第93話 闇のゲーム・1
「なんで。アナがここに?」
この緊迫した空気の中、どこからかアナが出現した。
『いやいや、知らないのだ。なんかよく分からないけど引っ張られて……燃えて……よく分かんないのだ』
「相変わらず。変わらず。役立たず。」
『韻を踏んでバカにするななのだ!?』
「……でも。ありがとう。」
『のだ?』
ベルはぎゅーっとアナを抱きしめ、シャーロット達に向き合う。
……恐らくアナが燃えたのは。
バトラーの空間魔法でベルの魔法がアナに飛んだから。
黙っておこ。
「アナ。詳しい話は後。とりあえず。戦う。」
『誰となのだ?』
「それは……」
「わたくしたちですわー!」
シャーロットは無邪気にぴょんぴょんと跳ねながらアナに手を振る。
「実はわたくしたちは、悪の権兵衛だったのですわー!」
『な、なんだってー!? なのだー!?』
「お嬢様、それを言うのなら悪の権化でございます」
「あら。そうなんですの?」
ベルが原初の種。それが分かっていて。この落ち着き様。
ベルのことが分かるなら。アナが神獣なのも…………
『…………ベルよ、こやつらは本当に敵なのだ? わがはいにはとてもそうは見えないのだ』
「…………。向かってくるならやるだけ。」
ベルたちが構えるのを見て、シャーロットはニヤリと笑う。
「うふふ……やっぱり、我慢なんてできませんわー!! バトラー、展開しなさいですわ!」
「かしこまりました。空間閉鎖・闇のゲーム・現実逃避」
バトラーの構えていた技が発動する。
バトラーの挙げたら右手から光が放たれ、晩杯屋が白に染まる。
その圧倒的な光を前にし、ベルとアナは思わず目を閉じた。
「眩しい……。」
『な、なんなのだー!?』
光が放たれてしばらくしてから二人が目を開くと…………
「な。」
『こ、ここはどこなのだ!?』
先程まで居た晩杯屋とは一変。
辺り一面、真っ青な空間に変化していた。
「空間系統魔術……。まさか。こんなレベルなんて。」
『ど、どうするのだ!? これじゃあエルたちに助けを呼びにいけないのだ!』
「…………ベルたちだけで。やるしかない。」
『ま、まじかなのだ……』
「くすくす。もしかして怖いの? 誇り高き。神獣さま。」
『そ、そっそそそそそそんなわけないのだ!!』
「…………頼りにしてる。」
『…………!! ふ、ふん、せいぜい足を引っ張るな、なのだ』
アナの頭はすごく悪い。
だけどその分。直感に優れている。
腐っても。神獣であるアナが恐怖を感じる相手。
ここは…………
「最初から全力でいくべき。アナ。いくよ。」
『合点承知之助なのだ!』
「……守護」
「あー! あー! ちょっと、ちょっと待ちなさいですわー!」
アナとベルが戦いを始めよう、というところでそんな声が水を差した。
「まだ闇のゲームのルールを説明しておりませんわー!」
「…………闇のゲーム?」
『確かこの空間を展開する時、そう言っていたのだ』
「えぇ、えぇ。そこの神獣さまの言う通りですわ!」
『んな!?』
「…………やっぱり。気づいてた。」
「えぇ。身体から力がだだ漏れでしたもの。修行が足りていないのではなくて?」
『う……さぼっているのバレたのだ…………』
「とと、そんなことはどうでもよいのですわー! バトラー、闇のゲームのルールを説明しなさいですわー!」
「かしこまりました」
バトラーはコホンと咳払いをし、闇のゲームとやらのルールを説明し始める。
「闇のゲーム。互いに代償を決めて勝負し、負けた方はその代償を失う。そして、勝った者にはなにもない。要するに、誰も得しないゲームということでございます」
『なら代償を軽くすればいいのだ! ベルの髪の毛一本をだいしょげはぁ』
「アナの体毛一本で。」
それを聞いてバトラーは首を横に振る。
「代償は、発動者の納得するものでなければなりません。代償を決める前に戦いを始めれば、発動者が代償を好きに設定し、敗者がそれを支払わねばなりません」
「そんな理不尽な魔法。あるわけない。」
「ところがどっしり! あるのですわー!」
「お嬢様、それを言うのならばところがどっこいでございます」
…………。
『ベ、ベルよ、これは少々まずいのではないか? なのだ』
「分かってる。けど。この魔術。解読できない。おそらく……魔道具を使用した魔術。」
『ぬぅ……つまり…………』
「解読はほぼ不可能。」
そう。
魔道具を要した魔法、魔術は通常のやり方では解読できない。
専用の道具を使い、多大な時間をかけなければ解読できない。
それほどまでに、魔道具を使った魔法および魔術は複雑なのだ。
「戦うしかない。覚悟を決める。」
『……ベルがやるというなら、わがはいもやるのだ。あの娘たちと戦うというのはあまり気乗りしないのだが…………やるのだ』
「うふふ、では代償を決めますわ! わたくしが負けた場合…………わたくしたちが何者なのか、それをお教えしますわー!」
「ふむ。それはでかい。」
『わ、わがはいたちはどうするのだ?』
「…………代償は。発動者が納得するものでなければならない。この魔術はバトラーが発動させた。つまり。ベルたちにやらせたいことがある。」
『な、なるほどなのだ。つまりどうするのだ?』
「…………分からない。そもそもバトラーたちの目的が分からない以上。下手に代償を吊り上げてしまう可能性もある。」
『なら、あやつらに決めさせればよいのだ!』
「…………それしか。ないかも。」
この魔術。
そもそもが発動者に有利すぎる。
こんな魔術…………あっていいの?
「…………勝てばいい話。バトラー。代償を言って。」
「…………ベル様たちの代償は……この空間内での記憶消去、そしてこの勝負が終わった時に敗北を認め、大人しく旅に戻ること。以上です」
…………なんで?
あまりに代償が軽すぎる。
ベルは最悪死ぬことも覚悟していたのに。
「……まぁ。好都合。シャーロット。始めよう。」
「おーほっほっほ! そうですわね! 始めましょう!」
『急に笑い方が変わったのだ』
「こちらの方が、お嬢様らしいと思いまして! かっこいいでしょう?」
「うん。かっこいい。」
『なに素直に褒めてるのだ!?』
「……それでは、勝負を始めます。御三方、準備はよろしいですか?」
バトラーは若干呆れ気味にそう言った。
こうでもしなければふざけ続けると踏んだからだ。
「いいよ。」
『いけるのだ!』
「おーほっほ! おほほのほーですわ!」
「お嬢様の返事を肯定ととります。それでは……」
その一言で、空気が変わった。
「始め!!」




