変身ヒーローの苦労
トウヤを先頭にしたパーティは、出会ったモンスターを瞬殺、後続のイチローとシロコロフがアイテムボックスで遺体を回収しながら、リャーナのパーティとの合流を急いだ。
湖の対岸から一時間、リャーナたちのルートを逆走しているのに、彼女たちがモンスターと戦った形跡がないのだから、さすがのトウヤも焦っている。
「待つにゃん!」
シロコロフは岸辺に残された血痕を見つけて、トウヤを呼び止めた。
「タマにゃんは、ここから森に向かっているにゃん」
「森には何がある?」
トウヤに問われたシロコロフは、森に向かって嗅覚に集中する。
「タマにゃんたちは、ここでゴブリンを倒した後、ゴブリンが襲ってきた獣道を遡っているにゃん。タマにゃんたちは、ここから遠くにゃいところにいるにょだけど、モンスターの集団に囲まれているにゃん」
「それってヤバい状況なのか?」
「いいにゃ、戦闘になってにゃいから、たぶん隠れているんにゃと思う」
トウヤは『リャーナでも戦闘を避けるモンスター?』と、顎に手を当てて難しい顔をした。
リャーナの魔力は250万であり、封印された北壁の向こう側でも、活動している城付きの魔法使いである。
そんなリャーナが臆して身を隠しているのならば、よほどの強敵と遭遇したのだろうと、トウヤは考えた。
「シロちゃん、モンスターの種類と数は?」
「腐ったゴブリンが十体以上、ゴーレムが五体……いや、六体にゃ。匂いが密集してて解らにゃいけど、ドラゴンの匂いも混じっているにゃん」
シロコロフの嗅覚は、タマミが言い当てられなかったモンスターの種類と規模を嗅ぎ当てた。
「ドラゴンが、モンスターと行動しているのか?」
「ドラゴンというにょか、微かにマグマの匂いがするにょだ。火口で暮らすモンスターは、あたいドラゴンしか知らにゃい」
ドラゴンは高い魔力を秘めており、人間に災をもたらすので、モンスターに分類さらているものの、魔族のゴブリンやオークに従わない。
もしもシロコロフがモンスターの集団に、火口に湧き立つマグマの匂いを嗅ぎ取ったならば、ドラゴン以外の何者かがいると考えられた。
「火口に暮らす何者かと、モンスターの大軍か。リャーナたちには、不測の事態が起きている」
膝に手を置いて息急き切る一郎は、トウヤとシロコロフのやり取りを聞いて、呼吸を整えている。
「トウヤさん、はぁ、はぁ……僕のことは置いて、アリッサをお願いします」
魔力ゼロの一郎は、獣人のシロコロフや、脚力を魔力で強化しているトウヤに追い付くのがやっとである。
一郎が大の字に倒れると、シロコロフが疲れ切った体を魔法で回復してくれた。
「剣撃を得意とする俺なら、ゴーレムが相手でも引けを取らないが、一郎くんをフォローしながら戦うには数が多すぎる。ここから町までのモンスターは、リャーナたちが討伐済みだし、一郎くんは日が落ちる前に町に戻ってくれ」
一郎は『わかりました』と、トウヤの伸ばした手に縋って立ち上がる。
トウヤは聖剣グランドシェイカーを構えて、シロコロフに水先案内を頼んだ。
しめたものである。
「二人とも、頑張ってね〜」
アリッサたちのもとに走り出した二人の背中に手を振った一郎は、夕焼けに赤く照らされたカーネル城の高い塔を見た。
「トウヤさんに腰抜けだと思われるのは、なんか釈然としないが、これなら先回り出来る」
一郎は、アリッサの家の二階にある自室にテレポートすると、マジシャンズブラックの衣装に着替えて、アイマスクで人相を隠した。
彼はリャーナが不可視領域を展開した場所を千里眼で確認しており、トウヤとシロコロフを出し抜いて、テレポートを使えば一瞬で移動できる。
「変身ヒーローは、変身するのに苦労していたんだな」
一郎はピンチのとき、皆を捨て置いて、現場から立ち去らなければならない。
一郎は普段からヤバくなったら、一目散に逃げ出すキャラを演じる必要があり、これからは、もっと自分の弱さをアピールしようと思った。




