転生を終えたので自由を謳歌します!〜記憶が戻って再会した魔法使いは、ちょっぴりヤンデレ化しています。
書きかけていた作品を、眠らせずに発表したくて短編にしました。
またいつか、二人の旅のイメージをから膨らむ話を書けたらなと思っています。
記憶を取り戻したのは、車のライトと、クラクションの中だった。
『待っていてね。必ず戻ってくるから。』
(ああ、やっとあの場所に戻れるのね。)
手を伸ばしても届かなかったあの場所に。
今、やっと行ける。
迫りくる大型車を見つめながら、でも、彼女の目に映るのはその向こうに微かに見える光。
急ブレーキの音がして、誰もが凄惨な事故現場を予測した。しかし、運転手が降りると、さっきまで唖然とした表情の少女が一人いたはずのその場所には何一つなく、事故など存在していない。
運転手は、背筋が凍る思いでひとしきり周りを見て回ると、のろのろと車に乗り込み、去っていった。
何も、なかった。
・・一人、少女が跡形もなく消えてしまったことを除いては。
目撃した者たちは、その異様さにそれぞれ自分の記憶を書き換えて、少女などいなかったと思い込んだ。
受け入れがたい真実というものは、大抵はそうやってなかったことにされていく。
少女、サリは、そのまま異世界に、とんだ。
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「ん・・。」
うっすらと目を開ける。
木漏れ日に照らされ、耳には心地よい水の音。
地面に横たわっているのに、サリの体には汚れは一切なく、それは、彼女の体が光に包まれて微かに浮いているからだった。
「おせーよ。」
不意に聞こえた声に反応してゆるゆると起き上がり辺りを見回す。
「どこみてんの?上だよ、上。」
見なくても、サリは声の主を知っていた。だから、眩しさに目を細めながら、笑顔で上を向く。
「ただいま、カイン。」
上には、懐かしい青年の姿があった。
「・・ああ、おかえり、サリ。」
カインと呼ばれた青年は、ほんの束の間、虚をつかれたような顔をして、それからぶっきらぼうにそう言った。
そして、音もなく木の枝から着地し、サリに手を差し出す。
サリはその手をとり、立ち上がった。
「カイン、背が高くなった?」
サリが微笑む。
「さすがに、な。待たせ過ぎなんだよ。」
カインの口調はぞんざいだが、手の握り方は優しい。
(待たせ過ぎ・・か。確かにそうだよね。)
サリはざっと計算する。
最初が68、次が82、次が43、次が65、・・・・・・そして今回が18。
10回以上してきた転生の記憶は、今のサリにははっきりあった。数字は自分が天に召され、転生した年齢。
カインにたどり着くまでに、500年もかかってしまった。
その間、彼はこの樹木の守り人をずっと続けてきたのだ。
そういう約束だったから。
「長い間待たせてごめんね。全部思い出したから。」
サリはカインを真っ直ぐ見つめて言った。
「今度こそ、一緒に旅をしよう?」
「・・だ、そうだよ、世界樹。行っていいよな?」
カインが話しかけた相手は、彼がいた樹木、そのもの。
「はあ。仕方がないわ。行ってらっしゃいな。お気に入りを見送るのは寂しいけれど。」
世界樹、と呼ばれたその樹木に、いつ現れたのか儚げな美女がもたれるように立っている。
「つかの間の生を生きるあなたたちに、祝福を。」
彼女が優雅に手をあげると、そこから淡い光が溢れて、サリとカインに降り注ぐ。
二人の姿は徐々に薄くなり、消えた。
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それは、5百年前のお話。
ある大きな国に、一人ぼっちのお姫さまがおりました。
王様にはたくさんのお妃がいて、たくさんの子どもたちがいて、身分の高い順番に大切にされていました。
お姫さまの母上は、外国の姫でしたが、小さいその国は王様に姫を差し出し、婚姻を結ぶだけでは生き残れず、征服されてしまったのです。
王族ですら捕虜として扱われ、絶望した母上が自害し、一人になった姫さまは王様の血を引きながら、捕虜の娘として虐げられていました。
その国にはもう一人、一人ぼっちの魔法使いがおりました。
