クラスメイトの委員長がちょっとえっちなささやき系Vtuberかと思ったらリアルサキュバスでぽんこつ
「知らなかったことにしてもらえませんか……?」
夕暮れ時の教室で彼女の『秘密』を見てしまった僕。
持ちかけられた懇願に対して、僕は…………
「ダメに決まってんだろ」
あきれて、そう言うしかなかった。
◆
まず夜夢寝あくむというVtuberが世界に出現した時の話からしなければならない。
催眠導入ささやきボイスをメインコンテンツとするこのサキュバスVtuberは、まあ『よくいる』という感じの仕上がりだったのだけれど、僕はなぜかその声に夢中になってしまった。
その理由について自分でも不思議に思っていた僕は、ある日、唐突に気付く。
「押野! 真横で変なことするのやめてって言ってるでしょ!?」
こいつだ。
僕の隣の席には委員長がいて、そいつに僕はいつも怒られていた。
というのも、僕は変なイラストを描くのが趣味だからだ。
かわいいアニメキャラが劇画調で奇妙なセリフを言ってみたり、あるいはデフォルメされたかわいい女の子がトゲつき吹き出しで下品なギャグを言ってみたり、そういうコメディちっくなものを描くことで、授業という退屈な時間に気を紛らわせている。
それが委員長のツボにハマってしまったようで、僕もそれが嬉しいものだから、ネタの方向性を委員長の好みに調整してしまい、授業中はもう、笑ったら委員長が負け、笑わなかったら僕が負けという、勝負の時間になっているのだった。
しかしこの勝負は僕が勝手に始めた物語なので委員長からは毎回怒られが発生し、たぶんだけど、僕はめちゃくちゃ嫌われている。
あと委員長委員長呼んでるんだけど、この人はあらゆる委員会の長ではないのだ。
真っ黒い髪におじさんみたいな分厚い黒縁のメガネをかけて、そして正義感が強くえっちな話題が大の苦手というこの存在が、僕の中で委員長感強すぎなため、委員長呼ばわりしている。
本名が三田サキというのもよくない。
このあたりの地域がらというか、田舎にはよくある(都会に住んでるいとこの発言)話なのだけれど、このあたりにはとても三田さんが多い。うちのクラスだけでも三人、学年には七人いるそうだ。
そしてサキさんも多い。これは地域がらでもなくてただの偶然で、うちのクラスには二人、学年には五人のサキさんがいるらしい。
そういうわけだから三田さんと呼んでも微妙、サキさんと呼んでも微妙な上にそこまでの距離感でもない結果として、僕が委員長呼びを始めて、周囲もそれに倣い始めている感じだった、
そして怒られが発生した瞬間、僕の頭の中で、『夜夢寝あくむ』と『三田サキ』の声がつながってしまった。
……ええ、困る……
夜夢寝あくむは僕の推しだ。人生で初めてハマったVだ。
だというのにそれが、普段から僕をめちゃくちゃ怒る委員長……助けてください。情緒がめちゃくちゃになる。僕はいったいこれから先、どんな気持ちで委員長に怒られたらいいんだ……
しかしまだ決定ではない。
まだ僕の勘違いという可能性がある。
なので次の授業の時間に、僕は夜夢寝あくむのイラストを描いて、『三田サキです!』とセリフを入れてみた。
そしたら委員長が突然椅子を倒しながら立ち上がり、胸ぐらつかんできたよね。
確信しました。
委員長はサキュバス系ささやきASMR個人勢Vtuberの夜夢寝あくむです。
……僕の情緒をどうしてくれるんだ!?
◆
最低だ……
クラスメイトのASMRでえっちな気分にさせられていたなんて、人生の汚点ランキングの中でもかなり上位に位置するのではないだろうか。
入魂の夜夢寝あくむイラストはビリビリに破かされてぐしゃぐしゃにされて七つのゴミ箱をめぐって処分巡礼させられた。二度と復活できない念の入れようだ。古代に世界をめちゃくちゃにした魔王でもここまで念入りな封印はされないんじゃないだろうか?
そしてクラスメイトたちも僕が委員長ににらまれながらノートを破るのを見てたくせに誰も助けてくれない。いじめですよ。これはいじめです。ノートを破かされるの、かなり重度のあるいじめだと思うんです!
訴えたらこう言われた。
「また押野が三田に変なことしたんでは」
普段の行いなんかどうでもいいだろ! 僕の演技に騙されてくれよ!
というわけでね、放課後に呼び出されました。
古い高校なものだから校舎にはけっこうな数の空き教室がある。かつてはこの地方の高校にもこれだけの教室を使うほどの数、生徒がいたと思うと感慨深い……わけもなく、まあ、特に思うことはないですね。
そういった空き教室は生徒同士の密談で使われることが多くて、僕はこうして呼び出され、周囲には人もおらず、校庭では野球部のランニングの声がし、へたくそな金管楽器の音がぷおーぷおーと鳴り響く、そんなロケーションが僕が最期に見るものになりそうです。死にたくねぇよ……
委員長の目は殺意が凝っていた。
この野暮メガネ委員長、冷静に見てみると見た目は悪くない。というかとてもいい。肌とか綺麗だし。夕日を受けてキラキラ輝く銀髪とかとても……
銀髪?
