昼下がりのアレコレ
一郎とアリッサは、中心街の市場で日用品を買い揃えると、品物を家まで運んでくれるように手配した。
それから二人は、店の前にテーブルを出した飯屋で、昼食にパンとスープを注文する。
「あれ、アリッサじゃない。あなた、宮仕えの仕事をクビになったんだってね」
「アリッサ、この美人はどちら様?」
「この娘はエリアロス、あたしが所属していたギルドの弓使い」
声を掛けてきた弓使いのナジャフ・エリアロスは、アリッサの古い友人で冒険者ギルドに所属していた。
エリアロスは『ちょっと詰めてよ』と、一郎の座っていた長椅子に、無理やり尻を割り込ませて腰を下ろす。
「ギルド長のルイズが、城を追い出されたアリッサのこと探していたわ。彼は、あなたを冒険者ギルドに再加入させるつもりだと思う」
「え、どうしようかな」
「どうせ今は、やることなくて無職なんでしょう?」
「やることなら、ないこともないです」
エリアロスは『こいつでしょう』と、隣に座る一郎の顔を親指で指し示した。
「アリッサが、召喚した無能者を元の世界に帰す方法を探しているのは、ギルド内で噂になっているわ。魔力ゼロの無能者の世話で、アリッサほどの召喚士が腕を腐らせるなんて勿体ないよ」
一郎はエリアロスの不躾な物言いに、ムッとしたものの、アリッサの足手まといになっているのは事実である。
彼は文句を言いたいのを堪えると、顔を睨み付けているエリアロスに愛想笑いで応えた。
「男のくせにヘラヘラしてないで、さっさと仕事を見つけて、アリッサを解放してあげなさいよ」
「エリアロスっ、イチローさんに失礼です」
「でもさ、異世界から人間を召喚するのも高度な魔法だけど、異世界に人間を転移させるなんて新魔法の領域だわ。それに方法が見つかったとしても、魔法陣発動の触媒となる紅い水銀は、国家予算並みの高額で取引されている。彼を異世界に戻すのは、何年先になるか解らないのに、それまで保護するつもりなの?」
「それは、そうかもしれないけど、イチローさんを召喚したのは、あたしの責任なのです」
「ねえイチロー、あなたのせいでアリッサは人生台無しだわ」
エリアロスは意地悪く微笑むが、一郎には返す言葉が見つからない。
「僕だって、アリッサの重荷になりたくないんだ。でも魔力ゼロの僕に、この世界で出来る仕事なんてありますか?」
「そう言えば、うちのギルドでクエスト管理の事務員も募集していたわ。依頼者の注文を聞いて、クエスト内容を酒場に貼り出したり、冒険者に直接伝えたりするだけだし、魔力ゼロでも出来る仕事よ」
「デスクワークですか……。それなら僕でも働けそうですね」
テレキネシスが使える一郎なので、力仕事の方が楽に稼げるのだが、超能力バレする危険があれば、もしもアリッサが冒険者ギルドに戻っても、同じ職場ならトウヤたちが襲ってきても護りやすい。
一郎はアリッサの返答次第だと思ったが、彼女は躊躇なくエリアロスの誘いを断った。
「あっそ、なら私からルイズに伝えておくけど、気が変わったらギルドに顔を出してね」
エリアロスが席を立つと、入れ替わりに注文したパンとスープが運ばれてくる。
しばらく沈黙していたアリッサが『ごめんなさい』と、ポツリと呟いてからスープに口をつけた。
「僕を召喚したことなら謝らなくて良いし、友達の態度なら気にしなくて良いよ。エリアロスの言ったことは、たぶん本当だ」
「でもイチローさん、気分を悪くしたでしょう」
「いいや。僕がアリッサの足かせなら、気にしないでギルドに戻りなよ。アリッサが戻るなら、僕は事務員の面接を受けるつもりだ」
「イチローさんを足かせだと思ってないです。あたしは大国サザーランドの勇者に命を狙われているので、ギルドに戻ればメンバーに迷惑をかけてしまいます」
「そのときは、僕が助けてやるよ」
「お気持ちは嬉しいですが、サザーランドの勇者は魔力1億7千万以上なのです。イチローさんでは、太刀打ちできません」
「わかってましたあ〜、その反応〜」
「あ、イチローかんが弱いわけじゃなくて、相手が強すぎるのです。魔力53万の、あたしでも彼に勝てませんでした」
アリッサはトウヤたちの襲撃を恐れているが、一郎が実力差を見せつけたので、当面は安心して良いはずだ。
「お兄様、今日は彼女さんとデートですか? あたいの作って差し上げた服は、着てないんですね」
「クロコかよっ、びっくりさせるな」
テーブルの下から顔を覗かせたのは、縫製師のクロコだった。
ネコ科の獣人クロコは、一郎を見かけて手を振って近付いてきたが、足音と気配を全く感じさせなかったのである。
「イチローさん、こっちの世界に知り合いがいるんですか?」
