第17話 教え
「……メアリス、遅いな」
「あぁ、遅いな」
メアリスが溶けて、美術館の中に吸い込まれるように消えてから……一時間は経った。
うまく美術館に戻れなかったんじゃないか。
説得に失敗したんじゃないか。
「何かあったのかも……」
「そうかもしれないな」
……アクスは落ち着いてるな。
それに比べて俺は……
「エル」
「……なんだ」
「メアリスちゃんのことどう思う?」
「どうって、なんでいきなりそんな」
「いいから、答えろ」
アクスは手を結んで自身の頭の後ろに回し、顎で俺に答えることを促す。
……メアリスのことを、どう思うか、か。
「……辛い境遇にあっても、大切な家族のために自分を律せて、危険な外の世界に命を懸けて出てきて……自分が家族の代表として良い未来を紡ごうとする、その責任を全部一人で背負い込もうとする……強くて、危なっかしい子だ」
「そんなメアリスちゃんに、これからどうしてやりたい」
「……一緒に、その責任を背負いたい。烏滸がましいことを言っているのは分かっているけど……それでも一緒に背負いたい」
「どうしてだ」
「きっと、このままいけば壊れてしまう。だからそうなる前に……支えてあげたい。メアリスの……笑顔を見たい」
「そのために今できることはなんだ」
「今……できること?」
俺は腕を組んで考え込む。
「あー……質問を変えよう。なんで、俺はこんなに落ち着いていると思う?」
「……なんで、なんだ?」
「メアリスちゃんを信じているからだ」
アクスはそう言って俺の背中に手を回す。
「根拠のない信頼なんかじゃない。エル、お前も言っただろ? メアリスちゃんは強い子なんだ。そいつは当然物理的な強さなんかじゃなく……心の強さだ。自分で言ったことを思い出してみろ」
自分のためでなく、家族のために命を賭す。
自分が家族を良い未来に導くのだと決意する。
そんなメアリスを、助けたい。
一緒に歩んでいきたい、笑顔を見たい。
「……ありがとう、アクス」
「なぁに、いいってことよ」
アクスは大きな片腕で俺の身体を寄せる。
鎧越しのはずなのに……温もりが伝わってくる気がする。
……仲間を信じる心。
少し、分かったような気がする。
心配するのではなく……メアリスなら大丈夫だと信じる。
だからアクスはこんなに冷静なんだ。
「まぁ、偉そうに講釈垂れたがよ。どっちが正しいとかはねぇんだ。お前みたいに色んなパターンを想定して備えることも当然重要だ。悪く言やあ、俺は思考放棄してるだけだしな」
「……それでも、その考えのおかげで今は落ち着けたよ。ありがとう」
「こうして少しでも自分の考えを話してやるのも、親の役割だろ。その考えをどう使うかはエル次第だ」
本当に、アクスに対しての感謝の念が絶えない。
いつか、恩を返せる日がくるだろうか。
いや、必ず返す。
俺は自分の肩に乗ったアクスの掌をぎゅっと掴む。
「……エル、今でも冒険者やりたいか?」
アクスがとても優しい微笑みを浮かべて俺を見つめる。
いつもの豪快な笑顔とは違うものだ。
「もちろん、やりたい」
「それはなんでだ?」
「冒険者になれば、依頼が受けられるから助けられる人が増えるし、広い世界が見れる。俺は色んな所に行って、この目で色んなものが見たい、世界を見たい。……それで、いつか……父さんと母さんの仇をとりたい」
「……そうか」
アクスは俺の頭にぽんと手を乗せ、そのまま撫でる。
「アクス……?」
「立派になったな」
?
どういうことだ?
──────ゴオォォォォォ
直接アクスにそう聞こうとしたその時。
大きな爆発音が鳴り響く。
瞬時に俺は短剣を抜き、アクスは背中の大剣の柄に手を掛ける。
「……これって、例の合図だよな?」
「間違いないだろうな。こんな攻撃できるやつは、メアリスちゃんくらいだ」
俺とアクスは美術館の扉を刺すように睨みつけ、同時に地面を蹴った。
「はぁっ!!」
まずは俺の攻撃。
シンプルに上から下に思い切り振り下ろす。
しかし、扉に触れた瞬間に赤黒い壁が出現し、短剣がいとも簡単に弾かれてしまった。
アクスはそれを見て足を止め、溜息を一つ溢す。
「エル、こいつぁ連携しないと無理だ」
「そうだな。それじゃあ、合わせようか」
俺とアクスは合図も無しにそのまま扉に突撃。
俺が小さい時から共に訓練してきて、何年も共に暮らしてきた。
そんな俺たちに合図なんてものは必要ない。
「氷刃・解放!」
魔法剣、武器に属性魔力を付与して威力を増幅させる……故郷の村に伝わる切り札だ。
俺の得意属性は、氷。
刃が青白い光に包まれ、白い空気が溢れ出る。
氷属性の魔力を付与した短剣を滅多矢鱈に振りまくる。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
あらゆる方向からの斬撃。
相手は無機物なので、不意を突くとかそんなことはしなくていい。
スピードとパワーだけを高め、滅多切りにする。
「業火の剣・解放!!」
アクスの雄たけびに近い声が俺の鼓膜を殴る。
アクスの得意属性は炎だ。
俺はその声を聞いて即座に扉からバックステップで離れた。
その直後、アクスの燃え盛る大剣は扉に向かって振り下ろされる。
「爆裂剣!!」
アクスが更に力ある言葉を紡げば、大剣を包む炎は更に勢いを強める。
さながらその様子は噴火寸前の火山だ。
そして、その火山が振り下ろされる。
ガアアアァァァァ────
耳を劈くような爆発音が響き渡り、赤黒い壁に罅が生じる。
それを見て、アクスの目は獲物を前にした猛獣のようにギラリと煌めく。
「まだまだぁっ!!」
アクスは大剣を棒を振るように軽々と振り回す。
振る度にうるさい爆発音が響き、壁の罅が広がっていく。
そして、やがて壁からピシッという音が鳴る。
それを聞いたアクスの口角がニヤリと上がり、それに呼応するように腕が振り上げられる!
「オラアァァァァァァ!!」
ドグシャアァァァァァァ……────
今まで一番大きな爆発音が鳴り響き、煙が辺りを包み込む。
続いて赤黒の壁から暗い魔力の奔流が溢れ出し、視界が闇に埋め尽くされる。
反射的にガードを上げ、目を閉じてしまう……が、幸いなんともない。
それでも警戒を切ることなく……短剣を構える。
そして……徐々に視界に光が差し込んでくる。
視界が晴れたとき、目に入ってくるのは……
「エル、アクス……!」
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