第21話 夕焼けの架け橋
「……解除」
アンドリューがそう小さく呟くと、身体のあちこちに刺さっていた硝子の破片が粒子になって消え、風に吹かれていった。
「エル、よくやった」
アクスが血の線が走った笑顔で拳を突き出してくる。
俺もそれに全力の笑顔とグーで返し、次いで互いに手を強く握った。
アドレナリンも切れてズキズキと身体が痛むのに、なんとも爽やかな気分だ。
そんな俺たちのもとに、血相を変えたメアリスが走ってきた。
「ちょっと三人ともやりすぎよ!! なにもここまでやらなくても……!!」
「……」
「はは、ごめん」
「男ってのはそういう生き物なんだよ、分かってくれや」
「まったく……ドロウ」
メアリスが虚空に指を走らせると、その軌跡に虹色の線が描かれる。
そして、小さな小瓶が二つ出現した。
「はい、ポーションよ。これ疲れるんだから感謝してよね」
「おいおいどういう手品だよ」
俺たちはメアリスに手渡された小瓶のコルクを口で外し、一気に飲み干す。
不思議なくらい味のない液体が喉を通り、全身が一気に熱くなる。
すると傷口から暖かな緑の光が溢れ出し……傷が最初からなかったかのように消えた。
「……なぁ、アクス。このポーション、売ってたとしたらいくらくらいだと思う?」
「……安い家くらいなら買えるんじゃねぇか?」
勇者パーティが万が一の備えに持っておくようなポーション、俺たち庶民とは縁遠い超高品質だ。
メアリスの力は……一体なんなのだろうか。
◇◇◇◇◇
「まったく、アンドリューも無茶するんだから。ほら、欠損箇所出しなさい」
「あぁ……すまん」
私は両掌でアンドリューの無くなった両肩に触れ、魔力を込める。
「なぁ……メアリス」
「なによ」
「お前は……あいつらのどういうところが好きなんだ」
「うーん、そうね……」
私は二人と過ごした短い時間を想起する。
襲われている私を見て必死に守ろうとしてくれたエルの表情。
魔物相手に臆することなく立ち向かう凛々しいアクスの顔。
美味しそうにパンを食べてる私を見て優しく微笑むエル。
ぶっきらぼうだけど気遣って私の境遇を聞いてくれたアクス。
私たちの命運を懸けた頼みを笑顔で引き受けてくれた二人。
私たちのためにぼろぼろになりながら、血を流しながら全力で戦う二人。
他にもたくさん。
短い時間で、二人の良いところがこんなに浮かんでくる。
「……言い切れないくらい、たくさん好きなところがあるわ。多分アンドリューの求めている答えではないんでしょうけど……」
「いや、充分だ。ありがとう」
「どういたしまして」
私はアンドリューの肩に置いた手をゆっくりアンドリューの腰辺りまで降ろす。
虹色の線がアンドリューの肩から出てきて……しばらくするとそれが腕を形作って、綺麗な腕が出現した。
アンドリューは立ち上がって腕を振ったり、拳を開いて閉じて、動きを確認する。
それが済むとアンドリューは私の方へ振り返り、
「……謝りに行ってくる」
「えぇ、いってらっしゃい」
エルとアクスの方へとぼとぼと歩いていった。
アンドリューのあんな表情、初めて見た。
一気に成長していく家族に、私の心にはあたたかな火が灯った。
◇◇◇◇◇
「おい……アクス・マーティン、エル・シュライン」
ポーションの凄さに呆気を取られていた俺たちを引き戻したのはそんな声だった。
見上げると、妙にしおらしいアンドリューが。
俺たちは立ち上がって彼に目を合わせる。
というか、もう両腕があるんだが……回復が早すぎやしないだろうか。
と、それよりもだ。
「アクスでいいぜ」
「俺もエルでいい。それと……ごめん」
「……は? 何故、お前が謝るんだ」
「勝負とはいえ両腕を切ってしまった、俺たちからしたら痛いなんてものじゃないし……」
あの時は勝つのに必死であれしか思いつかなかったが……俺にもっと力があれば、もっと頭が良ければ……あれ以外の手段がとれたかもしれないんだ。
「謝るのは俺の方だ。人間だからなにしてもいい、人間だからなにを言ってもいい、そういう姿勢で接していたのは俺だ。だから……すまなかった」
アンドリューは手をまっすぐ横につけ、頭を下げた。
「頭を上げてくれ。戦いを受け入れた時点で傷つく覚悟はしているし……人間を恨むのも当然だと思うから」
「……」
「ま、そういうことだ。俺もなんも気にしてねぇ。むしろ新しく語れる武勇伝ができて感謝したいくらいだぜ」
「感謝する……エル、アクス」
アンドリューは続けて跪き、片膝と片方の拳の地面につけて頭を下げる。
「どうか、俺たちを良い未来に導いてくれ」
「……もう一度言う。頭を上げてくれ」
俺がそう言うと、アンドリューはゆっくりと立ち上がった。
それを見て、俺は右手をアンドリューへ差し出す。
「導くとか、そんな大層なことはできない。けど、助け合うことはできると思うんだ。俺たちも家族と同じように……っていうのは難しいかもしれないけど、導くとかじゃなくてその……対等な関係で一緒に進んでくれないだろうか」
アンドリューは目を丸くし、ぱちぱちと瞬きする。
ついでプハッと吹き出した。
「まさか、人間が……いや、お前らにそんなことを言うのは野暮だな。お前らさえ良ければ、俺は家族の一員としてエルとアクスを歓迎したい。困難が立ち塞がったその時には、力になることを約束しよう」
そう言って、アンドリューは俺の手をがっちりと握ってくれた。
そうやって握手を交わす俺たちの影を、真っ赤な夕焼けが繋いでいた。
アンドリューの手からは、焚火のようにあたたかな温もりが感じられる。
この日感じた彼の手の熱は、生涯忘れることはないだろう。
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