秘密を打ち明ける
ルイズは城下町北門の手前で一郎と待ち合わせていたものの、北門はサザーランドからの進軍を警戒したカルバン王が閉鎖しており、憲兵だけでなく、カーネル王国の騎士団や兵隊が続々と集まっていた。
戦準備を始めた兵士たち、雑踏警備に忙しなく動き回る憲兵の中、サンドイッチとサラダを詰めたバスケットを腕に掛けて、ワンピースに胸当てだけの場違いな格好のルイズが、大きくため息を吐いて肩を落とす。
「こんな物々しい雰囲気では、イチローとデートどころではないか」
ギルド長のルイズは普段、化粧もせず白銀の重装鎧を纏っているのだが、今日はイチローの好みに合わせて……、化粧や白いワンピースが彼の好みか解らないが、少なくとも少女らしい装いなら苦手ではないだろうと踏んで粧し込ん来た。
「ルイズさん、こっちです」
「誰だ?」
黒いマントのフードを目深に被って、ルイズを木陰から手招きした男は、北門に終結している兵士の目を盗んで、フードを少し捲って見せる。
「僕です」
「イチローか、なぜそんなところでコソコソしている?」
「厄介事に巻き込まれて、憲兵に追われています」
「厄介事に巻き込まれた? いいや、イチローのことだから、オレを厄介事に巻き込むつもりなんだろう」
「ええ、まあ、ルイズさんには、そういうことになりそうです。じつはロザリオ家のコネで、カルバン王との謁見を手配してほしい」
ルイズは、一郎の突拍子も無い依頼に眉根を寄せる。
北門に集まる兵装を整えた軍隊を見れば、この世界の事情に疎い一郎だって、カーネル王国が今、有事に備えて混乱の最中だと解るだろう。
「イチローは、オレを利用して王様に会いたいのか」
ロザリオ家は代々騎士公の家柄で、本来なら嫡子であるルイズは、カーネル王国の王国騎士団を率いる立場にあった。
しかし半陰陽として育ったルイズは、ロザリオ家の騎士公の爵位のみ継いで、王国騎士団は入団不適格の烙印を押されて下野している。
ルイズは、そもそもロザリオ家の跡継ぎ問題で放蕩して冒険者ギルドを立ち上げていれば、今さら家名を利用するのは、あまり気乗りしない話だった。
「僕には、ルイズさんしか頼れる人がいません」
超能力者の一郎が本気になれば、カーネル城に単身乗り込んで、カルバン王からアリッサを奪い返すのは容易い。
一郎はマジシャンズブラックの仮面を被り、正体不明の魔法使いとして、力尽くで取り返そうとも考えたが、アリッサが召喚した異世界人が魔王の生まれ変わりだと、サザーランドの騎士団が進軍している最中、超能力をひけらかせば四面楚歌になるのが明白だ。
穏便に済ませるには、ルイズのツテに頼りカルバン王と話合うしかない。
「しかしカーネル王国は今、ご覧の通り隣国サザーランドとの開戦準備で混乱している。ロザリオ家が依頼したところで、ハイそうですかと城に入れてくれないと思うぞ」
「あちらさんも、僕に会いたいはずです。なにせ、戦争の原因は、この世界に僕が召喚されたことに端を発しているらしいので、ルイズさんが橋渡ししてくれれば、それこそ渡りに船だと思います」
「なぜイチローの召喚が、カーネル王国とサザーランドの戦争の原因になるんだ? イチローは、この世界と無関係の異世界人じゃないか」
憲兵がウロウロしている沿道で、話の飲み込めないルイズが疑問ばかり口にするので、気が逸った一郎は手を引いて林の奥に連れ込む。
一郎は唇の前で人差し指を立てると、サザーランドのレクスター騎士団長が、アリッサの召喚した自分を魔王アジンの生まれ変わりだと口実にして、カーネル王国の進軍していること、そしてサザーランドのヒューズ大帝が騎士団長に据えたレクスターが、魔王アジンを亡き者にして次期魔王を狙う悪魔であることなど、これまでの経緯を包み隠さず話した。
