第8話 負のループ
「作品たちを助けるなら、人間への恨みを取り除いてあげないといけないよな」
不完全な心、それを一朝一夕でなんとかするのは不可能だ。
となると暴走の原因である人間への怒りを忘れてもらわないといけない。
「そうだな。じゃなきゃ、封印を解いても俺たちを襲いに来るだけだ」
「私がいるから、ある程度は冷静になってくれそうだけど……油断は禁物ね」
自らでは制御できない負の感情、それを抱えた作品たちが藻掻き苦しんだ結果。
それが人間を襲うことなのだ。
「そこらの魔物より強い……そう言っていたが、作品たちの強さについてもう少し情報が欲しいな」
「うーん……」
メアリスは唸りながら考える仕草をする。
その仕草はどこかで見た事あるような……有名な石像でそんなのがあった気がする。
「みんな、意外と強さはピンキリよ。ただ、みんな今日戦ったあの魔物よりは強いかも。それに、各々特殊な力を持ってる」
「数は?」
「多分……百は超えるわね」
「ひゃ、百!?」
フレアバードはDランクの中ではかなり上に位置する魔物であるが、初心者冒険者でもなんとか討伐できる程度のレベルだ。
ただ、百もいるとなれば話は別だ。
アクスは俺の驚きをよそに質問を続ける。
「フレアバードよりはってことは当然それよりも遥かに強いやつもいるんだよな?」
「そうね」
「嬢ちゃんがAランク程度の強さと考えると……大体CランクからBランクってところか?」
「? ごめん、私、本とお父さんのことしか知識がないからランクとかはよく分からないの。ランクがあるのは知っているけれど……」
「そうか……まぁ、よくよく考えればそうだな。ずっと美術館にいたんだもんな」
この世界は強さの指標として、『ランク』というものがある。
ランクはF、E、D、C、B、A、Sの七段階あり、左から右にかけて強さが上がる。
ものすごくざっくり言えばこんな感じだ。
ただ、アクスの言う通りCランクからBランクが妥当なところだろう。
俺とアクスはCランクからBランクの魔物が相手ならば単独で撃破可能だ。
ただ、それは相手が一体ならの話。
対して作品たちの数は百。
普通に考えて勝つことはできないだろう。
……ここで一つ疑問が浮かんだ。
メアリスいわく、自身はソロウという芸術家の最高傑作と呼ばれていた……それならば、当然他の作品たちよりも頭一つ抜けて強いはずだ。
なのになぜフレアバードに怯えていたのだろうか。
率直にメアリスに質問してみる。
「あぁ……私たち絵画は火が弱点なの。弱点っていうか、即死ね。紙って、すぐに燃えちゃうでしょ? だから怖くて動けなかったの。それに、私の魂は今美術館に置いてきているし……あの時は魔力もカツカツだったから本当に死ぬかと思っていたわ」
なるほど。
確かに、紙は燃えたらただ灰になるしかない。
鮮やかな色も、漆黒に染まってしまう。
「ただ、魂があればあの程度の魔物は瞬殺よ。殺られる前に殺る、っていうやつ? 絵本に書いていたわ!」
「どんな絵本だよ!?」
思わずアクスがツッコミをいれてしまう。
俺もそんな世にも恐ろしい絵本があるとは到底信じられない。
というか、メアリスはフレアバードに攻撃される前に倒すことができるのか?
それが本当なら、Aランク冒険者も夢ではないだろう。
まぁ、それはひとまず置いておこう。
「アクス、他の冒険者に協力を仰ぐのはどうだ?」
「そうだな……今回のことの手伝いを依頼した場合、当然戦闘になる可能性がある。そして、その敵の数は百を超える。おまけに一体一体の強さはCランクを越えるときた。ようするに死亡するリスクが高いってことだ。ということは、それに見合った報酬が必要になるってことだ。俺たちにそんな高額、用意できるか?」
「できない……ね」
「つまり、俺とエル……それと嬢ちゃんだけで行かなきゃならねぇ」
「いい加減、嬢ちゃんって呼ばないで名前で呼んでちょうだい。あと、多分私なら一人でみんなを抑えられるわ」
「あぁ、わかったメアリ……あ? お前……いまなんつった?」
『私なら一人でみんなを抑えられる』、俺にはそう聞こえた。
CランクからBランククラス百体を一人で抑えられる……?
