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彼女は人生を謳歌する

作者: イヌネコ

葉山美紗。


それが愛くるしい笑顔を見せる彼女の名前だ。


身長は160センチくらいだろうか。体重については知らない。健康的なその体は細すぎず、もちろん太くもない。


ほんのり茶色掛かった長めの黒髪。クリッとした目。緩やかな曲線を描くまつげ。やや控えめな鼻。少し大きな口。相対的には可愛い顔に分類されるだろう。


彼女はいつも元気で前向きだ。あらゆる事を楽しみ、よく笑う。親しみやすい性格で友達も多い。


彼女は泣いたりするのだろうか。だとしたら、その顔はどんなだろう。


そんな事を考えながら、俺は葉山の笑顔を見ていた。








普通の高校に通う、普通の高校1年生。


それが俺、中川秀人だ。


名字も普通、名前も普通。身長は170センチで、中肉中背。体格も普通。体力も運動神経も普通だと思う。


でも、そんな普通の俺には普通じゃない所もある。


友達が居ない。性格がひねくれている。世の中に対して冷めている。高1にもなるのに初恋を知らない・・・などなど。






少し時間を遡ろう。






5月初旬、休日のある日。俺は街中にいた。世間的にはゴールデンウィークと呼ばれる休日だ。ゴールデンな週だが俺の気分はブルーだった。


人が多い。それが、俺がブルーな気分になっていた一因だ。


あちらこちらに家族連れや恋人たちの姿が見える。もちろん1人で歩いている人もいる。かくいう俺もそんな1人だ。


俺には一緒に休日を楽しむような友達は居ないし、家族で出掛けるような面倒な事もしない。今、周りにいる家族連れや恋人たちは楽しそうにしているが、そんな光景を見ても俺は1人でいる事に対して疎外感や劣等感などはなんら感じない。それが俺という人間だ。


ではなぜ俺はブルーなのか。答えは、人混みが苦手だからだ。人が煩わしいのだ。


人混みにいても疎外感や劣等感は全く感じないが、行き交う人々を避けて動線を確保しないとイケないのはメンドくさい。また、目の前をダラダラと歩いているカップルにイライラしたりもする。


〈そこをどけ。道を空けろ〉と。


別にイチャイチャを見せつけられて腹が立っている訳ではない。本当だ、単に邪魔なのだ。


休日の街中なんかに居たくは無い。出来る事ならば自分の部屋でゲームでもしていたい、オフラインの。でも、この日はそうはいかなかった。


緊急ミッションが発動されたのだ。






「掃除機、買ってきて」


そう言ってきたのは母親だ。高1の息子にそんな事を頼むなんて普通じゃないと思う。


掃除機はそれなりの金額がする。下手な物を買ってしまったら大変だ。性能、大きさ、重さ、価格、使いやすさ・・・ それらを吟味して購入するべきだ。そう、使用者本人が。俺の家における掃除機の使用者は、おもに母親だ。だから母親が自分で買いに行くべきだ。


・・・というような案を俺は母親に提示した。


「アタシ、今から出掛けないとイケないのよ」


俺の提案を聞き、母親が言った。


「だったら親父に頼めばイイだろ?」


俺はすかさず代案を提示した。今日は休日なので父親は家にいる。


「お父さんと出掛けるのよ」


母親は俺の代案を一瞬で始末した。


「2人で出掛けるなら、車を出すんだろ? じゃあ2人で買いに・・・」


食い下がる俺を母親が一蹴する。


「イヤよ。今からデートに行くのに、なんで掃除機なんて買いに行かないとイケないの?」


俺の両親はとても仲がイイ。結婚してからもう20年以上も経っているのに、いまだに休日になるとたまにデートをしている。


その仲の良さは見ていてイヤになるくらいだ。だってそうだろ? 両親のイチャイチャを見せつけられるなんて、子供にとったら罰ゲームでしかない。しかも俺は思春期の真っ只中で、両親はハッキリ言ってイチャイチャどころかラブラブである。完全に罰ゲームだ。


「だったら、里奈に頼めよ」


里奈とは、中川里奈の事。つまり俺の妹だ。


「中学生に掃除機なんて、買いに行かせられないわよ」


うん、だろうな。俺もそう思う。


俺は自らの最後の提案が、何の意味も持たない事を分かっていた。分かった上で提案した。休日に街中に出掛けたくなかったから、己の為に妹を犠牲にしようとした。






そうして俺は街中にいる訳だ。


俺の家の最寄りの駅から3駅。それなりに発展したこの場所には、大きな家電量販店がある。ビッグなビックがある。俺はそこに向かっていた。


人混みをジグザグに歩き、家電量販店を目指す。すると、


「アハハッ! マジうける!」


と、バカでかい声が聞こえた。いや、実際にはその声はバカでかくはなかった。その声が発せられた場所が俺から近かっただけなのだ。


俺は声が発せられたであろう方向に顔を向けた。すると3メートルほど先に2人の女子高校生がいた。今日は休日だからその2人はもちろん制服など着てはいない。しかし俺にはその2人が高校生だと、すぐに分かった。他でもない、俺のクラスメイトだったのだ。


俺は自分の存在を認識されまいと、すぐさま顔を正面に向けてスタスタと早足で目的地を目指した。別に認識された所で、何も起こらないだろう。話しかけてくる事など無いはずだ。クラスメイトではあるが、仲がイイ訳ではないのだから。でも、何が起こるかは分からない。それが人生というモノだ。不要なトラブルは避けるに越した事はない。


存在するかどうかも分からないトラブルを未然に避けて、俺はビックの前にたどり着いた。






「変なのじゃなかったら、何でもイイから」


俺の母親の最後の言葉だ。〈最後の言葉〉なんて言うと遺言のように聞こえるが、そうではない。俺が家を出る前に耳にした母親の最後の言葉という事だ。


掃除機購入ミッションを与えられて金を渡された俺は、


「どんな掃除機を買ってくればイイんだ?」


と聞いた。その言葉に対して放たれたのが、さきほどの言葉だ。


〈変なの〉って、なに? 変な掃除機なんて売ってないだろ?


・・・と、自分の母親の適当さに呆れながら、俺は無言で家を出た。






(さて、ここからが勝負だな)


俺は使命感に燃えていた。自分で使う事はほとんど無いであろう掃除機。しかし、より良い物を手に入れたい。損をしたくない。そんなありふれた欲求が俺を突き動かす。


(多くの掃除機の中から、ベストな掃除機を選び出す!)


俺はやる気に満ちていた。世の中に対して冷めている俺ではあるが、変な所で燃える性分だ。静かに闘志をみなぎらせていると、その時・・・


カシャッ!


・・・と、スマホのシャッター音が聞こえた。その音の方向に視線を向けると、スマホを持った女のコが立っていた。その持ち方とさっきの音から察するに、彼女は俺の写真を撮ったようだ。おいおい、盗撮だぞ?


「あっ! ゴメン!」


彼女は俺に謝り、こちらに駆け寄ってきた。彼女の顔には見覚えが有る。


クラスメイトの葉山美紗だ。


「ゴメン、ゴメン! ホントにゴメンね!」


「・・・・・・・」


「勝手に撮っちゃってゴメン!」


俺はさっきトラブルを回避した。2人のクラスメイトを華麗にスルーした。しかし、ここにも別のクラスメイトがいた。そして、よりによって俺に話しかけてきた。あぁ、メンドくさい。


「でもでも、仕方ないんだよ! こんなにイイ写真、そうそう撮れないから!」


・・・と、葉山が自分のスマホの画面を俺に見せる。


そこには、ニヤリと笑いながら右手でガッツポーズをしている俺の姿が写っていた。


(え? なにこれ? なんで俺、ガッツポーズしてるんだ?)


無意識だった。使命感に燃える俺は無意識の内にガッツポーズをしていたのだ。


「ゴメン、ホントにホントにゴメン!」


葉山は俺に謝り続けている。自分のスマホをカバンにしまってベコペコと頭を下げている。


「いや、それより・・・ 消した?」


当然の疑問である。すでに葉山はスマホをしまっているが、画像を消した素振りは確認できなかったのだ。


「・・・え? 消さないとダメ?」


当たり前だろ! なに考えてんだ、お前は!? 盗撮した画像を保存するなど、もっての他だ!


・・・と、わめき散らしたい気持ちを抑えて俺は言った。


「うん。消して」


「なんで!? 見たでしょ? あんなにイイ写真、消せないよ」


(・・・何がイイんだ? 不適な笑みを浮かべてガッツポーズしてる男子高校生の写真の、どこがイイんだ?)


というか、葉山は俺の事を分かっているのだろうか? クラスメイトだと認識しているのだろうか? 初対面の人間だと思ってそんな事を言っているのなら、かなりヤバいぞ。


「とりあえず消して。それとも警察に行く?」


盗撮とはいえ、あの程度の写真を撮った所でどのくらいの罪になるのかは分からないが、脅し文句にはなるだろう。


「うぅ~~~・・・ 分かったよ」


葉山はそう答えると、カバンからスマホを取り出して操作を始めた。スマホの画面を俺に見せずにポチポチやっている。


(あれ? もしかして・・・ 分かってないのか?)


「・・・はい、消したよ」


スマホから俺の顔へと視線を移した葉山が言った。


「え? 消す瞬間を俺に見せないと」


俺がそう言うと、葉山はキョトンとした顔をする。


「なんで?」


「だって本当に消したかどうか、分からないだろ?」


葉山はスマホの画面を俺に対して一瞬たりとも見せずにポチポチしていた。だから本当に消したかどうか、俺には分からない。彼女の〈消した〉という言葉がウソである可能性も無くはないのだ。


「消したよ?」


「だけど俺が分からないだろ?」


「・・・?」


葉山はさっきからずっとキョトンとした顔をしている。俺の言っている事が理解できていないようだ。


(なんで分からないんだよ! バカなのか?)


俺はグッとこらえて葉山に言う。


「・・・じゃあ、確認させて」


「なにを?」


「スマホに保存してある画像を全部見せてくれる?」


「ムリムリムリムリ!」


頭がどこかに飛んでいくんじゃないかと心配になるくらいに、首を左右に振る葉山。肩甲骨のあたりまで伸びている髪が振り乱されるたびに、俺の鼻腔がくすぐられる。


あぁ、イイ香りがする・・・ っじゃなくて! 気を取り直して俺は言う。


「ほら、そうなるだろ? だから消すところを俺に見せないと」


「なるほど!」


ようやく理解した葉山だが、問題はまだ解決していない。


「じゃあ、見せて」


俺は葉山を逃がすつもりは無い。


「へ?」


唖然とする葉山。


「さっきのは盗撮なんだよ? 画像が残ってないかを確認する権利が、俺には有ると思うけど?」


「ムリ! ムリだよ! 見られたくない画像とか有るし!」


(・・・一体、どんな画像を保存してるんだ?)


気になる・・・ しかし、そんな理由で確認するのではない! 俺は自分の画像が残っていないかを確認するだけだ! うん、そうだ! エッチな画像とか、そういうのが有ったらイイな、なんて事は俺は全く全然思ってない!・・・と自分に言い聞かせていると、


「誰にも見せないから! 許して、中川くん!」


と、葉山が言ってきた。


・・・分かっていたのか、俺の事を。


俺は少し驚いた。今日の今日まで、葉山と会話をした記憶が俺には無い。クラスメイトとはいえ、葉山が俺の事を知っていたのが少し意外だった。


ん? それより・・・ 〈誰にも見せない〉だと? だったら消していないのか? じゃあ、さっきまでのは演技だったのか? クソッ! してやられた!


それはそうと気になる事がある。俺は葉山に聞いた。


「なんで消したくないの?」


「さっき言ったでしょ? あんなにイイの、なかなか撮れないよ?」


(だから、何がイイんだよ・・・)


「あ! 代わりにワタシの写真を撮ってイイから!」


そう言うと、葉山はポーズを取った。


左手を握りしめて親指を立て、右手は腰の横の辺りに当てている。そして顔を俺に対して少し斜めに向けて、右目でウインクまでした。


おい、なんでノリノリなんだよ? 犯罪者の癖に。お前は盗撮をしたんだぞ? っていうか、さりげなくスマホをしまうなよ。


「は? そんなの代わりにならないから。消して」


俺は呆れ顔で言った。お前の写真なんて要らないよ。まぁ、裸の写真なら要るけど。


「ヤダ!」


ポーズを取ったままの葉山が即答した。


(この(あま)・・・ どうしてやろうか・・・)


怒りがフツフツと湧いてきた俺は、とうとう強硬手段に出る。


「じゃあ、警察に行こうか」


「えぇ!? ・・・分かったよ、それだったら・・・」


そう言いながらポーズを解く葉山。


ようやく観念したか・・・ 国家権力さまさまだ。そんな事を思いながら、俺は葉山に念を押す。


「ちゃんと消すところを見せ・・・」


「へ? だから、消さないよ?」


意外な言葉が返ってきた。


「え? でも・・・ 〈分かった〉って・・・」


「うん! 警察に行くよ!」


葉山は、今度は右手の親指を立てた。


「・・・・・・・」


俺は絶句した。


(ダメだ、コイツ・・・)


そして、諦めた。


「はぁ・・・ もうイイよ、誰にも見せないでくれよ?」


結局、観念したのは俺の方だった。


「え? イイの?」


ただでさえ丸い目をさらに丸くする葉山。


「あぁ・・・ 俺、今から用事が有るし・・・」


「なになに?」


「掃除機を買わないと」


「掃除機!? 掃除機を買いに行くの!?」


まぁ、驚くよな・・・ 普通、高校生が買うようなモノじゃないしな。


「ワタシも、ついてってイイ?」


(なんで、そうなる?)


俺は訳が分からずにいた。


「あっ! そうだ、連絡しないと!」


そう言うと葉山はスマホを取り出し、イジりだした。


「これで良し! 実は、友達と遊んでたんだ」


(友達? もしかして、さっきの2人か?)


そういえば、葉山とさっきの2人がつるんでいるのを見た事がある。


「じゃあ、行こう! 出発進行!」


葉山は楽しそうだ。俺と違って。






かくして、緊急ミッションは完了した。


いや、まだだ。帰還するまでがミッションだ。気を引き締めないと! 俺は掃除機売り場で強く思った。


「も~、長いよ~。中川くんって優柔不断なの?」


勝手についてきて文句を言う葉山。


「掃除機なんて、即決できないだろ?」


「そうだけど・・・ それにしても遅いよ!」


こんな事を言っている葉山だが、掃除機売り場に着いた当初は・・・


「スゴい、スゴい! いっぱい有るね!」


「わぁ! お試しできるんだって! やってみようよ!」


「なにこれ!? 吸引力、ハンパないんだけど!」


・・・と、ノリノリで掃除機売り場を堪能していた。


(めちゃくちゃ楽しんでたくせに・・・)


いやいや、そんな事よりも・・・ ふと気になった俺は葉山に聞く。


「イイのか? 友達と遊びに来たんだろ?」


「連絡したから大丈夫だよ」


「大丈夫って・・・」


(俺と会ってから結構な時間が経ってると思うんだけど・・・)


友達を放ったらかしにするなんて・・・ 葉山って、案外いい加減なヤツなんだな。・・・なんて事を思っていると、


「それより、甘いモノでも食べない?」


・・・と、葉山が意外な提案をしてきた。






葉山の提案に乗った俺はアイスクリーム屋にいた。


「なんでシングルなの? ワタシのおごりなのに」


葉山が不満そうに言ってくる。何が不満なんだ? 安くついて良かっただろ?


「いや、別に・・・」


そう、別に大した理由など無い。


このアイスクリーム屋では30種類ほどの中からアイスクリームを選ぶ事ができる。1種類ならシングル、2種類ならダブル、3種類ならトリプルとなる。ほら、あのチェーン店だ。


「っていうか、普通トリプルなんて頼むか?」


俺は葉山が持っているアイスクリームに視線を向ける。


「頼むよ? ワタシはだいたいトリプルだよ?」


・・・腹を壊すぞ? 俺なら。


「このあと、どうする?」


「いやいやいや! 友達は!? 放ったらかしかよ?」


コイツ・・・ 友達の事を忘れているのか?


「う~ん・・・ 今日はイイかな? しょっちゅう遊んでるコたちだし、昨日も遊んだから」


(なにそれ? 友達とは一体なんなんだ?)


「で? どうする?」


葉山が再び聞いてくる。


「どうするも、こうするも・・・ 俺、掃除機が有るんだけど? こんなの持って、遊びに行けないだろ?」


「あっ、そっか・・・」


正直、このアイスクリーム屋に来るのも大変だったんだぞ? まぁ・・・ 駅までの通り道ではあるから、どっちみち通るんだけど。


「じゃあ、今日は解散だね」


(〈今日は〉って・・・ 次は無いだろ?)






「さて、お返しも済んだし・・・ これでイイよね?」


アイスクリーム屋を出たところで葉山が言った。


(お返し? 何の事だ?)


俺が不思議そうに葉山の顔を見ていると、彼女は言った。


「ほら、写真のお返し」


(あぁ、なるほど。そういう事か。アイスで俺を買収したのか)


俺は改めて葉山に念を押す。


「絶対に誰にも見せるなよ」


「分かってるって」


葉山はそう答えると、まだ食べ終わっていないアイスクリームを2さじ、口に運んだ。


「葉山・・・ お前って、変なヤツだよな」


「そうかな?」


「あぁ・・・」


「中川くんほどじゃないと思うけどね」


愛くるしい笑顔を見せながら、葉山はそう言った。






「どしたの? ワタシの顔になにか付いてる?」


(しまった! 見すぎたか!?)


葉山の顔を見ながら少し考え込んでいた俺は、慌ててごまかす。


「い、いや! 何でもない!」


「そう?」


なにやら葉山が疑っている。


「そうそう!」


俺は、とにかくごまかす。


「・・・それじゃあ、またね」


「あ、あぁ・・・ またな」


俺は葉山と別れて駅へと向かった。ふぅ・・・ 掃除機が重い。






「なに? これ」


その夜。俺が買ってきた掃除機を見て、母親が吐き捨てるように言った。いや、正確には吐き捨てるような言葉は、掃除機の値段が書かれたレシートを見た時だった。


「・・・なにが?」


俺はやや不満げに母親に言った。


「なんでこんな高いの買ってきたの?」


「予算内だろ?」


「安いのでイイのよ。ムダ遣いしないでよね」


「・・・・・・・」


だったら自分で買いに行けよ! 俺がどんだけ吟味したと思ってんだよ! はあ!? ムダ遣いだと? ババアは親父と2人で、ランチとディナーまで食べて結構な金を使って来たんだろ? 俺と里奈の今日の晩メシは、コンビニ弁当だぞ? なめてんのか、あぁ!?


・・・と、はらわたが煮え繰り返る思いだったが、そんな事は口には出せない。このババアはこの家の最高権力者なのだ。


「まぁまぁ、お母さん。お兄ちゃんはお兄ちゃんなりに頑張ったんだよ」


テレビを見ながら里奈が母親にそう言った。フォローなのか俺の事をバカにしているのかは、よく分からない。


「・・・まぁ、イイわ」


母親の視線が俺に刺さる。その視線は、絶対に〈まぁイイ〉とは思っていなかった。






ゴールデンウィークが明けて、学校が再開した。


だるい、超だるい。普段から学校に行くのはだるいが、連休明けともなると尚更だ。今日の授業は睡眠学習にしよう。俺の学校の教師はみんな優しい。生徒が授業中に寝ていても起こしたりしないのだ。


そうして無事に睡眠学習を終えた俺は、昼メシを食べる為に教室を出る。購買や食堂に行くのではない。いや、俺の学校に食堂は無かったな。


俺は静かにメシを食べる為に、〈昇龍の背中〉に向かおうとして廊下に出た。すると、


「ねぇ、どこ行くの?」


背後から声がした。俺は振り返る。そこには葉山がいた。葉山美紗が俺を呼び止めたのだ。


「メシを食いに」


素っ気なく答える俺。葉山は俺の顔と俺の右手に持たれた弁当の包みを見ると、


「あ、そう・・・」


と言って、教室に戻っていった。


(なんなんだ?)


俺は不思議に思いつつ、〈昇龍の背中〉へと向かった。






昇龍の背中。それは校舎の外階段の事。


外階段とは、校舎の外側に付いている階段で、火災発生時などの非常時に使用される避難用階段だ。つまり平常時は誰も使わない。校舎から外階段に出る為のドアは普段は施錠されていて、校舎の外、つまり地面からしか登れないし、上に登っても行き止まりとなる。


俺は基本的に、ここで昼メシを食べている。


難点は、あくまでも緊急時の避難用なので階段全体が何かで覆われている訳ではなく、雨の日は使いづらい事。また、風をともなっていると雨が吹き込むので完全に使えない。


外階段全体を〈天に昇る龍〉、段になっているギザギザを〈龍の背びれ〉に見立てて、外階段の事を〈昇龍の背中〉と俺は言っている。もちろん心の中だけで。


そう、俺は厨二病なのだ。しかし症状は軽い。もうすぐ治るだろう。


ちなみに、この〈昇龍の背中〉は俺だけが使っている訳ではない。俺と同じくぼっちメシをする生徒や、イチャつきたいカップルがここを利用している。






〈昇龍の背中〉の1番上まで辿り着いた俺。


(よし! 誰もいないな)


今日はついている。3日に1回くらいは誰かが居るのだ。ん? 3日に1回だったら、居ないのが普通か。別についてないな。そんな問答を頭の中でしつつ、この場所のヘビーユーザーである俺は悠々と弁当を食べ始めた。


「こんなトコで食べるの?」


突然の声に、唐揚げを掴もうとしていた俺の箸が止まる。


唐揚げに向けていた視線を少しずらすと、そこには葉山の顔があった。階段の踊り場の所から顔だけを出して覗くように俺を見ている。


(コイツ・・・ つけてきたのか? 足音を消してまで?)


