カルバン王の責任転嫁
「サザーランドの騎士団が、我が領地に向けて進軍しておる?」
カーネル王国のカルバン王は、国境警備隊からの報告を受けて食事の手を止めた。
「サザーランドは、カーネル王国が魔族と結託したと誤解しているようです」
国境警備隊のベルズマンは、跪いて畏まったまま答える。
「魔族の領地は、サザーランドの更に北に存在するのに、カーネルが秘密裏に魔族と接触するなど不可能だ」
「サザーランドが異世界人を召喚していた真意は、異世界に転生した魔族の王アジンを探していたらしいのです」
魔族の王様アジンは、全ての種族との戦いを始めた魔族を率いた初代魔王として、神話に語り継がれており、アジンは転生を繰り返しながら、今も封印された北壁の向う側で、モンスターを操っていると考えられていた。
「サザーランドは、封印された北壁侵攻に備えて、異世界から勇者を召喚していたのではなかったのか?」
サザーランドのヒューズ大帝は過去、魔族との全面戦争のために、勇者パーティを魔族の領地に派遣していたが、いずれも大敗しており、異世界からの勇者召喚は、魔王討伐の切り札になると、周辺諸国の王たちに説明している。
カルバン王は、ヒューズ大帝が魔力1億7千万の勇者トウヤを召喚したと聞いて、それを真似て魔力ゼロの一郎を召喚した。
大国であるサザーランドだけが、絶大な魔力の勇者を保有する危機感もあれば、カーネル王国の守護を強化したい思惑もあった。
「それは、他国に向けた口実だったようです。サザーランドのヒューズ大帝は、異世界人を召喚したカーネル王国が、魔族の王アジンと結託したと考えたようです」
「魔力ゼロのあいつが、異世界に転生した魔王の生まれ変わり? ヒューズ大帝は、そんなバカげた理由で騎士団を動かしたのか」
カルバン王は口元をテーブルナプキンで口元を拭うと、国境警備隊のベルズマンと、横に立っていた宰相のヨゼフを残して人払いした。
国王はカーネル城を訪ねてきた勇者トウヤに、アリッサが召喚した異世界人が魔力ゼロの無能者だと伝えていれば、既に一郎を召喚士とともに城を追放したとも話している。
国費を無駄にして異世界から召喚した無能者のせいで、サザーランドにカーネル王国が攻められる謂れはなかった。
「ヨゼフ、すぐに我が国で召喚した異世界人が無能者だったと、ヒューズ大帝に使者を送り、騎士団を引き返させるように手配しろ」
「ヒューズ大帝は、果たして兵を引くでしょうか?」
「カーネル王国とサザーランドは、同盟国だぞ」
「我が王、申し上げにくいのですが、これはサザーランドの陰謀でしょう」
白髭を蓄えた宰相のヨゼフは、伏し目がちに呟いた。
「陰謀だと?」
「はい。ヒューズ大帝は、隣国のカーネル王国が召喚した異世界人が魔王であろうとなかろうと、我が王が勇者トウヤに匹敵する異世界人の召喚を試みたことが許せないのです」
「それならば、転生した魔王の召喚を試みていたサザーランドは、どのように周辺諸国に言い訳するのか。まさか和平交渉のために、魔王アジンを取り込もうとしていたとは言い逃れできんぞ」
「残念ながら国力の差があれば、サザーランドに歯向かう国はありません。サザーランドは神に与えられた人族の領地、もともと獣人の小国であった我が国や、近年開墾して作られた属領の兵力では、大国サザーランドに太刀打ちできません。ヒューズ大帝が兵を動かしたのならば、全ての国を人族の領地サザーランドに大統合するつもりでしょう」
ヨゼフが諦めた顔で言うと、カルバン王は椅子に沈み込むように座り、手で顔を覆った。
カーネル王国の国費を注ぎ込んで危機を招いたのは、カルバン王自身だと自覚したのである。
「いいや、ワシではないぞ」
「我が王、どうなさいました?」
「カーネル王国を存亡の危機に陥れたのは、魔力ゼロの無能者を召喚したアリッサだ。あの娘が、勇者トウヤより強い異世界人を召喚しておれば、サザーランドが騎士団を送ってくることもなかったのだ」
カルバン王の責任転嫁には、宰相のヨゼフとベルズマンが顔を見合わせてため息をついた。
「そうだ! アリッサを城に呼び戻して、勇者トウヤを超える異世界人を召喚させるのだ。サザーランドの勇者を凌駕する異世界人を召喚すれば、ヒューズ大帝も騎士団を引き上げるかもしれぬ」
「我が王、それは名案とは思えません。それに召喚士が了承しても、我が国には異世界人を召喚するほどの紅い水銀が、もう残っておりません」
「紅い水銀がないのならば、無能者の命を再利用すれば良い。そうだ失敗作の泥人形は、こね直して作り直せば良かったのだ。ワシは、なんて賢いのだろう」
カルバン王は『アリッサと無能者を城に連れ戻せ』と、呆れ顔のヨゼフに命令した。
※ ※ ※
カーネル城の出来事を露程も知らない一郎は、ツノを折られて魔力ゼロになった悪魔のリーザをクロコの店に連れてきている。
魔力ゼロになったリーザは、クロコの店に飾られた洋服の匂いを嗅いだり、物珍しげに縫製道具を手に取ったりしているが、クロコが近付くと、一郎の背中に隠れてしまった。
「イチロー、ここはどこですか?」
「リーザ、ここはクロコの店だ。洋服屋さんって解る?」
「わからない」
「リーザは、ほとんど全裸で洋服を着てないんだから、洋服の概念がないのかな。ほら、僕らが着ているのが洋服だ」
リーザは顔、腹部、腕を除けば、赤い体毛で覆われており、首周りの装飾だけで全裸である。
「イチローたちの着ているのが、洋服なのですね。私も、洋服がほしいです」
リーザは一郎の袖を引張りながら、クロコの着ている服を指差した。
「あとでリーザの洋服も、クロコに作ってもらおうね」
「ありがとうございます♪」
悪魔のリーザは、サザーランドの召喚された魔王を迎えるという目的を見失っているようだ。
一郎は、どこか幼いリーザが、魔力で知性を向上していたなら、ツノを折られて幼児化したのかもしれないと思った。
「お兄様のお願いなので、リーザさんをうちで面倒見るのは構わないのですが、その子は獣人族ではないですよね?」
クロコは、一郎の背後から覗いているリーザの尻尾を見て、同じ獣人族だと思ったものの、彼女の頭に生えてる耳は、ネコミミのカチューシャだった。
「リーザの耳は、ネズミに噛じられて無いんだ」
「えーッ、ネコなのに耳をネズミに噛じられたのですか? そんなネコがいるのですか?」
「わりと有名な話だぞ」
「そんな話は知りませんよ」
「そのときの怒りで、肌や体毛が赤くに変色してな……。リーザの過去には、あまり触れないでくれ」
「わかりました、お兄様」
一郎は、リーザ本人が気にしているから、耳や肌色を深く詮索しないように、クロコに忠告する。
「リーザ、クロコの命令には、ちゃんと従うんだぞ」
「はい、良い子にします。だから、その良い子にしていたら、ツノを返してくれますね?」
「良い子にしていたらね」
リーザは『ありがとうございます♪』と、手を合わせながら腰をくねらせると、嬉しそうに笑った。
一郎の胸ポケットに視線を向けるリーザは、そこに仕舞われた自分のツノを取り返すまで、アホのふりで従順でいようと考えている。
悪魔とは、人間を謀る存在だった。




