怒らせてはいけない人
「僕が、なぜ逃げなきゃならないの?」
「イチローさんが憲兵に捕まれば、禁忌魔法を使用した姉様と一緒に、カーネル城で異端審問にかけられるんです。とりあえずギルドを離れて、何処かに身を隠してください」
タマミたちより一足先に冒険者ギルドに到着したマリーダは、憲兵に連行されたアリッサからの伝言で、一郎に逃げるように急かしている。
「いや、だからマリーダのお姉さんが禁忌魔法を使ったとして、なぜ僕が憲兵に捕まるんだ?」
「知りませんよ!」
「知らんのかい」
「あたしだって、姉様が異端審問に掛けられる理由を知りたいんです。カルバン王の命令で冒険者ギルドを辞めて任官した姉様が、魔女扱いされている理由を知りたいんですよ」
一郎は、シャルネ・マリーダがアリッサの妹だと知らないので、逃げろと急かされる事情に心当たりがなかった。
だから一郎は、見ず知らずの魔法使いが禁忌魔法を使ったせいで、自分まで異端審問に掛けられる謂れがないのである。
しかし一郎は、マリーダの姉が異端審問に掛けられる理由に、いけ好かない王様が絡んでいるのならば、一肌脱ぐのも吝かではなかった。
「僕には疚しいところがないし、マリーダのお姉さんにも事情があったなら、カーネル城に赴いて確かめてくるよ。まあ異端審問なんてものは古今東西、為政者の都合で無実の罪を着せる場だからね。いけ好かない爺さんが僕を出鱈目な理由で呼びつけるなら、何か不都合な事態に陥っているんだろう」
一郎は魔剣ウンディーネを腰に差すと、クエスト管理の仕事をサリサリーだけに任せても良いかと、会計担当のカリアナに確認する。
「イチローは逃げないで、アリッサを助けに行くつもりなの?」
「カリアナさん、今なんて言いました? マリーダのお姉さんって、アリッサなんですか?」
マリーダは『言ってませんでしたか?』と、一郎と初対面のときに、シャルネ家の家名を名乗っていれば、シャルネ・アリッサの妹だと知っていると思っていた。
「マリーダのお姉さんは、ギルドの副団長だったシャルネ・アリッサよ。お人好しのイチローのことだから、アリッサじゃなくても助けに行くと思うけどさ」
カリアナが肩を竦めると、一郎は真顔になって机を拳で殴る。
ガンッ、と鳴り響いた音に驚いたカリアナが固唾を飲むと、ギルドスタッフばかりか、緊張した雰囲気にクエストの依頼者や、周囲にいた冒険者まで振返り、その場の空気が張り詰めた。
一郎は普段、苛ついた素振りを見せることがあっても、感情を剥き出しに机を叩いたり、怒りを顕にしたりしない。
「あの爺さんは、僕の異世界転移を嫌がるアリッサに強要したんだ。しかもアリッサを無能な召喚士だと城を追い出したくせに、今度は異端審問なんて理由で呼び戻すのか」
心配したカリアナは『大丈夫?』と、荒い呼吸を整えた一郎を気遣った。
「カリアナさん、すみませんでした。でも僕は、いつも理不尽極まりない扱いに堪えているんです」
「魔力ゼロなら気にしないで−−」
「ええ、わかってます」
この世界の住人とってカルバン王は、カーネル王国を統べる国王であり、多少の横暴も見て見ぬ振りだが、異世界から連れて来られた一郎には、預かり知らぬ事情である。
カルバン王に理不尽な扱いを受けているアリッサでさえ、面と向かって楯突かなければ、一郎も豪に入っては郷に従えと、彼女に従って我慢していた。
「僕は、今から爺さんと話をつけてきます」
「イチロー、待ちなさいよ。相手はカーネル王国の王様なんだから、単身で乗込んでも会える訳ないでしょう? ロザリオ家は王室と懇意にしているし、ルイズさんに対応を相談してみなさい」
カリアナは、勇み足の一郎を引き留めた。
「イチローさんの気持ちは嬉しいけど、カリアナさんに従って下さい。姉様は、あなたに迷惑を掛けたくないと思うの」
マリーダにまで思い留まるように言われた一郎は、椅子に座り直して目を閉じる。
超能力研究施設の先生を脅したように、カルバン王に圧倒的な能力の差を見せつければ、黙ってアリッサの身柄を引渡すだろうか。
ここが剣と魔法の異世界であれば、一郎が超能力を誇示したところで、脅しにならないかもしれなければ、寝首を掻かれる恐れもある。
この世界は、日本に比べて人の命が軽かった。
自分の身を守るだけならばともかく、アリッサまで守り抜くのは難しい。
「そうですね、慎重に行動します。ルイズさんとは明日、会う約束があるし、今日は友人のところに匿ってもらいます」
肩を落とした一郎は、王室にツテがあるというルイズに相談しようと決めて、一先ずは家に帰らずクロコの店に身を隠そうと思った。
シロコロフとタマミが階段から、一郎たちのやり取りを黙って見ている。
「にゃにがにゃんだか、どうにゃってるんにゃろうね」
「イチローには、秘密がありそうですね」
「イチローにゃんは、やっぱり悪魔マジシャンズブラックなのかにゃ?」
「魔力ゼロのイチローは、悪魔ではないと思いますが、どうにも理解に苦しみますね」
正確を期すれば、シロコロフとタマミは深刻な事態を察して声を掛けなかったのではなく、一郎が発する悪魔リーザの匂いに気付いて声が掛けられなかった。