葉山は1度顔を引っ込めると、トテトテと階段を登ってきた。葉山の両手には弁当と思わしきモノが抱えられている。


(おいおい、まさか・・・ 勘弁してくれよ・・・)


俺が不安に思っていると、葉山は座っている俺と目線の高さが同じになる段で足を止めて聞いてきた。


「中川くん。もしかして、いつもここで食べてるの?」


「悪いか?」


「そんな事無いけど・・・」


「俺は静かにメシを食べたいんだ」


「そっか・・・」


葉山は、さらに階段を登ってきて俺の左隣に座る。


(なぜ座る? 人の話を聞いてたのか?)


俺の思いとは裏腹に、自分の弁当の包みを広げる葉山。その様子を横目で見た俺は、観念して再び唐揚げを掴もうとする。


「美味しそうなお弁当だね!」


俺の弁当を見て言う葉山。俺は無視して唐揚げを食べる。


「おかず、交換しよっか?」


葉山の提案を無視して、俺は米を食べる。


「玉子焼き、貰うね」


俺の弁当の玉子焼きに箸を突き刺す葉山。俺は無視してシュウマイに箸を突き刺す。


って、無視できるか!


「お前、なに勝手に突き刺してんだよ!」


俺の弁当は現在、玉子焼きには葉山の箸が、シュウマイには俺の箸が突き刺さっている。なんだこの光景は。


「ワタシ、玉子焼きが好きなんだ~」


笑顔で俺の玉子焼きを強奪する葉山。


(知らん! そんな事は聞いてない!)


俺の玉子焼きの1つは、今や葉山の弁当箱に引っ越ししている。残る玉子焼きは1つだ。


「はい! 玉子焼き」


葉山はそう言うと、元々自分の弁当に入っていた玉子焼きを俺の弁当箱の中に置いた。それにより俺の弁当の玉子焼きが2つに戻った。


(んん? 玉子焼きを取って、玉子焼きを渡してきた?)


玉子焼きのトレード。これに何の意味が? っていうか、葉山は玉子焼きが好きなんだよな? なんで玉子焼きを俺に渡す?


「美味しいね、中川くん()の玉子焼き」


俺が戸惑っている間に、葉山は引っ越したばかりの玉子焼きをたいらげていた。


「ほんのりしょっぱくて、ネギも入ってる。これはゴハンのおかずに最適だね。お醤油を入れてるのかな?」


葉山が食レポを始めた。コイツはグルメレポーターにでもなるつもりか?


まぁ、イイ・・・ 俺も引っ越してきたばかりの玉子焼きを食べようと、シュウマイに突き刺していた箸を抜いて玉子焼きに箸を突き刺す。


「あ! ワタシが作った玉子焼きは結構甘いから、最後に食べてね」


俺はその言葉を聞き、玉子焼きから箸を抜き、再びシュウマイに箸を突き刺す。


(あれ? 今・・・ 〈ワタシが作った〉って言ったか?)


思わぬところで女子の手料理を初めて食べる事になる俺。


いやいや、過去にも調理実習で・・・ いやしかし、あれはみんなで作った料理だし・・・


ちなみに母親の手料理は、女子の手料理には含まれない。女性ではあっても、女子ではないから!


・・・などと考えながら、シュウマイを頬張っていると、


「唐揚げも貰うね」


・・・と言って、俺の唐揚げに箸を突き刺す葉山。


(なにすんじゃ、この(あま)ーーー!)


俺は葉山を睨み付ける。そんな俺に構わず、葉山はヒョイッと唐揚げを奪う。2人目の被害者が出た。誘拐犯は、葉山美紗15歳。いや、16歳になっているのか?


自分の事を強烈に睨み付ける視線に気付いた葉山は、


「怖いな~、分かってるから。はい、好きなの取って」


・・・と言って、自分の弁当を俺に近付ける。


(いや、分かってないから! 俺は唐揚げを取られた事自体を怒ってるんであって、トレードを要求してるんじゃないぞ!)


とはいえ、とはいえである。女子の手作り弁当から好きなモノを選ぶというのは、なかなかに魅力的な行為ではある。俺は誘拐された唐揚げに同情しつつも、何を選ぼうかと思案した。


葉山の手作り弁当のおかずは、焼き鮭、玉子焼き、ブロッコリー、プチトマト、きんぴらゴボウ・・・ 以上。


おい、肉が無いぞ! 唐揚げの代わりになるモノが無いぞ! どうなっているんだ!?


玉子焼きに至っては3つも入っている。すでに1つはトレードに出されていて、誘拐された俺の玉子焼きはもう食べられている。つまり、玉子焼きは元々4つも入っていた事になる。どれだけ玉子焼きが好きなんだ?


いやいや、ともかく今はどれを貰うかだ・・・ しかし、参った。唯一、唐揚げの代わりになりそうなのは焼き鮭だが・・・ 朝、食べたんだよなぁ・・・


だったら、ここは・・・


「玉子焼きでイイか?」


等価交換を諦めた俺は、葉山の好物である玉子焼きを奪う事によって、葉山の精神力を奪う事にした。ハッキリいって、いやがらせである。


「ダメ!」


即答であった。


「いや、好きなのを取ってイイんだろ?」


「玉子焼きは、もうあげたからダメ!」


(う~む、重複はダメか・・・)


たしかに言い分としては分かる。


(だったら・・・)


俺は第2の策を繰り出す。


「白米をくれ」


「え?」


意外な1手に困惑する葉山。


葉山の弁当箱は女子にしては大きめだ。そして、白米の割合も多い。そこで俺は直感した。


葉山は白米が好きだ、と。


だから俺は白米を奪う事によって、葉山の精神力を奪う事にした。そう、これもいやがらせだ。


「えっと・・・ ゴハンでイイの?」


「あぁ、白米がイイ」


「う~ん・・・ それじゃあ、取って」


俺は葉山の弁当から白米をごっそりと奪う。


「えっ!? そんなに!?」


驚愕する葉山。


ガハハッ! おそれおののけ! そして唐揚げを誘拐した罪を後悔しろ! これは罰だ! お前の強欲に対する罰なのだ!


「ちょっと取りすぎじゃないかな?」


葉山が俺をたしなめる。


「唐揚げと交換なら、これくらいだろ?」


俺は葉山の言葉を受け流す。


「そうなのかな? でも・・・ 大丈夫?」


「なにが?」


「だって、ほら・・・」


葉山が俺の弁当に視線を向ける。その視線につられて俺も自分の弁当を見る。


そこには大量の白米があった。


そして、すでに唐揚げとシュウマイを1つずつ食べた過去と、ついさっき唐揚げを1つ奪われた事実と、〈甘いから最後に食べて〉と言われた玉子焼きの存在が、俺の脳裏をよぎった。


(俺の弁当、白米の割合が多すぎる!? ど、どうしよう・・・)


いや、しかし・・・ 白米好きの葉山は、結構な量の白米を失った。俺が与えた精神的ダメージの量を考えれば、これくらいの事・・・


「ありがとね、中川くん」


「・・・え? なにが?」


「今日ワタシのお母さん、寝坊しちゃっておかずをあんまり作れなかったらしいの・・・」


(は? 母親が寝坊?)


どういう事だ!? 葉山が弁当を作ったんじゃないのか? まぁ、葉山の母親も葉山だろうけど・・・ っじゃなくて! 葉山美紗の手作り弁当じゃないのか!?


動揺する俺を気にも留めずに葉山が続ける。


「だから、いつもよりゴハンを多めに入れちゃったって・・・ それでワタシ、どうしようかと思ってたんだ」


ゴーーーーーン・・・


俺の頭の中で鐘が鳴った。除夜の鐘のような響きだった。


自分で作ったという甘い玉子焼き、それにも関わらずほんのりしょっぱい俺ん()の玉子焼きを食べた時の葉山の反応、葉山の弁当のオカズの種類、多めの白米・・・


この時、全てが繋がった。


葉山美紗は玉子焼きだけを作る。それ以外のおかずは母親の担当。しかし今日、葉山の母親は寝坊をした。よっておかずを多くは作れない。とりあえず鮭を焼き始めて、常備菜にしているであろう、きんぴらゴボウを弁当箱に詰める。さらにプチトマトとブロッコリーも。おそらくブロッコリーは自然解凍して食べられる冷凍モノ。焼き上がる鮭と、この後に娘が焼く玉子焼きを詰めても、まだ余白は多い。しかし時間が無い。だから母親は、その余白に白米を詰め込んだ。その後、葉山美紗が玉子焼きを焼いた・・・ そして彼女は白米を食べるのに最適な、ほんのりしょっぱい玉子焼きに喜び、さらに唐揚げも俺から奪った。いつもより多い白米を食べる為に・・・ 葉山美紗は苦しんでいたのだ、白米の呪縛に!


それなのに俺は、多くの白米をトレード要員に選ぶ事で葉山美紗を白米の呪縛から解放した・・・


(クソッ! そういう事か! 葉山は白米好きじゃなかったんだ! 俺の負けだ!)


「あの・・・ どうする? ゴハン、こっちに戻す?」


葉山が俺を憐れみの目で見ている。しかし俺の白米と葉山の白米はすでにドッキングを完了しており、葉山の白米だけを明確に判別する事は不可能に思えた。というか1度奪ったモノを返すなんてできない。それは俺の敗北を葉山に伝えるも同然の行為だ。つまりは俺が葉山に降参をする事となる。こんな女に降参など、したくはない。


「い、いや・・・ 俺、白米が好きだし・・・」


俺は、虚勢を張る事しかできなかった。






翌日の昼。


俺は今日も、〈昇龍の背中〉で弁当を食べている。そして隣には葉山がいる。だから、なんで? 俺は静かにメシを食べたいんだよ?


「昨日、聞き忘れてたけど・・・」


葉山が、おもむろに口を開く。


「玉子焼き、どうだった?」


「甘かった。あれはもう、おやつだな」


俺は素直な感想を述べた。取り繕ったり、ごまかしたり、そんな事をする気は無かった。


「あ~・・・ そっか、やっぱそうだよね」


葉山は落ち込む事も怒る事もなく、予想通りといった感じで俺の感想を受け止めた。


「おやつとしては、美味しかった?」


「うん、まぁ・・・ コーヒーに合うんじゃないか?」


「そっか」


葉山は少し笑みを浮かべた。


〈コーヒーに合う〉というのは、皮肉のつもりで言ったんだが・・・ コーヒーに合う玉子焼きって、どんなのだよ。


それはそうと、俺は葉山に確認しておかなければイケない事が有った。


「・・・あの写真、誰にも見せて無いだろうな?」


「もちろん。見せる訳ないよ」


ニコリと笑って、そう言う葉山。


今日はトレードが行われる事はなく、比較的穏やかに弁当を食べられていた。


その時が訪れるまでは・・・


〈昇龍の背中〉を登ってくる足音が聞こえた。おそらく2人いる。そして・・・


「ん、んん・・・ ダメだよ・・・ 誰か来たら、どうするの?」


「大丈夫だって。こんなトコ、誰も来ないよ」


「ちょっ!? そんなトコ、触らないで」


「イイだろ、ちょっとくらい」


・・・などと、すぐ下から男女の声が聞こえてくる。


その時とは、そう。イチャイチャタイムだ。


(はぁ~・・・ ちゃんと1番上まで登ってきて確認しろよ・・・ 人なら、ここにいるよ?)


いつもなら、カップルのイチャイチャをBGM代わりにして弁当を食べる俺だが、今日はそういう訳にはいかない。葉山がいるからだ。


「ゴホッ、ゴホッ!」


大きく咳払いをする俺。カップルはダッシュで逃げていった。耳に入ってくる足音が心地いい。


俺は黙々と弁当を食べる。


「・・・・・・・」


対して、葉山の手は止まっている。俺はわざわざ葉山の方を見たりはしていない。しかし位置関係により、葉山の手が止まっている事は分かった。


葉山は右利きで、俺の左隣に座っている。俺が視線を自分の弁当に向けると、自然と俺の左目の視界に葉山の右手が入る。だから動いているかどうかはすぐに分かる。


「・・・いつも、あんな事・・・ 有るの?」


「いつもじゃないよ。昨日は無かっただろ?」


俺は自分の弁当から目をそらさずに答えた。


「あ・・・ うん・・・」


葉山の右手はしばらく動かなかった。


(意外だな。性的な事に耐性が無いのか?)


葉山は社交的で、男女問わずに慕われている。だから俺は、葉山はそれなりの経験を積んでいると思っていたし、性的な事にもある程度は耐性が有ると思っていた。でも違うのか?


(まぁ、まだ高1だし・・・ 経験が無くても珍しくは無いか)


・・・と、キスはおろか初恋すら未経験の俺が、なぜか上から目線で葉山の事を分析していた。






その後1週間ほどの間、俺は1人で昼メシを食べた。元の状態に戻ったのだ。時折、手を繋いだ男女が俺の姿を見ては引き返していく事が有った。うん。これも元の状態だ。


〈昇龍の背中〉の1番上には先客がいたりもしたが、そんな時は少し下の場所で食べればイイ。とにかく1人で食べる昼メシは最高だ。心が穏やかになる。






5月も半分が過ぎた。今日は朝から雨だ。別に雨が降るのはイイ。雨が降らないと大変な事になる。雨乞いをしなくてはならなくなる。俺はしないが、神職の人達がするだろう。


しかし、昼休みに降るのは勘弁して欲しい。〈昇龍の背中〉が使えなくなる。俺は雨乞いの儀式はしないが、雨除けの儀式はする。授業中、目を閉じて意識を無くす。そうして天の神へと願いを届けるのだ。そう、ただ寝るだけだ。果報は寝て待て、と言うからな。


昼休み。俺は教室の窓越しに外を見る。雨はまだ降っている。というか、強くなっていないか? 風も吹いているよな?


仕方が無いので、俺は・・・ 〈封じられし部屋〉へと向かう事を決意する。


「今日はどうするの?」


イスから立ち上がろうとしていた俺に、葉山が話し掛けてきた。


(おいおい、どうした? なんで話し掛けてくる?)


俺と葉山は街中で会って以降、挨拶を交わす程度の仲にはなっていた。しかし普段、話をする事は無い。昼メシを2度一緒に食べただけだ。そして葉山はイチャイチャタイムに遭遇してからは、〈昇龍の背中〉に来なくなっていた。


なのに何故、話し掛けてきた? どういうつもりだ?


「外階段は濡れてるよね?」


葉山は窓の方を向きながら言った。


さて、どうする? 〈昇龍の背中〉の存在は、葉山にバレてしまった。この上、〈封じられし部屋〉までバレるのはマズい。


「今日は教室で食べたら?」


葉山が俺の顔を見て言う。


(その選択肢は、俺には無い)


俺は一計を案じて、イスからすっくと立ち上がる。


「トイレで食う。男子トイレで」


俺は強調する為にトイレと2度言った。2度目はちゃんと伝わるように、わざわざ〈男子〉と付けた。しかしよく考えてみれば、これは蛇足だ。男子生徒の俺が女子トイレで弁当を食う訳が無い。そんなド変態行為で食欲と性欲を同時に満たすような真似をする訳が無い。もし食後に仮眠を取ったら、3大欲求を制覇してしまうなぁ。いや、そんな事はどうでもイイ。それよりも・・・


クックックッ・・・ どうだ、葉山? これでお前はついてこれないだろう? なぜならお前は女子! 男子トイレには入れまい!


「わざわざそんな所で食べなくても・・・」


葉山の顔が曇る。


(かかったな! 信じたな、俺のウソを!)


俺だってトイレでメシを食うつもりは無い。これは葉山を騙す為のウソだ。


「それじゃ」


俺は葉山にそう言い残し、颯爽と教室を出ていく。その時、何人かの生徒が俺を心配そうな顔で見ているのが確認できた。おそらく俺の発言が聞こえたのだろう。


〈トイレで、ぼっちメシ?〉


・・・と、思われたに違いない。何とでも思え。俺はどう思われようと気にしない。






さて、〈封じられし部屋〉に入る為には、〈吹奏(すいそう)の鍵〉が必要だ。俺は早足で職員室へと向かう。そして職員室に入り、最適な教師を見つけて言う。


「音楽室の鍵を借りにきました」


かくして〈吹奏(すいそう)の鍵〉を手に入れた俺は、音楽室に向かう。






(ふぅ・・・ やり遂げた)


俺は、広い部屋を独占している優越感に浸っていた。


(おっと、イケない。急がないと)


俺は手早く弁当の包みをほどいて弁当箱のフタを開けると、急いで弁当を食べ始めた。


〈封じられし部屋〉とは、音楽室の事。そして、〈吹奏(すいそう)の鍵〉とは、音楽室の鍵の事だ。


音楽室は、使われていない時には施錠してある。しかし昼休みには、吹奏楽部の部員なら練習をする為に使用できるのだ。


そう。俺は吹奏楽部の部員になりすまし、〈吹奏(すいそう)の鍵〉を入手して〈封じられし部屋〉に潜入したのだ!


しかし、この作戦には色々とリスクがつきまとう。


1・職員室に入る前に、弁当を制服の中に隠さないとイケない


音楽室の中は飲食禁止。いくら吹奏楽部の部員といえども弁当を食べるなどもっての他だ。だから俺は弁当を隠さないとイケない。


弁当を制服の中に隠す事自体は簡単なのだが、隠す為には弁当箱を縦長にしなければイケない。つまり、本来あるべき向きから垂直に傾けなければイケないのだ。そうなると必然的に弁当の中身が片寄る。


2・音楽教師に見つかってはイケない


音楽室ならびに、吹奏楽部は音楽教師の担当だ。つまり、声をかける相手が音楽教師だと、俺が吹奏楽部の部員ではない事がすぐにバレる。もちろん俺の言葉を聞かれてもイケないし、鍵を受け取るところも見られてはイケない。


3・〈封じられし部屋〉では長居をしてはならない


吹奏楽部の部員は昼休みに音楽室を使用できる。つまり、長居をすると昼メシを食べ終わった本物の吹奏楽部の部員が、鍵を受け取る為に職員室に行ってしまう。だから、それまでに俺は弁当を食べ終えて職員室に鍵を返しに行かなくてはならない。


これらのリスクを回避して、俺は今日も〈封じられし部屋〉を無事に立ち去った。






次の日の昼休み。


俺は〈昇龍の背中〉にいた。今日の空はスッキリと晴れている。しかし、俺の心は曇っていた。なぜなら、また葉山が隣にいるからだ。


どうした、どうした? もうここには、来ないんじゃなかったのか?


葉山からそう言われた訳では無いが、俺はそう思い込んでいた。イチャイチャタイムがトラウマになったのだろうと思っていた。


「ねぇ・・・ おかず、交換しない?」


「イヤだ」


前回のトレードがトラウマになっていた俺は即答した。


「なんで?」


「交換する必要がない」


「・・・・・・・」


葉山が黙り込んだ。


どうだ葉山! 俺は、ノーと言える日本人なのだ! 日本人をなめるなよ!


もちろん葉山も日本人だ。俺は日本人の葉山に対して、心の中で日本人アピールをしていた。バカ丸出しだった。


「・・・じゃあ、あげる」


そう言って、玉子焼きを俺の弁当の白米の上に置く葉山。


「おい! なにすんだよ!」


トラウマへの恐怖心から、俺は大きな声を出してしまう。


「あげるだけならイイでしょ? 何も取らないから!」


葉山も大きな声を出す。


俺は自分の身を守る為なら、揉め事も辞さない。しかし不要なトラブルは避けたい。


俺は渋々その玉子焼きを、白米の上からおかず置き場の空いたスペースへと移動させた。


「ちょっ・・・ なにしてるの? 食べてよ!」


俺のその行動を見た葉山がまた大きな声を出した。


「食べるよ、最後に」


やれやれといった感じで答える俺。


「今食べて。すぐ食べて」


は? なに言ってるんだコイツは? 〈甘いから最後に食べて〉って言ったのは、オマエ自身だろうが。


「オマエが〈甘いから最後に〉って・・・」


「今日のは甘くないから!」


またもや大きな声を出す葉山。


「・・・・・・・」


俺は、仕方なく渡された玉子焼きをかじる。


その瞬間、口から脳天に掛けて電流が走った。それと同時に食べ掛けの玉子焼きは俺の箸から滑り落ちて、白米の上に着地する。


「うぇっ! 甘ぁ~~~・・・ おい、甘いだろ!」


以前に食べた玉子焼きよりも甘い感じがする。〈甘くない〉と言われて食べたからそのギャップによって、より甘く感じたのかもしれない。


「え!? ウソ?」


慌てた葉山は、俺の弁当の中に着地した食べ掛けの玉子焼きを素早く箸で掴み取って、自分の口に入れる。


「あれ? あれ? 甘い・・・ なんで!?」


(知るか、バカ!)


