点と点
「きゃーーーー!! イチローのえっち!!」
「じ、これは事故だ! エリアロスさんっ、これにはのっぴきならない事情がありまして!」
「見るなッ、後ろを向きなさいよ!」
「はい!」
一郎がシロコロフとタマミを連れてテレポートしたクロコの店には、冒険者ギルドでパーティリーダーを務めている弓使いのエリアロスが、なぜか全裸で立っていた。
「お兄様は、なんでいつも店にテレポートしてくるんですか?」
クロコは、一郎の紹介してくれたエリアロスから衣類を預かって、魔法陣で縫製中だったのである。
「じつは憲兵に追われていて、やむを得ずテレポートしてきたんだ」
「私が憲兵に突き出してやんよ! このスケベニンゲン!」
「オランダ南ホラント州の観光地?」
「知るかッ!」
クロコに渡されたタオルを腰に巻いたエリアロスは、いきなり現れた一郎に裸を見られて怒り心頭だった。
「お兄様は以前、超能力で女の子の裸を覗かないと言ってましたよね?」
クロコが呆れた顔でツッコミ、タマミが『舌の根も乾かぬうちに……』と、ジト目で一郎を見ている。
「けっしてエリアロスさんの裸を覗くために、超能力を使ったわけじゃないからね。今のは事故だから、セーフだろう?」
「セーフもクソもあるかッ、今すぐ記憶を消去してやんよ!」
エリアロスは壁に立て掛けていた弓を構えると、矢の先端を一郎の背中に向けたので、一郎は『ちょま!』と、彼女の背後にテレポートした。
「待つわけないでしょう!」
頭に血が登っているエリアロスが、振り向きざまに次々に弓を放てば、一郎は狭い店内を上に下にの大騒ぎで逃げ回る。
「ちょこまかと逃げるな!」
「エリアロスさん……非常に申し上げにくいのですが、見えてます」
「え?」
鏃を一郎の額に突きつけたエリアロスだったが、動き回ったせいで、いつも間にか腰のタオルを床に落としていた。
「百回しね!」
無敵の超能力者である一郎なのだが、エリアロスの鉄拳制裁を逃げずに、甘んじて受け入れた。
※ ※ ※
エリアロスにボコボコにされた一郎が、床にうつ伏せに倒れており、シロコロフが杖を翳して回復魔法を唱えている。
「エリアロス様、よくお似合いなのです」
「そうね、肩周りが動きやすく改良されているし、防具屋で服やブーツを買うより、全身コーデのオートクチュールは見た目が良いわね」
「そうでしょう、そうでしょう♪ 元の防具を素材に強化再構成しているので、防御性能や魔法効果も向上しています。これに懲りず、またご注文くださいね」
エリアロスは、クロコに作ってもらった服を鏡に映して満足そうに笑った。
「素敵なお店を紹介してくれたから、裸を見た件は半殺しで勘弁してあげる」
うつ伏せに倒れている一郎が『お代は僕が支払います……色々ごめんなさい』と、エリアロスの縫製代金は、奢ると申し出てキャッシュカードをクロコに渡す。
「しかし私のゼロ距離射撃から連続空間転移で逃げ回るって、あんた本当に無能者なの? こんな芸当ができるなら、ギルドの事務員より冒険者の方が稼げるんじゃない?」
シロコロフの魔法で傷が治癒した一郎は、起き上がって手をグーパーグーパーしながら、椅子に深く腰掛けた。
「その辺の詳しい事情は、何度も説明するのが面倒くさいので割愛しますが、超能力は魔法じゃないし、僕は超能力をひけらかすことにトラウマがありまして、この件はご内密にお願いします」
「トラウマがあると言われると、根掘り葉掘り聞くわけにもいかないけど、憲兵に追われている事情は、聞かせてもらうよ」
一郎はエリアロスとクロコに、これまでの経緯を説明すると、カーネル城で異端審問にかけられるアリッサのことを、王室にツテがあるルイズに相談するために、明日まで匿ってほしいと頭を下げる。
「カルバン王が召喚士と異世界人を城に呼び戻している理由に、心当たりがなくもないかな」
「エリアロスさん、心当たりがあるんですか? ないんですか?」
「イチローたちは、サザーランドの騎士団長レクスターが兵を率いて、カーネル王国の国境線で野営している噂を知っている? 近々、大きな戦争が始まるって噂なんだけど」
「いいえ、知りません」
「カルバン王が魔族と結託して、異世界転生した魔王アジンを呼び戻したと宣戦布告したらしい。たぶんカルバン王は、アリッサとイチローを引張り出して、カーネル王国が召喚したのは、魔力ゼロの無能者だったとサザーランドのヒューズ大帝に申し開きするつもりじゃないかな」
「カルバン王が魔王召喚? 僕が聞いた話だと、魔王を召喚したのはサザーランドですよ」
「うん?」
「タマミも悪魔から直接聞いたので、確かな情報だと思います」
エリアロスの聞いた噂と、一郎たちが悪魔リーザから聞いた話では、情報が錯綜している。
情報通のエリアロスの聞いた噂では、サザーランドのレクスター騎士団長が、カルバン王が魔王を召喚したとの理由で、カーネル王国に進軍中であり、悪魔リーザはサザーランドが召喚した魔王を迎えにきたと言っていた。
「そもそもサザーランドの騎士団長は、どうしてカーネル王国がアリッサさんを利用して異世界人ではなく、魔王を召喚していたと思ったのでしょうか?」
タマミが口を挟むと、その場にいた全員が一斉に腕組みして首を傾げる。
改めて言われて見れば、リーザとレクスターは、この世界に魔王アジンが復活した前提で動いているものの、魔界の外で異世界から召喚されたのは、トウヤと一郎だけだった。
「そりゃ、魔力の高いトウヤさんを魔王だと思ったからだろう?」
「でも勇者トウヤは、サザーランドで召喚されたのです。勇者トウヤが魔王アジンの生まれ変わりなら、魔王召喚を理由にカーネル王国に進軍しません」
「ならカルバン王が魔王を召喚したと言うのは、戦争の口実なんじゃないの?」
「サザーランドが今、同盟であるカーネル王国と戦争する理由がないと思います。それに、なぜ悪魔リーザが魔王を迎えに来たのですか」
何かを思いついたシロコロフが、目を見開いて人差し指を立てる。
「それにゃら、サザーランドのレクスターは、無詠唱で魔法を使うマジシャンズブラックを魔王だと思って進軍して、悪魔リーザとにゃらは、マジシャンズブラックが魔王だと思って迎えにきたのにゃん」
「シロちゃんの言うとおり、マジシャンズブラックが、魔王の生まれ変わりなら辻褄が合いますね」
クロコが『と言うことは?』と、回復疲れでぐったりしている一郎の顔を覗き込む。
レクスターとリーザが、トウヤと戦ったマジシャンズブラックを魔王だと考えているのであれば、カーネル城でアリッサが召喚した一郎が魔王である。
少なくともサザーランドの騎士団長とリーザは、そう考えて行動しているのが明白だった。
「僕が魔王? ないないないない」
一郎は顔の前で手を煽って否定したものの、魔力ゼロでも魔法を凌駕する超能力者が魔王の生まれ変わりでも、あり得なくなくもない話である。




