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空間転移魔法ではないテレポートだ★

 一郎はアリッサに紹介された町の服屋を訪ねると、店員から魔法使いならローブマント、剣士なら動きやすい皮鎧だと、コスプレ紛いの服を勧められた。


「僕は魔法使いじゃないし、剣士でもないんです。この店には、もっと普通の服はないですか。こんな服では恥ずかしくて、町中を歩けないです」

「うちの服が恥ずかしいって……、あんたの着ている真っ黒な服は、よほど普通に見えないけどね。あんたが何処の田舎者か知らんが、シャツとパンツなら、どこだって似たようなもんだろう」

「東京生まれなんだけど」

「トーキョー? そんな国名は聞いたことないね」


 どうやらアリッサが馴染みにしている服屋は、冒険者御用達の防具屋のようだ。

 召喚士の彼女は、下着からロープマントまで身に着ける一切を、この店で購入している常連のようである。


「イチローは、アリッサさんの紹介なのに、魔力ゼロの無能者なのかい? ここは冒険者の店なんだから、どれも魔力を効率的に引き出す服を揃えているんだ。無能者なら無能者だと、最初に言ってくれなかったら困るよ」

「魔力を効率的に引き出す服?」

「アリッサさんは召喚士だから、足元の魔法陣に魔力が伝わるように、丈の短いスカートを穿いているだろう」

「アリッサのミニスカは、僕を誘惑していたわけじゃなかったのか」

「縫製に使う素材だって、マダネグモの蜘蛛の糸やら、オオカイコの生糸を使っているので高級品だ。無能者の買う服なら、露天商の売っている安物で良いんじゃないか」


 この世界の住人は、魔力ゼロの一郎を『無能者』と、蔑むことに抵抗がないようだ。

 魔法が使えないだけで、何もできない無能ではないのだが、この世界には、そもそも全く魔力がない人間がいなければ、努力次第で魔力が向上するらしい。

 つまり魔力ゼロの一郎は、この世界では、今まで努力しなかった人間、蔑まれて当然の駄目人間なのである。


「コスプレ衣装を高い金で買う必要もないし、屋台で買った方が安上がりで助かるよ。いろいろ教えてくれて、どうも有難う」


 一郎は超能力を隠して生活していれば、理不尽極まりない扱いになれていた。

 もともと一郎は勉強が苦手だったし、体力だって人並み以下、深夜アニメをこよなく愛した典型的なオタクでもある。

 この世界の魔法使いや剣士が、彼の超能力に匹敵するほどの強さなのか、それは解らないものの、少なくとも一介の服屋の店員よりは強いはずだ。


「しかし、どこの服もコスプレ臭がすごい。もう諦めて、適当な服を買うしかないかな」

「黒衣のお兄さん、もしかして服をお探しかい? だったら、あたいのテーラーに寄ってかないか。開店記念のサービス中だから、お安くしとくよ!」

「お、ケモ耳だ」


 縫製師のクロコと名乗った猫のような獣人は、一郎が冒険者御用達の服屋から出てくるのを待ち構えていた。


「お兄さん、あそこの店で買わなくて正解だったね。あそこの店員は、なんだかんだと理屈を並べて、冒険者に高い服を売り付ける店なんだ」

「まあ、そんな雰囲気ではあったが」

「そこんところ、あたいのテーラーは優良店だよ。ご予算に合わせて、どんな服でも仕立てて差し上げます」


 一郎は無能者なので、べつに吊しの服で構わないのだが、クロコが言葉通り、どんな服でも作れると言うなら、先程の服屋の店員が驚くような、立派な服を仕立ててもらおうと思った。