そこで葉山が何かに気づく。


「あ! そうか、こっちだ!」


そう言うと葉山は、また俺の弁当の白米の上に玉子焼きを置いた。


「おい、いい加減にしろよ?」


俺は苛立っていた。騙し討ちを喰らったのだから当然だ。


「今度はホント! ホントに甘くないから!」


「・・・・・・・」


俺は葉山の言葉を信用できずに、白米の上に置かれた玉子焼きをジッと睨み付けていた。


「ホントだって! 甘くないから!」


「・・・・・・・」


なんの罰ゲームだよ、これ・・・


「甘くないから、食べて!」


葉山があまりにもしつこいので、俺は腹をくくって白米の上の玉子焼きを箸で掴むと、少しだけかじった。本当に少しだけ。


「・・・甘くない」


俺は呟いた。


「でしょ、でしょ?」


(なかなか旨いな・・・)


そう思った俺は、残りの玉子焼きも口に入れた。


この味は、何かに似てるぞ? えっと・・・


「・・・オムレツみたいだな」


「そう! 分かる?」


晴れやかな笑顔になる葉山。そして得意満面といった表情で説明を始める。


「味付けを塩と胡椒でして、バターを使って焼いたんだよ?」


「なるほど。だからオムレツみたいな感じに・・・」


俺は料理をしないが、この程度の知識はある。


「さ・ら・に~」


そう言って、ニヤニヤしながら自分の弁当の中を俺に見せてくる葉山。


俺は何のアピールか気付かなったが、葉山の弁当箱の中に妙な物を見つけた。


「その赤いの・・・ なんだ?」


「ムフフ。気づいちゃった? オムレツといえば・・・」


「ケチャップか!」


「そう、これは・・・ ケチャップをラップに包んだモノだよ!」


「おぉ~~~!」


感嘆の声を発した俺だったが、そこでふと引っ掛かった。


「いや、待て・・・ なんでラップで包んだんだ? 直接、玉子焼きに・・・」


葉山の顔がシメシメという表情に変わった。そして俺の言葉を遮るかのように葉山は左手の人差指を立てて、俺の顔の前に持ってくる。


「イタッ」


「あ、ゴメン」


葉山の指が、俺の鼻の先に当たった。葉山は俺の口の前で寸止めするつもりだったのだろう。


(距離感を間違えやがったな・・・)


眉間にシワを寄せて葉山を睨む俺。


「だから、ゴメンってば。ほら、それより・・・」


そう言うと葉山は箸を置き、箸箱からつまようじを取り出した。


「なんだ? 歯の掃除でもするのか?」


「しないよ! 黙って見てて!」


そこからの葉山のパフォーマンスは圧巻だった。ケチャップを包んだラップの端を左手で摘まみ、右手にはつまようじ。そのつまようじでケチャップが入っている部分をプスッと軽く刺す。


そして自分の玉子焼きの上に左手を持っていくと、指を滑らせてラップに包まれたケチャップを押す。すると、なんという事だろうか! さっき、つまようじで開けた穴からケチャップが細い線となって出てきた。


それを確認した葉山は、華麗に軽やかに左手首のスナップを利かせて玉子焼きの上にケチャップを掛けていく。そうして玉子焼きには、ジグザグにケチャップが乗せられた。


ブラボー! 素晴らしいモノを見させてもらった!


俺は心の中でスタンディングオベーションをしていた。


「ほら、どう? キレイでしょ?」


葉山がドヤ顔をする。見事なまでのドヤ顔。これぞドヤ顔だ。


今の葉山は、まるでクレオパトラだ。自分の美しさを誇らしげに自慢するように、ケチャップの掛かった玉子焼きを俺に見せびらかしている。


「あらかじめケチャップを掛けてたら、こんなキレイな仕上りにはならないよ?」


(なるほど。それがケチャップを別添えにした理由か)


と、一瞬は納得したが・・・


「でも口に入ったら一緒だよな? それにラップがもったいないし・・・」


と、台無しの一言を言ってしまう俺。


「・・・・・・・」


葉山が、〈それは言わないで〉と目で訴え掛けてきた。


「う~ん、しかし・・・ ケチャップが有るなら、貰った玉子焼きを少し残しておけば良かったな」


俺のそんな後悔の念を聞いた葉山が、


「食べてもイイよ?」


・・・と、さきほど芸術品の域にまで達したケチャップの掛かった玉子焼きを俺に進めてきた。


「え? イイのか?」


「もちろん。食べて、食べて」


俺はありがたく頂戴した。


「ケチャップが加わると、さらにオムレツ感が出るな!」


「よし!」


葉山がガッツポーズを決める。そこで俺は1つの疑問を葉山にぶつけた。


「なんで2種類も玉子焼きを作ったんだ?」


甘いのと、オムレツ風。今日の葉山の弁当には2種類の玉子焼きが入っていた。いや、まさか3種類以上か?


「ワタシは、甘いのが好きだから・・・」


なんだ、それ? 答えになってないだろ?


「だったら甘いのだけで良かったんじゃ?」


ムゥ!と、頬を膨らませる葉山。なんだ、なんだ? 今度は変顔か? その変顔の意図を理解できなかった俺は、再び聞いてみた。


「なぁ、なんで・・・」


「自分で考えれば?」


葉山は不機嫌な感じで弁当を食べ進める。


おいおい、なんだよ? ついさっき、ガッツポーズをしていたヤツがなんで不機嫌になっているんだ? 俺、なんか地雷を踏んだのか? 若年性の更年期障害か? それとも女のコの日なのか? 俺は困惑した。


しかしまぁ、自分で考える事も必要だな。葉山はなかなかにイイ事を言ったな。


(う~ん・・・)


とりあえず考えてみる。すると答えはすぐに見つかった。


(そうか。ケチャップ技を披露したかったのか)


甘い玉子焼きにはケチャップは合わなさそうだしな。なるほど、なるほど。


(さすが俺だな。一瞬にして事件は解決したぞ)


俺は自分の推理力に感心した。


「分かったの?」


そんな俺の様子を見て、葉山が聞いてきた。


「もちろん。悪かったな、気が付かなくて」


「いや、まぁ・・・ イイけど・・・」


葉山がモジモジしだした。これは照れてるんだよな?


しかしまぁ、照れるだろうな。ケチャップ技を披露したいなんて・・・ 葉山は案外、お子ちゃまなんだな。






昼メシを食べ終えた俺達2人は、〈昇龍の背中〉から教室へと向かっていた。その間、葉山は俺に玉子焼きの話をした。


葉山が言うには玉子焼きを作るのは、なかなかに難しいらしい。とりわけ、火加減が難しいとの事。葉山の理想の玉子焼きは焦げ目どころか焼き目も一切ついていない、キレイな黄色い玉子焼だとか。弁当用なので中が半熟ではダメ。シッカリと火が通っていて、なおかつ全く焼き目の無い黄色い玉子焼き。それが難しいとの事だ。


そんな話を聞いている内に教室に着いた。そこで俺は、やらかした事に気付く。


俺と葉山が一緒に教室に戻ってきた。そして、それぞれが弁当箱らしき包みを手にしている。その光景を目にしたクラスメイト達は・・・


〈え? 2人で昼ゴハンを食べてたの?〉


と、思う。そして・・・


〈2人で? 2人だけで?〉


と、なって・・・


〈あの2人、付き合ってるの?〉


と、大きな誤解を生む事になる。


葉山美紗は、いわゆる陽キャだ。しかもスクールカーストの頂点に近い位置に立つ存在。明るく元気で多くの生徒と仲がイイ。


対する俺・・・ 中川卓也は、いわゆる陰キャ。スクールカーストの最底辺に位置している。友達はいないし、作ろうともしない。昼休みになると逃げるようにして教室から出ていく。


そんな2人が付き合っているとなれば、これはもうスキャンダルだ。王女が奴隷と結婚するようなモノだ。国民たちの間では大変な騒ぎとなるだろう。


案の定・・・ 今、教室にいる生徒の多くが、こちらをチラチラと見たり、ヒソヒソと話をしたり、俺を睨み付けたりしている。


(しまった。やってしまった・・・)


過去の2回は〈昇龍の背中〉から校舎内に戻る前になんだかんだと理由を付けて葉山と別れて、教室へ戻っていた俺。


不要なトラブルは避ける。それが大事。


それなのに、今日は葉山の玉子焼きの話に聞き入っていて失念していた。


ヤバい・・・ 大勢に囲まれたり、あれこれと聞かれたり・・・ そういうの苦手なんだけどなぁ、俺・・・


しかし、そんな心配はどこ吹く風。俺の杞憂に終わった。囲まれたり、聞かれたりしたのは葉山だけだった。俺の周りには誰も寄ってこない。


時折、俺の近くを通りすぎる男子生徒から、〈チッ〉という舌打ちが聞こえてくるくらいだった。






次の日の昼休み。


「ちょっと、ツラ貸せよ」


・・・と、ヤンキー漫画ではよく有るセリフを耳にした。本当にそんな事を言うヤツがいるんだなぁ。


この学校は別に進学校ではないが、不良が集まるような高校でもない。ごく普通の公立の高校だ。いや、普通よりは少しイイ高校かな? とにかく俺は、この学校にはヤンキーなんていないと思っていた。


しかしさっきのセリフを聞くには、この学校にもヤンキーがいたようだ。しかもこのクラスに。絡まれたヤツは大変だな。だが俺には関係ない。弁当を食べる為に〈昇龍の背中〉に行こう。俺は教室から出た。


「ちょっ!? 無視すんな!」


俺がいた教室からは、さっきのヤンキーの声が聞こえた。絡んだ相手に無視されたのか? しかしまぁ、ヤンキーの相手なんてしたくないよな? もし俺が絡まれたとしても、相手なんてしたくはない・・・ などと考えながら俺はてくてくと廊下を歩く。


「待てコラ! 逃げんな!」


そうそう。逃げるが勝ち。ヤンキーの相手なんてしても、得になるような事なんて無い。絡まれたヤツはよく分かっている。しかし気のせいか? ヤンキーの声がさっきよりも近くで聞こえるような・・・ と思ったが、変わらず廊下を歩く俺。


「待てよ、中川!」


中川? はて? 俺のクラスに俺以外に中川がいるのか? まぁ俺はクラスメイト全員の名前を把握している訳じゃないし・・・いるんだろうな、たぶん。


「待てって言ってんだろが!」


その瞬間、ふいに左肩を掴まれた。どうやらヤンキーに絡まれていたのは俺のようだ。


(メンドくさい・・・)


そう思いながら、俺は振り返ってそのヤンキーを見た。


そこには屈強な体格をしていて、髪の毛を全て剃り、オマケに眉毛も全て剃っていて、ゴツゴツのいかつい顔をした男子高校生が。


いる訳が無かった。そんなヤツがいたら、一目でヤンキーだと分かる。仮にヤンキーじゃなかったとしても、ヤンキーだと俺は判断する。俺の記憶に必ず残る。


〈ルッキズムはダメ〉と言われても、そんな事は知らない。知ったこっちゃない。不要なトラブルを避ける為に俺は近づかないようにする。自分の身を守る事が先決だ。


しかしまぁ、そもそも俺が見たのは男子高校生ではない。女子高校生だ。


(なんだ、ボスか)


俺はこのクラスメイトの事を知っている。クラスメイトなら知ってて当然? いやいや、すでに言ったがクラスメイトであろうと名前を知らないヤツはいる。それが俺という人間だ。ちなみに、顔を覚えていないヤツもいるぞ。


さて、ボスとは大久保鈴香(すずか)の事。もちろん俺の心の中でそう言っているだけだ。誰も大久保の事をボスなんて言ってはいない。ちなみにボスは、いわゆるギャルだ。ボスギャルだ。あれ? なんだかボス猿みたいに聞こえるなぁ。


葉山美紗がスクールカーストの頂点の近くに立つ存在で王女とするならば、ボスは間違いなくその頂点に立つ存在、すなわち女王だ。ギャル女王だ。


しかし、スクールカーストなんてモノが実際にこの学校、このクラスに存在するかは分からない。なにかしらの上下関係、勢力図、派閥争い・・・ そういったモノは有るんだろうけど、俺には関係ないし、興味もない。じゃあ俺が持ち出しているスクールカーストとは何か? ずばり、俺の妄想である。


能力を数値化したり、序列や相関関係を考えたり・・・ そういう事って楽しいだろ?


改めて言うけど俺は、軽い厨二病だ。


現実の人間関係に興味はないが、妄想するのは大好きなのだ。


話をボスに戻そう。


ボスは葉山と同様に明るく元気だ。そしてリーダーシップのようなモノを持っている。


4月中旬、1泊学習なるモノがあった。キャンプ場に行って課題をこなしたり、料理を作ったり、テントを立てて宿泊したり・・・ 入学して間もない生徒たちに、親睦を深める機会を与える目的で組み込まれたイベントだと思う。


そして1泊学習の数日前、そのグループ分けをする時に活躍したのがボスだ。


グループ分けは生徒たち自身に任されていた。教師が事前に決めたモノを生徒に押し付ける事は無かった。しかしそうなると、どうしても知り合い同士のグループになる。同じ中学校の出身者で固まったりする。そして実際に、そういう流れになった。


しかしそれだと、このイベントの意味合いが薄くなる。新しい交遊関係を作るのが1泊学習を企画した狙いだろうから。そこに現れたのがボスだ。ボスはある程度固まりつつあったグループをバラバラに解体して、席の近い者同士を別々のグループに振り分けた。


席が近いのなら、1泊学習で仲良くならなくても今後仲良くなる機会が有るだろう。もし席の近さを理由にグループ分けをすれば、その後も席の近い者同士でつるんでしまう。いくつかのグループが出来上がり、グループ同士の交流は行われない・・・ なんて事になるかもしれない。


しかしてグループ分けは、ボスの指示の元で行われた。あらかじめ仲がイイ者同士でグループを組んでいた生徒からは不満の声が上がった。しかしボスは毅然とした態度でクラスの全員に説明をした。そう、俺がさっき説明したような事を。あれは俺の考えではなく、ボスの考えだ。俺はクラス内の交流なんて、どうでもイイ。本当に心底どうでもイイ。


不満を持っていた生徒たちも、ボスの説明を聞くと一応は納得した。そして1泊学習の後、クラスはボスの狙い通りになった。


席の近い者同士は日に日に仲良くなり、1泊学習で仲良くなった席の離れた者同士はお互いの席を訪れる。それにより、〈友達の友達は、友達〉といった感じで交流は広まっていった。この一件により、ボスの名声は高まった。このクラスの多くの生徒がボスを頼るようになった。だから俺は彼女の事をボスと言う事にした、心の中で。


ちなみに、大久保鈴香→おおくぼすずか→おおく〈ぼす〉ずか→ボス・・・ となった訳ではない。それは偶然だ。ボスと言う事を決めた時、俺は彼女の下の名前を知らなかったのだから。


かくしてクラス内を色んな生徒が行き交うようになった結果、孤立した特定のグループというのはこのクラスには存在しない。そう、孤立しているグループは無いのだ。孤立している個人はいるが・・・ それはもちろん俺だ。






「ツラ貸せよ、中川」


ボスが振り返った俺に言う。言われた俺は少し驚いていた。


(ボスはギャルではなく、ヤンキーだったのか)


そんな事を思いながら俺はボスの顔を見つめていた。


断言できる、ボスは美人だ。


明るい赤茶色のロングヘア。その毛先は軽くウェーブしていてほんのりと紫掛かっている。眉毛は細めで黒い。紫のアイシャドウが引かれた目は、少しつり目でキリッとしているが決して細くはない。頬がほんのりとピンクなのはチークのせいだろう。鼻筋は通っていて、唇は若干薄め。その唇には淡いオレンジ色の口紅が塗られている。


身長は165センチくらいだろうか。顔が小さいので、頭身のバランスがとてもイイ。まるでモデルのようだ。いや、モデルは言い過ぎた。いやいや、言わなさ過ぎた。モデルはモデルでも、グラビアモデルだ。出るべき所はシッカリと出ている。


「な、なんだよ?」


ボスが戸惑うように声を上げた。


しまった、しまった。見とれていた。いや、ボスの全身を舐め回すように見ていた。それにしても・・・


(〈なんだ〉とは、なんだ? それはコッチのセリフだぞ? 呼び止めたのはお前だろ? 絡んできたのはお前だろ?)


俺は無言のまま、ボスの顔を見続けた。やっぱり美人だな。


「だから、なんだよ!」


(だからコッチのセリフだってば)


俺とボスが廊下で対峙していると、ボスの背後から葉山が駆け寄ってきた。


「ちょっと、鈴香!? どうしたの!?」


その声を聞いてボスが振り返る。


「ミサミサ!?」


(は? ミサミサ? なにそれ? アダ名か?)


美紗だから、ミサミサなのか? いや、美紗でイイだろ? なんでわざわざ長くする? 効率的じゃないよな?


俺の頭の中に、いくつものハテナが浮かぶ。


「ベ、別に。なんでも無いよ」


「だって、いきなり中川くんに・・・」


「それは、その・・・」


「ねぇ、鈴香。中川くんに、なんの用なの?」


「・・・ミサミサ、ちょっと来て」


葉山とボスが俺から離れていく。俺たちの教室の方へと戻っていく。


(さて・・・ 片付いたか)


安堵した俺は反転して、再び〈昇龍の背中〉へと向かう。


しかし4歩目を踏み出そうとした、その時。


「だから待てよ」


今度は右肩を勢いよく掴まれた。それだけではなく後ろに引っ張られた。


左足を上げようとしていた俺の全体重は、現在右足に乗っている。右足だけが今の俺を支えている。その瞬間に右肩を掴まれて引っ張られた。それにより俺の体が大きくぐらついた。さっきと同じように左肩だったら、後ろに引っ張られたとしても左足で踏ん張れただろうに。


(あ、ヤバい・・・)


俺は察知した。これは倒れると。


しかし、そこは俺。頭の中に走馬灯が走る前に思考を走らせた。


このままなら右半身を下にして倒れる。床に右手をつくか? しかし下手をすると右肩を脱臼したり、右腕を折る。安全に倒れる為には受け身を取った方がイイ。中学の体育の授業で柔道を習った。受け身はそこで覚えた。よし、受け身をするぞ! いや待て! 俺の右手は弁当を持っているぞ? 弁当を持ったままの状態で受け身なんて出来るのか? 仕方ない。すまん弁当、犠牲になってくれ。


俺は自分の体が背後に倒れ行く中で、弁当に視線を合わせて謝罪をしてから手放す。そして受け身の準備に入った。右手を伸ばして手のひらを床に向ける。そしてアゴを引いて頭を床にぶつけないようにする。あとは床に倒れると同時に、右腕で床を叩いて衝撃を和らげるだけだ。なんと冷静沈着なんだろうか。さすが俺。


余裕のあまり、自分を褒める時間まで有った。


しかし残念。1つ忘れていた事があった。ボスの存在である。


右目の視界に僅かに入ったボスの姿を見て、俺は気付く。彼女の存在とその状態に。バランスを崩していたのは俺だけではなかったのだ。ボスもまた、倒れそうになっていた。


ボスは俺の右肩を背後から掴み、俺は後ろに倒れ掛けている。つまり、俺が倒れる方向にはボスがいるのだ。このままだと俺の右肩と右腕によってボスに打撃を喰らわせる事になる。それだけではない。俺の体と床に挟まれて大きなダメージを喰らうだろう。


もう考えている余裕は無い。俺は一か八かの賭けに出た。こんな事なら、自分を褒める事なんかに時間を割くんじゃなかった。


ガシャァァァンッ!!


俺の弁当箱が床に落ちた。一方、俺とボスはというと・・・


2人とも、床に倒れていた。


しかし賭けには勝ったようだ。俺の左腕はボスの頭と床に挟まれていて、右腕はボスの体を彼女の腕ごと抱え込んでいた。そして俺の顔は・・・ ボスの胸に押し付けられている。いや、違うよ? 自分の頭を守る為にアゴを引いたら、結果的にそうなっただけだよ?


(柔らかい・・・)


俺は、ボスのふくらみの柔らかさを堪能する。


一か八かの賭け。それは右半身から倒れ込みそうだった体をさらに回転させて、ボスの体を抱きかかえながら左半身から床に倒れる事だった。


あれ? 俺って運動神経イイのか? 普通だと思ってたけど。それとも運が良かっただけか? まぁ、たぶん後者だろうな。


温かく柔らかいふくらみに顔をうずめながら、俺はそんな事を考えていた。


「ちょっ!? コラ! 離せよ!」


ボスが吠える。


(うるさいぞ? 助けてやったんだから感謝しろよ。サービスしろよ)


「鈴香!? 中川くん!?」


葉山が駆け寄ってくる。俺は目を閉じてはいるが、その声と足音からそれが分かった。


「ねぇ、大丈夫!? シッカリして!」


「あ、ミサミサ。アタイは大丈夫だよ」


アタイだと? ボスは江戸っ子なのか? いや、江戸っ子じゃなくても自分の事をそう言うのかな?


