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第14話 広がる波紋

液状で形のない塗料の身体は、長らく置いてきた絵画の中に吸い込まれ……下から砂が積み上げられるみたいに私の身体が描かれていく。

天井に面を向ける絵画の中から飛び出し、抜け殻になった額縁と絵画に触れ、吸収した。

それから顔を回して辺りを見回し、自分の掌を見つめてみたりする。


私、無事に戻ってこれたのね。

数日離れていただけの美術館だけど、何年ぶりだったかと思案を巡らせそうになるくらい懐かしい。

それだけ、美術館と違いすぎる世界が外に広がっていた。


「あ、メアリスが帰ってきた! 無事でよかったよー!」


感傷に浸っていたら、誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

耳を叩かれた方向に視線を飛ばすと、パンプスを鳴らして走ってくる女の子……カレットが見えた。


久しぶりに見るカレットの黄金色の瞳は琥珀のように美しく、透き通っていた。

ミルクチョコレートの様に明るい茶色のロングヘアー、桃色の薔薇柄が特徴的な真っ赤で長いスカートは、走るとひらひら揺れる。


彼女は私が目の前に在っても一切減速することなく、私を押し倒す勢いで抱き着いてきた。

私の視界はカレットの純白のワンショルダーのトップスでいっぱいになる。


「ただいま、カレット」


カレットは私と同じ、三大絵画の一人であり、私の姉……みたいな存在。

私よりも数年早生まれだからかしらね、一回り背が大きくて、なにかあったらすぐ頼りにしたくなるような、そんな強さを感じる。


私を抱きしめるカレットの両腕には力が籠っており、胸に当たる私の頭には彼女の鼓動が響く。

カレットのさらさらとした髪の毛を触ると落ち着いて、触れていると伝わってくる温もりはまるで永久凍土を溶かす太陽のよう。


「疲れたよね? とりあえず休んで……」

「いえ、そんな時間はないわ」


私はカレットの両腕から抜け出し、揺れるカレットの瞳をじっと見つめる。

本当はずっと浸っていたい。

けれど、私はエルとアクスを待たせている。

私を信じて、待ってくれている。


「エントランスにみんなを集めてちょうだい」

「……分かった。ザックと協力してすぐに集めるね」


私の瞳にくっきりそんな想いが写っていたのか、カレットはすぐに踵を返して走り出した。

相変わらず彼女の髪の毛はさらさらすぎて、走る度にぴょんぴょん跳ねている。

それを見て思わずくすりと笑ってしまう。


「……私にも、やるべきことがあるわね」


私は自分の手紙を取り出して、強く魔力を注いだ。



--------------------



私は大きな階段の上から、エントランスに集まった家族のみんなを見つめる。

もう、みんな集まっている。

私は小走りで階段を下り、ざわめくみんなの前に立つ。


「……全員、集まったかしら?」


私は視線を滑らせて家族が揃っているか確認する。

そしてやっぱり見当たらない子が一人いて、私は溜息を溢す。

キィッと音をたてて木のドアが開いたのはちょうどそんな時だった。


「あはは、ごめん、遅れちゃったかな?」

「ザック……こんな時くらい遅刻しないで」

「あはは、ごめんごめん」


その男の子……ザックは謝罪の言葉を述べるものの、表情は変わらずニコニコしたままで……とても謝罪をする時の態度ではない。

遠くから見ても猫背なのが分かるくらい背中が丸まっていて、それでも家族の中で一番身長が高い。

膝まで伸びる長さの濃い青のトレンチコートは黒色の薔薇柄が描かれていて、当然のようにボタンが閉められていない。

ザックは砂浜のように綺麗な手をそのコートのポケットに突っ込んでいる。

ぼさぼさで薄紫の髪の毛もやっぱり変わらなくて、せっかくのきっちりした黄土色のズボンもだらしない。


「私も少し遅れてしまったからあまりザックのことを言えないけれど……」

「そうなの? なら、大丈夫だね。ははっ」


私はザックの飄々とした態度にまた溜息を一つ漏らした。

まぁ、いつもの事だからもういいのだけれど。

こう見えてザックは三大絵画の中で一番の早生まれで……でもやっぱり、お兄ちゃんって感じはしない。

本当なら一番頼りになるのに。


……切り替えないと。

私は両手で自分の頬を叩いて気合を入れ直す。

私のこれからの行動で……家族(みんな)の運命が決まる。


「……へぇ」


ザックでさえその空気を感じ取ったのか、上がった口角を下げ、細くなった両目を開いて私のことを捉える。

ザックの血のように真っ赤な瞳には、家族の私たちでさえ引き締まるような、そんな荘厳さが秘められている。


私はその視線をまっすぐ受け止め、深呼吸をする。

そして、遂に腹から声を引っ張り上げる。


「みんな、聞いて欲しいことがあるの。今後の私たちの未来を決める……そんな大事な話よ」


私のその声を受け止めたみんなのざわめきは、揺らぎのない湖みたいにぴたりと音を失くした。


「……この中に、人間を憎んでいる子はいるかしら」


私はその湖に波紋を生み出した。

波紋は少しずつ広がり……一人、二人、四人、八人と……最終的には半分の手が挙がった。


「……よく分かったわ、ありがとう」


私の心の中は、上と下から壁が迫ってきているみたいで……気を抜けば、潰れてしまいそうだった。

だって、私の言葉でみんなの未来が、家族の運命が決まるのだから。


「……人間を憎む気持ちは分かるわ。お父さんを蔑み、悪魔呼ばわりまでした連中よ。けど、それは紛れもなく私たちのせい。私たちが暴走さえしなければ、こうはならなかったかもしれない」


みんな俯いて、顔色を暗くする。

それは当然。

自分たちのせいでお父さんが非難された。

分かっていても見ないようにしてきた事実。

私がそれを、再び突きつけたのだから。

辛いでしょうけど……今こそその事実を受け止める時。


「でも、だからこそ!!」


私はお腹の下から声を張り上げて、みんなの顔を上に上げる。


「人間に対して……償いをするべきよっ!! ……確かに、人間達は私たちのお父さんを貶した、蔑んだ、酷いことをした。けれど……やっぱりそれは自分たちのせいなの」


再び、湖に波紋が広がる。


人間に対して償う? 有り得ない。

目を逸らしてきたが、確かにメアリスの言う通りだ。

憎い、けどそれも自分たちの都合で……

人間なんかに……


あちこちで家族みんなの声が飛び交う。

ここで……私が未来を切り拓かないと。


「お父さんも……きっと私たちが人間に償いをすることを望んでいるわ」

「そんなの、誰が決めたんだよ!!」


大岩が一つ、湖に落下した。

その大きすぎる波紋は他の波紋を打ち消して……端に当たってまた返ってくる。


「父さんがいつ、そんな事を言ったんだ!!」

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