この世界はめちゃくちゃリアルなゲームなんじゃね?
CM終わり1秒の間
司会 「皆さんこんばんは、スタディールームのお時間です。今日のゲストは伊東裕太先生です、先生宜しくお願い致します」
伊東 「よろしくお願い致します」
司会 「さて、今日は先日発表された伊東理論について、詳しいお話を伺っていこうと思います。まずは、伊東理論について簡単な説明を知らない視聴者のためにお願いします」
伊東 「はい、伊東理論とは私たちの暮らしについて、プログラミングの観点から導いた理論であります。えぇ、まず私たちがこうして動いているのは全て、プログラムされていて、こうしたらこうなる、こうしないとこうなるというプログラムのもとの行動という意味です。つまり、5時間食べ物を食べないとお腹がすく、食べ物を食べるとお腹がいっぱいになるとすでにプログラムされているのです」
司会 「なるほどそれは誰によってプログラムされているのでしょうか?」
伊東 「それは分かりません。宇宙人かも知れないし、神様というものかも知れない。私の理論はあくまで可能性の話です。本当の身体は水槽の中で、この世界はプログラムされている可能性ってあるよねと」
司会 「確かに何事も可能性はありますよね。私が億万長者になるかも知れないし、私が白馬に乗った王子様と結婚できるかも知れない」
伊東 「否定は出来ません」
司会 「はははっ!それでは先生にお便りが届いていますのでそれを読もうと思います。ラジオネーム羊が五万匹さん。南さん伊東先生こんばんは、仕事終わりに聞いています。『ありがとう!!』僕は高校生の頃にいじめにあい、それから精神疾患にかかったのですが、先生の理論ではそれもプログラムされていたのですか?いじめがあったから精神疾患になったのであって、いじめが無かったら僕は精神疾患にならなかったのではと思います。先生の見解を聞きたいです。PS伊東先生のTwitterいつも楽しく拝見しています。との事です。えぇ、いじめね、それは無くさないといけないと私、本当に思います。えーと羊が五万匹さん、辛い思いをされたと本当に思います、伊東先生どうでしょうか?」
伊東 「はい、伊東理論での前提で、個人はRPGゲームの主人公、もしくはbotと考えてください。あぁ、NPCって言った方が良いかな。分かるかな?つまり、この人生はめちゃくちゃ自由度、解析度の高いゲームだと言うことです。そして、もちろんそれにはルールがあります。例えば、北海道からディズニーランドであがる花火をみることは出来ないですし、東京から北海道にいる人の話を盗み聞きするなんて、どんなに目を凝らしても、どんなに耳をすませても無理でしょう?」
司会「そうですね」
伊東「つまり、それが人間性であり、それがプログラムされているのです。えぇーと、羊が五万匹さんでしたか、あなたの質問に答えるなら、精神疾患になるとプログラムされている可能性もあるし、プログラムされてない可能性もある。元からプログラムされてない可能性を追うなら、あなたの顔や身体的特徴などに反応し、いじめをするとプログラムされた人がいじめを行い、それでもって、羊が五万匹さんになんらかのバグが発生してしまったという事です。バグ=精神疾患ですね。それと別で、いじめを受けるというプログラムをされていたのならもう、どうしようもないです。ゲームでいう負けイベントですからいじめられて精神疾患になるまで決まっています」
司会 「ちょっと、先生!それは可哀想過ぎませんか?」
伊東 「もちろん可能性です。負けイベントかも知れないけど、負けイベントがあるのはbotではなく、主人公ですからそれを、乗り越えてボスを倒して欲しいですね」
司会 「じゃあ、その場合いじめも精神疾患も仕方がないと」
伊東 「えぇ」
司会 「先生、先程話された、ボスとなんですか?」
伊東 「例えの話ですし、それは羊が五万匹さんにしか分かりませんよ、いじめっ子かも知れないし、どこかのマフィアかも知れません。私たちはあくまでbotですし、話しかけられたらこう返す、しかわかりませんからね」
司会 「うひゃー!私はヒロインじゃなくてbotだったのー?」
伊東 「羊が五万匹さんの世界では100%私たちはbotでしょうね。botが答えてくれた、くらいしか思っていないでしょう。しかし、私の世界から見たらあなたはヒロインかも知れませんよ?」
司会 「えっ、うそー!先生ワンチャンある?それではここでこの曲です!アリーデヴェルチで『人生の主人公は君だ』」