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第26話 母の意志

「エル、逃げろ。それがお前のすべきことだ」


なにを……言っているのか分からない。

逃げる?

この惨事を前にして……逃げる?

俺のすべきことが逃げることだなんて、信じたくなくて。


「それじゃ、しゅぎょうしたいみ、ないよ」


そんな時間もないのに、言い返してしまう。

父さんはそれを聞いて、俺に手を伸ばそうとする。

けど伸ばし切ることもできなくて、腕を下ろしてしまう。


「おいおいおい、なに呑気に家の中いるんだよー。人間」


壊れた扉から醜悪な笑みを浮かべたナニカが顔を覗かせた。

人型だが、身体には異形のような凸凹があり……見ているだけで怖気がする。


「はぁ……設置魔法起動。パラライズロープ」

「なにっ!? がっ……」


突然ナニカの足元に魔法陣が姿を現したと思えば、

雷のロープがナニカを雁字搦めにしていた。

母さんはスタスタとナニカの方へ歩き、冷たい眼差しでナニカを見下す。


「な、なんだこれ、解けなっ……」

「空気が読めないやつですね。今、親子の時間なのですが。分かりませんか?」

「あ!? そんなの俺たちが知ることかよ! てめぇらは俺たちに大人しく蹂躙されとけば……」

「すみません、対話の意思を見せたのが間違いでした。もう死んでいいですよ。オーバーヒール」


母さんがナニカを踏んづけると、ナニカから目を焼くほど眩しいエメラルドグリーンの光が放たれる。

父さんが俺に覆いかぶさり、光を背中で遮ってくれた。

光が止んで、父さんがどくと……そこには、干からびたナニカが倒れ伏していた。


「エル。先程修行の意味がないと言いましたね」


母さんは倒れたナニカを目に留めることもなく俺の目をじっと見つめながら歩み寄る。

俺の視線は母さんの厳しい目に自然と吸い寄せられ……それ以外がぼやけて見える。


「だって……父さん、ちからはだれかをまもるためにあるものって……」

「はい、その通りです。ですから母さんはエルを守るためにこの力を行使します」

「なら、俺だって……!」

「エル」


母さんは俺の顎を持ち上げ、人差し指でツンと、俺の喉仏を突く。


「この世は弱肉強食です。時には力があっても誰かを守れないことがあります……エルが言うように、結果意味がなくなることもあります。例えば今、母さんが指先に少しでも魔力を込めれば……エルは死にます。そういうどうしようもない状況があることを覚えておきなさい」


母さんの人差し指がぼんやりと光を放つ。

その輝きは、いつもの傷を癒す暖かな光ではなくて……確かな害意が込められた、恐ろしい光だった。

頭のてっぺんからだらだらと汗が流れ、自然と身体が小刻みに震える。

死が、目の前にある。

その恐怖で俺は母さんの言っている、『どうしようもない状況』を考えずとも理解させられた。


そのタイミングで指先の光は徐々に弱くなり……消えた。

母さんは俺の喉仏から人差し指を離し、俺の目を滲んだ目で見つめる。


「手荒な真似をしてごめんなさい。けれど、こうでもしないと優しいエルは母さんたちを置いていけないと判断しました。許せとは言いません。その代わり父さんと母さんの指示に従いなさい」


母さんの目は、いつも真っ直ぐだ。

自分の意志がダイヤモンドみたいに固くて、テコでも曲がらない。

今もそうだ。

俺は、そういう母さんが好き。

自分もいつかそういう風になりたい。

けど……ここで逃げたら……俺はこの先そうなれるのかな。

どうしようもない状況だからって……自分の意志を簡単に曲げても、いいのかな。

分からない、分からないけど……


「いやだ」


母さんなら、きっと曲げない。


「……エル」

「ハハハッ! アメリアと同じ目をしているじゃないか! こりゃ気絶でもさせないと逃がせないな!」

「笑い事ではありませんよ、全く……」


父さんは火に包まれた家で豪快に笑い、母さんはおでこを抑えてはぁーと大きく溜息を吐く。


「そもそも俺、父さんと母さんがまけるとおもえないもん。さいきょうだし。だからにげなくていいとおもう」

「ガハハ! 言うじゃないかエル!」

「はぁ、この無謀な考えはオーエン似ですね……頭が痛いです……」


母さんは呆れた目で……それでもしょうがないなぁと半ば受け入れるような表情で、俺たちの足元に魔法陣を描く。


「ファスガ・チェイン・パワード」


青と赤の光が俺たち三人を包み込み……全身がビートを刻んでいるみたいに、身体の鼓動が強まる。

腹の底から力が湧き上がってくるみたいだ。


「エル。今は母さんたちと共に戦う許可を出します。ですが……オーエンや母さんが死んでも……エルは必ず生き残りなさい。何が起ころうとも、生きることを諦めるのは許しません。それが出来なければ今ここであなたを気絶させ……私の全魔力を用いて無理やりどこかへ転送します。自分で判断なさい」


母さんは今、怒っている。

一生許してくれなそうだ。

でも……それでも……


「俺は……にげないで、たたかう」


父さんと母さんを、守りたい。

それが、俺が強くなる理由だから。

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