ひろったラジカセ
あれは平成の前半ぐらいの頃だった。
「おい山口! 今日ラジカセひろったから、みんなでそれでラジオ聞こうぜ!!」
当時大学生だった私に、同じアパートに住む友人、野村はよくわからない提案をしてきた。
「ひろったって・・・ どこで?」
怪訝な顔をする私に、野村はいつものバカに高いテンションで
「そこの雑木林だよ! 不法投棄が多いんだけどさ、なんかお宝無いかなって探したらあったんだよ! どうせ林田と細道もお前の部屋に遊びに来るだろ? 一緒に聞こうぜ!」
・・・その日の夜更け。 他の友人も私の部屋に集まり、4人でテーブルを囲んで麻雀・トランプ・UNOなどやりながら、野村のひろったラジカセで普段聞かないラジオを聞こうという、いかにも暇人の集会が開かれた。
「え。カセットも一緒にひろってきたのか?」
いつも麻雀セットを持ってくる林田が、あきれたように言った。
「いいじゃん、捨ててあったんだし。 ダビング上書きして再利用できるだろ? たぶん」
まだ野村は人の物を盗んだことは無いようだが、そのうち人の物を勝手に持って行くのではと私は思った。
「そういえばさ、このテープ何か録音されてるかな?」
野村が一緒にひろってきたカセットテープを、ボードゲームマニアの細道が見て言った。
気がつけば、私たちは謎のテープを再生し始めていた。
『マッキーの! 夜更かしラジオ~!』
安っぽい演出と、素人臭いDJの声が流れてきた。 知らない番組だが、昔の番組なのか? それともかなりローカルな番組なのか?
『いや~ 夏も本番。 冷たいものが美味しい季節になって来ましたね~ ・・・ではさっそく、おたより読みまーす!』
リスナーからのおたよりを読み上げ、リクエストされた曲が流れる。 しかしこの番組、何か違和感を感じるのだ。
「あれ? この曲って・・・ わりと最近リリースされなかったか?」
林田が気づいた。
「ってことは、最近の番組なんだろうな?」
野村もそう思ったようだ。
「あとこれさ、背景の音、BGMみたいな奴かと思ったんだけど・・・」
細田がボリュームを上げると、DJの言葉の背後から雑多な音が聞こえてきた。
カラスの鳴き声、原付バイクのエンジン音、救急車の通り過ぎる音、踏切のサイレンと電車が走り去る音、さらにはラジオとは無関係な、まるで通行人の話し声が紛れ込んだような遠い会話の声。
そのとき私はふと思ったことをつぶやいた。
「なぁ・・・ これってラジカセの持ち主が作った、自作の番組なんじゃないのか?」
しばしの沈黙。 テープだけがハイテンションにDJマッキーのトークを流す。
「・・・なるほど、たしかに。 DJのトークは素人レベル。 編集も音量とかのバランスも放送局のクオリティとは思えないほど低く、効果音もDJがその手で物を鳴らしてる感じだ。 つまりこの番組はDJマッキーとやらの自作自演番組なんだな?」
細道の仮説は説得力があった。
「おいおい・・・ まさか自分で作った番組をテープに録音して、それをまた自分で聞いてたんだろうな!? うっわ暗い趣味だなぁ~!」
さすがの野村もちょっと寒気を覚えたのだろうか。
DJマッキーを名乗るこの人物は、防音設備の整ってない環境音が入り込む自室で、ひとりラジカセに自分の声と、お気に入りの曲を録音していたのだろう。 誰に聞かせるでもなく、深夜自分で聞くために・・・
なんだか見ず知らずの孤独をこじらせた男の自慰行為を聞いてるようで、なんだかいたたまれない気持ちになった。
「・・・もう止めようぜ。 なんだか気持ち悪いよ」
私はそう言ったが、アホの野村は
「いやいや何言ってんだよ、コイツ結構おもしれーじゃん! こういうの、アウトサイダーアートって言うのか? やべーよ、おもれーよ! もうちょっと聞こうぜ! トークもだんだん面白くなってきたぞコイツ」
といって、私の意見を無視した。
『いや~ 最近ホント暑いですよね~ そこで今回は、リスナーから夏にピッタリな怖い話を募集しております! ではさっそく・・・』
話の内容は、心霊スポットであるトンネルに行った人の話だった。 そこで出てきた地名を聞いて、みんな顔を見合わせた。
「おいこのトンネルって、隣町のほうにあるやつだよね?」
細道の言葉に、皆うなづいた。
「やっぱ近所の雑木林に捨てたあったって事は、DJマッキーも近所に住んでいるかもな?」
野村はテープの持ち主に謎の親近感を感じているのだろうか? それにテープに紛れ込んだ雑音から推察するに、この近辺で踏切が近くて交通量が多い場所といえば・・・
「駅前商店街の裏あたりじゃないかな? あのへん安アパート何軒かあるし」
林田の推理に、私たちは同意見だった。
『・・・そのトンネルから帰る途中、見てしまったんです。 赤いコートを着た女ががががががががが!!!!』
私たち4人は飛び上がった。 テープが急に壊れたのだろうか? しかしラジカセの中のテープは普通に回っているように見える。
『聞こえるか!?ギコエルカ!? ぎこえるるるうがあアアアぁあああ!!!? わわわたたたしいししシしいいのおおおお!!! 声をコエヲこえおおおおおおおお!!!』
DJマッキーの声じゃない! 女の声だ! 低く、唸るような、怒りのこもった、そしてメチャクチャに加工されたような声。
「うわあああああああああああああ!!???」
野村は顔を真っ青にして、叩くようにラジカセのスイッチを切った。
・・・あれから結局、野村はラジカセとテープをどこかに捨てた。 あの女の声がまた聞こえてきそうで怖かったからだ。 それにもしあの女の声もDJマッキーの自作自演だったとしても、なんだか不自然だった。
これは私の憶測だが、あのテープを録音しているときは何もなかったのだろう。 だが録音したテープをいざかけてみると、身に覚えのない、あの地獄の底から響いてくるような女の叫びが入っていて、彼は思わずラジカセごと捨ててしまったのではないだろうか?
