第23話 潜り込む夜空
メアリスの能力を目にした後、作品たちと軽く談笑しながら美術館に入った。
話してて特に人間との差異は感じられなかったし、心が不完全だなんて言われても信じられない。
というか、心に完全不完全なんてあるものなのか。
「ふぅ……暇ってよくないな」
メアリスが空き部屋を俺とアクスに用意してくれ、休んでほしいと言われ一人ベッドに寝転がってはみたものの……薄暗い天井を見上げて……心に完全不完全があるのかなんていう哲学的な思考に耽るだけだった。
「それにしても……今日は大変だったな」
俺は寝返りを打って窓を見る。
満月だ。
もうほとんど黒になった夜空には白い光の点が散りばめられている。
この部屋に差し込む光は星のものなのか、月のものなのか、そんなどうでもいい疑問が浮かんでくる。
本当に今日は色々あったはずなのに、振り返ることよりもこんな疑問が出てくるのが先なんて……俺の頭はどうなっているのだろう。
「……」
今日は寒い。
ひんやりとした空気に触れた身体は軽く震えてしまう。
寒さをしのぎたくて布団を頭まで引っ張り、両手で上腕を掴む。
眠くはないけど、もう寝よう。
寒さに耐えながら哲学的なことを考えたり、どうでもいいことに疑問を覚えたりするのは……無駄とは言わないが、疲れている今にすることじゃない……だから、もう寝る。
俺は真っ暗な布団の中で瞼を閉じた。
◇◇◇◇◇
「……誰だ?」
俺は戸の向こうに気配を感じ、軽くドスの効いた声を投げかけてみる。
するとドアノブが下がり……恐る恐る、という感じでメアリスちゃんが顔を出した。
「ごめんなさい、脅かす気はなかったのよ?」
「……いや、俺こそすまん。長いこと冒険者やりすぎてな……知らない地で夜を越す時はピリピリしちまうんだ」
「ふふ、ぜひそのお話もゆっくり聞きたいわ」
メアリスちゃんはゆっくりと俺の方へ歩み、ベッドに座っている俺の隣に腰をかけた。
「なんだ? おっさんの冒険譚なんか聞きに来たのか?」
「いえ、その……今日は違くて……」
メアリスちゃんは二つの人差し指をツンツンして唇を尖らせるばかりで、一向に本題を話し出す雰囲気がない。
「んだよ、俺あんまり察し良くねぇから分かんねぇぞ」
「えっと……」
「ま、メアリスちゃんから話さないなら俺から頼み事でもするぜ」
なんとなく流れで話せば解れるかもだしな。
「今日は俺のとこじゃなくてエルのとこに行ってやってくれないか?」
「えっ、エルのとっとととところに!? ど、どうして?」
「なんでそんなに驚くんだよ。ま、理由は聞かないでくれや。本人から聞いてやってくれ」
「で、でもその……お、男の子と女の子が同じ部屋に一緒に居るなんて変……じゃない……?」
メアリスちゃんの顔が一気に朱みを帯び、舌が早く回る。
これは……まさか……
長年独身でやってきた俺だが……流石にこの様子を前にして察せないほど男をやめてはいない。
しかし……こういう時どうすればいいかがてんで分からん。
「あー……変とか変じゃないとか、あんま考えないでいいんじゃねぇか?」
「それは……どういうこと?」
俺は頭を搔きながらその質問に答える。
「なんつーか、俺は人の目とか、気持ちとか考えるのが苦手なんだよ。やりたいことやって生きて……ここまできた。それでも俺は周りから浮いたりすることはなかったんだよ」
「うん」
「それがなんでかっつーとな、人ってのは案外他人を見てないんだよ。自分のことで精一杯なのさ。俺は体質的にちっとばかし不便があるんだが……それでもやっぱり周りは対して気にしやしねぇんだよ」
「そう、なのね」
「つまり、言いたいことはだな……好きにやりゃいいんだよ。そりゃいきなりぶん殴ったりとか、壊したりとかはしちゃいけねぇがよ。特にメアリスちゃんは今日やっと自由を手にしたんだ。多少は目を外したって……罰は当たんねぇよ」
「……」
やべぇ、メアリスちゃん黙っちまった。
昔からまとめるのとか苦手なんだよなぁ。
上手く伝わらなかったか?
「ありがとう、アクス。私、エルの部屋に行ってくるわ」
「助けになれたならなによりだ。伝えるの下手でわりぃ、学がないもんでな」
「いいえ、そんなことないわよ。やっぱり、アクスはなんだか大人みたい」
「みたいじゃなくて大人なんだが……ま、それならいいさ」
メアリスちゃんはスッと立ち上がって扉の前まで歩みを進め、ドアノブに手をかけたところで突然振り返った。
「ところで……なんで私にエルの部屋に行ってほしいの?」
「……行けば分かる」
「……そう。それじゃ、おやすみなさい」
「メアリスちゃん」
……これは、くだらない親心なんだろうか。
「あいつを……一人にさせないでやってくれ」
「……? えぇ、私はどんな困難があってもエルと一緒よ。私を檻から出してくれたのはエルだもの」
「……そうか。わりぃな。おやすみ」
「えぇ、おやすみなさい」
メアリスちゃんは扉を開け、一度俺の方に振り返ってから閉めた。
俺は背中からベッドに倒れこみ、大きく溜息を吐く。
「あいつは……臆病なんだよな」
あいつは……恐れている。
親代わりの俺じゃ、余計怖いんだろうな。
奇しくも『家族』なんて関係になっちまったが……あいつは越えられるだろうか。
人を大事にする自分を、受け入れられるだろうか。
「頼むぜ。俺にはできなかったからよ」
俺は今日出会ったばかりの少女に想いを託して、眠りについた。
今日は……月がこんなに明るい。
星だって溢れるくらい見える。
これならきっと、夜空も少しは晴れるだろう。