「私の正体、誰かに言った?」
僕は反射的に首を振った。
しかし銀髪が気になって話どころじゃない。
え? さっきまで確かに黒髪だったはずなんだけど、どうして銀髪……ウィッグ? 光の反射? いや、でも、これは確かに銀色で……?
委員長がメガネを外す。
すると、その下から現れたのは黒目ではなく━━紫色の瞳だった。
「まさか、よりにもよって押野が私の正体を見抜くなんてね」
そう言いながら僕をにらみつける委員長の頭の左右から、角が生えている。
この見た目、既視感がある。
これは、そう━━
夜夢寝あくむ。
まさしく委員長が中の人をやっているASMR系のVtuberで……
「え、待って、待ってください委員長」
「何よ」
「もしかしてそれ、アバターじゃないの?」
「……逆になんでアバターなんか持ってると思ったの?」
「え、いや、だって……」
リアルだなとは思ったよ。
でも、リアルだとは思わないじゃん。
「ネット越しに精気を吸い取る新時代サキュバス夜夢寝あくむの正体が私だと気付いて、脅して、この体を好き放題しようと思ったんでしょう?」
「え、違うけど」
「え?」
「そもそも……あの……は? リアル? Vアバターじゃなくてリアルなの?」
「サキュバスだって動画タイトルに書いてあると思うけど」
「そういう設定のVではなく?」
「………………『そういう設定』?」
「今、僕の脳髄が超速理解をしたんだけど一言いいかな」
「……なんでしょう」
「もしかして委員長って、Vtuberの『悪魔』だの『鬼』だのいう自己紹介を『本当のこと』だと思ってない?」
「え? 本物の人がそう名乗ってるし、みんなそうなんじゃないの?」
「本物の人がいたの!?」
「偽物が存在するの!?」
なんてことだ。
現代において怪異に遭遇してしまった……!
もちろんその怪異は鬼だのサキュバスではなく、鬼だのサキュバスだのいう設定を『本当のこと』と信じきっている委員長の無垢さだ。
ネットリテラシー……!
「よく正体バレずに今までいられたなあ!」
「え、うそ、うそ、待って、待って、っていうことは、別に私の正体をサキュバスだと気付いたわけではなく? 私の人化を看破したとかじゃなく?」
「人化は看破してない。同じ声だから本人かなと思っただけで、あの姿を本物のサキュバスのリアル動画だと思ってはいませんでした」
委員長がふらふらとあとずさった。
机を倒しながら尻餅をついて、こんなことを言う。
「知らなかったことにしてもらえませんか……?」
「ダメに決まってんだろ」
いきなり敬語とか使い始めてもだめでーす。
僕が一歩近づくと、委員長はびくっと震える。
だから僕は怖がらせないように、そばにしゃがみ込むしかなかった。
「あの、危うすぎて見てられません。僕に君を助けさせてください」
いや、無理でしょ、この人。
最初にバレたのが僕だったからこうなったけど、もっと危ない人にバレてて、マジで彼女が妄想した『エロ同人みたいに!』な目に遭ってた可能性あるんじゃないかな……
まあサキュバスの主戦場がエロ同人世界っぽい気はするので、そこでなんやかんや勝ちそうではあるんだけど……
「助ける?」
「うん、だからね、その……君の放送を見てて思ったことがあるんだよ」
「何?」
「画面に気をつかえ」
「……?」
「サムネとかね。あと、あれリアル映像なの? だったら部屋がもう『部屋!!!』って感じすぎて、いつ特定されるかわかんないし、もっと……ああとにかくいろいろね、『惜しいなあ』って思うところがあるわけですよ!」
「ひっ」
怖がらないで。
でもちょっと落ち着いたほうがいいかもしれない。推しの惜しいポイントを見せられて『ここを改善すればもっと伸びるのに……!』と歯噛みした人は世界に三十億人ぐらいいるんじゃないだろうか。
僕もそういうタイプです。
「だから、もうこうなったら、僕も協力して、君の正体を隠しつつ、君のライブ配信に協力するから……知らなかったことにする前に、僕にも協力させてほしいんだ」
「協力するふりをして体を……ってこと?」
頭の中がサキュバスなの?
ええ……二重三重にショックだよ……まじめな委員長がサキュバスだったこと、推しが委員長だったこと、委員長がこんなぽんこつだったこと……
僕の情緒はもうぐちゃぐちゃで、これから純粋な視聴者として楽しめないし……
あとさりげに『Vの中に本物の怪異がいる』ってバラされちゃったから、それも気になってしまうんだよね……
「誓おう。この秘密を使って君を脅して、エロ同人になることはない。だからどうか、協力させてほしい。土下座します」
ぽんこつ委員長にしてまじめサキュバスのVtuberかと思ったらリアル怪異だった彼女は、まだまだ疑り深い雰囲気ではありながら、それでも、僕のお願いを承諾してくれた。
こうして始まった僕たちのちょっと不思議な話は、いったいどう転がっていくのだろうか。
不安。
でも、楽しみ。