今日のお題【雪 その1】
ああ、寒い。
枯れた落ち葉の上に、年老いた猫が横になっていた。
もう、起き上がれない。
目を、開ける力もでない。
沢山の既に葉の落ちた裸の木々が、猫の周りに広がっていた。
地面は落ち葉が消えて、土が剥き出しになっているところもある。
カサカサと、渇いた音をたてて、老描の上で枝が揺れた。
遠くで、烏の鳴き声が聞こえてきた。
その声に怯えて、老描は少しだけ目を開いた。
辺りに、動く物は見えない。
生きている物の気配は、何も感じられなかい。
自分を覆う木々でさえ、息を潜め、長い眠りについているようだった。
ゆか、今頃どうしているだろう。
老猫は、ゆっくり目を閉じた。
気付かれないように、家を出てきたけれど。
その家の縁側が好きだった。
柔らかく当たるおひさま。
優しく吹き抜ける風。
とてものどかで、幸せな時だった。
そこからは、彼の大好きな家族の音がよく聞こえていた。
姿が見えなくても、何をしているのかがよくわかった。
ゆかは、近頃できた彼氏とスマホという機械で、話をしている。
お父さんは、テレビを観ながら、新聞を読んでいる。ニュースを読む声と新聞をめくる音が聞こえている。時々、
「えへん。」
と、咳払いをする。娘が彼氏と長話をしているのが、気に食わないのだろう。
お母さんは、食事の支度をしている。いい匂いがして、かちゃかちゃいう食器の音が聞こえている。
ゆかに圧力をかけるのを止めるようにと、静かだが鋭い一言で、
「お父さん。」
冷たい物が鼻先に当たり、はっと目を開ける。
その瞬間、猫の幸せな空間は消えていった。
小さくため息をついて、猫は視線を上げた。
既に葉の落ちた黒い枝が、無数に重なりあっている。
その小さな隙間から厚い灰色の雲で覆われた空が見えた。
雪、だ。
灰色の空に点々と黒っぽい粒がふわふわと舞い、
目の前に落ちて、剥き出しの黒い地面に溶けていった。
次々と落ちてきて、そのまま地面と同化する雪の粒を、
老猫はぼんやり見ていた。
体にも、顔にも、小さな雪の粒が落ちるのを、もう感じないようだ。
このまま、眠るように逝ければいい。
魂の無くなったこの体を、隠してくれればいい。
悲しくはなかった。
ずっと幸せだったから。
大好きな家族の傍にいられたから。
そっと目を閉じる。
ただ、今、傍に誰もいないことが、少し寂しかった。
「やっぱり、ここだった。」
声がした。
とても聴きたくて、そして聴きたくなかった声。
-ゆか。
大きなくりっとした黒い目が、老猫の顔を覗き込んでいた。
「みゅう。捜したよ。」
「みゅう。」
老猫は絞り出すような声で鳴いた。