なんの冗談だ……?
「いい加減名前で呼んでって」
「その後だ」
「え……? 私なら一人でみんなを抑えられる。だから、戦力に関しては問題ないわ。二人、私でも勝てるか怪しい子がいるけど……その二人は協力関係にあるし、万が一にも負けることはないわね」
どうやら聞き間違いでも冗談でもはないらしい。
仮に全ての作品がCランクだとしても、それら全てを抑えられるメアリスはAランク上位の実力があるだろう。
だが、作品の強さはピンキリ、特殊能力もあるという話だ。
その作品全てを抑えられると考えると、メアリスの実力はSランクになるだろう。
そのレベルの実力者がもう二人いるという事実にも驚きだが……
「えっと……どうしたの? 二人とも」
「どうしたのって……はぁ、Sランククラスを生み出すなんて……そのソロウとかいうやつは一体何者なんだ」
まぁ、それは後でいいか。
軽く思考放棄するような形で、その驚きは隅に置いておいた。
「メアリスちゃんの言葉を信じるなら戦力問題は解決だな」
「なんでちゃん付けなの?」
「あまりに歳下だからだ」
「え? 私、百歳は越えてるわよ?」
「は!? ……いや、まぁちゃんと考えればそうか……」
俺も仰天したが……今は納得しておこう。
当然、人間より長生きする種族もいる。
見た目で判断するのはやめよう。
とはいえ、やはり先入観を消すのは難しいものだ。
見た目的には十四歳くらいで……とても百歳を越えているとは思えない。
「だとしても、メアリスちゃんの方が親しみあっていいだろ?」
「私はどっちでもいいかな。アクスの好きなように呼んで」
そう言いつつも、メアリスの頬は桜色に染まり、年頃の女の子らしい表情を浮かべた。
「そうか? じゃあ、メアリスちゃんでいくぜ」
アクスはにかっと太陽のような笑みを浮かべた。
「って、楽しいお話は後! 私はいずれ美術館に強制帰還なんだし早く行動しないと!」
「そうだな、今は作戦会議の時間だった」
雑談はメアリスと作品たちを助けた後で楽しめば良い。
……さて、どうするか。
一度頭の中で状況を整理しよう。
作品たちは人間に強い恨みを持っており、いずれは封印を解いて暴れ回るだろう。
作品たちの強さはCからBランク、Aランクが混じっている可能性も否定できない。
メアリスと同程度の実力を持つ、残りの三大絵画の二人は協力関係にある。
その二人が敵でないなら、メアリス一人で作品全て対処が可能。
しかし目的は作品たちの討伐ではなく、恨みを取り除くことだ。
でなければ大きな被害が出るし、いずれ冒険者や騎士団によって討伐されるのは火を見るより明らかだ。
となるとメアリスが力で抑え込めても意味がないし、メアリス自身そんな手段はとりたくないだろう。
……状況としてはこんなところか?
この問題の根底にあるのは、作品たちが抱いている人間への恨み、怒り。
そして自分たちへの嫌悪。
恨み怒りはソロウを貶した人間が、嫌悪は自分たちが感情に任せて暴れ回った結果としてソロウが貶されてしまったことがそれぞれ原因となっている。
暴れる→ソロウが貶められる→暴れる という負のループが出来上がってしまっていることで、終わりがなくなっているのだ。
これは作品たちの『心』が不完全であることが原因であり、大きく被害が出た人間もソロウに対して良い感情を持たないのは理解できる。
理解できるが……
……結果を見れば悪いのは作品たちたちだ。
しかし、それは『心』が不完全であるから。
それを理由に全て許される、というわけではないが仕方のないことではあると思う。
直接被害を受けたわけではない俺がこんなことを思うのがそもそも間違っているのかもしれないが。
互いに互いの正義があり、それがぶつかり合って争いが起きるのはいつの時代も必然なのだろう。
果たして、作品たちを助けることはできるのだろうか……?
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