「おい、中川! いい加減に・・・」


ボスが俺の腕の中から逃れようとしてモゾモゾと動く。そのたびに俺の顔には、ボスの右のふくらみと左のふくらみが交互に押し寄せる。イイぞ、もっとやれ!


「待って、鈴香! もしかしたら・・・ 中川くん、頭を打って意識が・・・」


いやいや、葉山。意識なら有るぞ? 俺の頭は、左の二の腕に乗っているだろう? 俺は今、ボスの胸を絶賛堪能中なだけだぞ?


「えっ!? そんな・・・」


「だから鈴香! 動かないで、ジッとしてて!」


「う、うん」


(ナイスだ、葉山! これでもう少し堪能できるぞ)


そもそも、こんな事になったのはボスが俺の右肩を引っ張ったせいだ。だからボスは俺に償う必要がある。断じてわざとではないが都合よくこんな状態になったんだから、もう少し堪能させてもらおう。


「保健の先生・・・ いや、救急車を呼んだ方がイイんじゃないか!?」


ボスが焦った声で言う。


(え? 救急車?)


ボスの焦った声により、俺も焦った。


「そ、そうだね! ワタシ、電話する!」


(それはヤバい! そんな大事(おおごと)にはしたくない!)


俺は演技をする事にした。葉山が電話をする前に起きなければイケない。


「う・・・ う~ん・・・」


「中川! 大丈夫か!?」


「中川くん!」


さて、ここからが重要だぞ。


「ハッ! ここは・・・」


大丈夫だろうか。くさい芝居になっていないだろうか。


「ん? なんだこれ? 前が見えない・・・」


俺は顔を左右に振りつつ、前へと押し込んだ。最後の置き土産として。


「んくっ! おい、コラ・・・」


「・・・中川くん?」


(いかん、やり過ぎたか!? 過剰演技だったか?)


葉山の声のトーンから察するに、疑惑の念を向けられている気がする。俺は急いで顔を上げた。するとボスと目が合った。


「気がついたんなら、早くどけよ!」


またしてもモゾモゾと動くボス。


「ちょっと待って、鈴香」


平坦な声で葉山が言った。


「なに、ミサミサ?」


「中川くんに異常が無いかを、一応は確認しないと」


〈一応は〉という単語が全てを物語っていた。間違いなく葉山は気付いている、俺の意識がずっと有った事に。今までは俺の頭の後方に立っていたであろう葉山は、今度はボスの頭の後方に移動して俺に聞いた。


「中川くん、意識はハッキリしてる?」


冷めた目と平坦な声の葉山。その冷めた目はボスからは見えていない。


「あ、あぁ・・・」


「頭は痛くない? ズキズキしたりしてない?」


「あ、あぁ・・・」


葉山の目からは氷のような冷たさが感じられる。本当に〈一応〉確認しているだけだ。頭はズキズキしないが、心がズキズキしてきた。


「おい、中川! ホントに大丈夫かよ? なんか返事がハッキリしてないぞ?」


俺に腕枕をされたままのボスが聞いてきた。


(ボス・・・ それは、うしろめたさが有るからだよ)


・・・なんて言う訳にはいかず、


「あぁ、大丈夫だ」


と答える俺。


「中川くん、立てる?」


そう言いながら、葉山が右手を差し出してきた。


「いや、その前にボ・・・ 大久保をお願い」


(ヤバい、ヤバい! 思わずボスって言う所だった!)


俺は、ボスを抱いていた右腕を彼女の体から離した。すると俺に向けて差し出されていた葉山の右手はボスに向けられ、ボスはその手を頼りして立ち上がった。その時、ボスはチラリと俺の顔を見た。


・・・? なんだ、今のは? まぁイイ、俺も立ち上がろう。


「イタッ!」


俺は思わず声を上げた。俺の右足首に激痛が走ったのだ。


「大丈夫!?」


「おい! どうした、中川!?」


葉山とボスが俺を心配している。


「あぁ、うん・・・ 大丈夫、大丈夫」


「なんだよ、心配させんなよ!」


「・・・・・・・」


強い口調で言い放つボスとは対称的に、葉山は変わらず心配そうな顔をして俺を見ている。俺は制服を払いながら右足首の感覚を確かめる。動かす方向によってはズキッと痛みが走る。しかし折れては無さそうだ。


(体を回転させた時に、捻ったのかな?)


出来れば病院には行きたくない。理由は単純。メンドくさいから。


「ほら」


ボスが俺の弁当箱を渡してきた。拾ってくれたのか・・・ 助かる、今はしゃがんだり立ち上がったりはしたくない。右足首に負担を掛けたくないからな。


派手な音がしたから中身がぶちまけられているんじゃないかと心配したが、包みを固く縛っておいたおかげでフタが開く事すら無かったようだ。


「ありがとう」


俺は素直にボスに感謝をした。


「ごめん・・・ アタイのせいで・・・」


「大丈夫だよ。この弁当箱、丈夫だから」


俺の弁当箱は金属製。落としたとしても角が少しへこむくらいで済む。ヒビが入ったり割れたりする事は、まぁ無いだろう。ちなみにこの弁当箱を選んだのは俺自身だ。落ちるのを前提にして選んだのだ。俺の判断は間違っていなかったようだ。


「あの、それで・・・ 話が・・・」


話? 俺に? あぁ、そうか・・・ 〈ツラ貸せよ〉って言われてたな、俺。


「鈴香。今日はやめとこ?」


「あ・・・ うん、そうだな・・・」


葉山に言われて、ボスが教室に戻っていく。


さて、俺も昼メシを食べに行こう。結構な時間を費やしたから、急がないとな。






「で? なんでいるんだ?」


俺は目の前の相手に聞いた。


〈昇龍の背中〉の1番上にたどり着いた俺を待っていたのは、葉山だった。


「遅かったね?」


「いや、オマエが速いんだよ。瞬間移動でもしたのか?」


いや違う。実際に俺は遅かった。右足首を気に掛けながら、ゆっくりと歩いてきたからだ。しかし俺は葉山に追い抜かれてはいないが・・・


「驚いた? 別の道を走ってきたの」


(下らない・・・ なんでわざわざ、そんな事を?)


「中川くん。足、痛めてるよね?」


(バレてた!? でも、なんでだ?)


「歩き方、変だったから」


あれ? なんかさっきから、俺の心の声と葉山の言葉が噛み合ってるような・・・


(まさか・・・ 心を読まれてる!? おい、葉山! オマエはエスパーなのか?)


「大丈夫なの? 保健室、行く?」


(あ、読まれてなかった。偶然か)


「ねぇ、聞いてるの?」


「大丈夫だよ。若いんだから、舐めときゃ治る」


いや、舐めないけど。


「もう。ちゃんとしなきゃダメだよ?」


「はいはい・・・ っていうか、なんだよ? 大久保には〈今日はやめとけ〉って言った癖にお前は来たのか?」


「あ~、そうだった・・・ 中川くんに聞かなきゃイケない事が有ったんだった」


葉山の声が平坦なモノに変わった。


(マズい・・・ 変な事を思い出させてしまった・・・)


俺は、葉山から聞かれるであろう事に思いを巡らせて肝を冷やす。


「とりあえず座れば? 足、痛いんでしょ?」


その言葉の内容だけを受け止めたのならば、俺の心配をしているように聞こえる。しかし平坦な声で聞かされると〈早くこっちに来いよ〉と脅されているようにしか聞こえない。俺は大人しく葉山の隣に座った。


「どういうつもりだったの?」


冷たく平坦な声で葉山が聞いてくる。俺は心を落ち着けて、努めて冷静に対処する事にした。


「・・・なにが?」


「分かってるでしょ?」


「・・・さぁ?」


はい、分かってます。ボスの胸に自分の顔をグリグリしました。


「鈴香に言うよ? 〈アレ、わざとだよ〉って」


「・・・・・・・」


万事休す。ボスに言われたらヤバい。2、3発は殴られるかも・・・ ヤンキーだしなぁ・・・


「えっと・・・ つい出来心で・・・」


俺は、観念した万引き犯のような言い訳をしていた。いや、痴漢か。


「最初からなの?」


「え・・・? どういう事?」


「最初から鈴香の・・・ ほら・・・ そうなの?」


・・・? なんだ? なんでそんなに言葉に詰まってるんだ?


「ねぇ、どうなの?」


(あっ! そうか! 葉山は性的な事に耐性が無いんだった!)


「中川くん、聞いてる? どうなの? 最初からなの?」


「なにが?」


さっきまでとはうって変わって、俺は強気に答えた。


「だから、鈴香の・・・ む、む・・・ を狙ってたの?」


「ハッキリ言ってくれないと分からないぞ?」


「だから・・・」


「なに? なにを狙ってたって?」


「・・・・・・・」


「ほらほら。恥ずかしがらないで、言ってみな?」


「・・・・・・・」


「どこをどうしたって?」


ヤバい、変な気分になってきた。なんだか言葉責めをしているみたいだ。


「もうイイ。鈴香に言うから」


「最初からじゃありません! 偶然です!」


俺は積極的に自供する事にした。






「・・・って事なんだけど」


俺は、あらいざらいを自供した。俺の自供を聞き終わった葉山は眉間に少しシワを寄せながら言う。


「なるほど・・・ そういう事なのね」


「な? 偶然だろ?」


「は? どこが?」


軽蔑するような目で俺をみる葉山。


「最初は偶然だけど、その後はわざとだよね? ずっと意識あったのに・・・ あんな状態で、長い間・・・」


徐々に顔を赤らめる葉山。


「なんなの? そんなにイイの? 鈴香の・・・ アレって・・・」


もう顔はおろか、耳も首も赤い葉山。どんだけ耐性が無いんだよ。


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


しばらくの間、2人とも無言で弁当を食べる。ちなみに派手に落下した俺の弁当は、いくつかのおかず達が席替えをしていた。まぁ、たまには席替えもイイよな。気分転換になるし。


しばらくすると、トッ、トッ、トッ、トッ、トッ・・・ と、足音が聞こえてきた。


そして始まる、イチャイチャタイムが。


「んんっ! あっ、ぅん・・・」


「なぁ、イイだろ? 1回だけだから」


「ダ・・・メ、ここ・・・ 学校だよ?」


(だからさぁ、人がいないかを1番上まで確認しろよなぁ・・・ どいつも、こいつも・・・)


俺が咳払いをしようとした、その時・・・


「あ~~~、もう!!」


葉山が叫んだ。すると下にいたカップルはダッシュで退散。


「なんなの! みんな、みんな! そんな事しか頭に無いの?」


「まぁまぁ、さっきの2人は思春期なんだから。大目に見てやろうよ」


「なんで他人事なの? 中川くんもだよ!」


そうだった。俺もグリグリしたんだった。






「大丈夫? 肩、貸そっか?」


昼メシを食べ終わり、〈昇龍の背中〉から降りている途中に葉山が言ってきた。


「大丈夫だよ。心配ない」


実は心配しているのは俺の方だ。右足首に体重が乗るたびにズキッと痛みが走る。階段は降りる時の方が足への負担が大きいんだったかな?


(下手したら転げ落ちるからな、慎重に降りないと)


俺は葉山に自分の後ろを歩かせた。前を歩かせたり、肩を借りるのは危険だ。


「先に教室に戻ってくれてもイイんだぞ?」


正直、その方が気楽でイイ。巻き添えにする心配が無くなるんだから。


「ダメだよ。なにか有ったら、どうするの?」


「なにも起きないよ」


そう願いたい。


「でもスゴいよね、中川くんって」


「なにが?」


「とっさの判断で鈴香の頭と腕を守ったんでしょ?」


「うん、まぁ・・・」


ボスを抱きかかえて倒れるという事は、2人分の体重が合わさるという事だ。もしボスが腕を床につこうとしていたら、彼女の腕は折れていた可能性が高いだろう。だからボスの頭を守る事と同様に、彼女を腕ごと抱きかかえるのは必須条件だった。


「上手くいって本当に良かったよ・・・」


俺は改めて、好運に恵まれた事を感謝した。


「ムチャしないでよね」


「ムチャしないと大久保がケガしてただろ?」


「そうだけど・・・」


実際、俺があのまま受け身の体勢で倒れていたら、どうなっていたんだろう。俺はおそらく無傷かな? ボスがクッションになっていただろうし・・・ ボスが無傷の可能性は、どれくらい有ったのだろうか。いやいや、上手くいったんだし、考えても仕方が無い。意味も無いし、必要も無い。ムダな事はやめておこう。


「右の足首以外は痛くないの?」


「あぁ、大丈夫。それより大久保の方は大丈夫だったか?」


「うん。問題ないみたい」


そんな会話をしている内に〈昇龍の背中〉を無事に降り終える事が出来た。


「じゃあ、先に行ってくれ」


俺は葉山を促した。


「なんで? 教室まで一緒に行こうよ」


「いや・・・ また騒ぎになるだろ?」


奴隷は王女と一緒に居てはイケないのだ。


「でも、1人だと危ないよ?」


「大丈夫だって、来た時は1人だったんだから」


「・・・・・・・」


「ほらほら、行ってくれ。時間が無いぞ?」


「・・・分かったよ」


葉山が校舎内に入っていく。それを見届けた俺は校舎の外壁にもたれ掛かって右足を浮かせ、その足首を触ってみる。


(腫れては無さそうだな)


マジで病院は勘弁だぞ。






「あの・・・ ホントごめん」


その日の放課後。改めてボスが頭を下げに来た。


「もうイイから」


そう。もうイイんだ、ボス。俺だってグリグリしたんだから。


(この様子だと、葉山は黙っててくれたんだな)


そう思いながら、少し離れた場所で俺たち2人の事を見ている葉山に視線を向ける。すると葉山は手を振ってきた。


(ありがとう、葉山。ボコられずに済んだよ)


「そんで・・・ 弁当箱、どうだった? もし、あれだったら・・・ 弁償すっけど・・・」


(じゃあ、体で払ってもらおうか。もう1回グリグリさせてくれ。・・・とは言えないな)


「大丈夫、大丈夫。なんともない」


本当は角が少しへこんでいた。でもまぁイイさ、それくらい。


「それで・・・ ミサミサから聞いたんだけど・・・」


「え!? 聞いたの!?」


(おいおいおい! なんでチクってんだよ、葉山!)


俺は葉山を睨み付ける。葉山は不思議そうな顔をした。


(あの(あま)・・・ とぼけた顔、しやがって)


「アタイの事・・・ 守ってくれて、ありがと」


ボスは少しうつむきながら、そう言った。


「あ、そっちか・・・」


「え? そっち?」


顔を上げて俺の事を見るボス。


「いやいや! なんでもない!」


俺は必死でごまかした。バレたらマズい、殴られる。


「もしかしたら、頭を打ってたかもしんないし・・・ 助かったよ」


「だから、もうイイから」


「いや、ダメだ。アタイが中川の肩を引っ張んなきゃ、あんな事にはならなかったんだし・・・」


(それはまぁ・・・ そうだけど)


「それなのに弁当を犠牲にしてまで、アタイを守ってくれて・・・ 申し訳ないよ」


(えらく殊勝な態度だな)


「なにか、お礼をさせてくれ!」


(お礼? イイのかなぁ・・・)


「アタイにできる事なら、なんでもするから!」


「なんでも!? 本当か!?」


「あぁ! ホントだ!」


そこまで言うなら仕方がない。お礼を受け取ってやろう。俺はボスの耳元で、ささやかな要求をささやいた。


「バカかオマエ! そんな事、できるか!」


ボスがスゴい剣幕で俺に言った。


「〈なんでもする〉って言ったよな? ウソなのか?」


「〈できる事なら〉って言っただろ!」


「なんで出来ないんだ? オマエが覚悟を決めれば出来るだろ?」


「そんな覚悟は決めたくねぇよ!」


どうやらボスは俺のささやかな要求を飲んでくれなさそうだ。すると俺たちのやり取りを見ていた葉山が近寄ってくる。


「ちょっと、ちょっと!? どうしたの、2人とも?」


「ミサミサ! コイツが・・・」


葉山にチクろうとしたボス。しかし、


「いや・・・ なんでもない」


・・・と、結局黙っていた。どうしたんだろ?


ちなみに俺のささやかな要求とは、〈明日1日、語尾にニャンを付けて喋ってくれ〉というモノだった。






次の日の朝。


俺は体に異常が無い事を確かめてホッとする。


(よし。足首も痛くないし、他の所も大丈夫だな!)


若いって、素晴らしい。俺は自分の若さに感謝した。晴れ晴れした気持ちで登校した俺だったが、その気持ちは昼休みになると消し飛んだ。




「おい、ツラ貸せよ」


またボスだ。え? なんで? なんでまだ絡んでくるの? 昨日の殊勝な態度はなんだったんだ?


「なにか用?」


「用があるから、言ってんだよ」


それはまぁ、そうだろうな。俺はメンドくさいなぁと思いながら、その気持ちを包み隠さず表情に出してボスに聞く。


「弁当を食べ終わってからでイイ?」


「あ? しゃ~ねぇな」


よし! 昼休みが終わるギリギリに戻ってこよう! 俺はボスを出し抜く事にした。しかし、


「やっぱダメだ」


ボスがすぐさま手のひら返しをした。おいおい、自分の発言をコロコロと変えていたら人に信用されなくなるぞ?


「え? なんで?」


「時間ギリギリまで戻ってこないだろ?」


バレたか・・・ やるな、ボス。


「そんな事しないぞ? ほら、話が長引いたら昼メシを食えないし」


「長くなんねぇよ」


いや、そんな言葉は信用できない。また手のひら返しをされたら敵わない。仕方が無いので俺は代案を提示した。


「メシを食べながらでイイか?」


「・・・あぁ」


ボスは渋々了承した。さて、どうしようか。〈昇龍の背中〉には連れて行きたくないし・・・ 不本意だが、今日は中庭で食べるか。


中庭は、昼休みになると多くの生徒が集う場所だ。芝生が敷かれ、いくつかの石のベンチが置かれているその場所は、複数人で構成されるグループやカップルなどがあちらこちらで昼メシを食べる。その他にもボール遊びをしたり、走り回る生徒なども居る。昼休みの中庭は結構賑やかな場所となるのだ。そんな所で食事なんてしたくはないが、教室で食べるよりはかなりマシだ。


俺は中庭に向かう為に弁当片手に教室を出た、ボスを引き連れて。


「あれ? 大久保は弁当を持ってこないのか?」


俺はボスが手ぶらなのを確認すると彼女に聞いた。手ブラじゃないぞ、手ぶらだぞ。う~ん、どうせなら手ブラのボスを見たかったなぁ。


「はぁ? なんでアタイがオマエとメシを食わなきゃなんねぇんだよ」


おいおい、ボス。この状況を理解していないのか? 今日は昼メシ抜きになるぞ? 俺がすんなりと手ぶらのお前を帰す訳が無いだろう。手ブラだったら尚の事だがな。


「や、やっぱ持ってくる!」


そう言うとボスは急いで教室に引き返した。


(俺の思惑に気付いたか)


ボスはなかなかに勘がイイようだ。




中庭に到着した俺達は芝生の上に座った。俺はあぐらで、ボスは立てヒザで。おいおい、なんて座り方をするんだ。普段からそうなのか? それとも俺を威嚇してるのか? いや、誘惑か?


「パンツ見えてるぞ」


俺のその言葉を聞くとボスは瞬時に正座をした。いや、正座というか正座の状態から両足首を外側に出して、ぺたんとお尻を地面につける座り方だ。可愛い正座とでも言おうか。


「み、見んなよ!」


ボスは顔を赤くして、スカートの前の部分を両手で押さえながらそう言った。お、可愛いじゃないか。照れた顔も、その仕草も。


「大久保がわざと見せてきたんだろ? あんな座り方をして」


「わざと見せるか!」


実際にはボスのパンツは見えてはいなかった。少しからかっただけだ。こんな場所で昼メシを食わざるを得なくなった状況を作ったボスへのちょっとした仕返しだ。


ボスは持参した巾着袋からメロンパンを取り出すと、ビリッとパンの袋を開けた。


ボスの昼メシはパンか。それにしても、市販のパンをわざわざ巾着袋に入れるなんて。ビニール袋でイイだろうに。


(・・・えらく可愛い巾着袋だな)


いくつかの花の模様をあしらったそのピンク色の巾着袋は、乙女チックというか、少女趣味というか、ボスの外見には似つかわしくないように思えた。


「なに見てんだよ! やらないからな!」


いや、いらないから。ピンクの巾着袋なんて欲しがる訳が無いだろ?・・・ん? パンの方か?




俺は弁当を食べながら聞く。


「で? なに?」


ボスはメロンパンをかじって言う。


「中川。ミサミサには手を出すなよ?」


はて? ボスは面白い事を言う。俺が葉山に? 勝手にドカドカと俺の聖域に踏み込んできているのは葉山の方なんだが。ちょっかいを出されているのは俺の方なんだが。


「手じゃなければ出してイイんだよな?」


「は?」


ボスが眉をひそめて俺の顔を見る。俺は続けて言う。


「舌とかアレは出したけど、問題は無いよな?」


「オ、オ・・・ オマエ! ミサミサに、そんな事・・・ したのか!?」


ボスは驚いた顔を見せ、その体はわなわなと震えだした。


そんな事って、どんな事だよ。どんな事を想像しているんだ、ボスは。なんにせよ、する訳が無いだろ? 俺をなんだと思っているんだ。俺は軽い厨二病を患っている陰キャのひねくれ童貞だぞ? 王女の地位に君臨する葉山に何かする訳が無いだろうが。


「そんな・・・ ミサミサ・・・ なんで、こんなヤツと・・・」


ボスの顔が悲痛な表情へと変わる。だから何を想像しているんだ? しかし戸惑っているボスを見るのはなかなかに面白い。なので、もう少し遊んでみよう。


「俺と葉山がどうなろうと大久保には関係ないだろ?」


「か、関係なく無い!」


ボスの表情からは必死さが伝わってくる。何をそんなに熱くなっているんだ?