「カルバン王が、アリッサと僕を城に呼び戻す理由は解らないけど、魔力ゼロの無能者と召喚士を人身御供に停戦交渉するつもりなら、アリッサの身が危険だ」
「イチローだって危険だ」
「だからこそカルバン王との謁見には、ルイズさんも立ち会ってください。迷惑を掛けると重々承知の上、ルイズさんに仲立ちを頼むのは気が引けるのですが、事を穏便に進めたいのです」
ルイズは『つくづく飽きない男だ』と、ヤレヤレといった様子で肩をすくめたものの、彼に頼られて満更でもなかった。
「わかった。イチローだけじゃなく、元副団長のアリッサのためだ」
「あざっす!」
一郎が両手を握って感謝すると、ルイズは手を振り解いて、照れ隠しに咳払いした。
「ただし、一つだけはっきりしてくれ」
「なんですか?」
「魔力ゼロのイチローは、魔王アジンの生まれ変わりなのか? イチローが単なる無能者なら、魔族と手を組んだサザーランドが、兵を率いてカーネル王国に攻めてくるとは思えない。ロザリオ家には、魔王を王様に引き合わせる汚名を着せるわけにいかない」
「ルイズさんは、僕が魔王だと思いますか?」
ルイズは『愚問だったな』と、首を横に振る。
ギルド長として一郎の仕事ぶりを見ていたルイズが、彼に魔王か否かと質問するのは、愚問でしかなかった。
「でも僕は、魔王アジンの生まれ変わりかもしれない」
「うん?」
「魔法は使えないのは本当ですが、僕は超能力という力が使えます」
一郎がテレキネシスで石を浮かばせたが、目の前で魔法のような力を使われても、ルイズに驚く様子がなかった。
「魔法ではないのか?」
「この力は、魔法ではありません。僕の超能力には、魔力が必要なければ無尽蔵に使用できるので、空に浮かぶ月だって動かせる」
「イチローには、星を動かす力がある。イチローの物怖じしない態度には、秘密があるとは思っていたが、それが本当なら想像以上だよ」
この世界に召喚された一郎は、魔力ゼロの無能者のくせに、全く卑下したところがなければ、ギルドに集まってくる依頼者や冒険者にも毅然とした態度で接していた。
ルイズは、一郎が勇者トウヤからもらった魔剣を帯刀する以前から、魔法が使えないことを悲観していなければ、何かしら秀でた才能を隠していると考えていたので、魔法ではない超能力を見せつけられても、平然としていられた。
「オレを凌駕するほどの力がありながら、それでもオレを頼る理由は、今後も超能力を隠し続けるつもりだな」
「できることならルイズさんにも、永遠に秘密にしていたかったです」
「にも?」
一郎は、ルイズに超能力の秘密を知る者がいることを伝える。
彼の告白を聞いたルイズは、一抹の寂しさを覚えた。
「超能力のことを、なぜオレに教えてくれなかった」
「僕は超能力者であることで、元の世界で両親に捨てられて、大切な人を傷つけました。この超能力ってやつは、僕を不幸にしかしません」
「違うぞ」
「違いませんよ」
ルイズは、腰に差していた剣を抜刀すると、一郎の鼻頭に切先を向けた。
「オレは磨き上げた剣技で、大勢の人を救ってきた自負があれば、この剣のせいで不幸になったとは思わない」
「僕だって良かれと思うときは、今までも超能力で問題を解決してきました。ミーアスティやシロタマを奴隷商から救出したのも僕だし、ピクニック中に悪魔が襲ってきたときだって、ギルドの依頼を影から助けたこともあるんだ」
一郎は『それでも−−』と、俯き加減に呟いて、ルイズが向けた刃を指先で押し返す。
「僕が超能力をコントロールできるようになっても、母さんは迎えに来なかったし、好きだった女の子は、僕を怖がって離れていったんだ。この世界の皆だって、本当の僕を知れば離れていく」
「やはり一郎が不幸なのは、超能力とやらのせいではない」
「どういう意味ですか?」