生まれつき魔力が多く、泣くだけで天変地異が起こるその子どもは、森の中に置き去りにされて、精霊にそだてられました。知能も高く、精霊の教えに従い、その力をひた隠しに隠してきたのですが、偶然が重なりその存在がばれ、軍部に捕まり、塔に入れられました。
二人は、ある日、出会います。
お姫さまは、一人になれる場所を探して、見つけた塔の下に座り、または寝そべり、よく歌を歌っていました。
魔法使いは、どこからか聞こえる歌の歌詞に合わせて、魔法で登場人物を作り出し、空中で踊らせました。
お互いに相手は精霊か何かだと思いながら過ごしていましたが、魔法使いは勇気を出して塔に相手を招待し、お姫さまも勇気を出してそれに応じ、二人が同じ歳の少年少女であることを知るのです。
二人の願いは同じ。
「自由になること」
「相手を自由にしてあげること」
夢を語りながら、二人は成長していきました。
しかし、大きな国が、もっと大きな国からの脅威にさらされた時、王様は、二人のことを思い出してしまったのです。
美しい女性になったお姫さまは、時間稼ぎのために、友好の証として差し出されました。
魔法使いは、その力を使って、戦争に勝つことを求められました。
「姫を取り戻したいなら、あの国を滅ぼせ。」
王様たちは、二人の関係を知っていて、利用したのです。
魔法使いは、心が麻痺しそうになりながら、懸命に戦い続けました。
戦って戦って、本当に相手国を滅ぼしました。
でも、最後の最後、相手国の王様は、憎しみを込めた顔で、魔法使いの目の前で、大事なお姫さまを処刑してしまいます。
身体中の力を出し尽くすくらいに魔法使いが慟哭した時、魔法使いとお姫さまの体は光に包まれお姫さまは息を吹き返します。そして、彼らは不思議な声を聞くのです。
『魔法使いよ。私の守り人として永遠に仕えるなら、あなたの大切なお姫さまを助けてあげましょう。』
魔法使いは即答しました。
「分かりました。あなたが誰でも、守り人が何をするのでも構わない。守り人になります。」
お姫さまは叫びます。
「駄目です!そんなことをしてはいけません!命が助かっても彼がいないのなら、私の心は死んでしまいます。」
『…ならば、こうしましょうか。あなたには、彼が献身し続け、あなたを待つ間は、生まれ変わりながら永遠の生を与えましょう。その間に記憶を取り戻し、ここを思い出せたなら、彼を解放してあなた達の望みを叶えましょう。…あなた達に、自由を。ただし、彼があなたを諦めてしまったら、そこでこの話はなかったことに。私は彼を手に入れられれば、心は構わないのだから。』
契約は、成った。
声の主は世界樹の精霊。
二百年に一度、眠りの年を迎えなければならない。
眠りの間に世界樹本体に魔力を流し続け、生かす者が必要だった。
その者は、自我を保ち続けられる者でなければならない。
戦いの中で、最後まで一欠片の自我を失わず、大切なお姫さまのために世界樹の呼びかけに答えた魔法使いを、世界樹は大変気に入りました。
そうして、お姫さまはいろんな世界で転生を繰り返し…気がつけば5百年。
そして、今。
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「もう、思い出さないのかと思ったよ。」
「…信じて待ってくれたんじゃなかったの?」
「思い出さなくても、あんたが幸せを感じる時間がある限り、それでいいかと思ってたんだよ。」
「…カイン。」
「でも、今日で終わりな。」
「へ?」
魔法使いのカインは凄みのある笑顔を見せた。
「転生するたびに何回結婚してんだよ。やっと戻ってきたんだから、今度は俺のだぞ。覚悟しとけよ。」
「え?あれ?自由は?」
「もちろんやりたかったことは全部しよう。飽きるまで、時間は無制限らしいからな!ただし、二人で、だ!」
(カインってこんな感じだっけ??)
5百年拗れた思いは厄介。
二人の旅は始まったばかりだ。
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その後二人はいろんな世界で、いろんな時間軸で転生しながら物語を紡ぎました。
あらゆる国を周り、あらゆる歴史を巡り、あらゆる魔法と剣術を身につけ、最後に幼かった自分たちに会いにゆくのです。
自分たちではできなかった、二人が自分で道を切り拓き、幸せを掴む姿を見届けて。
彼らはまた、次の世界に旅立ちました。
読んでいただき、本当にありがとうございました!