その原因は例の心霊スポットであるトンネルに行った体験談はマッキー氏本人の体験であり、そしてそこで女の霊か何かが憑いて来てしまったのだろう。 だから自宅で録音したテープにソレの声が録音されてしまった。
ちなみにこれには後日談がある。
ひろったラジカセの事件から年月が経ち、私たちは大学4年生となった。 就職活動もマトモに進めていないにもかかわらず、最後の夏休みを遊び尽くそうと、4人で車に乗って旅行に行ったその帰りだった。
「・・・おい野村、この道でちゃんと帰れるのか? 方向音痴だとは思っていたけど迷いすぎだろおい」
運転は野村、助手席に私。後部座席には林田と細道が座っている。
「あれぇ~? たしかあの道が近道だったと思うんだけどなぁ・・・?」
私たちは道を一本間違えた結果、身に覚えのない山道をグルグル回ったり、行ったり来たりしていた。
「山口ぃ、ヒマだからラジオつけてくれねえか?」
細道のリクエストにお応えして、俺はラジオのスイッチを入れ、周波数を合わせようとする。 だが、スピーカーから流れるのは砂嵐。
「・・・まいったな、夕方にはアパートに帰るつもりが、もう夜中の12時だ」
林田がぼやいた。
そのときだった、道の向こうにトンネルが見えた。 中は薄暗く電灯が光っている。
「野村、ちょっとゆっくり走ってくれ。 トンネルの名前が見えたら現在地が分かるかも」
私の提案に野村は賛成してくれ、車はスピードを緩めながらもトンネルに近づく。
「えっ!? このトンネルって・・・」
私たちは、そのトンネルの名前を見たとたん、あの恐怖体験を思い出した。 あの自作自演ラジオ番組で取り上げた、心霊スポットのトンネル。
『DJマッキーの! 夜更かしラジオ~!!』
「「「「!?」」」」
そのとき突然、小さく砂嵐が流れていたカーラジオから、あのテープと全く同じ声が流れてきた。 ラジカセと一緒に捨てたはずのあのテープの声が!
「うわああああああああ!」
野村はアクセル全開でトンネルに突進した。 早く通り過ぎたいと考えたのだろうが、本来なら引き返すべきだろう。 だがそんな判断すらマトモに出来ないほど、私たちはパニックになっていた。
『みんな、僕の声が聞こえますか? 聞こえますか? 聞コえマすカ? キコエマスカ? 聞こえますか聞こえますか聞こえますか聞こえますか・・・』
壊れたCDのように音が乱れる。 私はラジオを必死に切ろうとするが、どう操作しても音が消えない。 音もどんどん大きくなる。
「おいふざけんなよ! 長すぎるだろこのトンエル! 早く出ろよ! 出してくれよ!!」
恐怖と焦りといらだちと、野村はアクセルを限界まで踏み込む。
『リスナーさん 助けてください たすけてたすけてたすけてたすけてたすけててえのあsjd;fはおkん;おshごっkljsdんふrgpkm;ぬえtjの834h50ん0え8hご;ljかふぉg:kの:あう゛ぃjdとkgん;:あおうhrg@お』
もう人の言葉じゃない。 意味不明な呪文か雑音か何かにしか聞こえない。
「やめろやめろ・・・ 来るな来るなぁ!!」
野村が一瞬サイドミラーで後方を見たとき、さらに顔がこわばった。
野村以外の全員が車の後ろを振り向くと、何かが追ってきていた! 首をつった死体のような姿勢で、空中浮遊したそれは、音もなく迫ってくる。
「「「「ぎゃああああああああああああああああああ!!!?」」」」
人間ではない何かから、私たちは逃げた。
・・・そしてそれはトンネルを抜けたとたん、動きを止めた。 私たちがトンネルの出口から飛び出したが、そいつは出口でピタっと静止した。
「追って・・・こない?」
野村はそのまま走り続けた。
やがて見慣れた道に出ることができ、私たちは少しずつ冷静さを取り戻して、帰路についた。
それから私たちは、大学を卒業するまで例のトンネルには一切近づかなかった。 社会人になった今でも、二度と心霊スポットのトンネルには行かないと決めている。
ただ気になるのは、トンネルで追いかけてきた人物の姿だ。
皆、首をつったような姿勢で何者かが追いかけてきたのは見たのだが、その姿が・・・
「赤い女じゃなかったな」
「あぁ、なんかサイズの合ってないデカいTシャツにGパンに・・・」
「なんか俺らと同じくらいの大学生っぽく見えたな」
「もしかして・・・ DJマッキー?」
私はラジオが嫌いだ。 ラジオを聞いてると、またあの声が聞こえて来そうだからだ。 おそらくはトンネルの怪異に取り込まれたDJマッキーの声が・・・
そしてその声が再び聞こえたそのときこそ、私はあのトンネルの怪異に加わってしまうのではなかろうか? あのDJのように、私も首つりの姿勢でトンネルの中を・・・
『DJマッキーの! 夜更かしラジオ~!』
読んでいただき、まことにありがとうございます。
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よろしくお願いします。
追記:オチを変更しました。