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Dive to JAPAN


 次の日の朝早く、ログは天空都市セレスティアの淵に立っていた。


 何処までも広がる青い空。


 雲すら眼下に広がっている。


 目を凝らせば、遥かその下には確かに陸が存在していることが判る。


 見間違いようのない、日本の形だ。


「行くぞ、ソラリス」


 抑揚の無い声でログは言った。


「ピピィ?」


 ソラリスは心配そうな顔でログを見上げた。


「大丈夫」


 ログはそう言ってワザとらしく笑顔を作った。


「泣くのは昨日で最後なんだ。俺、本来は明るく軽い感じの性格なんだよね」


「ピッピィ!」


 それを肯定するようにソラリスは翼を大きく広げた。


「まぁ行ってみたら行ってみたで、もっとツラい現実があるのかも知れないけどさ。やっぱ見て見ぬフリは出来ないじゃん? 何て言っても俺、あそこで育ったんだし」


「ピィ」


「だからさ。取り敢えず行ってみて、自分の目で真実を確かめる。それでもしツラいことがあっても、それはそれで受け止める!」


「ピピィ」


「俺はもう、クヨクヨしたくないからね」


「ピッピィ!」


「それでももしツラそうにしてたら、お前、抱きしめてくれよな?」


「ピィッ!」


「ハハッ! じゃ、行くか」


 ログは数歩後ろに下がった後、一気に助走をつけて大地を蹴った。


 その先にはもう、空しか存在しない。


「ヒャッハーッ!!」


 身体を大の字に広げ、自身に向かって来る風を全身で感じる。


 空。空。空。


 圧倒的な空の青さが全て自分を通して後ろに流れていく感覚。


「サイッコーッ!!」


 ログは爽快に叫んだ。


 そしてその自身の声すら追い越していくかのような感覚。


「ヤベー! 俺、今、飛んでる! てか落ちてる! あははははははっ!!」


「ピピピィ!」


 そこへ並ぶようにソラリスも舞う。


「ハハッ! 生身一つでダイビング! こんなの生きてたら味わえないよね! 俺はもうクヨクヨしない!」


「ピィピピィー!」


 それに賛同するようにソラリスも大きな声を上げた。


「見ろよソラリス。あの小っちゃい島が俺が生まれ育った日本なんだ」


「ピッピィ」


「ソラリス。お前もAIなのか? なら解るだろ? 東京」


「ピィ!」


 ソラリスは勿論と胸を張った。


「流石だなソラリス。じゃあ、あの辺りに向かって頼めるか?」


「ピッピィ!」


「ありがとうソラリス」


 ログは自分自身も上下逆さまになったままソラリスの頭を撫でた。


 次第にその輪郭を明確にしていく都市の建物群。


 そしてそこにうごめく人々の息吹、そして構造物たち。


 それらに向かってログ達は落下していく。


「あっは! 飛行機があんな低いところ飛んでら」


「ピィ!」


「さぁ! いよいよ日本上陸……いや下陸か? まいいや! 頼むぞソラリス!」


「ピッピィ!」


 こうしてログとソラリスは仮想地球の日本へと降り立った。




 ログは初め、取り立てた考えも無しに上空から見える自宅付近の開けた場所、住宅街の公園に着陸をした。


 住宅街の隅にあるその小さな公園は都会の喧騒から隔絶された静かな場所で、緑豊かな景色が目を引くところだった。


 そこには小さな池があるが魚は泳いでいない。毎年1回は地域で行われる美化活動の一貫として、ログも両親の代わりに1度だけ駆り出されたことがあった。


 その時は一度池の水を抜いたものだが、水が張っている時には気付かない苔や藻が池の底や淵にこびり着いており、デッキブラシを用いて念入りに清掃をさせられた記憶がログにはあった。


 それを経験する前であったなら、機能的に整備された人口的な公園に定期的に人の手を入れなけばならない等とは考えもしていなかったが、その時のログは何故かそんなことを思い出していた。


