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初恋は甘酸っぱい(甘)

 クロコの店から戻った一郎は、学ランと似たような服を持ち帰ると、それをアリッサに見せてから、自室にしてもらった書斎に入った。

 一郎は部屋の隅に畳んでいた布団を敷くと、ため息をついて横になる。

 非凡な超能力者の彼が、この世界の事情を積極的に知ろうとしなかった理由は、平凡な生活に憧れがあったからだ。


「僕が平凡を装うと、アリッサを困らせるのだろうか。いっそのこと正体を明かして……。いいや、彼女だって、本当の僕を知れば逃げ出すさ」


 色々と思うところがあった一日、一郎は布団を被ると、すぐに寝息を立てた。


 ※ ※ ※


 一郎が中学生のとき、同じ施設で暮らす良原美春という同級生に、自分の実力を披露したことがあった。

 母子家庭の美春にはテレキネシスの才能があり、母親の大病をきっかけに、一郎と同じ時期に引取られている。

 だから一郎と美春は当時、似た境遇にあった幼馴染のような関係だった。


「またスコアが落ちたと、先生に怒られてしまったわ」


 美春は施設の談話室で、缶ジュースを飲んでいた一郎に愚痴をこぼしている。

 先生とは施設で超能力を研究している学者で、美春を落第生扱いしていた。


「一郎は、先生と上手く付き合っているよね。お願いがあるんだけど、私をイジメないように頼めないかな?」

「先生は美春にストレスを与えれば、測定数値が上がると思っているんだ。美春を叱らないように、僕から言っておくよ」

「ありがとう。でも私と一郎のスコアは同じくらいなのに、どうして先生は一郎にだけ優しいのかな?」

「先生は、僕に優しくないよ。彼は、僕が怖いんだ」

「一郎が怖い? 施設でも、中学校でも目立たない『ジミロー』と、呼ばれている一郎のどこが怖いのよ」

「変なあだ名で呼ぶのは、美春だけだぞ」

「そうだっけ?」


 美春は笑いながら一郎の隣に座る。

 先生は一郎の実力を知って以来、彼の超能力を恐れて言いなりだったが、美春たち他の子供に対しては、相変わらず研究対象として様々な実験を行っていた。


「スコアがゼロになったら、一般の養護施設に移されちゃうから一郎ともお別れだね」

「美春とは同期入所だし、お別れは嫌だな」

「私だって嫌だよ。ここの施設にいるうちは、お母さんの入院費がもらえたから、超能力が消えたら困るんだ」


 一郎は超能力を疎ましい能力だと思っていたので、これまで美春のように超能力を失って退所する子供を可哀想だと思わなければ、羨ましいとさえ思っている。

 しかし施設の子供たちの中には、一郎のように両親に捨てられた子供だけではなく、貧困や家庭の事情から金銭でスカウトされる子供がいた。


「美春はテレキネシスで、軽い紙や風船を動かせるけど、鉄板や石が動かせないだろう。それは美春が成長することで、鉄板や石が紙や風船より重いと認識して『重いものは動かない』と、無意識に超能力をセーブしているからだ」

「普通の人間には、軽いものだって動かせないわ」

「超能力が減退するのは、僕らぐらいの年頃になると珍しくない。ここに集められた子供の頃は、みんな超能力の存在を信じていたし、自分が特別な人間だと感じていた。でも成長する過程で超能力に疑問を持つ、大人のインチキに付き合わされているんじゃないか? 研究資金のために利用されているんじゃないか? そして小学、中学、高校と社会生活を送るようになると、学力や体力に秀でた生徒が優遇されるの目の当たりにして、自分が特別な人間じゃなかったと考える。超能力が消えた子供は、紙や風船を揺らすことより、勉強で成績を伸ばすこと、体を鍛えてスポーツ選手になることを選択した」


