裏切り者の悪魔
「これは、どういう状況なんだ?」
朝日の差し込まない地下の店、一郎は上半身裸で、接客用に置かれた長い背凭れの肘掛け椅子に座っており、右を見ればタマミが腕にしがみつくように寝息を立てており、左を見れば膝を立てて肘掛けに身体を預けたシロコロフが寝ている。
「女の子たちが深夜のテンションでバカ騒ぎを始めたから、早々に切り上げて、椅子で寝たところまで覚えているのだが……。僕は、なぜ上着を脱いでいるんだ?」
一郎が視線を落とせば、足元ではクロコが背を丸めて猫のように寝ているし、その隣には、酒瓶を抱えてエリアロスが寝ていた。
「なんだよ、まるでハーレムじゃないか……いや、まてよ? ま、まさか僕は、彼女たちに魔王プレイ的なことしちゃったのか!?」
女の子たちのだらしない寝姿を見て、血が気の引いた一郎だったが、目の前にある大きな鏡を見ると、自分の額に『魔王』と、マジックで書かれている。
「修学旅行で先に寝ちゃうと、顔にラクガキされるやつだ。しかし寝ている僕の額に『魔王』と書くなんて、こいつら絶対にバカにしているな」
一郎が状況から察するに、彼女たちは深夜のテンションのまま、深く寝入った一郎の服を脱がせたり、顔にラクガキしたり、悪戯していたのだと思った。
両手に花で寝ていた一郎は、シロコロフとタマミを起こさないように、椅子から立ち上がると、酒や肴で散らかっているテーブル席に座り直して、部屋を見渡して学ランの上着とシャツを探す。
シャツと上着がコートラックに吊るされていたので、一郎は横着してアポートすると、リーザのツノを胸ポケットに隠していたことを思い出した。
「そう言えば、リーザの姿が見えない」
悪魔リーザは、寝ている間にツノを取り返して逃げたのだろうか。
しかしリーザが何処に逃げたとしても、テレポートで追いかけて、テレキネシスでツノを取り戻せば良いのだから、一郎には慌てた様子がなかった。
「ご主人様、目が覚めたのなら、今すぐ朝食を用意いたします」
「リーザは逃げなかったのか?」
キッチンから顔を覗かせたリーザは、ほんの少しだけ広角を上げて微笑むと、すぐに引っ込んで朝食の準備を続ける。
「私は、魔界より王を迎えに来たのです。イチロー様が我が王なのに、なぜ逃げる必要があるのでしょう」
「僕が魔王の生まれ変わりだと、決まったわけじゃないからね」
「いいえ。記憶を失っているとはいえ、ご主人様が私を攻撃するはずがないと思っていましたが、ドラゴン化した私を手も使わず倒したイチロー様は、魔界の王、私のご主人様に違いありません」
魔王城で魔王アジンに仕えていたリーザは、側近中の側近であり、魂を勇者に異世界送られてしまった魔王の強さを熟知していた。
一郎と戦って負けたリーザは逆上して、魔王を探して反撃の機会を伺っていたものの、よくよく考えてみれば、魔界でもトップクラスの戦闘力である自分を、いともあっさり倒した彼こそ、転生した魔王アジンだったのである。
「リーザは、僕から逃げる気がないのか」
「もちろんです」
学ランの上着に袖を通した一郎が、胸ポケットにツノがあることを確認すると、リーザは、自分を魔王だと本気で考えていると思った。
「ご主人様は、どちらの娘から食しますか?」
包丁を手にしたリーザは、部屋に戻ってくると、床で寝ていたクロコの腕を掴んでいる。
「ご主人様は、黒猫を気に入っているようなので、まずクロコさんから食べますか? ご主人様は、好きなものから食べるタイプでしたよね」
「クロコを食べる? 性的な意味じゃないよね」
「はい♪」
「はいじゃねーよ……朝食に友人を食わせようとするな」
一郎が『魔王は他種族を食べるのか?』と、リーザに聞けば、そんなことはないらしく、魔王の生まれ変わりが、残忍な行為を受け入れるのか確認しただけだった。
「僕が魔王の生まれ変わりでも、魔王アジンそのものじゃないんだ。リーザが何を期待しているのか知らんけど、僕は平凡に生きると決めているんだ。友人を食べるなんて、バイオレンスな展開があるわけないだろう」
リーザから包丁を取り上げた一郎は『食欲が失せた』と、伏し目がちに呟いた。
「では仕方ありませんね。私を食べますか? 今度は、性的な意味です」
「魔王は、そういうことしてたの?」
「したことありません」
「リーザも、僕をからかっているよね!?」
「ご主人様と再会して、浮かれておりました」
リーザは『さっそくですが』と、一郎に魔界にある魔王城に帰り、魔王の復権を拒んで、サザーランドの王と手を組んだ魔族の猛将レクスターの対策を立てようと言った。
「レクスターって、復活した魔王を討伐するために、カーネル王国に進軍しているサザーランドの騎士団長だろう?」
「ええ、レクスターは魔族でありながら、人族の国の王と結託して、ご主人様の輪廻転生する魂の滅殺を企む、裏切り者の悪魔です」
サザーランドの騎士団長レクスターが、魔王の復権阻止を企む悪魔だった。
一郎は異世界転移してから、凡庸な人生を謳歌していれば、この世界の出来事に無頓着に過ごしている。
「昨日から色々聞かされて、もう頭がパンクしそうなんだ。悪いけど、少し考える時間をくれないか」
「わかりました」
頭を抱えた一郎が、腕時計を確認すると、前々から急かされていたルイズとのデートの待合わせ時間だった。
次回、状況を整理します。




