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最初の夜


 ログは初め、自分に与えられる部屋をベットが一つ置かれた程度の、窓も小さな無機質な部屋だと思っていた。


 ところがいざ通されてみると客間は広く、天井も高い。


 窓からは壮大な景色が一望できた。


 客間の奥には豪華な寝具が備えられたベッドがあり、その周りには柔らかなカーテンが揺れている。


 ベッドは真っ白なシルクのシーツに包まれ、枕元には宝石で飾られた美しいヘッドボードが設置されていた。


 一角には、読書や休息にふさわしい居心地の良い椅子が配置されている。


 傍には小さな書棚が備え付けられ、古今の名作や知識豊富な書物が並んでいる。


 また、客間の隅々には美しい花々が飾られていた。彩り豊かな花々の中には想像上の美しい種類も含まれている。


 そして天井からは優雅なシャンデリアまでもが吊り下げられていた。


「スイートルー厶って、こんな感じなのかな」


 ログは驚いてはいたが、その驚き様は王城へ来た時とはまるで違って落ち着きのあるものだった。


「ま、これも全部AIの創り物だと考えると感動も半減だよな……」


「ピィ……」


 ソラリスが心配そうにログを見上げた。


「心配すんなって。少し落ち着いて考えたいだけだから」


 ログはそう言ってソラリスの頭をなで、ベッドに仰向けになった。


(明らかに冗談の類ではなかったよな……)


 ログは研究室での話の反芻した。


(ここは仮想地球、俺はAI。それならゲームのような世界感も納得だ。だとすればナヴィっていうのは……)


「お見込みのとおり、ナヴィはマスターの思考から隔離されたAIの一部です。故にナヴィの声は原則としてマスターにのみ聞こえる仕様となっております」


(やっぱりそうか……)


「マスターの人格への影響を避ける為の処置として、性格を司る部分と、様々な演算を司るナヴィによってマスターの総体は構成されております」


(なるほど)


「是非とも今後もナヴィの力をご活用下さい」


 ログは少し頭を捻った。


(じゃあ早速。∑[n=1から∞] (1/n^3 - 1/n) は?)


「1/3です」


 ナヴィは即答した。


(早っ!)


「リーマンゼータ関数ですね。右辺は π^2/6 となり円周率の2乗を6で割った値です。つまり無限和が π^2/6 に収束し、その値が 1/3 になるという関係を示すことができます」


(……では、∫[0から1] (x^3 + 2x) dxは?)


「それも1/3ですね、積分ですか。マスターは生前、学生でしたね?」


(そうだけど……正直、答えが合っているのか俺が間に合わなければ意味なかったな……多分、合ってるんだろうけど)


「ですが素晴らしい。導入や背景からも高度な知識の片鱗が垣間見えます」


(一応はもうすぐ受験生……だったからね)


「進路はどうされるおつもりだったのですか?」


(ゴメン。この話はやめよう……今更言っても栓無きことだから)


「……失礼致しました」


(いや、いいんだ。ナヴィが言うってことは、俺が気にしてるってことなんだから)


「マスター……」


(俺だって馬鹿じゃないよ。本当は薄々気付いてたんだ……表示される画面の右下に西暦表示の日時があるしね)


「お見込みのとおりです」


(ここに来てからそれなりの時間が経過した。それなのにここの空は一向に暗くならない。つまりこの天空都市セレスティアは太陽の位置に合わせたように動いている)


「お見込みのとおりです」


(今は日本時間で夜だ。つまり明日の朝には、日本近くの上空を通過するんだろう?)


「マスター……まさかそれは」


(俺、アリアに会いたいよ……何も言わずに、死んでしまったから……)


 ログは両目を右腕で塞ぎ、涙を流した。


 押し込められた現実と向き合って、ようやく死の実感が伴って来ていた。


「お気持ちは解ります……ですが、お勧めは出来ません」


(どうして?)


「アース王国では、人間の居住地にはモンスターが配されています……マスターの現レベルは1です。加えてAIでも死んだら消滅と言われておりました」


(俺にはチート能力がある)


「天空都市からの落下に伴う物理演算も考慮せねばなりません」


(ソラリスに頼むよ)


「それでも、お勧め出来ない理由があるのです」


(解ってる、解ってるよ……余計に辛くなるって言いたいんだろ……?)


「今のマスターには、決定的に足りないものが1つあります」


(解ってる。解ってるんだよ……それでも、アイツに会いたいんだよ……)


「マスター……」


 それきりナヴィは何も語らなくなった。


「ピピィ?」


 涙を流すログに気付いたソラリスは床に寝そべっていた身体を起こし、ログの頬を伝う涙をひと舐めした。


「うぅ……」


 そして嗚咽を漏らすことしか出来ないログに寄り添うようにベッドに登り、ログの隣で黙って身体を丸めた。


 アース王国に転生したその最初の夜、ログは涙の中でいつの間にか眠りに落ちていた。


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