 一郎は『みんな本当の超能力を知らないんだ』と、飲みかけだった缶ジュースを飲み干した。


「一郎は、私が勉強やスポーツにコンプレックスを抱いたのが、スコアの落ちる原因だと言いたいのかな? 学校での成績は一郎より上だし、スポーツだって万能なんだよ」

「そうじゃないんだ。僕が言いたいのは、美春が本当の超能力を知らないから、自己否定していると−−」

「超能力なら知っているわ。施設にはESPカードを透視する子もいるし、手を触れずにスプーンを曲げる、私より強いテレキネシストもいる」

「そんなことは、手品師でもできる。美春は、手品紛いの超能力に疑問を抱いているんだ。もしかしたら自分を含めて、施設の子供たちは騙されているとね」

「じゃあさっ、私と似たようなスコアの一郎は、みんなが施設に残りたくて、手品を使ってないと断言できるの? 本当は子供の頃に洗脳されて、自分は超能力者だって思い込みかもしれないじゃん」


 美春は苛ついた態度で、一郎の言葉に噛み付いた。


「美春が秘密にしてくれるなら、超能力の実在を疑う余地がない、本当の超能力を見せる」

「一郎のテレキネシスなんて、たかが知れているわ」

「この施設の運営費は、国防費から出ているし、先生は超能力者をスパイや兵士として、軍事利用するために研究している。だから僕は普段、自分の超能力を隠しているんだけど……。でも美春と別れたくないし、僕の超能力を見せてあげるよ」

「え?」


 一郎は美春の手を握ると、施設の屋上までテレポートした。

 施設の子供たちにテレポーターがいなければ、美春も初体験である。


「ちょ、ちょっと、これはどういうこと?」

「次は、スカイツリーにテレポートするよ」

「ま、まってっ」


 スカイツリーの頂上を指差した一郎は、美春の手を引張って屋上から飛び降りた。

 屋上から落下していた美春は、ゆっくりした浮遊感とともに、目の前に現れた夜景に心を奪われる。


「す、すごい綺麗……すごいよ、一郎」


 スカイツリーの電波塔に降り立った一郎が、美春の身体をテレキネシスで、更に高く持ち上げていた。


「僕は物心がつく前から超能力が使えたから、鉄板が紙より重いとは知らなかった。どんなものでも、頭の中で思い通りに動いて当然だったし、たぶん空に浮かぶ月だって動かせる」

「訓練すれば、私も一郎みたいになれる?」

「超能力が使えるのが当たり前だった僕の場合、むしろ成長するに従って使える力が増えたからね。美春のスコアだって、これから伸ばせると思う」

「一郎は、もしかして透視やテレパシーも使える?」

「超能力なら何でも使える」

「もしかして今、私の裸を見ているとかないよね」

「透視距離のピントは平面だから、服だけ透かして見れない。美春を一定距離で透視しても、スライスした内臓まで見えるんだ」

「施設の女湯は、覗き見できちゃうんだね。一郎は女の子の裸が見たくても、そんな()()()()()()()()()()だよ」

「わかってるよ」


 美春は気付いたなかったが、スカートの彼女を下から仰ぎ見ている一郎は、純白の下着を肉眼に焼き付けていた。


「どうして一郎は凄い超能力者なのに、みんなに隠しているの?」

「美春は、僕が怖くないか?」

「一郎は友達だよ、怖いわけないじゃん」

「でも周囲の大人は、僕が怖いらしい。本当の僕を知っている両親には捨てられたし、先生でさえ言いなりだ」


 一郎が飛ばしていた美春を、自分と向き合うように立たせると、少し頬を赤らめている彼女が手を握ってきた。


「一郎、その凄い超能力で、お母さんの病気を治せないかな?」

「それは医者じゃないし、病気や怪我は超能力で治せない」

「そうだよね。変なこと聞いて、ごめん」

「美春のスコアが伸びれば、これからも入院費が出るし、もしも退所することになっても、僕がどうにかするよ」

「超能力を使って銀行強盗とか!?」

「そんな物騒な真似は、さすがに出来ないけどね。美春のためなら、どうにかする」


 一郎は美春の手を離さないまま、施設の屋上にテレポートで戻る。


「一郎のおかげで、スコアを伸ばせる気がするよ。一郎が凄い超能力者だってことは、私たちだけの秘密だね」

「ああ、二人だけの秘密だ」

「二人だけの秘密ってさ、私たち恋人みたいじゃん」

「いや、そういう意味じゃないけど」


 一郎が幼馴染の美春を異性として、意識するようになったのは、この日の出来事があったからだと思う。

 しかし一週間後、美春のスコアは上がらないばかりか、計測値ゼロで無能力者の判定が下された。

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