「予算は金貨一枚、とにかく先程の店員が驚くような、立派な服作ってくれるか」


 城を追い出されたとき、慰謝料としてこの世界の通貨を渡されていた一郎は、金貨一枚の価値を知らずに、クロコに渡した。


「き、金貨、わ、わかりました。み、店に、ご、ご案内いたします、こ、こちらにお越しくださいませ、お、お兄様」


 一郎は、金貨を受取ったクロコが動揺するので、よほど高額だったのかと思ったものの、支払った代金を返せと言うのも気が引けたので、彼女について行った。

 クロコの店は路地裏の地下室にあり、表通りの屋台の方が、まだマシといった感じのボロ屋である。

 一郎は発注を断ろうと思ったが、クロコは彼の背中を押して、店の奥に連れ込んだ。


「お兄様は、最初のお客様ですからね。腕によりをかけて、ご注文の品を仕立ててご覧にいれますよ。お兄様、そこに立ってもらえますか」

「魔法陣?」

「はい。あたいは縫製師なので、服の仕立てには魔法を使います」


 クロコは糸や皮を床に描かれた魔法陣に並べると、赤く光る液体が入った小瓶を棚から取り出して、小瓶の液体を魔法陣に数滴だけ振りかけた。


「その液体は何?」

「お兄様は、紅い水銀を知らないんですか? これは紅い水銀と呼ばれる魔法薬を千倍に希釈した、魔法陣発動の呼び水です。小瓶一つで千着分の服が作れます」

「ほう、一瓶で服が千着も作れるのか。かなり高価なんだろうね」

「あたいは自分のテーラーを開業するために、五年間も酒場で下働きして、ようやく貯めた金貨一枚で買ったんです。まさか開店初日で元が取れるなんて、お兄様のような気前の良い人に出会えて、獣人の神様に感謝です」

