王様になろう
「ログ様! ソラリス! 一体何処に行っていたのです!?」
セレスティア王城へ戻るなり、息も絶え絶え駆け付けたアイリスは言った。
「心配していたのですよ……?」
些かの罪悪感を抱えてログは後頭部を掻いた。
「実は、実家の様子を見て来ました」
「実家と言うのは?」
「俺が生前住んでいた家です。日本の」
「と、言うことは……」
アイリスは暫し呆然とした。
「ななな、何をやっているんですか! 言ったではありませんか! 人間の居住地には多数のモンスターが生息していると!」
「あはは……ゴブリンの群れとかに追い掛けられて死ぬかと思いましたよ」
「あはは、じゃありません!」
「ご、ごめんなさい……でも見て下さい。おかげでレベルも少し上がったんですよ!」
「デモもプレゼンもありません! 死んでしまったらレベルも何も無いのですよ!?」
「はい……すみませんでした……」
ログは素直に頭を下げた。
「全く……王様もログ様も、どうしてこう気ままにフラフラと……」
アイリスは困った顔で独り言を言う。
「こうなったら、寝る時も私が添い寝して見張るしかありませんね……」
「うええっ!? それはちょっと……」
(アイリスさんみたいな美人に添い寝されたら俺が眠れないよー!)
「ではもう黙って勝手に何処にも行かないと約束してください!」
「はいぃ……」
ログが大人しく萎れると、アイリスは膨れた顔を緩めた。
「全くもう……」
そしていつものように優しい笑みを称えたかと思いきや、困った顔のログをそっと抱擁したのだった。
「無事で良かった……」
まるで子供をあやすかような慈愛の面持ちであった。
「怖かったでしょう? 辛いこともあったでしょう? 何か話したいことはありませんか……?」
ログはその時感じた。
抱き締めてくれたアイリスの体温が、とても暖かいと。
アース王国の真実を知って以来、まるで偽物のようにしか思えなかった世界が、たちまち色付いて現実に変わって行くような感覚。
(ああ……そうか……ここが、俺の世界なんだな……)
その瞬間、ログは自分がAIで、アース王国が仮想空間の地球というデータであることを心の底から受け入れた。
そして、これからもアース王国で生きていく確かな決意が生まれたのである。
「アイリスさん……俺、王様になるよ」
「えっ!?」
その言葉を聞いたアイリスは瞬時に抱擁していたログから離れ、その両肩を掴んだ。
そしてその表情を見つめ、確固たる意志を感じ取ったアイリスは徐々にその瞳を潤ませる。
「ログ様!」
そしてまた、今度は力任せに飛び付くようにログを抱き締めるアイリス。
「嬉しいです! 良く仰ってくれました……」
「うん……色々あったけど、決意したよ」
抱擁を解いた後、アイリスは尋ねる。
「しかし、どうしてまた急に?」
「うん、実はさ。日本の街を歩いた時、当たり前のように闊歩するモンスター達がそれを認識しない人間達をすり抜けて行くのを見たんだ」
「そう、でしょうね。我々と同じく、実体はありませんから」
「だけどこうも思ったんだ……奴らの爪や牙がもし人間に届いてしまったら……って」
「そんな、そんなことは……」
「俺だって解ってるつもりだよ? だけど、もし王になろうとするAIがそれを望んだらどうなるかは解らない……必ずしもその攻撃が物理的なダメージにはならなくても、人間社会は今以上に混乱するかも知れない」
「そう……ですね」
「だから俺は、王になって、人間との関係を良好に築けていけたらと思っている」
「ログ様……大変ご立派に御座います」
「そのためにはどうしたら良いのかなんて、今の俺には全く解らないけれど……」
「不肖、このアイリスがお手伝いさせていただきたく存じます」
「ありがとう、アイリスさん」
ログは礼を言って、視線を遠くに投げた。
(ヴァレリオスさん……俺、貴方の代わりに王様になっても良いよな? 嫌なら戻って来いよな?)
