第90話 おバカですわ
「わたくしとお話していただけませんか?」
シャーロットが自分の隣をぽんぽんと叩きながら言う。
「あぁ、そうしてくれると俺もありがたい」
俺は魔法を使ってふわりと…………飛び上がるのはまずいだろうか?
普通の冒険者は飛ぶ術など持ち合わせていない。
出来るだけ目立たずにいきたいし…………
「エルさま……わたくしの見当違いでなければ、あなたは今飛ぼうとしましたわね?」
「えっ」
突然そんなことを言われて俺は顔が強ばる。
しまった、これでは誤魔化しが効かない。
俺はポーカーフェイスが苦手なようだ。
「…………あぁ、飛ぼうとした」
なぜだかシャーロット相手には隠しても無駄な気がして、あっさりと白状した。
それを見てシャーロットはくすくすと笑う。
「な、何か変だったか?」
「変だったかって…………ふふ、エルさまは変ですわ」
ま、まじか……自分ではそうは思っていなかったから少しショックだ。
「さぁさ、そんなことは良いので早くわたくしの隣へ来てくださいまし」
「あ、あぁ、わかった。フレス」
俺は飛行魔法を唱え、ふわりと浮き上がる。
まだ慣れていないのでゆっくりと飛行し、シャーロットの隣に着地する。
「いらっしゃいませ、ですわ」
「本日二回目だな」
「うふふ、そうですわね」
シャーロットがコロコロと笑う。
……なんだろう、どこかで見たような…………?
「どうされました?」
「いや…………俺たち、どこかで会ったかなぁ、って」
「………………」
「シャーロット? どうかしたか?」
「…………いえ、なんでもありませんわ」
一瞬、驚いたような表情をした気がするんだが……気のせいだろうか?
「それよりも!! わたくしはエルさまに聞きたいことがあるんですの。質問してもよろしくて?」
「あぁ、大丈夫だぞ」
少し強引に押し切られた気もするが、とりあえずは話を聞くことにしよう。
「普通、冒険者が森の深くまで来るとは思えないのですが…………なぜこんなところにいるんですの?」
「あー…………目的地に早く着くから、かな?」
シャーロットの問いに俺がこう返すと、シャーロットは不思議そうな顔でこちらを見つめる。
「というと?」
「自慢じゃないんだが……俺の仲間はみんなすごく強くてな。その辺の魔物は相手にならない、そんなレベルだ」
「ふむふむ」
「整備されている道は色んな人が通りやすいように安全な場所を選ぶだろう? だが、その分遠回りだ」
「つまり……近道をするためということですわね?」
「そうだな」
それを聞いたシャーロットは少し怒った顔をしてこちらを見つめる。
「えーっと……シャーロット?」
「…………エルさま、単刀直入に言わせてもらいますと……あなたはおバカさんですわ」
「ばっ……」
いきなりそんなことを言われて動揺してしまう。
そんな俺を見ても構わず話を続ける。
「だって、そうではありませんか? 近道をする、というそんな理由だけで危険な道を通る……なにか緊急の用があるのであれば仕方がないのかもしれませんが…………それはあなたの大切な仲間を危険に曝す行為と同義なのですわよ? それは自分たちならどんな脅威も乗り越えられるという自惚れではなくて?」
「…………!!」
シャーロットは淡々とそんな事実を述べた。
心の中では分かっていた……つもりだった。
しかし、みんななら大丈夫だろう、問題ないだろう、なにかあれば命を賭す覚悟がある。
そんな考えが頭の中にあって、反対することができていなかった。
なぜ俺はこんな簡単なことに気づけないんだ…………?
シャーロットの言うように自惚れに他ならない。
しかし、リーダーとして俺は……いや、仲間として俺は、みんなの安全を一番考えなければならない。
自分の命を賭ければみんなを守れるという驕り、そして、自分が死んで悲しむ人がいるということを分かっていなかった。
これはある意味、仲間をぞんざいに扱い、自分の命さえもぞんざいに扱っているとも言える。
まだ、故郷の謎も、育ててくれた母さんと父さん、それにアクスに対する恩返しもしていない。
このまま死んだら、悔いだらけじゃないか…………
俺は自分のしていた行動が許せず、行き場のない感情のせいか、無意識に唇を噛む。
そんな俺の様子を見てシャーロットは優しく笑う。
「……やっと、己の愚かさに気づいたようですわね」
「シャーロット、俺は…………」
「過ちは誰にでもあるものであり、人間とは他人に迷惑をかけなければ生きていけない生き物ですわ。だからといって全ての過ちを仕方がないと片付けてしまうのは間違いですが」
「…………」
「ですが、エルさま。あなただけの問題ではありませんわ」
「……へ?」
俺はシャーロットの予想だにしない発言に思わず情けない声を出してしまう。
「エルさまのお仲間さん方も楽をするため、エルさまを危険に晒しているではありませんか」
「た、確かにそうだけど……」
「エルさま」
シャーロットは俺の右頬を手でさすり、優しい声で言う。
俺はシャーロットの突然の行動に赤面するが、シャーロットはお構い無しで話を続ける。
「あなた方に上下関係などないでしょう? ないのであれば、それは全員の責任ですわ。あなた一人が背負う必要はないのですわよ。悪いのは、全員。互いが互いを大事にする想いが足りない……いえ、仲間を危険に晒しているという発想に至らなかったという方が正しいですわね。少々自惚れがすぎているのでは?」
「うっ、結構言うな……」
「えぇ、えぇ。当然ですわ。なぜならわたくしはあなたを……」
「え?」
「うふふ、なんでもありませんわ」
シャーロットは小悪魔的な笑みを見せると、木からぴょんと飛び降り、綺麗に地面に着地した。
「少々長話が過ぎましたわね。というより、エルさまの眠気を覚ましてしまいましたわ。申し訳ございません」
「いや、おかげで大事なことが分かったから。ありがとう、シャーロット」
「あらあら、そう言われると嬉しいですわ。話は変わりますが、眠気を覚ましてしまったお詫びとして、明日はマリエスタまで送っていきますわ」
「あっ……そのことなんだけど……」
「?」
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