 ただ、もうその時の苔や藻の滑り気のある感触は思い出せない。


 感傷を振り切るように視界を公園の中心に切れば、そこに新たに飛び込んで来るのはおおよそ現実離れしたゲームの世界観から来たモンスター達の姿だ。


「そこ、お前達の居場所じゃないだろ……」


 子供が遊ぶための遊具や砂場の上に屯するのはゴブリンの群れ。


 もちろんその中にあってもそれを認識しない人間の子供達は無邪気に遊んでいる。


 ログにはそれらが全て重なって見えていた。


 ゴブリン達の手に持った小刀や鋭い爪はただただ現実の子供達をすり抜けていく。


 見慣れたいつもの街並みに上乗せされたかのような非日常的な光景。


「もう何年も見てきた公園なのに、何でこんなにも違和感を覚えるんだろう……」


 まるで拡張現実のような光景だと思えるその光景こそ、今のログにとっての真実。


 刃物を擦り合わせるゴブリン達の殺伐とした雰囲気のすぐ隣で、無邪気に笑いながら駆け抜けて行く子供達。


 頭で解っていながらも到底現実味を帯びた恐怖は感じ得なかった。


「ピィィッ!!」


 突如ソラリスが雄叫びを上げたかと思えば、それはログの背後から襲い掛かってきたゴブリンをブレスで屠るための咆哮であった。


「ピッ! ピッ!」


 気を引き締めろと言わんばかりに語気を強めるソラリスでさえ、ログにはまるで作り物のように思えてしまうところがあった。


 しかし、そんな悠長な心構えは一瞬により崩壊する。


 ソラリスの咆哮によって周囲の注意を引き付けたためか、公園中のゴブリン達が一気にログ達の存在に気付いたのだった。


「ヤバい、気付かれた」


 不意に思い出す、アース王国では死ねばAIだろうと消滅する仕様であること。


 先程までは非現実であったものが、刃物と殺意を向けられることによって生々しいリアルな感覚へと入れ替わって行く。


 生前では人間の憩いの場であったその公園も、今のログにとっては命の危険を伴う敵地の最中。


「この数はヤバい……ソラリス、逃げるぞ!」


「ピィィ……」


 ログ達はゴブリン達と目を合わせたままゆっくりと後退り、公園の出入り口付近まで後退したところで一気に踵を返して逃げ出した。




「おりゃあ~っ!」


 ログが手に持った大剣を振り回しゴブリンを叩き切ると、切られたゴブリンはまるでホログラムであったかのように跡形も無く消え去った。


「ピィ~ッ!!」


 そしてソラリスも負けじとブレスで敵を葬る。


「今だっ! 逃げるぞソラリス!」


「ピィィィ」


 リアルの住宅街でゴブリンの群れに包囲されたログ達は決死の突撃で一転突破の活路を切り拓いた。


 開いたゴブリンの隙間から脱兎の如く抜け出し、脇目も振らず逃げ出すログとソラリス。


 追いかけてくるゴブリンの群れを見知らぬ民家の門内に身を隠してやり過ごす。


 ログ達を見失って通り過ぎていくゴブリン達の気配が完全に消えた後になって、2人は揃って安堵のため息を吐いた。


「ヤベー……ソラリスがいなかったらいきなり死ぬところだった……」


「ピピピィ……」


「鑑定スキルのお陰で明らかに強いモンスターは上手く避けられているけど、まだまだアース王国も黎明期という訳だな。出てくるモンスターのレベル差が激しすぎるだろ……」


 ログは自身のステータス画面を開く。


「お! レベル4に上がってる! ソラリスのお陰だな」


「ピィ!」


「しかしまぁ、なんつーか……こんな住宅街の真ん中で大剣振り回してモンスターと戦ってるなんて嘘みたいだ。現実だったら通報確実だもんな」


「ピピィ?」


「心配すんなって。俺はここに未練を断ち切りに来たんだからさ」


「ピィ」


「さ。一休みしたら行こうぜ? 俺の家までもう少しだ」


「ピィ!」


 ログは再び立ち上がり、門から顔を覗かせて安全確認をした後に再び路上へと駆け出した。


「しっかしまぁ、こう言うの、まるで位置ゲーみたいで面白いなー」


「ピッピィ!」


 賛成とばかりにソラリスも声を上げ、2人は軽やかに住宅街を駆けた。

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