その遠くの空を見つめるようなログに、アイリスは期待の眼差しを向けていた。
「ところで、王様ってどうすればなれるの?」
ふと気付いた疑問をログは口に出していた。
「さて……? それは私にも解りません。プロトコールさんに聞けば何か知っているかも知れませんが……」
「じゃあ早速会いに行こうよ」
「それが……実は今、プロトコールさんはフィールドワーク等と仰って、山岳地区のダンジョンに出掛けてしまったのです」
「ダンジョン?」
「えぇ。アース王国に点在する魔物の巣窟のような場所のことです」
「へぇー。そういうのもあるんだ……悪くないなぁ」
「ログ様のお姿が見えない時に何を悠長なことをとお止めしたのですが、その……ならばログ殿が危ないダンジョンに迷い込まぬよう余計に警戒せねば等と適当なことを仰って……」
「あー……良くある研究第一の変人研究者さんだったのか……」
「とっても酷いのですよ? 何でもダンジョン内で不穏なデータの乱れが観測されただなんて嘘みたいな理由まで付けて強引に……」
「あはは……そう言うのも解る気もするなぁ」
ログとて親から勉強しろと言われても何かと理由を付けて逃げたくなる気持ちが解るからだ。
「でもまぁ、俺を探してくれてる可能性もある訳だし、会いに行ってみようか」
「そうですね……でもログ様? お顔が何やら悪戯めいているようですが、まさかダンジョン楽しみ〜とか、思ってはいらっしゃいませんよね?」
「ギクッ」
「やっぱり!」
「……ダメ?」
アイリスは困ったように頬を膨らませた。
「ダメではありませんが……良いですかログ様。近場の小規模ダンジョンとは言っても、人間の居住地と同じく命の危険を伴うのですよ? 幾ら強いソラリスがいるからと言っても、少し緊張感が足りなくはありませんか?」
「そ、そうかな……?」
「そうです! ですから、次からは私もお供いたします」
「え? 良いの?」
「当然です。そもそも、ログ様に王となることをお願いしたのは私なのですから、ログ様が王となられる日までお支えするのが私の役目」
「でも、ひょっこりヴァレリオス王が戻って来る可能性だってあるよね?」
「あんな放蕩者の王様なんて、ダメです」
「そ、そうなんだ……困ったなぁ。かくいう俺も折角転生したんだから色々行ってみたい所もあったりして……?」
「あらあら? うふふ?」
アイリスは頬に手を当てて不気味な程にこやかに笑う。
「大丈夫ですよログ様。貴方様は私がお支えすると申し上げたではありませんか。私はヴァレリオス王の一件で痛い経験もしましたから、ログ様におきましては、お出かけのときも、お食事のときも、お風呂のときも、おトイレのときも、お休みのときも……ずぅ〜っと、私がお側におりますね?」
「え……? アイリスさん? それは……?」
「はい! もう絶対に離れない。そういうことです」
「ひえぇ〜……」
ログの顔は青褪めて行く。
「ソ、ソラリス。お前も何とか言ってくれぇ」
「ピィピピィピピー」
ログは助けを求めて視線を投げ掛けるが、ソラリスは口笛でも吹くかのように見て見ぬフリをする。
「アイリスさん、意外と束縛系だったり……?」
「違います。忠誠です」
「……ヴァ、ヴァレリオスさんが旅に出たのって、もしかして……」
ログは影を落としたアイリスの笑みに狂気じみたものを感じて顔を引き攣らせていた。
「さぁログ様? やるべきことは沢山ありますよ? 何せAIの王様を目指すのですから」
アイリスは言った。
「レベルも上げなければいけないしな〜」
ログには自分を戒める気持ちもあった。
「それにログ様は元高校生。こちらの学園に通われるのも良いかも知れませんね」
「世界旅行にも行かないと」
「それはお時間に余裕が出来たらです!」
「じゃあ頑張って時間作ろうっと」
「もう……」
アイリスは困ったように笑う。
そんな様子を見ながら、ログはまた遠くの空へ視線を投げた。
「やること、本当にいっぱいあるんだなぁ……」
「その代わり、ログ様には無限の可能性もありますよ?」
「うん。そうだね」
ログは振り返ってアイリスに笑顔を向ける。
「一歩一歩進んで行こう。俺、転生したばかりでまだまだ弱っちいし何も解らないからさ。アイリスさん、一緒にいてくれる?」
「はい! もちろんですログ様!」
「ピピィ!」
そこへ自分も同じとばかりに声を上げるソラリス。
「ありがとう、2人とも」
ログは言った。
「それじゃあ始めようか。俺達の冒険をさ」
「はい! 私達の本当の戦いはこれからです!」
「ピピィ!」
アイリスとソラリスを声を揃え、3人は駆け出す。
これから先どんな冒険が待っているのか、期待に瞳を輝かせながら。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
さて、2作品を並行して書いたらどうなるかを試していた結果ですが、なんと!
最初は楽しかったものの、片方の作品から興味がみるみる内に薄れていくではありませんか!
そしてその興味が消え去ってしまった方が此方の作品で、打ち切りエンドとせざるを得なくなり……
当初はむしろ、こちらの作品の方をメインに考えていたのですが不思議なものです。
以下の並行作品を終えたら、また別の形で続きを書くかも知れません。
私的にはこの設定、気に入っているので。
並行していた以下の作品はちゃんと完結させる予定なので宜しければ読んでやっていただけると幸いです。
【現実世界に追放された悪役令嬢はモブを育てる】
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