海の上で出会うもの
夏のホラー2023投稿用です。
「積み荷のチェックは済んだな? …………よし出港するぞー!」
世界中へ出向いて、母国へ戻る大仕事。
貨物輸送用の飛行機ができて、そっちに全ての仕事を持っていかれるかも知れないと思っていたが、燃料費や一度に荷物を運べる量などを計算すると、大量輸送には貨物船が最良とされてまだ働けている海運業。
その中の一隻が、大量の積み荷を抱えて母国へ帰る。
その帰り道に、それは起きた。
「なんだ? どんなトラブルが起きたんだ?」
シフト上で船長が寝ている時間に、その船長へ緊急連絡が入った。
船長としてはその連絡に応じる以外にはなく、眠い頭を無理矢理働かせて、連絡があった艦橋へ急行した。
そこに居た夜番の船員達が船長へ顔を向けるが、それは皆一様に困惑顔だった。
「…………いや、本当にどうした?」
普通なら艦橋に居ない甲板作業員の姿もあって、その船員まで……いやその船員こそが一番深く困惑している。
そんな顔をされては船長も困惑顔になるしかなくて、艦橋に居る全員がめでたく同じ顔に染められた。
だがまあ、みんなで困惑顔大会なんて開いている場合ではないので、船長が船員の一人を名指しして報告を求める。
すると……。
「海を探知するレーダーに、魚とは思えない影が映りました。 それで直接視認しようと、甲板の船員にサーチライトで探してもらったのですが……」
そこで一度言葉が淀む。
が、船長命令で強引に続きを求めた。
「ヨーロッパ圏の人間にしか見えない顔立ちの人が、海面を心ここにあらずと言った体で、無気力に歩いていました」
「はぁ?」
この報告に、思わず素っ頓狂な顔をしてしまった船長が、言葉を続ける。
「つまりアレか? さまよえるオランダ人とかさまよえるユダヤ人みたいなのが、実在したって話か?」
さまよえる○○○人。
これはオペラが原典とされる事がある、有名な怪談もしくは都市伝説とされる話。
神を始めとする超常的な存在に呪われ、どんな理由でも死ねず海面を永遠に歩き続ける存在。
呪いを受けたのは男性と言われるが、昨今では性別を改変するのは良くある話で、ゴチャゴチャになりすぎてどっちの性別だろうが構わない風潮まである。
有名なのは上記の2つだが、深く調べると世界中でチラホラと似た話が発掘されたりする、なんとも不可思議なモノである。
「そうとしか思えない現象を、直接視認しました」
「…………そうか」
この報告している船員に困惑の色は残っているが、それでもキッパリと言い切る様子に、寝ぼけや勘違いであると切り捨ててしまうのを船長は躊躇う。
そしてこんな信じられない状況だろうが、どう対処するかを船長は決断せねばならない。
ゆっくり目を閉じて、深く深く深呼吸。
「このテの話で見た船は信心深い船員の乗る船以外は沈んだと言うが、そもそもの沈んだ場面を見たものは居ないから信憑性が無いから大丈夫だろう。 だから自身で直接目視して本物なのか確認したい」
目を開けた船長は好奇心からか、子供みたいに……とは行かないまでも目がちょっとキラキラしていた。
それを確認した船員も気持ちは良く分かると同意する。
だってかの有名な怪談である。 そんなのに遭遇したなんて体験は、一生物の話のタネだ。 武勇伝だ。
そりゃあ直接見たくもなるってモノだ。
「こちらです」
船長に指示されなくとも、艦橋へ報告に来ていた船員が案内に動く。
それを見ていた艦橋が配置の船員たちは、少しだけ恨めしそうな目で船長と案内する船員を見送った。
「アレが、そうなのか」
今もサーチライトで照らし続けている、海面を気力無くぼんやりした表情で歩く人影。 それに近くの船員から借りた望遠鏡を使って観察する。
照明で照らし出されたソレは確かに、日本では長崎にある元オランダを題材にしたテーマパークに居た従業員の制服位でしか見たことが無いような、見事なまでの古めかしい洋服だった。
顔立ちは紛れもなくヨーロッパ系で、彫りが深い。
耳は…………どうだろう。 髪に隠れて形が分からない。
「確かに、あの話から連想されるソレそのものだな」
思わず呟くが、周囲の船員達も頷いている気配がする。
「コレは良いものを見た」
船長は望遠鏡を返しながらそう言い、近くに居る船員達へ視線を向けると少し意地悪そうな顔で命令を下す。
「20分位停船して最低限の人員を残し休憩、興味のある者達はアレを交代しながら見に来てもヨシ。 今寝ている船員は、残念だが悔しがってもらおう」
これには船員達も、子供みたいな意地悪スマイルでにっこり。
だがまあ、船長は寝ている所を無理矢理起こされた状態であり、眠気がベッドへ入れとせっついて来ている。
なので当番の船員達へ「寝に戻るから休憩後は通常勤務でよろしく」と言い残し、自室へ戻ろうとしたその時だ。
「うわぁっ!!?」
船員の野太い悲鳴が聞こえた。
それに驚く周囲は、悲鳴の原因は騒ぎ出す。
「船長が部屋へ帰ろうとした時、アイツが急にこっちへ向いて、口だけニュッと釣り上げる笑いをしてきやがった!!」
その言葉が本当かどうかでひと悶着起きるが、結果は騒ぎの原因が「嘘で騒ぐな!」と叱られて終わりを告げる。
が、その叱られた船員はいつまでも「本当の事なのに」とブツブツ言っていたらしい。
あれから少し経過。
どうにも船に乗っている船長を含む一部の船員の運が妙に悪くなっているそうだ。
…………具体的に言えば、例の人影を見てしまった船員達。
チェックミスを始めとした見落とし、道具をおいたままによる蹴躓きでコケそうになる、メンテナンスによる部品交換で不良品パーツが多数発見される、物のカドに足の小指をぶつける。
とても些細な不運ばかりだが、数が重なると重大な事故となり得る不運。
それが続いているらしい。