「金貨とは、そんなに大金だったのか……。まあ生活に困ってないし、金は天下の回りものだ」

「じゃあ始めますので、着ているお召し物を全て脱いでください」

「え?」

「お兄様に服を着せますから、今着ているお召し物を脱いで、全裸になって頂けますか」

「クロコのえっち」

「えっちではありません」


 クロコは『プロなので守秘義務は絶対です』と、全裸になった一郎が、股間を隠す理由を慮って親指を立てた。

 ため息をついた一郎は、クロコに手が邪魔だと言われて、仕方無しに両手両足を広げると、足元の魔法陣が輝いて糸や皮が吸い込まれる。

 目を閉じたクロコが呪文を唱えた直後、一郎の足元から伸びた布地が、身体に巻き付いて下着やズボンを縫製した。


「おおッ、まるで3Dプリンターのようだ!」


 一郎は異世界に来て、初めて魔法らしい魔法を目の当たりにして興奮している。

 日本では、超能力を隠して生きてきた一郎だが、魔法が存在する世界では、ありのままの自分で生きていける気がしたからだ。


「あたいの服はどうですか? お兄様に気に入ってもらえたら、嬉しいのですが」


 クロコの作った服は、どこぞの貴族様が着るような、金糸銀糸の刺繍が施された黒い服だった。

 鏡の前に立った一郎は、詰襟を指で抜いて、赤い裏地の黒いマントを翻している。

 コスプレ感は否めないものの、一郎の着ていた学ランをベースに、この世界風にアレンジしているのだろう。


「うむ、これなら満足かな」

「お兄様、あたいの店をご贔屓にしてくださいね」


 クロコの店を後にした一郎は、路地裏から表通りに戻らず、そのまま人気のないところを探した。

 一郎は中心街まで、アリッサの教えてくれた道を徒歩できたものの、帰路はテレポートすることにした。

 なぜなら、ここが日本なら、超能力バレするような横着しないのだが、この世界なら、万が一にも超能力バレしたところで、魔法だと誤魔化せるからだ。


「アリッサや王様に超能力バレしたら、城に連れ戻されそうだし、慎重に使わないと駄目なんだけどね。早く帰って、アリッサに服を見せたいし、今日はテレポートで帰ろう」


 結果的には、一郎の判断が功を奏した。

 一郎が瞬間移動で帰宅していなければ、アリッサは、家を訪ねているトウヤとリャーナに殺されていたからだ。


「あなた達は、何者ですか?」

「俺は、サザーランドの勇者トウヤだ。君は、地球人を召喚した召喚士アリッサだよね」

「勇者トウヤ……。あなたは、イチローさんと同じ地球人ですね」

「アリッサの召喚した地球人は、魔力ゼロの無能者だと聞いているが、君のような優秀な召喚士を生かしておけば、サザーランドと敵対する国が、俺のような魔力を秘めた地球人を召喚するかもしれない」

「つまりトウヤは、あたしを殺しに来たのですね」


 アリッサは玄関ドアに仕掛けた魔法陣に手を当てると、トウヤの身体を野外に吹き飛ばした。

 リャーナが魔法を使ってトウヤを受け止めると、


「リャーナはッ、手を出すな! 幻獣使いの召喚士如きに、この俺が負けるはずがないだろう」

「リャーナは手を出しませ〜ん」

「我が欲するは召喚士アリッサの命、我が命じる聖剣グランドシェイカーッ、風で斬り裂け! 鎌鼬!」


 アリッサは錫杖を正面に構えて、トウヤの聖剣が放った風を横に逸したが、室内に吹き込んで行き場をなくした風に、軽い身体を押し出されてしまった。

 トウヤの足元で這いつくばったアリッサは、魔法陣を媒介して幻獣を呼び出す召喚士なので、攻撃魔法や剣が苦手である。

 しかし、ここはアリッサの私邸であり、賊の襲撃を警戒して周囲の地面には、予めいくつかの魔法陣を仕込んであった。


「契約者アリッサが守護者に命じるのは狼藉者の排除ッ、顕現せよ剣人フレデリックス!」


 アリッサが呼び出した幻獣は、炎の剣を振リながらトウヤに襲いかかるが、トウヤが聖剣を一振りすると霧散した。


「召喚士と戦うのは初めてだが、これで終わりか?」

「アリッサは弱すぎて、トウヤ様のスキル向上に役立ちそうもありませんね」


 トウヤが『拍子抜けだ』と、聖剣グランドシェイカーの切先をアリッサの頭に向ける。

 顔を上げたアリッサは、トウヤとリャーナの遥か背後に人影を見かけた。

 彼女の視線に気付いたトウヤだが、人影との距離を見て鼻で笑う。


「た、助けてください」

「今さら助けを呼んだところで、助けが来る頃には、君は俺に殺されている。もう諦めて−−って、あれ?」


 トウヤの目の前で倒れていたはずのアリッサが、突然現れた男に抱かれている。

 トウヤはアリッサから目を離していなければ、肩を竦めるリャーナも、いつ男が彼女を抱き上げたのか見ていなかった。

 アリッサは死を覚悟したのか、男に抱かれたまま気を失っている。


「アリッサが気絶してくれて良かったよ」

「トウヤ様、その男が使った魔法は、最上級魔法の空間転移魔法です。かなりの実力者だと、リャーナは思います」


 リャーナが空間転移魔法だと勘違いしているのは、一郎のテレポートである。


「お前は、なんでアリッサを攻撃しているんだ。もしかして、敵だったりするの?」

「だとしたら?」

「だとしたらって、どっちだよ」

「君が誰か知らないけど、この俺の前に立ち塞がったことを後悔するぜ。なぜなら俺の魔力は、1億7千万以上あるんだ。君がどんなに強い魔法使いでも、どんなに強い剣士でも、俺が全身を高密度の魔力で覆えば、どんな攻撃も無効化できる。この意味がわかるよな」

「わからん」


 一郎は、自慢げに人差し指を立てたトウヤの指を、思いっきり横にへし折った。


挿絵(By みてみん)

名前:クロコ

種族:獣人族(ネコ科)

職業:縫製師

魔力:4万5千


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