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第15話 愛する家族

「父さんがいつ、そんなことを言ったんだ!!」


最前線でそう叫ぶのは、硝子の彫刻のアンドリュー。

橙色の髪は頭上に行くほど濃くなり、毛先は白い。

アンドリューの髪と黒のスリーブレスジャケットは重力に引っ張られているように浮かび上がり、彼の怒りを表しているみたい。

私は努めて冷静にアンドリューに言葉を投げかける。


「アンドリュー、落ち着いて」

「いいや、落ち着くべきなのはお前だ、メアリス」


アンドリューは一歩、私の方に歩み寄ってくる。


「父さんは、誰に貶されたんだ?」

「人間ね。でも……」

「それは自分たちのせいだと言いたいんだろう? それくらいのことは俺も分かっている」

「なら……」

「理屈で納得出来るなら……こんなことしてねぇんだよ!!」


アンドリューからぶわっと闘気が溢れ出し、握りしめる拳は血管が浮かぶように枝状に膨らむ。


ここで引いてはいけない……ここで家族と向き合わないと、ここで意見が割れて溝ができてしまえば……もう関係を元に戻すことはできない。

アンドリューだって私の大切な家族、彼を納得させなければ私は前に進めない。

だから私は阿修羅のような憤怒を見せるアンドリューを正面から見つめる。


「人間は憎むべき存在だ。それなのにお前は冷静にペラペラと……人間が憎くねぇのかよ!?」

「憎いわよ」


私はハッキリと、そう口にした。

アンドリューはその答えを予想だにしていなかったのか少し面食らう。

私は正直に、偽ることなく自身の気持ちを紡ぐ。


「そりゃあ、憎いわよ。私たちに原因があるとはいえ、お父さんに酷いことをしたという事実は変わらない、許せない」

「ならよ……」

「でも」


一拍置いて、


「お父さんも人間だよ」

「っ」


アンドリューの眉間がピクリと動く。


「確かに、お父さんのことを貶したり、酷いことをした人間のことは許せない。けど、私たちが愛するお父さんだって人間。それにお父さんは人間が嫌いなんて一言も言ってない。これにも、そんなことは書いてないはずよ」


