第13話 メアリスの決意
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「────誰よりも家族を愛している父、ソロウ・ラインより。」
「「…………」」
メアリスは、泣いていた。
愛する父の最後の言葉を、数百年越しに受け取って。
メアリスは硝子細工を触るときのように手紙を愛おしそうに折りたたみ、封筒に戻した。
手の甲を目に当て、何度かしゃくりあげてから俺たちの方へ向き直る。
「……行こう、美術館、に。みんなに、伝えない、と」
「メアリス……少し休んでもいいんだぞ……?」
メアリスの双眸は俺を捉え、細くなる。
「ありが、とう……でも、大丈夫。私が、みんなを、導かないと……!」
彼女の夜空のような瞳には、星のように輝いた決意が宿っている。
強い娘だ、メアリスは。
俺はメアリスの背中に優しく手を乗せた。
すると、メアリスはビクンっと震えて赤く腫らした目を俺に向ける。
「……一人じゃないよ。俺と……アクスもついてる」
「おう、俺たちも存分に頼ってくれ」
「二人とも……」
メアリスの目が再び潤む。
そしてまた手の甲で目を抑えて……
星を宿らせた目で俺とアクスを見つめて頭を下げる。
「ありがとう……! 私を……家族のみんなを、助けて下さい!!」
俺とアクスは一度目を合わせ、にかっと笑う。
「「俺たちに任せろ!」」
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薄暗い森を歩くこと数分……その暗さは更に増していき……木々の隙間からでも分かる、立派な建物が見えた。
進んで全貌を見てみる。
白を基調にした屋敷のような作りで、素材の木の色である暗い茶色をそのまま使った柱が森の中で佇む美術館の純白を際立てる。
あちこちに様々な種類のグレーの花が描かれており、香りがすると錯覚してしまいそうなほど自然の細かさが再現されている。
あれが作品たちが封印されている場所……ソロウの美術館だ。
「ここが……」
「美術館か……」
不思議と劣化しているということは無く、新築同然に鮮やかで、色褪せていない。
アトリエ内と全く同じように。
それがなんだかひどく不気味に感じられ、爪先から指の先まで震えが走る。
「……」
……メアリスは、数百年ぶりのお父さんとの思い出に浸るのを我慢して、家族を助けるために奮起しているんだ。
俺がここで怖気ていいはずがない。
「ふぅ……」
深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
そんな俺に、アクスは優しい視線を向けた。
「偉いな」
「んぅ」
アクスにガシガシと頭を撫でられる。
髪の毛がぐしゃぐしゃになった。
ガサツで荒々しい手つきだ。
「ありがと、アクス」
「おう、どういたしまして」
が、それが良い。
それが、アクスという漢だ。
手の感触だけで、アクスという人間が伝わってくる。
そんな俺たちを見てメアリスはくすくすと笑う。
「くすっ、いいコンビね。まるで親子みたい」
「まぁ、それに近いじゃねぇか? 実際関係性も親子みてぇなもんだろ」
「あはは、そうだな」
メアリスは俺の過去を知らないので、今のやり取りを聞いて首を傾げる。
少し気になったようだが、それを放って口を開いて本題を話しだす。
「……本題に入るわ。封印は劣化しているとはいえ、中から開けるのにはまだ時間がかかるはず。でも、外からの衝撃なら開く可能性が高い。だから、私の合図で扉に思いっきり全力で攻撃してちょうだい」
「それはなんの合図なんだ?」
「この手紙をみんなに見せて、説得を終えた時の合図よ」
メアリスが胸に抱えた封筒を指し、美術館を見上げる。
「……考えたくないけど、失敗した場合は?」
「……確実に成功する、っていう子たちは何人かいるの。説得に応じない子が居たら……私が力で抑えて……手紙に書かれていたブローチに閉じ込める。それができたら合図をするわ」
力で抑える、そう口にしたときのメアリスは唇を嚙んでいた。
その手段しかとれない自分に、家族を傷つけるという手段しか取れない自分に、思うところがあるのだろう。
美術館を見上げる彼女の背からは複雑な胸中が窺える。
「当然、説得を諦めるつもりはないわ。説得して、ここまで協力してくれた二人にお礼を言ってもらう」
「メアリス……」
メアリスは俺とアクスに向き直る。
「なにか異論、それか質問はあるかしら?」
「俺はない」
「俺もないな」
「分かった……それじゃあ、いってくる」
いってらっしゃい、そう言う前にメアリスの身体が溶けて、液状の絵具が宙に舞う。
そして、美術館の壁に消えていった。
「メアリス……がんばれ……」
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