「イチローは自分を偽って生きていれば、誰も傷つけないと考えているんだ。しかし、それではいつまでも経っても、本当のイチローが他人に受け入れられない。離れていくのが怖いから、誰も近寄らせない。秘密を抱えて生きていることが、イチローにとって不幸なんじゃないか」
「そうかもしれませんね」
「そうなんだよ」
ルイズは剣を鞘に納めると、塞ぎ込んでいる一郎の肩に手を置いた。
「力が人を不幸にするんじゃない」
「ルイズさんには、僕のことなんて解りません」
「オレには、解るんだよ! 本当の自分を隠したまま、他人と関係を築けば築くほどに、嘘を吐いている自責念で胸が苦しくなるのだ……オレだって、本当の自分を殺して生きている」
「ルイズさんにも、何か秘密があるんですか?」
「イチローは、薄々気付いているんじゃないのか」
一郎は目を潤ませたルイズを見て、普段の気丈な態度に裏があったと気付かされたが、それがどんな秘密なのか解らなかったのである。
「もちろん、とっくに気付いていました」
しかし一郎は、その場の空気に流されて頷いた。
「そうか、やはりイチローは気付いていたんだな。そうでなければ、初対面のオレの胸を揉んだりしないと思ったんだ」
「それはっ、ルイズさんが女の子だと思ったからですよ!」
一郎がルイズの胸を揉みしだいたのは、単なるハプニングだったのであり、彼女(?)がニューハーフと知っていれば、あんま真似するはずがなかったのである。
「そうなんだッ、オレは女の子なのだ!」
「え?」
「オレは、女の子なのだ!」
「ええーッ!?」
ルイズは豊満な胸を張ると、一郎は驚きのあまり素っ頓狂な声で叫んだ。
一郎は入団面接のとき、ルイズの性別についてリエリッタから説明を受けておらず、見たまま女の子だと思って接していた。
男性を気取っていたルイズは、いきなり初対面で胸を揉みしだいた一郎に、じつは女だと正体を見抜かれたと考えたらしい。
「カーネル王国は、男子直系の嫡子しか爵位を継げないのだが、オレが生まれる直前、父親が戦場で亡くなってしまった。そこでロザリオ家は、オレを半陰陽として騎士公の爵位を継がせた」
「どこかで聞いたような話だ……。でも男子直系の嫡子しか継承権がないなら、ロザリオ家はルイズさんの代までですよね?」
「母親の生きている間だけ、今までどおりの暮らし向きであれば良かったんだよ。オレは爵位を返上しても、冒険者ギルドのギルド長としての地位を確立しているが、母親や家の者を路頭に迷わせるわけにいかんからな」
「なるほど、だからルイズさんは、城から離れて冒険者ギルドを立ち上げたんですね」
「おう!」
一郎がルイズを頭の天辺から足の爪先まで改めて見れば、豊満な胸と整った顔立ち、言葉遣いと粗暴な態度を除いて、男の要素は皆無である。
「ロザリオ家の爵位は、今まで母親のためだと考えていたのだが、まさかイチローの役に立てるなんて、男のふりを続けてきて良かったよ」
「そ、そうですか」
「それにオレとイチローが結婚すれば、ロザリオ家は安泰だからな」
「僕とルイズさんが結婚?」
「オレがイチローと結婚して、男子直系の嫡子を産んで爵位を継いでしまえば、ロザリオ家も貴族の地位を捨てずに済むじゃないか」
「いや、ルイズさんと僕は男同士の設定ですよ。ルイズさんが産んでも、僕の子供では男子直系の嫡子にならないかと−−」
ルイズは親指を立てる。
「イチロー、オレの子供を産んでくれないか?」
「とんでもないファンタジーキタコレ!! 無理無理無理無理!! 男の僕が、どうやって子供を産むんですか!?」
「男と女なんだから、立場が逆でもどうにかなるだろう?」
「ならねー!!」
一郎の脳裏には、タキシードを着たルイズに、お姫様抱っこされたウエディングドレスの自分の姿が過ぎった。




