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ユーリとミハル

 この話はカーネル城で、一郎がアリッサに召喚される二ヶ月前の出来事である。

 封印された北壁の向う側では、斥候任務のメンバーに選ばれた召喚士ユーリか魔王城に拉致されて、異世界転生した魔王の召喚を強要されていた。

 召喚魔法を使えない悪魔たちは、紅い水銀の代替品にユーリのパーティメンバーを召喚魔法の触媒にしている。


Начни (はやく)пораньше(始めるのだ)


 悪魔に急かされたユーリは、触媒のために魔法陣の周囲に集められた仲間に目配せすると、風魔法で彼らを吹き飛ばして召喚魔法を発動した。


「私たちは、悪魔の思い通りになりません」

Умный. (小賢しい)Однако, (。しかし)если можно(魔王様さ) призвать (え召喚し)только Ко(てしまえ)роля Демо(ば、我々の)нов, все (思惑通り)будет так(なのだよ。), как мы (無駄な)ожидали(足掻きだ).」


 ユーリは自分を犠牲にして、異世界人の召喚を試みている。

 成功すれば勇者トウヤのような強い異世界人を召喚して、仲間を助けてくれるかもしれなければ、召喚士のユーリが消えれば、これ以上の魔王召喚が不可能になるからだ。

 

 ※ ※ ※


 良原美春は一郎の幼馴染で初恋の相手、彼の超能力を知っている数少ない友人でもある。

 美春は一般児童養護施設に転所した後、病床に伏していた母親を亡くしており、県立高校に児童養護施設から通っていた。

 放課後の教室で一人で黄昏れていた美春は、全寮制の高校に進学した一郎と連絡を取ろうかと悩んでいる。


「でも私は一郎の秘密を利用して、お母さんの入院費を先生に支払わせたのに、酷い言葉で傷付けたわ。今さら連絡しても、なんて言えば良いの?」


 美春は足を投げ出して机に突っ伏すと、一郎のテレパシーを嫌って逃げ出したことを謝るべきか、どうせ彼はテレパスなんだから、わざわざ口に出さなくても反省していることは伝わるのだろう。

 彼女の気不味さは、テレパスの一郎に隠し事ができなければ、こうして悩んでいることさえ筒抜けで、自分の恋愛感情まで読まれてしまうことだ。


「べつに一郎とは、付き合っていないし、告白もしてないんだから、連絡を取るくらい問題ないのよ。彼の秘密を利用したことは、ちゃんと謝りたいし、やっぱり電話しよう」


 独り言ちる美春は恋愛感情を抜きにして、母親が亡くなったと伝えて、そして一郎の秘密をネタに、先生から入院費を恐喝したことを謝ろうと思った。

 美春は突っ伏したまま、スマートフォンの通話アプリを立ち上げたが、彼との別れ際に『私は一郎が昔から好き、嫌われたくないほど大好きなのよ』と、告白紛いの心情を吐露したことを思い出す。


「むりむりむりむりっ、やっぱりアレは、どう考えても告白よね! 付き合ってとは言わなかったけど、私の気持ちは一郎に伝わってたんだわ−−って、なに? きゃっ!」


 机から飛び起きた美春の足元に、光り輝く魔法陣が浮かび上がると、彼女の身体がゆっくりと教室の床に沈み込んでいく。

 美春が見上げた教室の天井は、視界の端から白い空間に蝕まれて消える。

 何もない白い空間に落ちた美春は、制服のスカートが捲くれないように、手で必死に押さえた。


「……聞こえますか? 異世界の人、私の声が聞こえますか?」


 美春が声の方に顔を向けると、身体もそちらに向き直る。

 そこにいたのは、自分とは逆さまに落ちている耳の長い少女だった。

 長い銀髪が逆立つ少女は、美春のいた教室に向かって落ちている。


「エルフ?」


 彼女と反対側に落ちている美春は、白い空間で出会った耳の長い少女を、ファンタジー作品で馴染み深い亜人エルフだと思った。


「私の名前はユーリ、あなたが向かっている世界の召喚士です」

「私は美春。あ、もしかして召喚士ユーリに異世界に呼び出されたの?」

「はい、驚かないで聞いてください。私は希少なアイテムや大勢の生贄を使わず、自分を犠牲にしてミハルを異世界に召喚しました。ミハルには、残酷な告知だと思いますが、あなたが召喚される世界は今、魔王軍との戦争中です」

「私は剣と魔法の世界に召喚されて、魔王やモンスターと戦うことになるのね」

「ええ、そうなのですが……あなた、やけに冷静ですね?」

「そういう研究施設で育ったし、こんなこと難なくこなす友達がいたから、ちょっとのことでは驚かないわ」


 一郎の超能力を知っていた美春は、今さら魔法を見ても、異世界があると聞かされても驚かなかったのである。


「それで私には、凄い魔法とか使えるの?」

「召喚士は希少なアイテム紅い水銀や、生贄に用いる魔力が多いほど、強い異世界人を呼び出せるのですが、私の魔力650万で呼出すミハルは、魔力650万にミハル自身の魔力が備わると思います」

「ふむふむ、それはどの程度の強さ?」

「私の魔力650万は、魔力1億7千万の異世界人トウヤが現れるまで人族において最高値でした。トウヤと同じ異世界人のミハルが、どの程度の魔力を秘めているのか未知数なので、なんとも言えませんが−−」

「トウヤ? 私の他にも、日本人が召喚されているのか。でも異世界最高値の魔力650万から、異世界転移で一気に魔力が1億7千万に跳ね上がるなんてチートだわ」


 美春は、テレキネシスが使える超能力者だった。

 トウヤという人物が何者か知らないが、一般人が異世界転移で魔力1億7万を得たのであれば、素質のある自分なら上回れると、美春はほくそ笑む。

 彼女は異世界ならば、一郎と肩を並べる能力者になれるかもしれない。


「ユーリには、感謝するわ」

「え?」

「私は、いつも後ろを歩いていたと思っていた幼馴染の男の子が、ある日突然、自分なんかより遙か先にいたことを告白されて、きっと引け目を感じていた。異世界転移で彼を見返すことができれば、きっと悩まず私から告白できる」

「そうですか。ミハルと利害が一致しているなら、私も助かります」

「私は魔王を倒して異世界を救い、その勢いで一郎に告白するわ!」


 ユーリは魔王城で魔王を召喚しており、魔王を倒すと意気込んでいる美春が、魔王アジンの生まれ変わりかもしれないと伝えるのを止めた。

 美春が独り善がりに盛り上がっているので、水を指すような真似が出来なかったのである。


「ユーリ、これから宜しくね」


 ユーリは首を横に振る。

 ユーリには確証がなかったものの、異世界人の召喚に人間を使えば、生贄になった人間は異世界人の世界に転移すると、魔王城の書物に書かれていた。


「私は、ミハルの世界に転移するでしょう。無事に魔王城から脱出でき……勇者トウヤを探して頼りなさい。彼……北壁以南、サザーランドと……国にいます」

「わかった」


 それまで向き合っていた二人の身体は、止まっていた時間が動き出したかのように、お互いの進む世界に向かって落ちていく。


「一郎、私は強くなるよ。そのときは胸を張って、あなたに告白するわ」


 こうして一郎の想い人は、一足先に異世界に転移していたのである。

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