第86話 晩杯屋ですわー!
「晩杯屋……?」
……なんだろう。
なんだか聞いたことがあるような…………
「……というか、酒屋に泊まるってどういう意味や? それにお嬢様って……」
「そのままの意味ですよ。もう夜も近いですし、お嬢様ならば受け入れてくれるはずです」
「…………それでは、お言葉に甘えて。案内お願いできますか?」
晩杯屋という名前になぜか安心感を覚え、俺は思わずそう言ってしまう。
「はい、喜んで」
俺のその言葉を聞くと女性はふわっと踏み込み、とんでもないスピードで走っていく。
その踏み込みからは想像できないほどのスピードだぞ!?
「ちょ、はや……!?」
「急いで追う。フレス。」
『超速銀河ベル号発進なのだー!』
アナはベルの頭に飛び乗り、とんでもない速度で加速し、女性を追っていく。
「ちょ、うちそんな速く走れんで!?」
「じゃあ私と一緒にこれに乗ろう! ドロウ!」
メアリスがなにやら見た事の無い乗り物と硬そうな帽子を創り出した。
メアリスはそれに乗り込み、二つの持ち手に手をかけてブルルンと音を鳴らす。
「えーっと……それなんや?」
「お父さんと一緒に居た誰かがこれに乗ってたのを見た事があるの! ばいく? って言ってたかな? とりあえず後ろに乗って! あとこれ被ってね!」
「りょ、了解や!」
メディアスはとりあえず、という感じで肯定の言葉を口にした。
流れるように帽子を被り、メアリスの後ろに座る。
「いっくよー!」
「ま、まってや、まだ心の準備が……」
「私の辞書に待ったはない! えんじん全開でいくよ!」
「あ、あとごびょおおおおおぉぉぉぉぉぉ…………」
メディアスの悲鳴は虚しく響き、けたたましい音を鳴らしながらその姿を消した。
…………あの乗り物には乗りたくないな。
「って、ぼーっとしている場合じゃなかった。俺も追いかけないと! フレス!」
俺は魔法でふわりと浮き上がり、みんなの行った方向に向かって飛ぶ。
◇◇◇◇◇
「あー…………めんどうくせぇな……」
周りに何も無い広い海の中、そこには一人の少女がプカプカと浮かんでいた。
──────ビュオオォォォ
「…………嫌な空気だな……でも確認するのも……めんどうくせぇ……」
少女は目を閉じ、風に身を任せて流されていく。
◇◇◇◇◇
「パラリラパラリラァァァ!!」
「メアリス……面白そうな乗り物。」
「う、うちははよ停めて欲しいんやけど……」
『わがはいは乗りたいのだ!』
銀髪の女性の案内についていくために全速力で飛ばしていると……みんなの声が聞こえてきた。
「……ふぅ、やっと追いついた」
「あ。エル。」
『全く、遅いからしんぱい…………いや、心肺停止しそうだったのだ』
「どっちにしろ心配してることには変わりないやんけ」
「はは、ありがとうな、アナ」
『な、わ、わがはいは別に……』
「つんでれ。」
『な!? ち、違うのだ!!』
「パラリラリラ!」
『なんて言ってるか分からないのだ!?』
「え? なんで分からへんの? なぁメアリス。」
「パラ~」
「ほら、メアリスもこう言ってるぞ」
『な、なるほどなのだ。全て理解したのだ』
「私、パラ~としか言ってないんだけど何を理解したの?」
『もう嫌なのだぁぁぁぁぁぁぁあ!!』
ははは…………
やっぱり俺はこの笑いで満ちたこの場所が大好きだ。
「あ! みんな! あれ見て!」
メアリスの指さす方を見ると……そこには晩杯屋と描かれた看板が掛けられた大きな店があった。
その前に先程の女性も立っている。
俺たちもかなり急いで来たはずなんだけど……あの人、どれだけ速いんだ?
そんなことを考えながら俺は地面にふわりと着地する。
「お待ちしておりました。こちらがお嬢様の情報屋兼酒場、晩杯屋です。さぁ、遠慮せずにどうぞ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
俺は女性が開けてくれた扉に足を踏み入れる。
するとその瞬間、店の独特な雰囲気に心を飲み込まれた。
綺麗なシャンデリア、お酒であろうフルーティーな香り、ふわふわとしたカーペット……挙げればキリがない。
「おおぉ……綺麗なお店だね」
「森にこんな綺麗な場所があるなんてな……驚きやわ」
『早く美味いものを食わせるのだ!』
「…………。」
「いらっしゃいませですわ~!」
突然、そんな声が店中に広がる。
響いているせいか、どこから声が聞こえているのか分からない。
「わざわざこんな森の奥地まで、感謝致しますわ!」
「「「!?」」」
後ろ……っ!?
いつから居たのか、そこにはスカートをつまみ、お辞儀している店主であろう少女が居た。
「バトラー、案内お疲れ様ですわ」
「勿体なきお言葉です」
金色の髪に黒のメッシュが入ったツインテールで、紫色のワンピースがよく似合っている。
嘘だろ、全く気づかなかった…………!
「……どうかされました?」
「いや……その……」
「突然後ろに居たからビックリしちゃったんだー! ねぇねぇ、今度私にもそれ教えてくれない?」
「もちろんですわー! 機会があればお教え致しますわー! …………出来れば、の話ですが……」
「え? なんて?」
「いえいえ、なんでもありませんわー! さぁさ、こちらの席にどうぞー!」
……なんというか、元気な人だな。
お嬢様とは思えないほど親しみやすい。
突然後ろに現れるとか、とんでもない速さの銀髪の女性のことも気になるが…………
悪い人……では無いと思う。
むしろ、もっと昔に会ったような…………そんな気がする。
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