第47話 正しい歴史
「そんなことをしている場合じゃない。どうせ長の話は長い。」
「これは大事な話なのだ。ベルにとってもだ」
「どのように大事?」
「そこの小僧を見る目が変わるかもしれないな」
「……どういうこと?」
「そのままの意味だ」
ベルは相変わらず表情を変えずに長の顔を見る。
次に、俺に顔を向けた。
「……聞く。」
「それでいい。……そうだな、まずは精霊族と人間が良い関係を築けていた時の話をしよう」
長は神妙な面持ちになり、口を開いた。
「かつて我ら精霊族は、魔法の街スペリラと呼ばれる場所で人間とともに暮らしていた……互いに良い関係を築けていたと言える。ともに魔物を倒したり……冒険したり……魔法を教えたりもしていた」
それを話している長は当時のことを思い出しているのか、とても柔らかい表情を浮かべていた。
人間を憎んでいても、その時に過ごした時間は決して悪いものではなかったのだと伝わってくる。
「それだけでなく、ともに同じ食卓を囲んだり、料理をしたり、風呂にも入った。我らにとっては、よき友人であった」
原初の種と人間がともに生活している……そんな様子を思い浮かべ、思わず笑顔になってしまう。
「しかし……平和とは永く続くものではない……そう、あの日に全てが壊れた──────」
◆◆◆◆◆
ある時、魔王が活動を開始した。
魔物の動きは活発になり、人間が死ぬことも少なくはなかった。
人間だけでなく……精霊族も、他の種族も。
魔物や魔族は生きとし生けるものの天敵。
戦うことは避けられない。
精霊族は人間という友人を守るため、戦場へ赴いた。
精霊族は、自らの意思で戦った。
人間を守りたかった。
また笑い合いたかった。
またあの温かい時間を過ごすため……精霊族は戦った。
その戦いでどれだけの犠牲がでたか…………言うまでもないだろう。
もちろん人間だけでなく精霊族も…………
そして、長い戦いの末……人間たちは魔王との戦いに勝利した。
人間を守ることができた。
また、あの日常が帰ってくる。
勝利を報告するため、精霊族はスペリラに帰る。
魔王との戦いが終わったと言ったら、同胞や人間はどんな反応をするだろう?
笑顔になる? それとも嬉し涙を流して抱きついてくるだろうか?
精霊族たちはそんなことを考えながら帰路につく。
…………スペリラに戻り、精霊族が初めに目にしたものは……炎上したスペリラだった。
たくさんの同胞が死んでいる。
なんだ? 何が起こった?
魔物に襲撃されたのか?
精霊族、そしてともに帰還した人間たちは慌ててスペリラに入る。
魔物の襲撃かもしれない。
……しかし、そこに広がる惨状はそんなものではなかった。
まだ魔物に襲撃されていた方がマシだったかもしれない。
そこで精霊族が目にしたのは……精霊族を食べている、人間だった。
餓鬼のように血をすすり、肉を食いちぎり…………
数多くの同胞が殺されている。
魔王との戦いは長かった。
一年、二年………………
戦いが続いたせいで、物資や食料も、底を尽きはじめていた。
人間は弱い。
こんな状況で健康を保つことは、到底不可能である。
食べるものもなく、死を待つのみ。
あるいは、魔物の餌になるか。
どうしようもない未来しか残されていない人間たちは、自分たちの行く末に怯えた。
そこで、精霊族に目をつけた。
神聖な原初の種であり、人間とは次元の違う魔力を持つ精霊族を喰らえば、多くの魔力を得ることができる。
そんな噂が広がった。
魔力と肉体は密接な関係にある。
魔力があれば肉体はより強靭になり、肉体が強靭になれば魔力容量が増える。
つまり、魔力があれば人間は強くなる。
病に侵されることもなくなり、魔物にやられるリスクも減る。
しかし、精霊族の肉を喰らえば魔力が得られる……これはなんの根拠もないデタラメである。
確かに精霊族は多くの魔力を持っているが、その肉や血を喰らっても、なんの意味もない。
だが、人間たちは真偽を確認しない。
精霊族を、他者を踏みにじる行為だとしても、関係ない。
ただ、自分たちが生き延びるため…………精霊族の肉を喰らうことにした。
精霊族は原初の種であり、人間に遅れをとることは本来ならほぼ有り得ない。
しかし戦闘に長けた精霊族は皆、戦争に出ていた。
スペリラに残った者は大した力のない女子供、老人のみ。
津波のように押し寄せてきた人間を相手することは難しく、ことごとく踏み潰されてしまう結果となった。
それを見た精霊族は皆、心が壊れてしまいそうになるほど狂った。
苦しみ、怒り、憎悪、恨み、怨み。
全てを人間にぶつけた。
愚かな人間たちは焼き払われ、精霊族は逃げるように里へ帰っていた。
なんとか生き残った仲間たちで逃げる、逃げる。
決して、人間が入って来れない場所へと。
同胞たちが殺されて長い年月が流れた。
何年も経過した。
それでも、怒りが消えることはない。
憎しみが色褪せることはない。
人間に対する強い怒りと憎しみが、心の奥底に巣食っている。
この怒りが晴れる日は来るのか?
この憎しみが消える日は来るのか?
人間と再びあの日常を送ることができるのか?
否。
来るわけが無い。
精霊族は今もなお憎悪の炎を燃やし、人間を許さない。
◆◆◆◆◆
「──────というわけだ」
「「「……………………」」」
…………あまりに惨い……悲しすぎる……。
精霊族は人間のために、多大な犠牲を払ってまで、命を賭けてまで戦ったというのに……。
その結果待っていたのは……同胞の死。
それもただの死ではなく、友だと思っていた人間に裏切られたことによる死。
当時の人間たちはなにを考えていたのだろうか。
信じられない。
「……さて、この話を聞いてもなお、我らに協力を求めるか?」
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