「アリッサに紹介してもらった服屋で、気に入る服が見つからなかったから、クロコのテーラーで注文したんだ」
「そうだったんですね。でも、あのとき服を買ってこなかったような−−」
「あ、ああ、今からクロコの店に、取りに行くつもりだったんだよ!」
一郎はパンを急いで頬張ると、スープで流し込んでクロコの後ろ首を掴んだ。
「お、お兄様、そ、そこはネコ科の弱点です〜、ち、力が入らにゃ〜い」
「ちょっと服を取りに行ってくるから、アリッサは先に帰宅してて」
「はい」
クロコを猫づかみした一郎は、裏路地に入ると、彼女の店までテレポートした。
無詠唱の一郎が一瞬にしてテーラーまで飛んだので、クロコは慌てて物陰に隠れる。
「今のは空間転移魔法ですよね!? お兄様は悪魔だったんですか!?」
一郎は、クロコの怯えように肩を竦めた。
「この世界の悪魔は、どんな感じなんだ?」
「裸が赤かったり、青かったり、背中には蝙蝠のような翼があったり、なかったり、頭にツノが生えてたり、生えてなかったり」
「悪魔のイメージは、ずいぶんとフワフワしてんのな」
「あたいは本でしか見たことないのですが、悪魔は無詠唱で魔法を使うそうです」
「クロコ、俺の頭にツノがあるか?」
縫製師のクロコは、一郎の裸体を思い出す。
「いいえ……、でも股間に小さいツノが生えてました」
「おいッ、守秘義務はどこに行った!」
「すみません、突然のことで動揺してしまいました。そう言われれば、お兄様には尻尾も翼もなかったです」
おずおずと物陰から這い出てきたクロコは、一郎の頭の先から爪先まで確認すると、一呼吸置いてから椅子を用意した。
「僕は魔法のようなものが使えるが、これは魔法じゃないから呪文がいらないんだよ」
「やはり悪魔?」
「悪魔じゃない。しかし、どいつもこいつも、なんで悪魔に怯えているんだ」
「何を言ってるんですか。あたいらは今、魔王軍と戦争中なんですよ? お兄様が悪魔だったら、敵じゃありませんか」
「そういうことか」
クロコの説明では現在、魔族とそれ以外の種族間で戦争しており、冒険者ギルドのメンバーや、城の兵隊が戦っているモンスターの大半が魔族に類するらしい。
そして魔族の中でも、人語を解して知性をもった人型モンスターは『悪魔』と呼ばれており、彼らと出会った人間が必ず命を落とすので、その正体も不明なことが多い。
「悪魔と出会った奴が必ず死ぬなら、どうして悪魔がいると解るんだ?」
「魔王軍との戦争前に書かれた本に、悪魔の存在が書かれているんです。悪魔は無詠唱で魔法を使えば、土塊に生命を与えてモンスターを創造できるし、知性のないモンスターを操ることが出来ます」
一郎は難しい顔で考えている。
「お兄様は、そんなことも解らないのですか?」
「つまり、この世界にはモンスターがいるのか。これまでの会話の流れから、モンスターがいるんじゃないかと、薄々感じていたが、にわかに信じ難い」
「そこから解らないんですか!?」
一郎は『僕は何も解ってないぞ』と、偉そうに椅子にふんぞり返る。
「よく考えてみたら、獣人やらエルフがいる世界なんだから、モンスターくらいいて当然なんだろう。しかし僕は城の中と町しか知らないので、ピンとこないんだよね」
「お兄様は、いったい何者なんです?」
そもそも一郎が、この世界の状況をアリッサに根掘り葉掘り聞けない理由は、彼女が部外者であり無能者である彼に、過度な配慮があるからだ。
アリッサはトウヤに襲われたときも、必要以上のことを話さないので、一郎も深く追求できなかったのである。
アリッサにしてみれば、一郎は頼りにならない余所者だった。
「クロコ、守秘義務は絶対だよな?」
「もちろんです。口の堅さは、一流のテーラーにとって重要な条件です」
だから一郎は、クロコに事情を明かして、この世界の知識を入手することにした。
クロコは一郎が勇者召喚で異世界が召喚されたこと、魔力ゼロではあるが、超能力という異能が使えること、それらを隠して生活していると聞かされた。
「それこそ、にわかに信じられませんよ」
と、クロコが言ったので、一郎は椅子に座っていた彼女の身体を空中に浮かばせた。
「これはテレキネシス、思い通りに物体を操る力だ」
「あ、あわ、わわわっ、お、お兄様、解りましたので下ろしてくださいっ」
一郎はクロコの身体を空中で前転させながら、座っていた元の位置に戻す。
「クロコだって魔法が使えるくせに、この程度のことで大袈裟じゃないか?」
「はあ、はあ、はあ……、他人の身体を浮遊させる魔法なんてありませんよ。お兄様が悪魔じゃなくて、本当に勇者召喚されたのなら、お兄様こそが、この世界を救う勇者じゃありませんか?」
一郎は『それはない』と、きっぱりと否定した。