「ア、アタイはミサミサの友達だし、それに・・・」


「好きなのか?」


ボスと葉山は仲がイイ。しかしそれは友達としてだ。ボスが葉山を恋人にしたいとか、そういう事は無いだろう。俺はもちろん冗談のつもりで言った。


「へ?」


メロンパンを食べていたボスの手が止まる。彼女は呆気に取られている、俺からの唐突な言葉に。俺は構わず再度言う。


「葉山の事が好きなのか?」


「・・・・・・・」


ボスは目を伏せて芝生の一点を見つめた。どうした? アリでも見つけたのか?


「・・・・・・・」


ボスは目を伏せたまま黙り込んでいる。その表情は少し固い。


え? あれ? マジで? 本当に葉山の事が好きなのか!?


「そうか・・・ そうなのか」


俺は冗談のつもりだったが、ボスは真剣なんだな。すまん、ボス。悪かったな。


「あ、いや! そ、そ、そんなんじゃねぇよ! アタイとミサミサは友達で・・・ えっと、アタイは友達としてミサミサを好きなだけだ! ・・・そうだ! アタイはそうだ!」


早口でまくしたてつつ所々言葉に詰まるボス。


(あ~・・・ これ、マジなヤツだな)


俺はそう思い、ボスで遊ぶのをやめてフォローに回る事にした。それとなく周りを見て、近くに人が居ない事と離れた場所に居る人間が俺達の話を聞いていなさそうなのを確認してからボスに言う。


「まぁ、イイんじゃないのか」


「・・・イイって、なにがだよ?」


「同性を好きになっても」


「イイ・・・のか?」


ボスが驚いた顔をする。


「でも、アタイは・・・ そういうのは、よく分かんなくて・・・」


なるほど。頭が気持ちに追い付いてないんだな。


「前にテレビでやってたんだけど、男と女はスッパリと2つに分けられるモンじゃなくて、グラデーションみたいになってるらしいぞ」


テレビで得た情報だからな、ボス。間違っていたらテレビ局に苦情を入れてくれ、俺にではなく。


「・・・? 何の話だ?」


「だから、男らしい男や女らしい女だけじゃなくて、男よりの女とか、女よりの男とか、中間に位置する人とか、色々な人がいるって事だよ」


「・・・それで?」


「だったら、男が好きな男とか、男女両方が好きな女とかがいてもおかしくないだろ?」


「・・・そうなのか?」


「そもそも趣味趣向なんて人それぞれだし、女が女を好きになっても不思議な事じゃないだろ?」


「中川・・・ オマエ、もしかして・・・ 男が好きなのか?」


「んな訳ないだろ! 気持ち悪い事を言うな!」


何を言い出すんだ、コイツは!


「え? え? 気持ち悪いのか?」


「気持ち悪いに決まってんだろ! 俺は女が好きなんだよ! 男を抱いたりしない!」


いや、待てよ? 俺はまだ初恋をしていない。もしかしたら、男を好きになる可能性も有るかも・・・ いやいや、初恋はまだだが俺がお世話になっているアダルト動画は、女が乱れている動画だ。それにボスの胸をグリグリしたし、俺の性愛の対象は女だ。


「でもさっき、〈おかしくない〉とか〈不思議な事じゃない〉って・・・」


「それとこれとは話が別だ。そういう人がいても不思議じゃないし、世の中には実際にそういう人がいる。だけど俺は俺だ。自分に置き換えたら気持ち悪いと思うんだよ」


「ん? んん?」


ボスは俺の言っている事が理解できていないようだ。


「う~ん・・・ 例えばだな、パクチーを大好きなAさんとパクチーを大嫌いなBさんがいるとする。AさんとBさんは友達だ。AさんがBさんに〈パクチーは美味しいよ〉と言っても、Bさんはパクチーを食べないだろ?」


「うん。大嫌いなんだろ? Bさんは」


「そうだ。Bさんはパクチーが大嫌いだ。でもAさんの事は嫌いではない、友達だからな。しかしパクチーを食べるAさんを見たくはないし、そもそもパクチー自体を見たくない。それくらいBさんはパクチーが大嫌いなんだ。となるとBさんは、自分がパクチーを食べる姿なんて想像もしたくないよな?」


「うん。まぁ、そうかもな」


「自分がパクチーを食べる姿なんて想像したら、Bさんは気持ち悪くなってしまうかもしれないよな?」


「う、うん・・・」


「そういう事だよ。パクチーを男に、Bさんを俺に置き換えてみろ」


「えっと・・・ 男を大好きなAさんと男を大嫌いな中川がいて・・・」


「別に口に出さなくてイイぞ」


「あ、うん」


ボスは少しの間、黙り込んだ。頭の中で整理をする為に。


「まぁ、分かったけど・・・ でも、〈気持ち悪い〉とかハッキリ言うのは・・・」


「なんでだ? 俺は同性愛者を憎んだり、恨んだり、敵視したり、迫害したり、そういう事はしてないぞ? もちろん、これからもするつもりは無い。ただ、自分に置き換えたら気持ち悪いってだけだ。だったらなにか? 俺の好き嫌いを全否定するのは許されるのか? 無理矢理にでもパクチーを好きになれって言うのか?」


「いや、そうじゃないけど・・・」


「パクチーが大好きな人間の事を認めろと言うのなら、パクチーが大嫌いな人間の事も認めないとおかしいだろ? 平等じゃないだろ?」


「う~ん・・・」


ボスが困った顔をしている。あれ? 俺、ボスの事をフォローするつもりだったよな? でも、なんかボスを追い詰めてないか?


「と、とりあえずだな・・・ 世の中には色んな人間がいて、好みは人それぞれって事だ」


俺はざっくりとした結論を述べて、この話題を終わらせる事にした。




「・・・で? 中川、オマエ・・・ ミサミサに何をしたんだよ?」


ボスが鋭い視線を俺に向けた。あ~・・・ そこに戻るのか。ボスはメロンパンを食べ終えて、現在チョココロネを食べている。甘いのが好きなのか?


「何もしてないぞ?」


「はぁ? でもオマエ、舌とか・・・ なんか出したんだろ?」


「〈なんか〉ってなんだ?」


「ア・・・アレ、だよ」


「アレってなんだ?」


「オマエがアレって言ったんだろ?」


「そうだけど。大久保は何だと思ったんだ?」


「え、ええ!? それは、その・・・ やっぱ・・・ だ、大事なモノ・・・だろ?」


「まぁ。大事ではあるよな、箸は」


「・・・箸?」


「そうだよ。俺は葉山の前で箸を出したんだ、弁当を食べる時に」


「・・・・・・・」


「あと、舌も出した。ソースが口の横に付いたから、ペロッとな」


「紛らわしい事を言うなよ!!」


ボスのツッコミが中庭に轟いた。






1週間後の放課後。


「なぁ、ちょっとイイか?」


俺はまたボスに声を掛けられた。


「・・・良くない、それじゃ」


俺はボスを置き去りにして教室を後にした。厄介事に巻き込まれそうな気がしたからだ。おや? そういえば今回は〈ツラ貸せよ〉じゃなかったな。


「なんでだよ!!」


ボスはダッシュで廊下に出てきて俺の前に回り込むとそう叫んだ。ふむ、背後から肩を引っ張るような真似はしなくなったか。学習したな、ボス。


「急いでるから」


俺は素っ気なく答えた。


「オマエ、部活はやってないだろ?」


「・・・バイト」


「え? そうなのか?」


ボスが驚く。よし、この路線で行こう。


「あぁ」


「ん~・・・ じゃあ、しゃ~ないか・・・」


よし、騙せた! 俺がバイトなんてする訳が無い。そんなメンドくさい事をする訳が無い。俺はボスを通り過ぎて悠々と下校する。


「ちょっと待て、ホントか?」


あれ? 悠々と下校するはずが右手首を掴まれたぞ? 俺はこの拘束から逃れる為にボスの顔を見て、言う。


「・・・ホントだ」


「どこでバイトしてんだよ?」


「・・・工場」


もしここで接客業を指定していたら、ボスは来るつもりだったかもしれない。でも工場なら大丈夫だろう。


「・・・アタイも行く」


は? 工場に? 工場に来るのか?


「それはムリだぞ? 部外者は立ち入り禁止・・・」


「紹介してくれ。アタイもバイトする」


これは絶対にウソだ。ボスは俺のウソを暴く為にウソをついてきたんだ。ここからは、俺とボスとの騙し合いの勝負だな。


「今は募集してない」


「見学だけさせてくれ」


「募集してないんだから見学も無い」


「採用担当か、人事担当の人に会わせてくれ」


「募集してないんだから採用担当なんて居ない。人事担当は誰なのか分からない」


「工場の名前を教えてくれ。調べて電話してみる、今ここで」


「・・・よく覚えてない、ややこしい名前だから」


「じゃあ連れてってくれ、アタイが見るから」


「だから部外者は、立ち入り・・・」


「中には入らない。工場の前までにする」


「・・・・・・・」






「しょ~もないウソつくなよ」


勝負に負けた俺はボスによってファミレスに連行されていた。


「オマエ、そんな事ばっかしてるよな?」


「なんの事だ?」


「1泊学習の時も、そうだったろ?」


1泊学習。4月中旬に行われたクソだるイベントだ。


「あの時もオマエは・・・」






時はさらに遡って4月。1泊学習のグループ分けをしていた日。


「先生。俺、たぶんその日は休みます」


俺は堂々と先生に宣誓した。


「・・・は? 何を言ってるんだ、中川?」


担任が怪訝な顔をする。


「おい、中川。サボる気かよ?」


ボスが俺に言ってきた。いや、この時はまだボスではないな。俺が大久保の事をボスと名付けるのは、もう少し先の日だ。


「そうじゃなくて。俺は昔からこういうイベントになると、よく体調を崩して休んでたんだよ。だから、たぶん今回も」


「本当か、中川? もしウソなら・・・」


「家に電話して確認してもらってもイイです」


俺は担任が喋り終わる前に言った。


俺の両親は共働きだ。夜にならないと帰宅しない。教師という職業はかなり忙しくて大変だと聞く。平日の夜や休日にわざわざ確認の電話をするだろうか。まぁ、されたとしても問題は無い。俺は昔からイベントをよく休んでいたのだから。


「っていうか、俺と同じ中学出身の生徒に聞いてもらってもイイですよ?」


俺は堂々と振る舞う。ウソをつくなら、まず態度からだ。


「なんで今言うんだよ?」


大久保が突っ掛かってくる。なんだ、なんだ? 大久保はイベント大好き人間なのか?


「〈今だから〉だよ。当日いきなり休んだら、みんなの迷惑になるだろ?」


「はぁ? 迷惑?」


俺は突っ掛かってくる大久保に説明をする事にした。


「当日休む可能性が高いんだから、グループ分けや役割り分担は俺が居ないモノと考えて決めて欲しい。だったら俺が休んでも迷惑にならないだろ?」


「休まなかったら、どうすんだよ?」


「一応グループだけは決めておいて、役割りは当日に誰かの手伝いをするよ」


「・・・・・・・」


大久保は納得していない様子だ。


「俺が重要な役割りを任されて、もし休んじゃったら迷惑になるよな?」


〈もし〉ではない。俺は確実に休む、そう決めたのだ。とっくの前に、このクソだるイベントの事を知った瞬間に。


「それは、まぁ・・・」


納得はしていないが、理解はしてくれたようだな。それで充分だ。さぁ、当日はどのゲームで遊ぼうかな?






そして時は進んで5月下旬。初めてボスに連行されたファミレスへと戻る。


「結局、当日に欠席・・・ あれ、サボりだろ?」


ボスは俺を睨み付ける。


「違う、違う。俺は胃とか腸が弱いんだよ。イベント事が有るとストレスで体調を崩すんだ」


「絶対ウソだ」


ボスは俺の言葉を信じない。まぁ実際ウソだから、別にイイけど。


「それより・・・ そんな昔話をする為に俺を連行したのか?」


「昔話って、1ヶ月前の事だぞ? いや、もうその事はイイよ。今日は・・・ 先週の続きっていうか・・・」


「先週? 先週なにか有ったっけ?」


「色々あっただろ!」


先週の事で俺の頭にパッと浮かぶのは、ボスの胸の感触くらいだが。あの感触を毎日思い出しているからなぁ。記憶の定着には復習が大切らしいし。


「一緒に昼メシを食べた時に話してた事だよ」


あ~・・・ また葉山の事か。俺は手を出してなんかいないのに・・・


この1週間、葉山とは2回昼メシを食べた。しかしボスに怒られるような事は特にしていないはずだ。


「だから俺と葉山は、別に・・・」


「そっちじゃねぇよ」


(ん? 違うのか?)


じゃあ・・・ ボスが葉山を好きって話か? なんだ? 恋愛相談か? 初恋も知らないこの童貞に?


「同性愛について・・・ なんだけど・・・」


〈同性愛について〉というか、〈お前の葉山への愛について〉だろ?


「アタイも、その・・・ 実は、気持ち悪い・・・とまでは言わねぇけど、なんか・・・ 好きになるのはイイと思うんだ。でも、女同士で・・・ そ、そういう事をするのが、なんていうか・・・ 受け入れられないっていうか・・・」


そういう事? セックスの事か?


「だったら、しなきゃイイだろ? 男女のカップルでも、しない人達は居るらしいぞ?」


「・・・へ? そうなのか? でも・・・ アタイがそこまで口出しするのは、おかしいし・・・」


「なに言ってんだ? 自分の事だろ? 自分で決めたら・・・」


「は? 自分の事? オマエこそ、なに言ってんだよ?」


「ん? いや、だから・・・ 大久保が葉山を抱きたくないなら、ムリに抱かなく・・・」


「なんでそうなるんだよ! アタイの話じゃねぇだろ!」


「・・・え?」


「え? え?」


束の間、俺達はお互いの顔を見合った。


「あれ? 大久保は葉山を好きなんだよな?」


「好きじゃねぇよ! いや、友達としては好きだけど」


あれあれ? じゃあなんで同性愛の話なんて、してるんだ?


「あ~、アタイがちゃんと言ってなかったな。悪い」


「そうだ。お前が悪い」


「うるさい!」


ここで一旦ドリンクタイムを挟んで、それぞれが頭の中をリセットする事にした。俺はオレンジジュースを、ボスはジンジャーエールを入れてきた。


「実は、アタイの友達の話なんだけど・・・」


「そういう場合、大抵自分の話だけどな」


「ホントに友達の話なんだよ! イイから聞けよ!」


あんまり怒らすと殴られるかもしれないな。ボスはヤンキーだし。


「アタイの友達が〈ミサミサの事が好き〉って、言っててさ・・・ アタイは一応、〈応援する〉って言っちゃって・・・ でも・・・」


「同性愛がよく分からない・・・ってか?」


「うん・・・」


「別に分からなくても、応援するのはイイんじゃないのか?」


「そうか? なんか、それって不誠実っていうか・・・ いい加減っていうか・・・」


「あのなぁ・・・ 例えば、葉山が俺を好きになったとするだろ? その事を・・・」


「なる訳ないだろ! 中川、ふざけんなよ!」


「〈例えば〉って言ったよな? たとえ話で怒るなよ。話が出来ないだろ?」


「あ、うん・・・」


「例えば、葉山が俺を好きになったとするだろ? その事を葉山がお前に相談する。その時にお前が〈中川のどこがイイんだ?〉と思ったり、葉山の気持ちが分からなくても、葉山を応援するのは悪い事じゃないだろ?」


「あ~・・・ まぁ・・・」


いまいち納得していないな。例えに俺を使ったのがイケなかったのか?


「同性愛だからって、難しく考える必要は無いんじゃないのか?」


「でも・・・」


「普通に友達の恋愛相談として考えろよ」


「う~ん・・・」


ボスは〈理解しようとしてはいるが、理解しきれない〉という感じだった。






6月上旬。


「それでだな・・・」


ボスがなにやら話し掛けてきているが、俺はウンザリしていた。なぜなら初回の連行を含めて、もう4回も連行されているからだ。まぁ、たまにならイイさ。だがペースが早い。今回はドーナツ屋に連行された。


「そもそも、葉山を好きなその友達は何か行動を起こしてるのか?」


「え? まぁ、ミサミサと喋ったり仲良くはしてるけど」


「そんなんじゃなくて、葉山と付き合う為にだよ」


「いや、だから仲良く・・・」


「あのなぁ、そんなの葉山からしたら単なる友達付き合いだろ? そんな事をしてても恋人になるなんてムリだぞ?」


「じゃあ、どうすりゃイイんだよ?」


「知るかよ。そんなの本人に考えさせろよ」


「はぁ? なんだよ、その言い方! ヒドくないか?」


「ヒドいのは、お前だよ。大久保は工作員なのか?」


「・・・? え? なに?」


「本人が大して何もしてないのに、なんでお前が俺に相談してるんだよ? 大久保がそんなに動き回る必要ないだろ?」


これまでの話を聞くに、葉山の事を好きなその友達が少しでも長く葉山と喋れるように配慮したり、2人っきりになれるようにしたりなど、色々とボスは動いているみたいだ。


「それは、〈応援する〉って言ったし・・・」


「大久保のやってる事は、応援の域を越えてるんだよ。もうお前は何もするな」


そう、俺にも相談するな。メンドくさい。






6月中旬。


俺は、クラスの女王の地位に君臨するボスこと大久保鈴香の相談役を辞任した事により、多分のストレスから解放されていた。しかし、ここにもストレスの一因が・・・


「見て、見て! この玉子焼き、ハートの形だよ?」


そんな事はクソどうでもイイ。あれだろ? 1コ分にカットした玉子焼きを包丁で斜めに切って片方をくるんと半回転させてくっつけて並べたらハート形になるヤツだろ? そんなのはもう知ってるし、クソどうでもイイよ。


笑顔でハート形の玉子焼きを見せてくる葉山に対して、俺はそんな事を思っていた。ここは〈昇龍の背中〉。本来なら、1人でゆっくりと落ち着いて昼メシを食べられる場所だ。それなのに葉山がしょっちゅう来るから、俺はストレスが溜まってきていた。誰か何とかしてくれ。


タッ・・ タッ・・ タッ・・ タッ・・タッ・・・


足音が迫ってくる。たぶん2人連れだ。おそらくはカップルに違いない。そしてイチャイチャタイムが始まる。


コホンッ、コホンッ!


いや、始まらない。足音は去っていった。葉山は足音が近づいてくると咳払いをして早めに存在をアピールするようになった。イチャイチャタイムが始まる前に先手を打つようになった。完璧な対処法を身に付けたのだ。


「あのさぁ、なんで俺がわざわざここに来て昼メシを食べてるのか、分かる?」


「うん。ゆっくりしたいからでしょ?」


それが分かっているのなら、なぜお前はここに居るんだ? いやがらせか? 俺へのいやがらせなのか?


「ほらほら、食べて食べて!」


葉山が俺に玉子焼きを渡してくる。一緒に弁当を食べる時は毎回だ。もちろん俺は要求していないし、別に要らないのに。こんな事になるのなら、オムレツ風の玉子焼きを絶賛するんじゃなかった。ちなみにあの後日から俺が渡されている玉子焼きは、少し醤油の風味が漂う甘くない玉子焼きだ。それをいつも渡される。葉山は毎回2種類の玉子焼きを持ってきている。


「俺は1人で食べたいんだけど?」


「だから毎日は来てないよね?」


来ないのを毎日にして欲しいんだよ!






「最近、鈴香と会ってないの?」


「・・・? 大久保はクラスメイトだぞ? 毎日会ってるだろ?」


何を言っているんだ、葉山は。


「そうじゃなくて、放課後の事。少し前まで頻繁に会ってたんでしょ?」


その事か。なんだ、葉山は知ってたのか。


「鈴香の事、キライになったの?」


「は? 元々好きじゃないぞ?」


「え? 好きじゃなかったの!?」


なんでそう思うんだよ。


「好きじゃないのに、あんな事、したの?」


「・・・あんな事?」


「顔・・・ 押し付けてたよね?」


あ~・・・ その事ですか。


「中川くんって、好きでもないコにあんな事をするんだ・・・」


「・・・・・・・」


「もしかしてワタシにも、あんな事・・・ しようとしてるの?」


するかよ! いや・・・ あの時と同じ状況になったら、するかも。


「しないよ、たぶん」


「・・・って事は、するかもしれないんだ?」


「世の中、何が起きるか分からないからな」


「なるほど。たしかにそうだね」






6月下旬。


「中川・・・ あの・・・」


ボスが声を掛けてきた。よりによって男子トイレの前で。待ち伏せをしていたのか? なんだ、なんだ? 今度はなんだ? 相談役なら辞任したぞ?


