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第6話 題『メアリス・ローザ』

◆◆◆◆◆



月の薄明りが差し込むだけの仄暗い闇の中。

月明りに照らされて埃が舞っているのが分かる。


「……よし、完成だ……!」


男は筆を置き、キャンバスに置かれた自作の絵画をその双眸で捉える。


彼の名前はソロウ・ライン。

芸術に魂を捧げた芸術家だ。


ソロウの描いた絵画には、少女が描かれていた。

正面から見るのが億劫になるほど眩しく輝いた金色の髪、見ていると沈んでしまいそうなくらい、底が見えない海のように深い青、それでいて本能的に見ていたいと感じるサファイアの如く煌めく瞳、水晶のように透き通ったきめ細かい肌、どこか子どもらしさを残しながらも数多の社交界を渡り歩いた貴族のような荘厳さを感じさせる美しい顔立ち、白色の薔薇柄があしらわれた明るい緑のワンピースは一流の仕立て屋の最高傑作と呼んで差し支えない完成された美であり、胸元に身に着けているタイガーアイのブローチは一際光彩を放っているが、全体に上手く馴染んでいて、もはやこれがなければ成り立たないと思えるほどだ。

折れてしまいそうなほど細く洗練された華奢な足だが、力強く大地を踏みしめていて、周りにあしらわれた金色のバラは彼女を表されているかのように、異常と呼べる理外感のある妖艶な美しさを放っていた。

どこをとっても非の打ち所のない、職人の魂が込められた最高傑作。

この宇宙上のどこを探しても、これ以上の絵画はないと誰もが断言するような作品だった。


ソロウはただ自分の描いた絵画を眺めていた。

眉ひとつ動かさず、瞼を閉じることなく。

ただひたすらに眺めていた。

そうして太陽が昇り、再び月が浮かんでから絵画に向かって微笑んだ。


「……よし、お前の名前は……メアリス。メアリス・ローザだ」


ソロウの異常とも言える作品への深い愛情はそれらに魂を与え、命を与えてしまった。

しかし……彼はそれに気づくことは無い。

気づくはずがない。

誰が自分の創り出した作品に命が宿ると思うだろうか。

決して気づくことはないが、彼は自らの作品を宝物……いや、家族のように扱っていた。


しかしそんなソロウも……やがて、亡くなってしまった。


たとえ彼が亡くなっても、彼の作品が消えることはない。

彼が作品たちを家族のように扱っていたのと同じように、作品たちもソロウを家族のように大事に想っていた。


感情を持つ者ならば、考えずとも自ずと分かるだろう。

いつも傍にいたはずの家族が突然消えて心に吹き荒れる、黒を煮詰めたような嵐の存在が。

その嵐を収めようとすればするほど吹き出す深淵の煙が。

これらを受け入れられた時には既に原型が分からなくなるほどズタズタになった胸が。


それを、作品たちも分かっていたのだ。

彼らは、感情を得ていた。


作者であり家族であるソロウを失った作品たちは、この嵐をどう沈めれば良いのか分からなかった。


ソロウを失った作品たちは、感情を制御出来ずに暴走した。

当然だが、作品は生き物として創られているわけではない。

それ故に『心』が不完全、未完成の状態であった。

大切な存在……家族が亡くなり、リミッターが外れてしまったのだ。


その時だった、作品たちが自分の意思で歩みを進めたのは。


絵画たちは額縁を越え、自身を閉じ込める紙を越え、外の世界に飛び出し始めた。


彫刻品や石像たちには目に見えた変化はないが、自身で動く力を得た。


ソロウの死という悲しさから目から塗料を……いや、()を流していた。


ソロウの作品は世界的に評価されていた。


しかし、作品たちは暴走し……人間を襲い始めてしまった。

それにより、ソロウの評価は地に落ちた。

作品たちはあまりに強かった。

特にメアリスを始めとする、ソロウの三大絵画と呼ばれた作品たちは異常な強さを誇っていた。

当時の冒険者では到底手に負えなかった。

メアリスは当時のことをよく覚えていないようだが……恐らく大勢の人間を殺した、そう思っている。


そうなれば、世間がソロウに対しどのような印象を抱くかは想像に難くない。


悪魔の芸術家だ、自身の作品を家族扱いする異常者だ、人間ではない……──────


やがて、作品たちはソロウの美術館に封印された。


幾年美術館に封印されていた作品たちがソロウが悪魔同然の扱いを受けていることを知った時、自らを嫌悪した。

愛する家族が、自分たちのせいで悪魔と呼ばれている。

人間たちが、家族を貶している。


作品たちはまた同じ轍を踏む。

自分たちのせいでソロウが貶された。

貶しているのは人間。

心が不完全な彼らは、その激情に身を任せて暴走することしかできない。


今は強固に閉ざされた封印があるが、以前よりも年季が入りそこらの魔物よりも遥かに力を持ってしまった作品たちを長く抑えておくことは不可能。

いずれ作品たちは美術館を脱出し、人間たちを殺して回るだろう。

怒りを向ける先が、そこ以外にないから。


しかし、それに待ったをかける作品もいた。

ソロウはこんなことをするために自分たちを産み出したのではない。


作品たちはソロウの愛を受けて生まれた、生きてきた。

彼の気持ちは、確かに作品たちの心に伝わっていたのだ。

彼は、人間を憎んでなどいない。

むしろその逆、人間を愛していた。


しかし、それが冷静に咀嚼できた作品は少ない。

不完全な彼らにとって、ソロウ……父の死という事実はあまりに重すぎた。


メアリスは、その事実を受け入れて前に進む覚悟を持てた作品の一人。

彼女は芸術家ソロウの最高傑作であり、力も一番強かった。

封印を施されてからすぐは怒りに心を支配されていたが、今は違う。


長い年月が経ち、封印の弱まった今、メアリスにとって封印の破壊は容易だ。

だが、それをすれば作品たちは美術館を飛び出し、人間たちを殺してしまうだろう。

大昔と同じように。


その惨状を繰り返さないため、メアリスはソロウの愛した人間に助けを求めることにした。

信じることにした。


そのため、メアリスは他の作品を外に出さずに自身だけが美術館の外に出られる方法を探し続けた。

そうして遂にその方法を見つけたのだ。


メアリスは自身の身体が二つあることに気づいた。

塗料としての物理的な肉体と、その器となる紙と額縁。

絵画たちは紙と額縁を越えた後、抜け殻となったそれらを吸収したのだ。


メアリスは紙と額縁を塗料の肉体から分離させることに成功し、抜け殻となったそれらに魂を残した。

逆に塗料の身体が抜け殻になり、紙と額縁が本体となった。

そうして抜け殻になったメアリスを、封印は阻むことはなかった。

塗料のみとなった自身の身体を壁に押し付け、地道に浸食することで脱出に成功したのだ。

そうすることによって封印を解かず、他の作品を外に出させず、なおかつ自分だけは脱出できる。

これができるのは他の作品に比べ力が秀でているメアリスだけであり、そのメアリスといえども長い時間外には出ていられない。

時間がたてば強制的に魂のある本体の絵画に戻されてしまう。


限られた時間の中、人間に助けを求めようとした。

そうして選ばれたのが……エルとアクスだったのだ。

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