イチローは異世界人
一郎が胸ポケットから、リーザから奪ったツノを取り出すと、掌に乗せてシロコロフとタマミに見せた。
覗き見た彼女たちは、小さなツノから漂う溶岩の匂いに顔を見合わせる。
「これはピクニックのとき、私たちを襲ってきた悪魔リーザのツノですね。悪魔を倒したイチローさんの戦利品ですか?」
冒険者たちはクエスト以外にも、討伐したモンスターの遺体や素材などの戦利品をアイテムボックスで持ち帰り、冒険者ギルドや直接素材屋に持ち込んで換金していた。
タマミは、リーザを倒した一郎が換金アイテムとして、悪魔のツノを持ち歩いていると考えている。
「いいや、リーザはツノに魔力を全フリしていたらしいので、町に連れてくるためにツノを預かっている」
「え、悪魔を町に連れてきた?」
「僕が魔力を振り分けたツノを持っている限り、リーザは魔法が使えないから安心しろ」
魔力を腕力に振分けている冒険者が、腕を欠損すれば振分けていた魔力は、腕とともに切離される。
同様にドラゴン化のために消費する魔力をツノに全フリしていたリーザは今、ツノを奪われて魔力ゼロで魔法が使えない。
「私が驚いているのは、悪魔を倒さずに町に連れ込んだことです。ご存知だと思いますが、私たちは魔族と戦争中なのですよ。イチローさんの連れてきた悪魔に魔力がなくても、魔族はモンスターを眷属として従えることができます。悪魔が町にいるなんて、少しも安心できません」
タマミは、リーザがゴーレムやゴブリンアンデッドを率いて、サザーランドに魔王を迎えに行く道中に行き合っていた。
悪魔が魔力を失っていても、ゴブリンやオークの上位存在の魔族なら、モンスターをカーネル城下町に呼び寄せたり、モンスターを利用して計略をめぐらすこともできる。
「そうかな? ドラゴン化したリーザの魔力は240億だと言っていたけど、たいしたことなかったし、おかしな行動があれば超能力で瞬殺できる」
「魔力240億!?」
「自称だけどね」
一郎に魔力を計測する術はないが、リーザはドラゴン化したとき、魔力240億だと自称していた。
「でもイチローさん、リーザは異世界から転移した魔王を探しています。もしもリーザが、この世界から異世界転生して戻った魔王と出会ってしまったら、どうするのですか?」
「アリッサの話では、転生した魔王ってトウヤさんなんだろう? 悪魔を毛嫌いしているトウヤさんが、リーザと手を組むとは思えないし、それこそ要らぬ心配だ」
一郎は『ここで話す方が危険だ』と、聞込みのために市場に集まっている憲兵たちに目配せする。
外套を跳ね上げた一郎は、シロコロフとタマミの腕を掴んで、クロコの店までテレポートした。
※ ※ ※
もふもふ天国でロックイートを接客中のリーザは、鼻下に人差し指を当ててくしゃみした。
「くしゅんッ」
「トマジューちゃんは、くしゃみしても可愛いのお〜」
「ロックイート様、ありがとうございます」
リーザは絶対領域を死守しつつ、ふさふさした体毛を見せつける超ミニスカートのメイド服を着ており、地下街のボスであるロックイートは、彼女の脚をモフモフしながら酒を飲んでいる。
「ところでトマジューちゃんに頼まれていた件、組織の者に探らせておるのだが、サザーランドが召喚した異世界人は、勇者トウヤしかおらんのお」
「そうですか」
「勇者トウヤが、トマジューちゃんのお目当ての人物ではないのかのお?」
リーザは地下街を牛耳るロックイートの情報網を利用して、この世界に戻ってきた魔王の所在を探していた。
森で出会ったアリッサたちも、魔王に該当する異世界人をトウヤだと言っていれば、情報通のロックイートもサザーランドが召喚した異世界人がトウヤしかいないと言う。
「ロックイート様、トウヤという異世界人に会わせてもらえませんか?」
「トマジューちゃんは、どうして異世界人なんかに興味があるんだ。ワシのような老いたドワーフより、人族の勇者に興味があるとは、ちょっと妬けるのお」
しょぼくれたロックイートが禿頭を下げたので、リーザはつるつるとした手触りの頭を撫でた。
「ロックイート様、お願いいたします」
リーザに禿頭を撫でられているロックイートは、腕を組んで難しい顔をしている。
モフモフしているリーザは、彼のお気に入りの嬢であれば、トウヤを呼んで会わせてやりたかった。
地下街のボスには、それだけの権力がある。
「トウヤがカーネル王国の住人なら、ワシの顔で招待できるが、彼はサザーランドの勇者だからのお」
「獣人族の国は、人族に統治されていると聞きましたが、ここは人族の国ではないのですか?」
「カーネル王国の統治者が人族に変わって百年だが、国名は変わらんのお。ワシの故郷も人族の王が支配しておるが、国名はアンダーソン共和国のままだぞ」
魔界で生まれ育ったリーザは、魔王アジンに『外界の国は全て、人族の王に支配された』と聞かされている。
リーザは、外界の国がサザーランドに統合されたと勘違いしていたものの、カーネル王国やアンダーソン共和国の統治者が人族なら、自分の認識と大差がないと思った。
「それにカーネル王国の国境警備隊とサザーランドの騎士団は今、国境線で睨み合って一触即発の事態だと聞いておる。現状ではサザーランドの大きな戦力となる勇者を、カーネル王国に招待するのは不可能じゃよ」
「同じ人族の王が統治する国が、なぜ争うのですか?」
「なぜって人族は、魔族との戦争を続けながらも、同族同士で土地や権力を奪い合って戦争しておる。トマジューちゃんは知らんようだが、人族は世界各地で戦争しておるぞ」
「同族同士で戦争……。我が王の言うとおり、我らは外界との交流を断つべきです」
「どうせ今回も、国境線の小競合いで終わるじゃろう。サザーランドの勇者トウヤに会いたければ、その後になるかのお」
ロックイートに酒を運んできたホールスタッフの男は、彼らの会話に参加した。
「トマジューさんがトウヤに会いたいなら、同じ異世界から召喚されたイチローに相談すれば良いじゃないですか」
「イチロー様は、異世界人なのですか?」
「ええ、あなたを店に紹介したイチローは、カーネル王国のカルバン王が召喚した異世界人ですよ」
リーザが襲ったアリッサたちは、トウヤと合流する予定だと言っていれば、彼女たちを救うために現れたイチローも、トウヤと繋がりがあると解っていた。
「しかし私は、イチロー様に弱味を握られているのです。イチロー様が異世界人だとしても、トウヤと会わせてくれと頼むことは……、イチロー様が異世界から召喚された?」
「ああ、そういうことですか。トマジューさんは、男に弱味を握られて店で働かされている。この業界では、珍しいことじゃありませんね」
「その異世界人の男に借金があるなら、ワシが立替えて、トマジューちゃんを身請けしてやるぞ」
「イチローは、カーネル王国で異世界から召喚されたのですか?」
「そう聞いています」
リーザが『Какого черта!』と、いきなり立ち上がったので、ロックイートはグラスを落としてしまう。
魔王城の侍従長であるリーザは、外界で活動する魔族の噂で『人族の王が魔王を復活させた』と、聞いていた。
人族の国が、もはやサザーランドだけではなければ、カーネル王国の王が召喚したイチローだって、魔王の生まれ変わりかもしれない。




