第4話 ……じゃない
俺たちは魔物に襲われていたメアリスを助け、ともに帰宅する。
「メアリスはなんでこんなところに1人で?」
「えっと……道がよく分からなくてここに迷い込んでしまったの」
「道に迷って森に……?」
普通に考えて、道が分からないのなら人に聞けばいい。
仮に聞けない事情があっててきとうに歩いていたとしても、わざわざ森に入る意味が分からない。
どういうことだ?
そのようなことをメアリスに問うと、俯いて無言になってしまった。
「答えたくないのか?」
「……うん……」
メアリスはコクりと頷き、不安そうな目でこちらを向く。
「あのね……私、お父さんもお母さんもいないの……」
「え?」
俺はいきなりの告白に驚きを隠せない。
メアリスは今にも泣きそうな顔をして話を続ける。
「お父さんは寿命で死んじゃって、お母さんはいないの」
「そう、なのか……」
「両親がいないのか……」
お父さんは亡くなったという言い方をしたのに、お母さんはいないという言い方をしたのが引っかかるが……
「っ……」
俺の頬には自然と温度のある雫が流れていた。
両親がいないことがどれだけ辛いことか。
身をもって、理解しているつもりだ。
メアリスもきっと寂しい思いをしただろう。
アクスもその話を聞いて神妙な顔つきで顎をさすっていた。
「あ、二人とも、気にしないで。私は別に悲しくないから……」
「そんなわけ……ないだろう……? 本当に悲しかったら、泣いてもいいんだぞ」
「気遣いありがとう。でも、本当に大丈夫」
メアリスは目を滲ませながらも笑顔を浮かべる。
強い子だ。
そして「気を取り直して」、そう言うように手を叩いて話し始める。
「それよりも、お腹が空いたわ!なにをご馳走してくれるのかしら? すごく楽しみ! ケーキ? それともクッキー? 思い浮かべるだけで楽しくなってくるわ!」
「お菓子ばかりだな。ちゃんと色んなものを食べないと、健康に悪いぞ嬢ちゃん」
「大丈夫よ。私、病気にならないから」
……?
どういうことだろうか。
人間誰しも病気という脅威からは逃れられないと思うのだが……
「…………」
それを聞いたアクスは、なぜだか少し怖い顔をしている気がした。
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「よし、着いたぞ。ここが俺たちの家だ。メアリス」
「素敵な家ね! 上がってもいい?」
「もちろんだ。さぁ、上がって」
メアリスはわざわざお辞儀をして家の扉を開く。
玄関で靴を脱ぎ、丁寧に二足揃えてから家に上がる。
「わぁ……私の居たとことは全然違う……」
「メアリスはどこに住んでいるんだ?」
「私? 私は美術館で暮らしていたの」
「び、美術館?」
全く想定していなかったその一言に、思わず動揺を露わにしてしまう。
アクスも似たような反応だ。
「えっと……管理人さんの娘ってことか?」
「いいえ、違うわ。私のお父さんは芸術家なの!」
美術館に住み込みで働いていた、ということだろうか?
その状況は少し考えづらいが……。
「まぁ、話はご飯の時に聞くよ。俺たちは朝ごはんを食べたばかりだからメアリスの分だけ作るけど、なにかリクエストはあるか?」
「うーん……さっきのキャンディみたいに、甘いものがいいわ!」
「スイーツみたいなものがいいのか?」
「うん! ドーナツとか、カスタードのたっぷり入ったパンとか!」
本当はちゃんとしたご飯を出そうとしていたのだけど……まぁ、最終的には家に帰ってもらうつもりだし、スイーツでもいいか。
「……」
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「おまたせ、メアリス」
俺はオーブンからカスタードの入ったパンをトングで取り出し、お皿に乗せた。
オーブンを開いたときにふわっと広がる小麦の香りに、食べるのは自分ではないはずなのに思わず口角が上がる。
「わぁ……! おいしそう……!」
メアリスは宝石のように綺麗な青い瞳を爛々と輝かせ、どこからか取り出したフォークとナイフを手に持つ。
……今、どこから出したのだろう。
そんな疑問は一度振り払い、メアリスの前に皿を置く。
「焼きたてで熱いから気をつけて」
「はーい! いただきまーす!!」
俺はメアリスの正面に座り、じっとその姿を見つめる。
メアリスはそれを気にする様子もなくフォークをパンに突き刺し、ナイフで切る。
それを口に放り込むと、キャンディを食べた時以上に顔を輝かせた。
(ふわふわの生地が歯に触れれば抵抗なく千切れて、そのまま歯を進めればほんのり冷たいカスタードに辿り着く! 小麦が香る生地が優しい卵味のカスタードを包み込んで……これは……!!)
「んー!! さいっこう!!」
「あはは、よかったよ。喜んで貰えて嬉しいな」
メアリスは地面に着かない足をぶらぶらと振り、それに合わせて身体も揺れる。
そのはしゃぎ様はもはや異常レベルだと言えた。
ところで……と俺が話を切り出す。
「いつごろ家に帰るつもりなんだ? 流石にいつまでも泊めておくことはできないんだけど……」
それを聞くと、メアリスは人が変わったように顔を曇らせる。
「……帰りたくない……帰れない……」
「……どうしてか、答えることはできるか? 放っておく訳にはいかないし……できれば答えてほしいんだが」
アクスは壁に寄りかかりながら心配そうにメアリスにそう声をかけた。
「…………怖い……」
「……困ったな」
アクスは目を閉じて腕を組み、考え込む。
「……少し俺とエルは席を外す。嬢ちゃんは寛いでいてくれ」
「……うん」
「アクス? なんで突然……」
「いいから。エル、来い」
アクスは振り返ることなく二階への階段の方へ向かっていく。
来い来いと、手招きをしてきた。
俺は戸惑いながらもそれに従い、アクスの背中を追いかけた。
アクスは部屋の扉を開け、俺もそれに続く。
「……エル、俺が今から話すことは、絶対にあの嬢ちゃんには言うなよ」
「え? なんでだ?」
「いいから。とにかく、わかったな」
「……わかったよ」
「いい子だ」
アクスはありがとうとお礼を述べ、俺の頭を撫でる。
「驚かないでほしいんだが……恐らくあの嬢ちゃん……メアリスは人間じゃねぇ」
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