掛けて失敗して引き返してを繰り返して、

ようやくこちら側へ渡れた。

 それに比べ、今歩いている道は、車一台がぎりぎり通れる位の広さで、

両脇から、私の背の何十倍もの高さの草が道に向かって生えていた。

 アスファルトで舗装された道は、昼間の熱気でまだ暑かった。

こんな細い道でも、砂利や土でできてはいなかった。

足の裏が焼け、体も顔も、熱の反射ですごく暑い。


・・・ちりん


と、音がして、私は足を止めた。

 風鈴。

今、ようやく一筋の風が、短冊を揺らしたようだ。


・・・ちりん


 再び風鈴が音を奏でた。

惹かれるようにそちらに足が向かう。

鉄の柵をくぐると、小さな庭があって、風鈴の下には縁側があった。

 縁側には、人が座っていた。

足を投げ出して、少しぶらぶらと揺らしていた。

何も履いてはいなかった。

体の斜め後ろに両手をついて、すぐそこの庭を囲む縁を見ている。

 音をたてずに、縁側に上り、その人の横に座った。

髪が背中の半分まで伸びていて、どうやら女性のようだった。

私が横に来たことがわかったはずなのに、

その人は、かわらず足をぶらぶらして、目の位置もちょっとも動かない。

 私はその人を見ていた。

そうすることが今できる最善のことのように。

黒い髪、白い顔、瞼の上で揺れる前髪、半袖のシャツ、七分丈のズボン。

 ゆらゆら ゆらゆら


 どれくらい経っただろう。

その人は、私をちらりと見ると、立ち上がって家の中に入ってしまった。

取り残された私は、とてもがっかりした。

ただ、ここに、この空間に、一緒にいてくれた人が、

いなくなってしまったことが、とても寂しかった。

 かまってくれたわけでもない。

笑ってくれたわけでもない。

頭を撫でてくれたわけでもない。

それでも、ただ寂しかった。


 辺りは、だいぶ暗くなっていた。

西の空が濃い蒼に変わって、暗い赤が所々混ざった色になった。

 行く所は、ない。

帰る所もない。

 これからどうすればいいんだろう。

その人が見ていた庭の縁に目を移したとき、

窓が開いて、人が出てきた。

縁側に、ことりと音をたてて皿を置く。

皿の中には、鰹節。

 「お食べ。」

初めて聞くその人の声は、風鈴と同じように澄んでいた。

にゃーと鳴いて、私は皿の中身に口をつけた。

久しぶりの食べ物だった。

食事を摂ったのは、どのくらい前だったろう。

夢中で食べた鰹節が、とても美味しかった。

 皿を全て舐め終わって、顔をあげると、優しい目があった。

さっきまで、あんなに無表情だったのに。

私の頭に手を伸ばし、ゆっくり撫でる。

人間に撫でられたことはなかったので、

こんなに気持ちのいいものなのかと、初めて知った。

 「こんなにガリガリになって。」

その人は、私を抱き上げると、膝に乗せた。

そして、私の背中を撫で始めた。

私は、その気持ちよさに、喉を鳴らした。

人の傍って、こんなに優しくて、安心できるんだと、初めて知った。


 空は真っ黒になっていた。

ただ、星が光っていたから、真っ暗ではなかった。

満天の星、とはいかないが、十分美しかった。

 「風鈴が鳴ったから、縁側に出てたんだ。」

その人は、私の背を撫でながら、ゆっくりと澄んだ声で話す。

「君が来るのは、わかってたよ。」

背を撫でる手は、優しいままだった。

「こんなにガリガリでふらふらだったら、あの通りは渡れなかったよね。」


 私はゆっくり顔を上げ、その人を見た。

困ったような笑顔がそこにはあった。

顔を上げたときと同じように、ゆっくり目を閉じた。


・・・そうか。私は死んだのか。

そこの大きな道で、車に轢かれて。


 「痛くは、なかったよね。あっという間だったから。」

私の頭から背中にかけて、

そっとそれでも力強く撫でる手のひらが、とても心地よかった。


 その人は、私を両手で抱きかかえると、立ち上がった。

「そろそろ、逝こうか。」

そう言い終わった途端、ふわっと浮いた感じがした。

「今回は特別だよ。君がとても頑張ったから。ボクが連れて行ってあげる。」

白い翼を広げると、その人は私にウィンクをした。

最初の無表情は、なんだったんだろうと思えるほど、

その人は明るい笑顔を、宙に向けた。

 優しく力強い両腕から少し乗りだして、下を見ると、

今まで座っていた縁側が小さくなっていた。

もっともっと小さくなって、やがて夜の闇に紛れて見えなくなった。


 

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