私は懐から分厚い封筒を取り出して掲げる。


「それは……?」

「お父さんが生前に残した……私たち一人一人への手紙だよ。当然、アンドリューへの手紙もある」


私は臆せずアンドリューに歩み寄り、封筒からアンドリューの名前が書かれた洋封筒を手渡す。


「読んで」

「……」


アンドリューの髪とジャケットが徐々に下がりだし、私の手から洋封筒を受け取りると丁寧に蝋を剝がしだした。

そして手紙を取り出し、凝視する。

一文字一文字、そこに込められた気持ち一つ逃がさんとばかりに。


「っ……!」


読むにつれアンドリューの眉は下がり、歯を食いしばって崩れ落ち……その目には、涙が浮かんでいた。


私は正直、驚きが隠せなかった。

アンドリューは『怒り』以外の感情表現をするのが苦手で、少なくとも私はここ数百年一緒にいて、涙を流しているところなんて見たことがない。


「ぅあ……あぁ……」


アンドリューは拳を床に叩きつけ、声にならない唸りを上げる。

今は、そっとしておく方がいいかしらね。

そう思った私は皆の方を向き、全員分の手紙が入った封筒を掲げる。


「今からみんなにお父さんからの手紙を配るわ。並んでちょうだい」


その場にいる誰もが我先にと飛び出すことなく、行儀よく列をなす。

流石は私の家族ね。



--------------------



ふぅ……そろそろ配り終えられる……。

結構な時間を食ってしまったわ。

エルとアクス、大丈夫かしら……────


「おーい、なにボーッとしてるのー? 大丈夫ー?」


私の耳にはその言葉が入ってこない。

反応しない私を見ると、ザックは大きく溜息を吐きながら屈み、私のおでこをツンと人差し指でつついてきた。


ハッとすると、私の視界には気だるそうな顔をして覗き込んでくるザックが居た。


「……だ、大丈夫」

「ふぅむ。メアリスが疲れるとは珍しいね。ここから先は僕が指揮をとろうか?」

「いえ……この件は私が最後まで責任を持って取り組む。その申し出はありがたいけれど却下するわ」

「あはは、役不足だと断られると思ったよ」

「まさか、ザックはここぞで一番頼りになるじゃない」

「いやーそれほどでもあるかなぁ」

「そこは謙遜しとくのが美よ」


私は半ば呆れながら……気遣ってくれたザックに感謝を抱いて、薄く微笑む。

ザックはそれに対し、いつもと変わらない笑みを浮かべる。


「それにしても……まさかザックに心配されるなんて」

「あはは、ありがとう」

「全くもって褒めてないしむしろ貶してるのよ?」

「うん、そのツッコミができるなら大丈夫だね。あはは」

「……ありがとね」

「構わないよ、家族なんだからね。メアリスも少しは僕みたいに力を抜いたほうがいいよ。あはは」


ザックはそれだけ言うと、私の手からひょいっと手紙を取り、片手をポケットに突っこんだままどこかへ歩いていった。


「ザック、優しいね」

「普段はあれだけどね」

「まぁ、そこもザックの魅力じゃない?」

「それは言えてるけど。はい、手紙。カレットが最後よ」

「ありがと!」


カレットは私に元気よく微笑んだ後、絵画と額縁を吸収する要領で手紙を吸収した。

私はそれを見て思わず聞いてしまう。


「今読まなくていいの?」

「うん。だって、これからが本題でしょ?」


カレットはそう言って事もなげに笑う。


今更だけれど、カレットとザックには事前に人間に助けを求めることを伝えてある。

美術館から抜け出す方法を考えるところから、共に協力してきた。


「……カレット、すごいわね」

「なにが?」

「私だったら絶対我慢できないわ。だって、お父さんからの手紙よ?」

「まぁね。でも、私は大人だから」

「ふふっ、自分で言っちゃうのね」

「うん、言っちゃう」

「「ふふふ」」


……あぁ、この何気ない雑談がなんと幸せなことか。

今度の雑談は……広い世界を見て、笑い合いながらしたいものね。

ギラギラと輝く太陽の下で汗をかきながら。

あるいは薄く輝く月の下、満点の星空を見上げながら。

エルの作ったお菓子を一緒に食べるのもいいわね。

アクスから冒険の話を聞くのも楽しいかも。


「……さぁ、メアリス。幸せな時間だけど、いつまでもそれに浸っている訳にはいかないよね? だから……そろそろ行こう?」

「えぇ、分かったわ。ありがとう、カレット」


私はお礼を言って、間髪入れずにカレットに抱き着く。

カレットは無言のまま私の背中に腕を回し、優しく髪を撫でてくれる。

……少しして、カレットから離れる。


「……いってくる」

「いってらっしゃい」


そう言って、カレットは私の背中を強く叩き、ぐっと親指を立てた。

しかしなぜか突然、カレットがハッとして私に声を投げかける。


「あぁ、それともう一つ」

「なに?」

「そのブローチ、似合ってるね」

「ふふ、ありがとう」


私はカレットに微笑み返し、みんなの方へ向き直る。

きっとカレットなりに私の緊張をほぐしてくれたのでしょう。

なんて良いお姉ちゃんなのかしら。


……今は集中しないと。

私は空になった封筒を懐に仕舞い、最初と同じようにみんなの様子を見る。

顔があたるパーツがある子はみんな涙を流していて、ない子は身体を震わせていて、気持ちが伝わってくる。

きっとアンドリューがそうだったように、この手紙のおかげでみんなの『心』が完全に近くなったはず。

……ありがとう、お父さん。


……見渡す限り、みんな手紙を読み終えたみたい。

みんなに……人間と共に進む道を示さないと。

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