「ちょっと・・・ 話が・・・」


「例の話なら聞かないぞ。本人に行動させろ」


ボスは人が良すぎるというか、甘いというか・・・ ヤンキーなんだからもっとガツンと言ってやれよ、そいつに。


「いや、その事じゃなくて・・・」


「・・・なんだよ?」


「ここだと、ちょっと・・・」


首を振ってキョロキョロと周りを見るボス。


「誰かに聞かれたらマズいのか?」


「・・・うん」


なんだよ、またなんかややこしい事なのか?


「じゃあ、放課後か?」


「うん・・・ 放課後、教員棟の裏に・・・」


「教員棟? 放課後、行けばイイのか?」


「うん・・・」


ボスは俺にそう伝えると早足で教室へと戻っていった。




教員棟とは、校長室、職員室、保健室、教師用のトイレや、音楽室、実験室、調理実習室などの特別教室がある校舎の通称だ。この校舎には生徒の教室は無く、用が有る生徒しか訪れない。そして教師はやたらと居る。つまり教師の校舎であるといえる。そこでいつしか教員棟と呼ばれるようになった。


・・・と思う。名前の由来は分からないが、教員棟とはそういう場所だ。校舎の中も、校舎の周りも用の無い生徒が訪れる事はほとんど無い。


教員棟の裏? よっぽど聞かれたくない話なんだな。俺も昼メシを食べる場所の候補に上げていたが、さすがに教師が近くに居るのはイヤだからやめておいたが・・・


それにしても、なんなんだ? ・・・ん? まさか・・・ 俺、ボコられるのか? 校舎裏や体育館裏へのヤンキーからの呼び出しといえば、そういう展開になるよな? ・・・逃げるか? でも、どうせ明日教室で会うからな。逃げ切れないよな。


いやしかし、教員棟の裏だよな・・・ ボコる所を教師に目撃される可能性が有るし・・・ ボコられる訳ではないのか?


・・・まさか、まさかまさかの告白!? ・・・ボスから? いやいや、それも違うか。一体なんなんだよ。イヤな予感しかしないぞ。






その日の放課後。俺はボスの動向をチェックしていた。ボスは葉山を始めとするクラスの面々に挨拶をすると、足早に教室を出ていった。俺の事を全く見ずに。おいおい、なんか怪しいぞ。とにかく俺も向かわないと、遅くなったらそれを理由にボコられるかもしれないからな。






「お、おう。来たな、中川」


そう言ってきたボスの様子がなにかおかしい。俺はボスからある程度の距離を取って話し掛ける事にした。


「な、なんだ?」


俺は恐る恐るボスに聞いた。


「・・・? なんでそんなに離れてんだよ?」


俺とボスとの距離は、およそ7メートル。


「イイから、用件を言え」


俺は機動隊に囲まれた立てこもり犯のごとき警戒心でボスに言った。


「え? あ、あぁ・・・ それじゃあ、つ・・・ ついてきてくれ」


そしてボスは歩き出した。






俺はボスから距離を取りつつ歩いた。その距離は5メートル。さっきよりも少しだけ近付いていた。俺達はしばらく歩いた。そうして、ようやく辿り着いたのは・・・ 2階建てのレンガ造りの建物だった。


入り口の左右にはライオンらしき彫刻がそれぞれ1体ずつ、合計2体が配置されている。そして入り口の上部には旗が掲げられている。国旗なのかどうかも分からない旗だ。


窓から建物の中が見えたので目を凝らすと、厚手のテーブルクロスが敷かれたテーブルと豪華そうなイスが2脚見えた。首を動かしてさらに中を覗き込むと、その組み合わせが複数あるのが確認できた。


(は? なに、ここ。レストランか? 結構、高級そうだぞ。 高校生が、しかも制服姿で来るような所じゃないだろ?)


「どうしたんだよ、中川。早く来いよ」


レストランのドアの前からボスが俺を呼ぶ。俺はまだボスから距離を取っていた。


(さすがに、こんな所ではボコられないよな?)


俺はボスの近くに寄っていった。






店内に入ると、店員の案内を受けて俺達は席についた。


「デザートセットBを2つで」


ボスはメニューも見ずに、慣れた感じで注文をした。


(なんだ? ここに来た事あるのか? ボスってお金持ちのお嬢さまなのか?)


俺はそろりそろりと手を伸ばしてメニューを掴むと、スススーッと手元に引き寄せた。そしてメニューをテーブルの陰に隠して少し開いて中を覗いた。するとデザートセットBの値段が見えた。



デザートセットB ¥2,500



(は!? 2500円だと!? デザートが?)


俺は自分の顔が青ざめていくのが分かった。


千円でステーキランチを食べられる店を俺は知っている。それなのにデザートが2500円だと? 一体どんなデザートが出てくるんだ?


「なにしてんだよ?」


俺の様子を見ていたボスが顔をしかめながら言った。


いやいやいや! お前こそ、なにしてんだよ! なんでそんなに余裕なんだよ? 2500円だぞ!?






「どうだ、中川。旨かっただろ?」


デザートセットBを完食した俺達。


「・・・あぁ」


旨い? いやいや、そんな一言で済ませられるモノじゃなかったぞ。味はもちろん素晴らしかったが、見た目は芸術品そのものという出来映え。そんなデザートが3品と紅茶が飲み放題。なるほど、2500円というのも納得だ。いや、なんなら少し安いくらいか? しかし、


「あの、俺・・・ 今、金が・・・」


そう。俺には手持ちの金が無い。全く持っていない訳では無いが、700円ほどしかない。


「イイよ。いつも奢ってるだろ?」


そう、たしかにそうだ。ボスに連行された時はいつも奢られていた。


「でも、この金額は・・・」


2500円のセットが2つだから、5千円。そんな大金をボス1人に背負わすなんて・・・


「アタイが勝手にこの店に入ったんだし、アタイが奢るのが筋だろ?」


「うん、たしかにそうだな」


俺はすぐに納得した。


「・・・だけど、こんな店によく入ったな? ここって、かなり高級なレストランなんだろ?」


「レストラン? ここ、カフェだぞ?」


「・・・・・・・」


なんだってぇっ!? ここがカフェ!?


俺は店内を見回した。豪華そうな装飾品や絵画がたくさん飾られていて、店員は全員が黒を基調としたビシッとした制服を着ている。どこをどう見ても俺には高級レストランにしか見えない。


「・・・メニュー、見てみろよ」


ボスに促されて俺はメニューを確認した、全ページをくまなく。そこには様々な商品が写真付きで載っていた。それらは全てデザートと飲み物。肉料理や魚料理などは一切載っていない。


「マジで・・・?」


俺の認識ではカフェとはもっとカジュアルなモノだ。


カジュアルな外観、カジュアルな内装、カジュアルな店員、カジュアルな商品、カジュアルな値段、カジュアルな客・・・ そう、カジュアルこそがカフェのはずだ。


カフェとは、なんなんだ?


俺はカフェが何なのか分からなくなり、急いでスマホで調べた。



コーヒーの事。(フランス語)



そんな事は知ってるよ!!!


俺はスマホをしまった。一連の様子を見ていたボスが俺の事を気遣う。


「お、おい・・・ 大丈夫か? 中川」


「ん? あ、あぁ・・・ 少し混乱しただけだ」


いや、かなり混乱している。


「それで、だな・・・ 話なん・・・だけど・・・」


ボスがたどたどしく今日の本題に入ろうとした。俺は心を落ち着かせてボスに聞く。とりあえず、カフェの事は頭の中から消去しよう。


「あぁ、話が有るんだったな・・・ なんだ?」


「えっと、その・・・」


「・・・? なんだよ? 早く言えよ」


ボスが話すのを躊躇している。〈誰かに聞かれたらマズい話〉って事だし、警戒しているのか? でも、こんな所に知り合いなんて居ないだろ?


「わ、分かってるよ・・・ 今・・・ 言うから・・・ そ、その・・・だな・・・ つ・・・ つ、つ・・・ つ・・・ 付き合ってくれ!」


「ん? あぁ、分かった」


「・・・ふぇ? イ、イ・・・ イイ・・・のか?」


ボスがうろたえている。なんだ? 今さらその程度の事で何をうろたえているんだ?


「あぁ・・・ それで? 次はどこに行くんだ?」


俺は軽い気持ちで聞いた。


「・・・どこ?」


「どこかに行くんだろ? ・・・で、そこまで付き合えば・・・」


「違ぇよ!!」


静かな店内にボスの声がこだまする。慌ててボスは立ちあがり、〈ゴメンなさい、ゴメンなさい、すんません!〉と周りの客に謝罪をした。俺はボスの謝罪が終わるのを待ってから聞く。


「違う? 何が違うんだ?」


「つ、付き合って欲しいんだよ・・・ アタイと」


やっぱり違わないじゃないか。また、どこかに移動するんだろ?


「だから、どこに・・・」


「違うってば! ア、アタイをオマエの・・・ な、中川の彼女に、し、し・・・ してくれ!」


・・・は? はぁ? ・・・彼女?


「はあぁあ!?」


俺の声が店内にこだまする。俺は動転しながらも即座に四方八方に謝罪をした。そう、文字通り四方八方にだ。動転していた俺は壁にも謝罪をしたのだ。


「お、おい・・・ 中川? だ、大丈夫か?」


「・・・あぁ、うん」


いや、大丈夫ではない。全然大丈夫ではない。


「あの、それで・・・ へ、返事は?」


「・・・とりあえず、ここを出ないか? せっかく連れてきてもらって悪いんだけどさ」


俺は豪奢な店の雰囲気に気圧されている自分を感じ取り、落ち着いて話が出来る場所にこの身を置きたかった。




俺達は近くの小さな公園に場所を移して、木製のベンチに並んで腰を下ろした。周りに人影は無い。


「さっきの店、よく行くのか?」


俺はあえて〈カフェ〉と言わずに〈店〉と言った。あそこがカフェだなんていまだに信じられない。受け入れられない。あそこの事をカフェと言うにはちょっとした、いや、かなりの抵抗が有る。


「〈よく〉って事はねぇよ。年に2、3回かな? 特別な日とかに行くんだよ」


特別な日・・・ なるほど、今日は特別なんだな。


「それで・・・ 返事・・・」


「あ、うん・・・ でもその前に、いくつか聞いてもイイか?」


「・・・な、なんだよ?」


ボスの顔に警戒心が表れる。何を聞かれるのかと身構えているようだ。


「そんなに警戒するなよ」


つい1時間ほど前までボスに対して警戒しまくっていた俺が言った、恥ずかしげもなく。


(仕方が無い、少し緊張をほぐしてやるか)


本当に聞きたい事は後回しにして、俺は軽い質問から始める事にした。


「スリーサイズは?」


「なっ!?」


困惑と怒りとがないまぜになったような表情を浮かべるボス。そして顔がだんだんと赤くなっていき、少しうつむいた。怒りの感情が増してきているようだ。あ、ヤバい。殴られるかも。俺は〈いやいや、冗談だよ〉と言おうとしたが、


「・・・85、63・・・87」


「!?」


な、な、なんと教えてくれた!? どうやらボスの顔の赤さは、怒りではなく、恥ずかしさの表れだったようだ。


いやしかし、サバを読んでいるのかもしれない。ウソを言っているのかもしれない。そう思い、俺はボスの顔をジッと見つめた。しかし彼女の顔はうつむき加減で目を合わせる事は出来ない。俺は無言で〈今の数字は本当か?〉と彼女に念を送った。念話を試みた。すると、


「少し前に測った時のだから、今は違うかも・・・」


と上目遣いで言って、顔をさらに赤くして完全にうつむくボス。


なんと!? 念話が通じたのか!? いやいや、そんな事より! そんなバカげた事よりも!


・・・本当の数字を言ってくれたのか? よし、それならもう少し踏み込んでみよう。


「カップのサイズは?」


「・・・E」


ボスはうつむいたまま答えた。Eか・・・ なかなかのモノを持っているな。


「好きな体位は?」


「・・・は?」


ボスが顔を上げて俺を見る。


「だから、好きな体位だよ」


「たいい? なんだそれ?」


首を傾げるボス。


「セックスをする時の体勢だよ」


「バ、バ、バ、バ、バカか、オマエは! そんなの知るかよ!!」


ボスは立ち上がって叫んだ。


「なんで知らないんだよ? 自分の事だろ?」


「アタイはまだ、そういうのはしてないんだよ!」


「・・・おいおい、ウソをつくなよ」


俺は白い目でボスを見ながら言った。


「ホントだよ! 付き合った事すら、ねぇんだよ!」


「・・・・・・・」


マジかよ、ボスは新品なのか・・・ 俺と一緒なのかよ。


「じゃあ、週に何回オナ・・・」


「他に聞く事ねぇのかよ! 変な事ばっか聞くな!」


「・・・どうだ? 緊張はほぐれたか?」


「え? もしかして、その為に・・・?」


「あぁ」


半分ウソだ。いや、8割ウソだ。最初の目的はそうだったが、もうすでにそんな気遣いは俺の頭の中には無かった。


「そっか・・・ ありがとな」


ボスは再びベンチに腰を下ろす。


礼を言うのはこっちの方だ。貴重な情報が得られたんだからな。85のEカップに俺はグリグリしたんだな。よく覚えておこう。


「それで、返事なんだけど・・・」


「その前に聞きたい事が有る」


「え? また?」


ボスの顔から不信感が見てとれる。いやいや、違うから。今度はちゃんと聞くから。


「いつから俺の事が好きなんだ?」


「え? あ、それは・・・ ハッキリと自覚したのは、2日前、だな・・・ たぶん実際に好きになったのは、もう少し前・・・だと、思うけど・・・」


「なんで好きになったんだ?」


「なんで、って言われても・・・ よく、分かんねぇよ」


「本当に好きなのか?」


「あぁ、それは間違いねぇ」


ボスが真剣な眼差しを俺に向けた。


どうやら本当にボスは俺の事を好きみたいだ・・・ さて、どうするか。いや、俺の答えは決まっているよな。


「俺は大久保とは付き合えない」


「なんで!?」


「大久保の事を好きじゃないからだ」


俺がそう言うと、ボスは視線を俺の顔から外してうなだれた。そして、しばらくしてから口を開いた。


「・・・ミサミサか?」


「え?」


葉山? なんで今、葉山が出てくる?


「中川は・・・ ミサミサが好きなのか?」


はい? なんでそうなるんだ?


「いや、全然」


俺のその言葉を聞いたボスは、また俺の顔を見る。


「そうなのか!? じゃあ、誰を・・・」


「俺は誰の事も好きじゃない。初恋だって、まだなんだ」


ボスは驚いた顔をして聞いてくる。


「・・・ホントかよ?」


「あぁ」


「・・・・・・・」


少しうつむくボス。


「とにかく、大久保とは付き合え・・・」


「1年! いや、半年でイイ! 試しにアタイと付き合ってくれ!」


ボスが俺の言葉をさえぎって必死に訴えてきた。その顔は力強く俺の顔を見ている。


「・・・試し?」


「あぁ! 好きなヤツが居ないんなら、別にイイだろ?」


別にイイと言えばイイのかもしれない。しかし・・・


「そんなんで、お前はイイのかよ? 俺はお前の事を好きじゃ・・・」


「好きにさせる! 惚れさせる! 半年で中川をアタイに惚れさせるから!」


ボスは俺の目を見つめて、そう言った。


「・・・・・・・」


ボスの言葉と眼差しから強い意志を感じた俺は少し考えようとした。するとボスが立て続けに言ってくる。


「だからアタイにチャンスをくれ! 今はアタイの事を好きじゃなくてもイイから! アタイをキライじゃないなら、付き合ってくれ!」


「・・・・・・・」


「なぁ、中川! アタイと・・・ 一緒に居てくれ!」


「・・・分かったよ」


「え? じゃあ・・・」


「うん・・・ 付き合うよ」


ボスの熱意に感心した俺は、彼女の告白を受け入れる事にした。


「中川!」


突然ボスが抱きついてきた。


あまりの事に驚いた俺だったが、直後に大声を上げて泣き出したボスのその声を聞いて、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけだが、大久保鈴香というこの女のコの事をいとおしく思った。


だからこそ、俺は泣いている彼女の頭をとても優しく撫でたのだろう。






「これは絶対遵守だ。イイな?」


しばらくしてから、俺は泣き止んだボスにそう言った。


俺と付き合うにあたり、ボスに対していくつかの条件を出したのだ。



1・付き合っている事を口外しない


2・粗暴な言動は慎む


3・体を使って俺を籠絡しない


4・俺の邪魔をしない


5・一人称を変更する



「は? なんだそれ? 意味が分かんねぇんだけど?」


「はい、減点1」


「なんで!?」


「粗暴な言動をしたから」


「え? え? アタイ、なにかしたか?」


「はい、減点1。一人称を変更してない」


「なっ!? ふざけんなよ! そんなやり方、アタイは認めねぇぞ!」


「はい、減点3。粗暴な言動、俺の邪魔、一人称」


「っ!?」


「大丈夫か? 一瞬で5点も失ったぞ?」


「・・・ちなみに、元の持ち点は何点なんだ、なの?」


ほう、語尾を変えてきたな。今のはギリギリセーフにしてやるか。


「元は10点だ」


「すでに半分消えてんじゃねぇかよ!」


「はい、減点1。残り4点」


「ぐぐっ・・・ 少し・・・ 猶予をくれ、下さい」


「う~ん、どうしようかなぁ」


俺はあごを少し上げて、まるでボスを見下すかのような素振りをして言った。


「お願いします・・・」


ボスが深々と頭を下げた。俺はかなり気の毒になった。


いや、まぁ・・・ 俺もすぐに直るなんて、これっぽっちも思ってないし・・・ 持ち点なんて、そんなシステムはウソだし・・・


「分かったよ、でも改善するように常に心掛けてくれよ?」


「あぁ! ・・・いや、うん!・・・かな?」


そのあたりは別にどっちでもイイんだけど。


「でも、意外だな・・・よね。〈3〉は、なんでなんだ? なの?」


喋り方がメチャクチャだな。そんなに難しいのか?


〈条件3・体を使って俺を籠絡しない〉


たしかに意外だろうな。俺は童貞ながら、性的な事に対して比較的オープンだ。そして、その事にボスは気付いている。となると、〈すぐに体を求められるかもしれない〉とまで、ボスが考えていた可能性は充分に有る。


ボスの質問に対して、俺は真剣な表情で答える。


「お前の体が魅力的すぎるからに決まってるだろ? そんなモノを使われたら童貞の俺なんて、すぐに骨抜きにされてしまうぞ?」


「・・・・・・・」


ボスの顔は真っ赤だ。


「・・・と、と、とりあえず・・・ 〈4〉は・・・ な、無しにしてくれ・・・る、かな?」


ボスの顔はまだ真っ赤だ。


「ダメだ。〈俺の邪魔をしない〉ってのは、絶対に外せない」


「だったらせめて、具体的に決めてくれよ! ・・・よね」


ボスの顔はまだ少し赤い。


「具体的に?」


「そうだよ。・・・ね。〈邪魔をしない〉って、範囲が広すぎるだろ?・・・うしさぁ。なんでもかんでも〈邪魔だ〉って言われたら、アタイ、シは、なんも、にも、出来ねぇよな? ・・・な、な~とか?」


ボスの顔は正常に戻ったが、喋り方は正常ではない。


「普通に喋れ、よく分からん」


「オマエのせいだろうが!」


ボスの顔がさっきとは別の理由で赤くなった。怒りだ。


「はい、減点1。残り3点だな」


「・・・・・・・」


ボスはうなだれた。その顔は少し青い。


「はぁ・・・ 今は減点しないから普通に喋ってくれ」


シャキッ! と背筋を伸ばしてボスがまくしたてる。


「だからだな、アタイが何かするたびに〈邪魔だ〉、〈邪魔だ〉って言われたら、アタイは何にも出来なくなるだろ? せめて具体的に決めといてくれよ」


「ふむ、適用範囲が無制限に広がるって事か・・・ それはまぁ、たしかに問題だな」


「だろ? だろ?」


「ちなみに何をする予定なんだ?」


「え? そ、そりゃあまぁ・・・ 色々だよ」


ボスの顔がまた少し赤くなった。


「だから、なに? お前の方こそ具体的に言えよ」


「言えねぇよ! は、恥ずいだろ!」


「・・・・・・・」


俺は白い目でボスを見た。


「仕方ねぇだろ! やりたい事なんて色々有るし、いっぱい有るし・・・ それを全部言うとか・・・ は、は・・・ 恥ずすぎんだろうが!」


ボスの顔はまた真っ赤だ。


まぁ、そうか。そうだよな・・・ そりゃあ恥ずかしいよな。それにそんなの全部をいちいちチェックするのは、かなりメンドくさい。


「分かったよ。〈4〉は無しにする」


こうして俺とボスとのお試し交際が正式に始まった。期限は今年いっぱいまで。






翌日の朝。


「なぁなぁ、ねぇ、中川。これ見てくれよ、ね」


変な喋り方で俺にまとわりつく女が居た。ボスだ。


「どうだ? ろ? 面白いだろ? うね?」


「・・・・・・・」


「ほら、これも! 超ヤバいだろ? くね?」


「・・・・・・・」


ボスはさっきから、某動画投稿サイトの動画をずっと俺に見せてきている。


「はぁ・・」


初日から、かなりメンドくさい事になったな・・・




俺は1時間目が終わると即刻ボスを教室から人の少ない場所へと連れ出した。いかがわしい事をする為では無い。お説教タイムだ。


「お前、なに考えてんだ? あんなにベタベタして。みんなにバレるだろ?」


「なにが?」


「俺達が付き合ってる事がだよ」


「でもアタイ、シは、誰にも言ってないぞ? ぉおな?」


「言わなくてもバレるだろ? 俺はバレたく・・・」


「条件は〈口外しない〉だったよな? ぁんよね? 言わなきゃイイんだろ? ぉおね?」


「・・・・・・・」


クソッ! 条件設定をしくじった! それに喋り方もイラつく! スゴくイラつく!






