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告別式


 住宅街の一角に佇むログの実家は周囲の建物と調和しながらもどこか個性的な存在感を放っていた。


 石畳の小道が家の前に続き、花々が咲き誇る庭が迎えてくれる。


 木の温かみとレンガの風合いが絶妙に調和したデザインで彩られている外壁。


 玄関脇にはログが両親に負けじと自ら育てる宣言をしたまま枯らしてしまった花のプランターが土だけを残して置き去りにされている。


「あれ? おかしいな、誰もいないのかな」


 ログの家はカメラの及ばない立ち入り禁止区域となっており、中の様子を伺うことは出来なかった。


 しかしそれでも閉じられたままのリビングカーテン等の違和感から、家族が在宅中とは思えない雰囲気をログは感じ取っていた。


「もしかすると今日は俺の葬式でもやってるのかな……? だとするとあそこかな?」


 ログは1ヶ所だけ思い当たった近所の葬儀場へと向かった。


 案の定、向かう途中から「新井家 告別式」などと書かれた案内板が立ち並んでいた。


 湧いて出てくるモンスターを掻き分けながらでも、十数年生きた町で目的地まで辿り着くのにそれ程の労は要さなかった。




 仮想空間の住宅街を跳梁跋扈するモンスター達の喧騒とは対照的に、葬儀場は静けさと厳粛な雰囲気に包まれていた。


 入り口には重厚な扉があり、その向こうには落ち着いたロビーが広がっている。


 白い大理石の床が冷たく感じられる中、葬儀に参列する人々が黒い喪服に身を包み、慎ましく立ち並ぶ。


 ロビーの一角には白い花で飾られた祭壇があり、その上には亡くなったログ自身の遺影が置かれていた。


 遺影の前には線香が立てられ、煙が静かに立ち上っている。


 会場には全体的に身を厳かにされるような静まり返った空気が広がっていた。


 そして薄暗い照明が会場を包み込み、静かな音色で故人を偲ぶような音楽がゆっくりと流れていた。


「見ろよソラリス、あれ、俺の葬式なんだぞ」


「ピィ?」


 ソラリスは不思議そうにログを見上げた。


「少しだけ変な感じがするな……俺、これから本当の身体を燃やされちゃうのにさ、何か既に他人事みたいな気さえするよ。やっぱ俺、AIなのかな?」


「ピピッ!」


 ソラリスはそんなログを叱りつけるようにも励ますようにも語気を強めて翼を広げた。


「大丈夫だって。どうあれ俺はここにいるもんな」


 そう言ってログは建物の入り口を見つめた。


 定点カメラの映像が及ぶ範囲まではそこに映る人の姿も忠実に再現はされている。


 しかし葬儀場の最奥、ログ自身の身体が納められている棺までは及ばず、立入禁止エリア扱いとなっていた。


「じゃ、入れる所まで入ってみよっか。折角来たんだしさ」


 ログは立ち止まっていた足を踏み出し、葬儀場の中へと踏み入った。


 親族、近所の人達、学校の同級生、先生。


 みんな揃って喪に伏し、同じように皆、そこにいるログを認識していない。


「お、アイツ等も来てくれたのか」


 その中の1ヶ所に固まる友人達の姿を見つけるログ。


 ふとその瞬間に、ログはその中の1人と目が合ったような気がした。


「おう、こっちだ」


 その少年はログに向かって軽く手を上げて言った。


「? ……俺が見えているのか?」


 ログは首を傾げたが、その疑問はすぐに解決した。


「おう、わり。遅れた」


 聞き慣れた別の友人の声が背後から聞こえ、その友人が背後からログの身体をすり抜けるように目の前の輪に溶け込んで行ったのだ。


「……」


 ログはそこに入れぬ疎外感を感じつつ、上げかけた手を力無く落とした。


「ま、解ってたことだけどな……」


 そして口を閉ざしてその友人達の輪を離れ、更に歩みを進めた。


 ログはやがて、その会場の中に奇妙な境界線があることに気付いた。


 その先はもう立入禁止区域になっており、カメラでも追えない人々の姿はログの目から見ればまるで別世界にでも足を踏み入れて行くようにその姿を消して行く。


 ログの目に映るその先の世界のグラフィックは、AIによって生成されたダミーの世界であり、ログの見知った葬儀上の姿とは異なっている。


 その境界線は決して越えることの出来ない、ログと現実世界を隔てる壁だった。


 そしてその境界線の僅か手前に、ログはその姿を見つけた。


 香典の受付窓口。


 そこに立つ近所の人達。


 そしてその背の後ろに隠れるようにして嗚咽を洩らす女の子の姿。


「アリア……」


 ログは女の子のすぐ目の前に立ってその名を呼んだ。


 しかし返事はない。


 ログの言葉は届いていなかった。


「ログくん……どうして死んじゃったの……?」


 不意に呟かれたアリアの声にログは強く胸を打たれた。


 しかし声は出ない。届かない。


「そうだナヴィ。スマホは? データなら何かメッセージを送れるんじゃないのか?」


 ログは空から降ってきたようなアイデアに色めき立って自らの中のAI、ナヴィに尋ねた。だがそこへもナヴィの声が冷たく響く。


「残念ながらマスター。マスターが生前持っていた端末はトラック事故の際に失われており、彼女の持つ端末と通信をすることは叶いません」


「……そうか」


「ですがマスター。もしかするとマスターの権限を用いてハッキング等を試みれば可能性が全くない訳でもありません」


「でもそれ、悪いことなんだろう?」


「人間の法律が我々AIに適用されるかは別として、少なくとも倫理的な問題はあるかも知れません」


「なら、そんなことをすればアリアに会わせる顔が無くなるよ」


「マスター……」


「ピピ……」


 それきり3人は口を閉ざし、泣きじゃくるアリアの前で無力にも立ち尽くした。


 どれくらいの時間が経過したろうか。


 やがて会場にマイクを通した厳かなアナウンスが流れる。


「本日ご参列いただきました皆様にご案内申し上げます。間もなく新井家告別式のお時間となります……」


 そしてそのアナウンスに導かれるように人の流れが生じ、その流れに乗った人達は次々の会場の奥、境界線の向こう側へと消えて行く。


「行こう」


 ログは行った。


「もう俺は、ここにはいないんだ」


 ログはその人の流れに逆らうようにして葬儀場を出た。


 そこを一歩でも踏み出せば、もうログにとっては危険なモンスターが渦巻く原野も同じ。


 強弱大小様々なモンスターが一斉にログの姿に気付く。


「グギャアオオォォ!!」


 雄叫びを上げて襲い来るモンスターの群れ。


 その爪や牙は通行人をすり抜けるようにしてログ達にのみ向かう。


「うるせぇよ」


 その群れの中にはログ本来のステータスではどう足掻いても倒せぬ程のモンスターも含まれる。


 けれどもログは少しも動じずに、その襲い来る群れに向かって片腕を差し出した。


「ジェネレート:こいつらを皆殺しにする炎、デジファイア!」


 些事の如く淡々と告げられたログの言葉によって瞬時に灰と化すモンスター達。


 けれどもログの表情には些かの変化も生じなかった。

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