幼少期
【産まれ】
雪の降り積もる夜、帝国の端、国境を守る為であれば手段を問わない戦闘を行う家系。領地“チェーロ”の領主の元に産まれたのはか弱く脆い女の赤子。その子は‘’リテルシア”と名付けられた。そのチェーロには古くからの風習があり、兄弟で優れてるものが領主に選ばれるという。それが女であろうと末子であろうとも…。
その為兄弟を複数持つことが多いが、領主‘’スコルド・チェーロ”の愛した女性‘’ヴィア”は体が弱く2人目の妊娠は耐えきらず死に至ると医師に言われた。一夫多妻の認められる世ではあるが、人を信じる事の出来ないスコルドにとって2人目の妻は要らないと。その為、スコルドは自分の跡を継がせるためにリテルシアにとても厳しく接した。
領主になる為に辛く苦しい父の教えを守り、生きてきたリテルシアにとっての救いは母であった。優しく儚い母から‘’リティ”と愛称で呼ばれるのはとても嬉しく気に入っていた。いつしか自ら同じようにリティと呼ぶようになったのだ。
【1人目】
リテルシアが4つになる頃には国境警備や盗賊狩りの為に父と共に山に入ることが増えていった。国境を攻めいる隣国を防ぎ、国境に住み着く盗賊を討伐するのが帝国より与えられたチェーロ家の役割だからだ。つい先日も隣国からの進行があり、それを父とその部下が防いだと聞いていた。
父とその部下に守られながら、場馴れと実践訓練の為にと度々ついて行っている。
そんなある日のこと、風上から流れてくる血の匂いに気がついた。それが1人や2人ではなく数十人の集団のものであることも。匂いのする場所に向かうと無惨に壊された馬車が4台を見つけた。辺りは血の海となっていた。破損した武器や馬車の種類から、襲われたのは奴隷商と判断した。売人や奴隷関係なく殺されている。襲ったのは先日始末した隣国の残党兵であろう。残された武器等で判断は出来る。
我が領地で……と父は表情も変えずに呟き、呆れている。チェーロ領主として表情は変えずに感情に左右されてはならない。と、父から教わり、その教えを守りリティも表情を変えずに辺りを警戒する。
ガサッと死体の山の中で音がした。リティは武器を構えて死体を漁る。中から顔を出したのは血まみれで折れた剣の刃を構えながら睨みつけてくる少女だった。少女の目は全てを怨み憎しみ、絶望。そういった黒く濁った感情で埋め尽くされていた。
その少女を見ながら父は「殺せ」と命じた。そんな怨みに取り憑かれた人間の行く先など分かりきっているからだ。
しかし、リティにはその黒がとても綺麗で手元に置いておきたいと思った。その少女に優しく微笑み手を伸ばした。
「リティのために死んでくれませんか」
と、齢4つの少女なりの告白。自分のために死ねる者をそばにおけという父の教えである。初めての告白、そして初めて父の指示に背いた瞬間である。
手を伸ばされた奴隷の少女は困惑した。これまで出会った人というのは汚い感情を露にした両親を殺した男達。自分たちを連れ去り村を燃やした。その男たちも同じような顔をした人に嬲り殺された。今までに見たことない綺麗な微笑みに心が縋りたくなった。誰よりも恐れるべき言葉なのに誰よりも優しく魅力的に聞こえた。刃を向けても恐れることなく自分に手をさし伸ばしてくれるその人に触れてみたいと思った。
少女から涙がこぼれ、刃が落ちる。さし伸した手に触れてきた。リテルシアは「リテルシア・チェーロと申します。貴女のお名前は」と微笑みかけた。
「私は ゆづき です。命尽きるまで貴女の傍にいさせて欲しい」
と途切れながら名乗った。
娘のそんな姿を見ていた父は無表情に
「拾い物は自ら育てろ。くれぐれも喉元噛みちぎられないように」と言い先に進んだ。
屋敷に帰りつくとゆづきの風呂と治療を行い、リテルシアのベットでしっかり休むように伝える。ここにいる使用人は父の所有物だからリテルシア個人のゆづきの為に使うことが出来ない。
初めて出来た自分の所有物に自分が主であることを覚えさせた上で大切にしようと、理解しようと好きな物や嫌いなもの等色々な話を聞いた。
それから数日後、ゆづきが回復し動けるようになった。
リティはゆづきを武器庫まで案内した。チェーロは国境を守る戦闘一家。戦えないものは置いておくわけに行かない。せめて、自分自身は守れるくらいになってくれないと困るのだ。戦ったことの無いゆづきにとって武器は未知の道具。どれが向いているのかわからず悩んでいるゆづきに、リティは東の島国で作られたと言われている‘鉄扇’をプレゼントした。
話をした時にゆづきの母が東の島国の出だと知ったからだ。
戦闘の才能を見出したゆづきはリティの専属のメイドとして屋敷に置いてもらえることとなった。