7月中旬。


「アタシも弁当にしよっかなぁ・・・」


「・・・すれば?」


「なに、その反応。ヒドくない?」


この日、俺はボスと〈昇龍の背中〉で昼メシを食べていた。


本当は1人でゆっくりと食べたいのだが、〈付き合っているんだから昼食は一緒に取るべき〉という提案をボスからされた為に、渋々〈昇龍の背中〉に彼女を招待したのだ。と言っても今日初めて招待したのではない。


初めて招待したのは、付き合い始めた日の翌日だ。つまり恋人同士になってから、最初の昼メシの日だ。その日、ボスは昼休みになるとすぐさま俺の席に来て、そのまま俺についてきた。俺が〈ついてくるな〉と言うと、ボスがさっきの提案をしてきた。仮にこの日をやり過ごせたとしても、毎日ついてこられたら〈昇龍の背中〉の事を隠しきるのは不可能だ。逃げ道が無いと判断した俺は観念する事にした。その日以来、俺達は学校では毎日一緒に昼メシを食べている。


「秀人は何が好き?」


「金と自由」


「いやいや、食べ物の話なんだけど?」


ボスの喋り方はまだ1ヶ月も経たないのに普通になった。普通のギャルになった。そして俺の事を下の名前で呼ぶようになった。


「好きなモノが有るなら、アタシ作ってくるよ?」


「じゃあ、タイムマシン」


「だから食べ物の話だってば」


はぁ・・・ タイムマシンで過去に戻ってやり直したい。付き合う条件を決め直したい。






俺は弁当を食べ終わって階段を降り始めた。


「ちょっ!? 待ってよ、秀人! ・・・えい!」


ボスが俺の左腕にまとわりついてくる。Eカップがまとわりついてくる。


「おい! 胸が当たってるだろ! 〈体を使って籠絡しない〉って条件だろ?」


「腕を組んだだけじゃん」


「でも当たってるだろ!」


「仕方ないじゃん、自然と当たっちゃうんだし。じゃあ、腕を組む為に胸を切り落とせって言うの?」


言う訳ないだろ。なんでEカップを切り落とすんだよ。もったいない。


「・・・気を付けろよ?」


「だから当たっちゃうんだよ。わざとじゃないしぃ」


「・・・・・・・」


「なに? どったの、秀人?」


「大久保、前の喋り方に戻せるか?」


「・・・なんで?」


「なんか・・・ 前の方がイイ気がしてきた」


俺はボスがこんなにベタベタしてくるなんて思ってはいなかった。想像していなかった。想像以上だった。


大久保鈴香。俺のクラスに女王として君臨する存在。みんなから慕われて、頼られる存在。その目つきと度胸とリーダーシップにより、凛々しくそびえ立つ存在。そんな存在が恋人に対してこんなにベタベタと甘えてくるなんて思わなかった。だからこそ俺は言葉遣いを変えるように条件を出したのだ。ヤンキー言葉のままだと〈男友達とつるんでるみたい〉になりそうだと思ったからだ。


しかし実際には、これでもかというくらいに甘えてくる。そうなるとヤンキー言葉のままの方が良かったんじゃないかと思えてきた。いわゆるギャップだ。普段は凛々しく強い女子が恋人の前では甘えん坊になる。そんなギャップに萌える気がする。いや、萌えるに違いない。



「・・・って事で、前の喋り方に戻せないか?」


「でも秀人。イヤって言ってたじゃん」


「あの時はな。でも今のお前を見てたら、なんか・・・」


「う~ん・・・」


ここまで変わってしまったら、やはり戻すのは難しいのか・・・


「大久保・・・ 前のお前に戻れないのか? 戻ってくれよ」


「そんな事、言われても・・・」


「なぁ、大久保・・・ 昔の・・・ ヤンキーの頃のお前に戻ってくれ!」


「誰がヤンキーだよ!」


「・・・戻った? 戻ったぞ! ヤンキーの大久保に戻った!」


「だからヤンキーじゃねぇよ!」


「いやいや、ヤンキーだろ?」


「だから違う! アタイはギャルだ!」


「・・・〈アタイ〉は要らないな、それはやめてくれ」


「え? そうなのか? じゃあ、アタシ?」


「うん、それで行こう」


「アタシはギャルだ!」


「ギャルは〈ツラ貸せよ〉なんて言わないだろ?」


「・・・言うんだよ!」


「なんかやっぱり、その喋り方イヤだな」


「秀人が〈戻せ〉って言ったんじゃん」


「おぉ! 瞬時に!? まるで二重人格みたいだ!」


「誰が二重人格だよ!」


「おおぉ! また!? スゴいぞ、大久保!」


「そ、そぉ? アタシ、秀人の為なら頑張るから!」


「大久保、2つの言語を自由自在になんて・・・ いつの間にバイリンガルになったんだ?」


「おい、バカにすんじゃねぇよ」


「すまん。お前はバイリンガルじゃなくて、パイEガールだもんな?」


「コラ、変なアダ名を付けんじゃねぇ」


「あれ? ヤンキーのままだ。ギャルになってない」


「だからヤンキーじゃないって言ってるだろ! アタシはギャルだ!」


「・・・・・・・」


「な、なんだよ?」


「大久保・・・ 頭、撫でてイイか?」


「え? あ、うん・・・」


ボスは少し照れた表情を見せると、あごを少し引いて俺が頭を撫でやすいようにした。


(やはり純情ヤンキー路線で進めた方が良さそうだな)


俺はボスの頭を優しく撫でた。


「・・・・・・・」


ボスの顔がみるみる赤くなる。俺は優しく優しく執拗にボスの頭を撫でた。


「ちょっ、秀人・・・ さすがにちょっと・・・恥ずかしいぞ?」


きた! 照れヤンキーだ! これは、なかなかにイイ!


「よし、やっぱりヤンキーで行こう! そのままでイイぞ、大久保」


「だからヤンキーじゃねぇ!」






4日後の放課後。俺とボスはファミレスにいた。


「なぁ、秀人・・・」


ボスが真剣な眼差しで俺を見る。その表情はとても凛々しい。


「・・・なんだ?」


「チューもダメなのか?」


首を少し傾けてボスは言った。その表情はすでに凛々しくはない。


「ダメだ」


俺はボスから視線を外して答えた。


「ほっぺにも?」


「ダメ」


「おでこにも?」


「ダメ」


なんだろう、少しイライラしてきたぞ。


「なんでだよぉ、ちょっとくらいイイだろぉ?」


「ダメだ。条件は守れ」


ボスはここ数日、やたらと俺の体を求めてくる。


「でもホントは、秀人もしたいんだろ? だって・・・ 前に言ってたもんなぁ~? なぁなぁ、また言ってくれよぉ」


「お前の体は魅力的すぎる。そんなモノを使われたら童貞の俺なんて、すぐに骨抜きにされてしまう」


俺はボスの目をジッと見つめて平然と言った。


「・・・・・・・」


顔を真っ赤にしてうつむくボス。そんなに恥ずかしいのなら言わすなよ。何のプレイだよ。ちなみにこのプレイは数日前から、およそ1日に2回のペースで行われている。


「・・・っていうか、なんで横に座ってるんだ? 向かい側に座れよ」


ボスは俺の左隣に座っている。


「ヤだよ。そしたら秀人にくっつけないだろ?」


そう言うとボスは、すでにしがみついている俺の左腕にさらにギュゥッとしがみついてきた。


「だから胸を押し付けるな」


「腕を組んでるだけだろ?」


いや、ボス・・・ 今のお前の姿を俯瞰して見てみろよ。腕を組んでいるというよりは、俺の左腕に自分の体を巻き付けそうな勢いだぞ?


「なぁなぁ、秀人ぉ。チューしようぜ」


ヤバい・・・ コイツは本当にボスなのか?


「秀人ぉ、秀人ぉ~。チュゥ~~~。チュ・ウ~~~」


もはや別人だぞ。どうしてこうなった!?


「あれ? 葉山?」


俺がそう言うと、ボスはジャキンッ!という音がしそうな勢いで背筋を伸ばし、俺から少し離れた。


「・・・あれ? ミサミサは?」


キョロキョロと周りを見てからボスが言った。


「・・・・・・・」


俺はボスを無視した。


「も~! ウソかよぉ。ビビらせんなよぉ~。このぉ、このこのぉ~」


そう言って俺の脇腹を指でツンツンしてくるボス。


(おいおい、ボスは本当に俺を惚れさせる気が有るのか? 俺の好みが、こんな脳みそが腐りかけてるような女だと思ってるのか?)


「なぁ、大久保。1つ聞いてイイか?」


俺はボスの顔を見た。


「ん~? なんだよぉ?」


ボスがまた俺の左腕に体を絡めてくる。


「俺・・・ お前の事、全然好きにならないんだけど、なんでだと思う?」


「そんな事、アタシに聞くなよ!」


ボスは泣きそうな顔をしている。


「いや、お前くらいしか相談できる相手が居ないんだ」


「だったら相談するな! そんな事、本人に相談するな!」


「う~ん・・・ そうか・・・」


仕方が無い、自分で考えるか・・・


ボスは美人だし、スタイルもイイ。顔は小さいし、出てる所は出てる。俺が一目惚れしていても、おかしくはない。でも好きになっていない。美人のボスのEカップに俺は顔をグリグリした。でも好きになっていない。美人のボスに告白をされた。でも好きになっていない。美人のボスと付き合っている。でも好きになっていない。美人のボスに甘えられている。でも好きになっていない。美人のボスに抱きつかれている。でも好きになっていない・・・


なんでだ? なんで好きになっていないんだ?


クラスのリーダー的存在で、美人で、Eカップで、純情ヤンキーなのに、なんで好きになっていないんだ? こんな恋人、そうそうは手に入れられないぞ? まさか本当に俺は男が・・・ いやいや、それは無い。すでにその可能性は排除した。


もしかして・・・ 美人がキライ・・・ いや、それも無いな。俺がお世話になっているアダルト動画に出てくるのは美人ばかりだ。


そこで俺はふとボスを見る。


「秀人ぉ~、秀人ぉ~~~・・・ うにょ、うにょ、うにょ・・・ うぅ~~~、うにゃにゃ」


ボスは謎の言語を口にしながら、俺の左肩に自分のおでこを擦り付けている。


(・・・とりあえず、これは好きにならないな)


俺はドン引きしていた。






翌日の昼休み。


「秀人ぉ~。見てくれよぉ」


ボスが自分の弁当の中身を見せてきた。今日は珍しく、というかおそらく初めての弁当だ。


ボスの弁当の中身は、海苔の乗った白米、豚肉のショウガ焼き、根菜の煮物、スクランブルエッグ、チーズを詰めたちくわ、レタス、プチトマト。


「どうだ? 全部アタシが作ったんだぞ」


〈どうだ?〉と言われても・・・


白米はすでに炊いてあったモノをよそっただけだろうし、海苔は白米の半分を隠すようにして置いただけ。ちくわは切ってチーズを詰めてだけ。レタスはちぎっただけ。プチトマトはパックから出しただけ。正直、これくらいなら俺でも出来そうだ。というか、間違いなく出来る。残りの3品はというと・・・


豚肉のショウガ焼きは、冷えた脂が白く固まっていて、ドロリとしたタレの上にたっぷりと浮いている。タレがやたらとドロッとしているのは弁当仕様だからなのか? ショウガの香りと固まった脂のおかげでショウガ焼きだと分かったが、一見すると何なのか分からない。黒いスライムが何かを捕食してそこに雪が降ってきたかのようだ。


根菜の煮物も、全体的に黒い。ゴボウが黒いのはイイとして、大根も黒い。人参に至っては、赤黒い。煮物というか、醤油漬けのようだ。


スクランブルエッグは、もう何と言うか・・・ 大きさにムラが有りすぎるし、半分くらい焦げてるし・・・ おそらくオムレツか玉子焼きを作ろうとしたけど、失敗したから急遽スクランブルエッグに変更した感じがありありと伝わってくる。見るからにボロボロでボソボソだ。そもそも弁当にスクランブルエッグって、食いにくいだろうに。


そんな弁当の感想を聞かれた所で、とてもじゃないが〈旨そうだ〉とは言えない。かといって〈不味そうだ〉と言うほどでもない。そう、答えは1つだ。


「微妙だな」


「・・・・・・・」


固まるボス。


ガーーーーーン・・・ 今のボスの心境は、たぶんそんな感じだろうな。俺に感想を聞いたのが悪い。俺は基本的には忖度はしないのだ。


やがて、なんとか立ち直ったボスが聞いてくる。


「・・・ど、ど、どれが食べたい?」


「どれも食べたくない」


「・・・・・・・」


再び固まるボス。


俺、〈微妙〉って言ったよな? 食べたいモノなんてある訳が無いだろ?


「秀人! もっとアタシに優しくしろ!」


俺はボスの頭を撫でた。


「・・・そ、それでイイんだ」


ボスは顔を少し赤らめてニヤニヤとしている。


(コイツ・・・ 将来、悪い男に騙されそうだな)






「それにしても、何で俺なんだ?」


弁当を食べながら俺はボスに聞いた。


「・・・何がだ?」


「好きになったのがだよ。大久保ならモテるだろ? それなのに、よりにもよって俺みたいな陰キャに告白するなんて・・・」


「陰キャ? 秀人が?」


「あぁ」


引っ掛かる所、そこかよ。〈モテる〉って所はスルーか? まぁ、実際モテるんだろうな・・・ あれ? でも〈付き合った事が無い〉って、言ってたよな? んん? 実はモテないのか?


「秀人は陰キャじゃないぞ?」


「いやいや、完全な陰キャだよ。ぼっちだし、友達を作ろうとしないし、人混みは苦手だし、イベントはキライだし、休日は家でゲームばっかりしてるし、クラスで孤立してるし・・・」


「・・・家でゲームばっかり?」


弁当を食べていたボスの手が止まる。


(あ、しまった・・・)


ギロリと俺の事を見るボス。その目がなんとも怖い。


「〈家でゲームばっかり〉って、なんだよ? 〈休日は色々と忙しい〉って、言ってたよな? 〈両親が仕事だから、洗濯とか掃除とか色々としないとダメだ〉って、言ってたよな?」


「・・・あ、合間にな。家事の合間に、休憩としてゲームを・・・」


もちろんウソだ。俺が家事なんかをする訳が無い。休日は1日中ゲームをしている。両親も家に居る、たまにデートで外出する事も有るが。


「ゲームする時間が有るんなら、アタシとデートしろよ!」


「いや、俺・・・ 金、無いし・・・」


「金が掛かるようなデートじゃなくてイイよ! 散歩するだけでイイから! お互いに家でメシを食ってからでイイから! 飲みモンくらい、奢るから!」


「な、夏休みにしようか・・・ もうすぐ、ほら・・・ 夏休みだし・・・」


「絶対だぞ? もし、約束を破ったら・・・・・ チュ・・・ チュ、チュ・・・ チューしろよ?」


たぶんだけど、約束を破った方がボスは喜びそうだ。




「・・・さっきの話だけど、秀人は陰キャじゃなくて、怠けモンのひねくれモンだろ?」


「・・・・・・・」


ろくでもない評価だな。いや、ろくでもないのは俺か。


「そんで、秀人は孤立してるんじゃなくて・・・ 独立してるんだと思うぞ?」


「独立?」


「うん。秀人は誰かに頼らないし、頼ろうともしないし・・・ そもそも誰かを当てにしてないだろ?」


「あ~・・・ そうなのかな?」


「そうだよ。だから秀人は〈独立してる〉って感じだな。・・・たまには、アタシに頼って欲しいのに・・・」






翌日の昼休み。今日も、俺は1人で昼メシを食べる事を許されなかった。と言っても俺の隣に居るのはボスではない。葉山美紗だ。


「こうしてお昼を食べるのも、久しぶりだね?」


「・・・あぁ」


今日は1人で食べられると思ったのに・・・


ボスは今日、学校を休んでいる。



《ゴメン秀人、今日アタシ休む》



今朝、俺のスマホにその一文が送られてきた。別に謝る事なんて無いのに。正直、俺はその一文を見た時に大いに喜んだ。〈今日は弁当を1人で食べられる〉と。俺は最低の彼氏だ。






弁当を食べ終わった俺は、教室に戻る為に立ち上がった。すると葉山が声を掛けてきた。


「まだ時間、大丈夫でしょ? 急がないとイケないの?」


「いや、別に・・・ 教室に戻っても、寝るだけだし」


「じゃあ、もう少し・・・ 話してこうよ。ね?」


「・・・あぁ、イイけど」


教室で寝ると言っても、昼休みの教室は授業中と違ってかなりうるさい。そう簡単には眠れない。教室に戻るよりは葉山と話をしていた方が、まぁ静かな環境だと言えるだろう。


俺は再び、その場に腰を下ろした。


「・・・鈴香とは、上手くいってないみたいだね?」


葉山は俺の顔を見る事はせず、正面を向いたままで聞いてきた。


「なんで? 誰かに聞いたのか?」


「うん、鈴香から」



〈条件1・付き合っている事を口外しない〉



この条件は、今や破棄されている。〈今や〉というか、付き合ってすぐに破棄された。ボスは付き合い始めてから、すぐにベタベタと俺にまとわりついてきた。そんな俺達を見れば、誰だって〈あの2人は付き合っている〉と思う。


そもそも〈条件1〉は、俺達の交際を周囲に知られないようにする為に設定したモノだ。しかしボスの行動によって、ほんの数日で俺達の交際は周囲に完全にバレた。それにより〈条件1〉は形骸化した。その上、


「中川をアタイ、シに惚れさせる為に誰かに相談したい!」


・・・というボスからのお願いにより、俺は〈条件1〉を破棄する事にしたのだ。



俺が最初に提示した条件は5つ。その内の1つは交際開始の当日に破棄されて、その数日後にはさらに1つが破棄された。そして、つい1週間ほど前にはまた1つが破棄されて、残るは2つ。その内の1つも、ちゃんと守られているかは微妙な感じだ。



〈条件5・一人称を変更する〉



ボスが遵守しているのは、これだけだ。俺の条件設定は完全に失敗していた。




ボスの相談相手は葉山か。まぁ、そうだろうな。〈上手くいってない〉か・・・ なんだかんだ仲良くはしているけど、ボス本人に〈好きになってない〉って言ったしなぁ、俺。


「なんで鈴香の事、好きにならないの? 美人だし、スタイルはイイし、性格もイイと思うんだけど?」


「さぁ・・・ 俺もよく分からないんだ。大久保のスペックはかなり高い。それは間違いない。でも、好きにならないんだ」


「中川くん・・・ 他に、好きな人がいるとか?」


葉山は俺の顔を覗き込むような姿勢を取って、俺にそう聞いてきた。俺は視線だけを葉山の顔に動かして答える。


「それは無い」


「ホントに?」


「あぁ、本当だよ」


葉山はまた正面を向いた。そして言う。


「ふ~ん・・・ お試し期間は、〈今年の12月31日まで〉なんだよね? それまでに鈴香の事、好きにならなかったら別れるの?」


「あぁ、そういう約束だからな」


「このままだと別れそう?」


「そうだな」


「・・・そっか・・・ 鈴香、泣いちゃうね・・・」


「あぁ・・・」


ボスは付き合った初日に泣いた。そしてこのままなら、最終日にも泣くだろう。そういう約束とはいえ、女のコを泣かすのはあまり気分のいいモノでは無い。


「鈴香の事、絶対に好きにならないの?」


「さぁな・・・ そうは言い切れないかな・・・」


「・・・世の中は、何が起きるか分からない・・・だったっけ?」


「ん? あぁ・・・ まぁ、そうだな」


「もし、中川くんが・・・ す、鈴香の事を好きになったら・・・ えっと・・・ その・・・」


急に葉山が言葉に詰まりだす。俺は葉山の横顔を見てみた。その顔は少し赤い。


「やっぱり・・・ その・・・ 好きになったら、そ、そ・・・ そういう事・・・ 鈴香と・・・ す、するの?」


葉山の顔がさらに赤くなった。


「・・・? なにを?」


「ほら・・・ 条件で、き、禁止してる・・・事」


「・・・セックスか?」


葉山は顔も耳も首すらも真っ赤にして、無言でコクッコクッと2回うなづいた。


「う~ん・・・ そりゃあ、まぁ・・・ 好きになって本格的に交際をしたら、いつかはするだろうな」


いや、〈いつか〉というよりも〈5日〉かもな。ボスのこれまでの様子から考えると、〈1月5日〉までにセックスをするかもしれない。まぁ、そこまで拙速ではなかったとしても、1月の間に最後までする事になる可能性は高いだろうな。俺も我慢しなくても良くなるし。


「・・・その条件って・・・ 鈴香の為に、決めたの?」


「・・・いや、違う。俺の為だ。・・・俺の身を守る為だ」


「・・・ホントに?」


「あぁ、一時の快楽に惑わされないようにする為だ」


これはウソ。葉山の言う通りボスの為だ。お試し期間なんて、そんなふざけたモノでボスの処女を奪う訳にはいかない。それは、ちゃんとした相手と、ちゃんとした交際をして、失う方がイイ。少なくとも俺はそう思う。


「ねぇ、中川くん・・・」


「なんだ?」


「・・・ホントに・・・ ホントに、ホントに・・・ 好きな人、いないの?」


「だからそう言ってるだろ? しつこいな」


俺がそう言うと、葉山は右手の親指と人差指で自分のあごの先を軽く摘まんだ。まるで、何かを考えるかのように。


なんだ? 名探偵の推理でも始まったのか?


