第24話 嘘つきは嫌いなの
「なにが、『俺は察しが悪い』よ」
アクスの部屋を後にして、私はそう溢した。
私がアクスの部屋を訪ねたのは……どうやってエルの部屋に行けばいいか聞くためだった。
まさか聞く前に答えられるなんて思わなかったわ。
けれど、アクスのことだから偶然だったのかしら。
そういう偶然を引き寄せるのも、なんだかアクスらしい。
「ふふ……会ったばかりの人間に、らしいだなんて。私はなにを言っているのかしらね」
私はエルの部屋の前に辿り着き……扉と向かい合う窓を開けて、身を乗り出して夜空を見上げる。
「……綺麗」
夜の冷たい空気が私の頬を撫で、髪がゆらゆらと揺れる。
こうして窓を開けて外の風を感じられるのも、封印が解かれたおかげ。
アクスと、エルのおかげ。
「……エルを一人にしないでって、どういうことかしらね」
アクスは最後にそう言っていた。
エルには、アクスっていう立派なお父さんが……
いや、でもそういえば……二人の苗字は違った。
シュラインと、マーティン。
家族って確か、苗字が同じはずよね。
けど、私だって苗字はお父さんと違うし、家族の皆は苗字がない……
家族の中で、ローザという苗字があるのは私だけ。
あぁもう、人間社会はよく分からないわ。
「……いい加減、入りましょうか」
私は窓を閉め、エルの部屋の戸に手をかける。
するとなぜか分からないけど、心臓の鼓動が早くなる。
ドッドッドッ。
頭に響くくらい、やかましく鳴る。
どうして?
分からない、こんな気持ち……私は知らない。
「 やっぱり、私の心もまだ不完全なのね」
私はそう思って、うるさい心臓を無視することにした。
無視して、そのまま戸を開ける。
ガチャリ──────
◇◇◇◇◇
──────ガチャリ
『があぁぁぁああ!!』
「エル」
『早く……逃げなさい!!』
「エル」
『お姉様……あと、よろしくね……』
「エル!」
『っく……あなた方はお逃げなさい! ここは……わたくしに任せなさい』
「エル!!!」
「っ……!?」
突然、布団が剝がされて光が差す。
見上げると、心配そうに俺を見下ろすメアリスが居た。
まずい……俺は、いつも通りに……
「ど、どうしたんだ……メアリス。こんな夜中に……」
「それはこっちのセリフなのだけれど……エルこそ、布団越しでも分かるくらい震えて……なにかあったのかしら」
俺はその言葉にビクリと震えた。
全身が汗でべたついて、気持ち悪い。
「どうなの?」
「ちょっと、寒くて……」
「ねぇ、エル」
「だからその、なにかあったとかじゃ」
「ねぇって、言ってるんだけど」
メアリスが俺の頬を手で挟み込んで目をじっと覗き込んでくる。
俺は両手を後ろにつき、顎が上がる。
俺を見下ろす彼女の人形みたいに綺麗な顔が月の光で照らされて、輪郭がぼやける。
「私、噓つきは嫌いなの」
「俺は、嘘なんて」
「言葉が分からないのかしら。私、嘘つきは嫌いなの」
彼女は軽く、俺を睨みつける。
視線と言葉が、俺の胸に深く突き刺さる。
「もう一度聞くわね。なにか、あったのかしら」
小さいメアリスの顔が、俺の視界を埋め尽くす。
ぼやけるメアリスの顔が、さらに滲む。
そのせいか、なんだか頭が回らない。
だから、なのかは分からないけど。
「昔を、思い出して……怖くて、震えてたんだ……」
俺の口から、そんな言葉が零れ落ちた。
「……そう」
「情け、ないよな。俺、弱くてさ……一人の夜、たまにこうなるんだ……」
「……」
「ごっ、ごめ……んな、こんなの聞いて、困るよな、ごめ……」
「謝らないで」
メアリスは強く俺の口を塞ぎ、俺の言葉を強引に止める。
「ごめんなさいは、悪いことをした時に使う言葉だと思うのだけれど」
「だって、メアリスを困らせて」
「困ってない。なにも、困ってない」
「迷惑……」
「どこが迷惑なの? こんな夜中に突然やってきた私の方が遥かに迷惑じゃない」
「そんなこと、ない……」
「そう。私だって、突然重たい話をされても迷惑じゃないわ。むしろ、エルさえ良ければもっと聞きたい。私、アクスに頼まれたの。エルを一人にしないでって」
「アクスが……」
「よく見てるわよね。エルは隠してたつもりなのか分からないけど……きっとアクスは最初からお見通しだったのね」
メアリスは俺の顔から手を離して、そのまま俺の背中に腕を回す。
彼女の胸から心臓の鼓動と、熱が伝わってきて……俺の身体はさらに熱くなる。
「アクスに頼まれたから、だけじゃないわよ。私はあなたのことをもっと知りたい。あなたの助けになりたい。ただがむしゃらに、手を伸ばしていたい。だから、私の手を取ってくれていいのよ。迷惑だなんて、これっぽっちも思わないわ」
あぁ……これは反則だ。
俺は自分を制していたのに、こんなこと言われたら、されたら……
また……大事な人が増えてしまった……
顔がピクピクと痙攣し、熱い雫がとめどなく溢れる。
俺もメアリスの背中に腕を回し、思い切り力を込める。
離れてほしくなくて、離したくなくて。
「エルも、自分が迷惑をかけてるなんて思わないで」
俺の胸に去来するのは、彼女の暖かさ。
そして、新たな臆病の火種だった。
夜空の月は、より一層輝きを増すばかりだった。