葉山は推理ポーズを解くと俺の顔を睨み付けた。そして改めて聞いてきた。


「鈴香の事・・・ 好きじゃないのに、鈴香と付き合って・・・ 今も好きじゃないのに、付き合ってるの?」


俺の事を睨む葉山の目が怖い。しかし、以前に俺がやらかした時のような冷たい目では無い。今の葉山の目は、なんというか・・・ まるで俺の事を燃やし尽くそうとしているような、そんな目だ。明確な怒りを感じさせる、そんな目だ。


「あぁ・・・ ヒドいよな、俺・・・ ヒドい奴だよ・・・」


葉山の目に気圧されたからという訳ではないが、俺は自己否定を始めた。


「ホントだね・・・ なんで、なんでそんなヒドい事、するの?」


「・・・必死で頼まれたから・・・かな?」


「ワタシは断ったよ? 必死で頼まれたけど・・・ 断った・・・」


「・・・え? なんの事?」


断った? 何を? 頼まれた? 誰に?


「・・・ワタシ、昨日・・・ 告白されたの、女のコから」


「!?」


俺は葉山のその言葉にとても驚いた。


もしかして・・・ ボスの言ってた女子か!?


「必死に一生懸命に頼まれたけど、断った・・・ そのコ、ワタシの友達なんだけど断ったよ? ワタシは断ったんだよ? ワタシはそのコの事、そんな風に見てなかったし・・・ もし付き合っても、恋人としては好きになれないと思ったから・・・ だから、断ったよ?」


葉山はジッと俺の目を見続けている。怒りを込めて、俺の目を見続けている。


「・・・・・・・」


「それなのに・・・ なんで、中川くんは・・・ 断らなかったの?」


「・・・・・・・」


葉山は俺に怒っている。激しく怒っている。葉山の目には、彼女の友達であるボスの事を俺が弄んでいるように映っているのだろうか。決してそんなつもりは、俺には無いのだけれど。


しはらく無言で葉山の言葉に耳を傾けていた俺。そんな俺に怒りの眼差しを向けていた葉山だったが、ふとその目の怒りが弱まった。と同時に彼女は俺から顔を背けて少しうつむいた。横からだったのでハッキリとは分からなかったが葉山の目に、今度は憂いのようなモノを感じた。


「も、もし・・・ ワタシが、鈴香と同じように・・・ 中川くんに・・・ 交際を頼んでたら・・・ そしたら、ワタシと・・・ 付き合ったの?」


葉山は時折、唇をギュッと噛み締めながら俺に聞いてきた。彼女の手が震えている。それもまた怒りのせいだろうか。


「さぁ・・・ どうかな・・・」


「なんで? 鈴香とは付き合ってるのに、なんでワタシとは付き合えないの? それって、鈴香の事が好きって事じゃないの?」


葉山が再び俺の顔を見て、早口でまくし立ててきた。その目はまたしても、俺を燃やし尽くそうとしている。


「いや、それは無い。俺には本当に・・・ 好きなヤツなんて、いないんだ・・・ 大久保も含めて・・・」


「だったら、ワタシとも付き合えるでしょ? ワタシが鈴香みたいに、必死に・・・ 一生懸命に・・・ すがるようにして、頼んだら・・・」


「・・・お前はそんな事、しないだろ?」


俺は素直な感想を述べた。俺のその感想を聞いた葉山は、まるで魂を抜かれてしまったかのように呆然とする。その目に宿っていた怒りの感情は、今や完全にどこかに消え去っていた。




ボスは全力で俺にぶつかってきた。告白の日に豪華な店、彼女いわく、〈特別な日に訪れる店〉に俺を招待して、告白してきた。居心地の悪さに俺はその店から逃げ出してしまったが、その後、公園で俺が彼女の告白を断ってもなお、彼女は、大久保鈴香は、俺に全力でぶつかってきた。


だけど葉山は違う。葉山美紗は、おそらくそんな事はしない。飄々としていて、のらりくらりとしていて、ゆらゆらとしていて、掴みどころが無い・・・ それが葉山だ。葉山美紗は、そういう女子だ。




「・・・なるほど、そうだね。・・・たしかにワタシは、しない・・・ ううん・・・ ワタシには出来ない・・・ そっか、それが・・・ 中川くんが、鈴香の方を選んだ理由・・・なんだね・・・」


葉山は今、その顔に微笑みをたたえている。しかし彼女の目は、どこか焦点が合っていないようにも見える。


「・・・〈大久保の方を選んだ〉って、そんな・・・ まるで俺が、大久保と葉山を天秤に掛けてたみたいな言い方だな?」


「中川くん、それは違うよ。ワタシは・・・ その天秤に乗る事すら出来なかったんだから」


「おいおい、それだと葉山が俺の事を好きだったみたいに聞こえるぞ?」


「もう。また違うよ? さっきから少しズレてるからね、中川くん」


「そうか、それは悪かったな」


「そうそう。もっと反省してよね」


「反省って、そんな・・・ そこまでの事、俺はやらかして・・・」


「〈好きだった〉じゃなくて、今も好きなんだよ?」


「なんだ、そうか。今も・・・」


その時、俺の全身が硬直した。そして思考も。






どれくらいの時間が経ったのだろうか。葉山には慌てるような素振りは見られない。おそらくだが昼休みはまだ終わってはいないのだろう。数時間か、あるいは数日か、それくらいの時が流れたような感覚に襲われた。しかし葉山が平然としている様子を見るに、実際には数秒すらも経過してはいないのだろう。俺は葉山が最後に発したであろう言葉を確認する事にした。


「・・・えっと、今・・・ なんて?」


「だから・・・ ワタシ、中川くんの事・・・ 好きなの」


葉山の頬が少し赤い。


「・・・へ、へぇ~・・・ そ、そ、そうなのか・・・」


俺は再び訪れた硬直に対して必死で抵抗した。そのおかげで、なんとか口も脳もかろうじて動いている。


「・・・い、いつから?」


「4月」


「4月!? ・・・って事は、ゴールデンウィークに会った時には、もう・・・」


「うん。だから写真を撮ったんだよ?」



〈こんなにイイ写真、そうそう撮れないから!〉



葉山はあの時、そう言っていた。なるほど。好きな相手の写真なら、それはまぁ、イイ写真と言えるだろうな。


「なんで俺みたいな陰キャを?」


これはボスにもした質問だが、俺はどうしても気になった。ボスにしろ葉山にしろ、なぜこんな俺を好きになるのか?


「・・・? 中川くんって、陰キャなの? ワタシはそうは思わないけど・・・」


「じゃあ、どう思うんだ?」


「ひねくれた怠け者、かな?」


ボスにも同じ事を言われたな。


「それのどこに惚れる要素が有るんだ?」


「・・・レアモンスター・・・的な?」


「物珍しさに惹かれたのか?」


「まぁ、そうだね。あとは・・・ 変わり者な所、とか?」


ひねくれている上に変わっているのか? まぁ、否定はしないが。しかし、そんな人間のどこがイイんだ?


「さっきから疑問形ばっかりだな。本当に俺を好きなのか? 適当な事を言ってるんじゃないだろうな?」


「適当じゃないよ? でも好きになった瞬間とか理由って、よく分からなかったりするでしょ?」


「知らん。俺は初恋もまだなんだから」


「あ、そっか。鈴香が言ってたっけ」


アイツ・・・ そんな事まで言っているのか。


「でも、ほら! 1泊学習のグループ分けを決めてた日に、〈当日は休む〉って、中川くん言ったでしょ? あの時からワタシ、中川くんの事・・・ 気になってたの。〈変わった人だなぁ〉、〈スゴいなぁ〉って」


「スゴい? なにがスゴいんだ?」


「だって、担任の先生も含めたクラス全員の前で堂々と〈サボり宣言〉をしたんだよ? それって、スゴいよ」


「いや・・・ 俺は〈サボる〉とは言ってないぞ?」


「・・・あれは、誰がどう聞いても〈サボり宣言〉だよ」


そうなのか? 俺は上手く騙せたと思っていたんだが・・・ そういえば、ボスにも見破られてたな。


「それでその日から中川くんの事を見るようになって、観察して・・・ でも、よく分からなくて・・・ どんどん気になって、いつの間にか好きになってた。


それでゴールデンウィークのあの日、ワタシは友達と遊んでたんだけど、途中でちょっと抜けてドラッグストアに買い物に行ってたんだよね。で、買い物が終わって友達と合流する為に連絡してたら、目の前に中川くんが居て・・・ ガッツポーズをしたの。だから、〈これはシャッターチャンスだ〉と思って・・・」


「・・・・・・・」


「なんでワタシの気持ちに気付かなかったの? 鈍感すぎない?」


「俺は別に鈍感じゃ・・・」


「写真を撮って・・・ その後、一緒に買い物してアイスを食べて・・・ そして、嫌がる中川くんの横で2人っきりでお昼を食べて・・・ そんなの、好きじゃなきゃ・・・ しないよ?」


・・・どうやら俺は鈍感なようだ。


「あ~ぁ、ゆっくり時間を掛けて、仲良くなってから告白しようと思ってたのに・・・ まさか鈴香が・・・ ふぅ、失敗したなぁ・・・ 中川くんは誰ともつるまないから、安心して余裕を持っちゃったのが、ワタシの敗因だね」


「・・・でも、なんで今なんだ?」


「なにが?」


「俺に告白したの。俺は今、大久保の彼氏・・・ お前の友達の彼氏なんだぞ?」


「中川くんのせいだよ。中川くんが〈鈴香と絶対に別れる〉って言ってくれたら、ワタシだって来年まで待ったのに・・・」


「おいおい・・・ 友達の破局を待ってるとか、ヒドくないか?」


「ヒドいのは、中川くんと鈴香だよ! 中川くんはワタシの気持ちに気付かないし、鈴香はワタシの好きな人を奪っちゃうし!」


「俺はともかく、大久保は・・・ 」


「ううん、ヒドいよ! ワタシの方が、先に中川くんを好きになったのに! ワタシと中川くんが2人っきりでお昼を食べてたのも知ってたのに!」


あ~・・・ なるほど、そういう言い分か。


「・・・大久保には言ってないんだろ? 〈俺の事が好き〉って」


「い、言える訳ないでしょ、そんなの・・・ は、恥ずかしいし・・・」


「だったら仕方が・・・」


「それは分かってるけど・・・ もう少し、空気を読んで欲しいよ・・・」


それはボスには難しいだろうな・・・ 1泊学習のグループ分けの時でも固まりつつあったグループをバラバラに解体してたし、1度は断った俺に強引に迫ってきたし、俺に対して〈脳みそ腐りかけ女〉で甘えてくるし・・・ ボスは空気を読むタイプでは無さそうだ。


「もし中川くんが鈴香を好きになって、2人がちゃんと付き合って、将来結婚して・・・ そうなったら、ワタシは永遠に中川くんに好きって言えなくなる。それはイヤなの。ワタシはこの気持ちを中川くんに伝えたいし、中川くんにワタシの気持ちを知って欲しい・・・ だから、今じゃないとダメなの・・・ 今日は鈴香が休みだから、中川くんとゆっくり話せるし・・・」


「結婚って、そんな極端な・・・ このままなら、俺と大久保は年内で別れるんだぞ?」


「でも・・・ 世の中は、何が起きるか分からない・・・ でしょ?」


「・・・そりゃあ、まぁ・・・そうだけど・・・」


俺のその返答を聞いた葉山は大きく深呼吸をしてから、また言葉を紡ぎだした。


「・・・ワタシね、小学生の時にスゴく仲の良かった友達がいたの。そのコとは入学してすぐに仲良くなった。そのコは習い事をいっぱいしてて、放課後も休日も忙しくて・・・ 一緒に遊べるのは、学校の休み時間だけだった。そのコは、いつも習い事を〈楽しくない〉、〈ツラい〉、〈疲れる〉、〈辞めたい〉って言ってた。でもそのコは頑張ってたの、親が無理矢理やらせてた習い事を・・・


でもね・・・ 小3の時にそのコは死んじゃったの、交通事故で。ツラそうにして、楽しくなさそうで、でも頑張ってたそのコが10年も生きられなかったなんて・・・ おかしくない? ヒドいよね? 変だよね? そんなに早くに死んじゃうんなら、せめて・・・ せめてもっと、もっといっぱい、楽しい事をしてたら良かったのに・・・


だからワタシは決めたの、〈楽しく生きる〉って。ワタシだって、いつ死ぬか分からないんだから、後悔する事を出来るだけ・・・ 出来るだけ少なくしたいの。だから今日・・・ 中川くんに告白したの・・・


〈今すぐに付き合って〉とは言わない。今年の間はちゃんと・・・ ううん、ちゃんとじゃないよね。お試しで、鈴香と最後まで付き合ってね? そしたら、その後・・・ ワタシと半年間、お試しで付き合って欲しい。もちろん鈴香の事を好きになって、そのまま鈴香と付き合うんならワタシは・・・ 諦める・・・」


そう言い終わる直前に、笑顔を見せた葉山。


彼女は〈諦める〉という、比較的うしろ向きな言葉を笑顔と共に発した。その笑顔には、どんな思いが込められていたのだろうか。


「・・・なんだよ、それ? お前も、お試しでイイのか?」


「ちゃんと付き合ってくれるんなら、その方がワタシはイイけど?」


「いや、それは・・・」


「お試しなら、中川くんは付き合ってくれるんだよね? 鈴香に出来たんなら、ワタシにも出来るよね?」


葉山の目がまた怖くなった。なるほど、そうか・・・ 葉山のこの目に込められているモノは、鈍感な俺への怒りと、ボスへの嫉妬だったんだな。


「ワタシ、これからはもっと積極的に行くから!」


「いや、だから・・・ 俺は今、大久保と付き合って・・・」


「分かってるってば。あんまりムチャな事はしないから」


「本当かよ? 今日の告白だって、結構無茶苦茶だぞ?」


「そうかな? あ、告白の事は鈴香には言っちゃダメだよ? 鈴香が知ったら、たぶんワタシに中川くんを譲っちゃうから。空気は読めないけど、気遣いは必要以上にしちゃうコだから」


「あぁ、言わないよ」


〈気遣いは必要以上に〉か・・・ たしかに、そうかもな。葉山に惚れてる女子に対してあれこれと、気を遣っていたし・・・ ん? そういえば、葉山はその女子に告白されたんだよな? たしか、昨日って・・・


昨日? そして今日、ボスが欠席・・・


もしかして、その女子から告白の結果を聞いてボスは寝込んだのか? なんらかの責任を感じて・・・


んんん? 以前、俺はボスに対して〈本人に行動させろ〉と言った。そのせいでボスがその女子に告白する事を勧めたり、後押しをした。そして、その女子が告白をして失敗。となると、ボスは責任を感じたり、後悔したりする。その結果、今日ボスが欠席。・・・って事だとしたら、〈俺のせいでボスは欠席した〉とも言えるよな? いやしかし、そうとは限らないか。今日のボスの欠席は、たまたまかもしれないし・・・


「ねぇ? 中川くんのモットーは、なに?」


「え? モットー?」


あれやこれやと考えていた俺の脳は、葉山の問い掛けによってその思考を中断した。


「そう、モットー。ワタシの場合は〈楽しく生きる〉!」


「う~ん、そうだなぁ・・・ 〈ラクをして生きる〉だな」


「中川くんらしいね。っていうか、ワタシと似てるね?」


「え? そうか?」


「うん。だってほら、漢字で書いたら〈楽しく生きる〉と〈楽して生きる〉だし。一文字違いだよ?」


「ん? あぁ、たしかにな。でも意味合いは全然違うだろ? お前のはポジティブだけど、俺のはネガティブだ」


「いや、そうでも無いんじゃない? ラクをして生きるって事は、イヤな事やツラい事を避けて生きるって事でしょ? だったらそれは、楽しく生きるに似てると思うよ? 違うとすれば、貪欲さ・・・かな?」


「貪欲さ?」


「うん。中川くんはマイナスな事が無ければイイ。ワタシはプラスな事を増やしたい。70点よりも100点、100点よりも120点。1コよりも3コ、3コよりも5コ・・・みたいな感じ」


「なるほど、たしかに貪欲だな。いや・・・ 貪欲というより、前向きだな。葉山らしいな」






昼休みもそろそろ終わる時間だ。俺と葉山は〈昇龍の背中〉から降りて、校舎へと向かう。


「ねぇ? お見舞い、行くの?」


「いや、行かないぞ? 俺が行っても体調が良くなる訳じゃないし」


「そうかな?」


体調は良くならなくても、心の調子はどうだろうか。もしもボスの欠席が、〈例の女子による、葉山への告白の結果〉に起因しているのだとしたら、それは体調の問題では無いし・・・ 俺にも責任の一端は有る訳だし・・・


(う~ん、仕方が無い。頭でも撫でに行ってやるか・・・)


しかし、俺はボスの家がどこに有るのかを知らない。放課後に彼女を家まで送った事は無いし、休日に彼女と会った事も無い。だから葉山に聞く事にした。


「葉山。大久保の家、どこか知ってるか?」


「うん。やっぱり行くの?」


「まぁ・・・ 一応、彼氏だしな」


「ふ~ん・・・ あ! じゃあ、ワタシと一緒に行こっ?」


「え? 一緒に?」


それだとボスの頭を撫でられないぞ・・・ ボスが嫌がるだろうし、俺も葉山から告白された後に、葉山の前では流石に・・・


「・・・もしかして、2人っきりになりたかった? あ! ま、まさか・・・ 鈴香と、その・・・ へ、へ・・・ 変な事を・・・」


葉山が顔を赤らめている。おいおい、何を想像しているんだか・・・


「はぁ!? そんな訳が無いだろ? そういう事は禁止して・・・」


いや、待て。人生初の女子の部屋・・・ ボスは意外と乙女チックだから、可愛らしい部屋に甘い香りを漂わせているかもしれない。可愛いパジャマを着ているかもしれない。そして体調不良にしろ心の不調にしろ、どちらにしろ今日のボスは〈脳みそ腐りかけ女〉には、おそらくはならないだろう。可愛いパジャマ姿の85センチEカップのしおらしい弱ったヤンキーが、ベッドの上に・・・


そんな場所でそんな女子と2人っきり・・・ ヤバい、それはヤバい・・・ 最低でもキスはしてしまいそうだ・・・


「葉山! 絶対に一緒に来てくれ!」


〈お試し交際の間は、絶対にボスには手を出さない〉という自らの信念を守る為に、俺は葉山にすがる事にした。


「え? あ、うん」


葉山は俺の言葉に少し戸惑ったが、すぐに落ち着きを取り戻して言う。


「じゃあ、鈴香に連絡しとくね」


スマホを取り出し、手際よく操作をする葉山。その顔はなんだかキラキラと輝いているように見える。俺は葉山に聞いてみた。


「なんか、楽しそうだな?」


「うん。楽しいよ? これからワタシ達が・・・ ワタシ達3人の関係がどうなっていくのか、楽しみなの」


「おいおい、マジかよ・・・ お前は魔性の女なのか?」


「魔性? アハハッ! ワタシはそんなイイ女じゃないよ?」


そう言って葉山はその顔にとびきりの笑みを浮かべた。








葉山美紗。


それが愛くるしい笑顔を見せる彼女の名前だ。


彼女はいつも元気で前向きだ。あらゆる事を楽しみ、よく笑う。親しみやすい性格で友達も多い。


彼女は泣いたりするのだろうか。だとしたら、その顔はどんなだろう。


そんな事を考えながら、俺は葉山の笑顔を見ていた。




彼女は今を楽しみながら、生きている。


彼女はこれからを楽しみにしながら、生きていく。


そう、彼女は・・・ 葉山美紗は、そういう人間だ。




彼女は人生を謳歌する。


誤字、脱字、その他のおかしな点などが有れば、ご指摘下さい。


ご意見、ご感想もお待ちしております。


時折、自分で読み返すのですが、〈なんでこんなミスしてんの!?〉とか、〈え!? なんで前に気付かなかったの!?〉と思う事が多々有りますので、ご協力して頂けると幸いです。

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