魔剣使い
「魔力の高い冒険者は、魔法攻撃の威力を自身の魔力によって軽減しているが、魔力の低い者が魔法攻撃を喰らえば、致命傷になりかねない」
トウヤは一郎の横に立つと、魔獣と初めて対峙した彼にアドバイスした。
「回復魔法では、魔法攻撃の傷が治らないからですか?」
「そうだ。回復魔法で治せるのは、物理的な衝撃で受けた損傷ヶ所の修復だけで、魔力に直接触れる外傷を避ける必要がある。だから魔法攻撃の衝撃で骨が砕けても、内臓を潰されても、生きているなら回復できるが、首を刎ねられたり、深手を負って大量に失血すれば助からない」
冒険者は魔力を纏って、魔法攻撃や魔力を込めた攻撃を防御できるが、魔力ゼロの一郎は、それらの攻撃を防ぐ魔力防壁がない。
テレポートなどの超能力を封印している一郎は、敵の魔法攻撃を一発でも喰らえば、致命傷というスリリングな状況だった。
「一郎くん、湖周辺のモンスターには、魔法攻撃を使えるモンスターがいないが、魔獣のツノや爪には、魔力が込められている」
「それなら近接戦闘はヤバいですね」
ツノが生えたドーベルマン『ユニコーンドッグ』は、湖を望む山に生息しており、小規模な群れを作って襲ってくる。
野生動物と魔獣の違いは、魔力の有無と人を捕食するか否かにあり、魔力のないクマやオオカミは、人を襲っても魔獣ではなければ、魔力のあるマダネグモやオオカイコは、人を襲わないので魔獣ではない。
ユニコーンドッグは、魔力を有した人食いの獣、魔王軍に属した魔獣である。
「僕が望むのは水流の壁、僕が命じる魔剣ウンディーネッ、水を湧き出せ! ウォーターウォール!」
呪文を唱えた一郎が、下段に構えた魔剣ウンディーネを斬り上げると、行く手に立ち塞がっていた三匹のユニコーンドッグは、足元から吹き出した水の壁に怯んで、彼らから距離を取った。
一郎は、すかさず魔剣を片手に持ち替えて、切先を先頭にいるモンスターに向けると、
「僕が望むのは水の礫、僕が命じる魔剣ウンディーネッ、水を叩きつけろ! ウォーターボール!」
魔剣ウンディーネの放った水球が、ユニコーンドッグの前脚を砕いた。
前のめりに倒れるモンスターは、口吻にシワを寄せて苦悶の表情で一郎を睨むと、残り後ろに控えていた二匹が、負傷した先頭のモンスターを飛び越えた。
「僕が命じる魔剣ウンディーネッ、水を叩きつけろ! ウォーターボール!」
一郎は左右から飛びかかるユニコーンドッグの左側に、魔剣の切先を向け直した。
水球を腹に受けた四足のモンスターは、血反吐を吐いて上空に身体を吹き飛ばされたが、右に回り込んだ無傷のモンスターは、一郎の首を狙って飛びかかる。
「我が欲するは群れの殲滅、我が命じる聖剣グランドシェイカーッ、風で斬り裂け! 鎌鼬!」
トウヤが聖剣グランドシェイカーを横一文字に振り抜けば、間一髪で一郎の頸動脈に、牙を立てようとしたユニコーンドッグの首が飛ぶ。
一郎は飛んできたユニコーンの首を腕で払い除けるとき、魔力の残る牙に手の甲をぶつけて手首を捻ったものの、篭手のおかげで外傷はなかった。
「シロちゃんは、一郎くんを回復してくれ」
「わかったにゃん!」
右の手首を捻った一郎は、後衛のシロコロフのところまで飛び退ると、まだ息のあるユニコーンドッグから目を離さずに、右腕を後ろに引いた。
「デェ、クロークキュアメンニャル!」
シロコロフの杖に呼応した一郎の手首が光ると、一瞬だけ熱くなり痛みが引いた。
一郎には魔力がないが、魔力による回復は可能のようだ。
「一郎くん、中級魔法は?」
ウォーターボールで吹き飛ばされたユニコーンドッグは、前に立ったトウヤより、自分を攻撃した一郎に視線を送っている。
また一郎に前脚を折られたモンスターも、自身の魔力を使って立ち上がった。
「は、はい……自信ないけど、一つだけ覚えてきました」
「初級魔法では、致命傷を与えられない。命を取りに来ている魔獣相手には、埒が明かないぞ」
「そうみたいですね」
一郎は、魔剣ウンディーネを背中に隠すように水平に構える。
「僕が望むのは魔獣の殲滅、僕が命じる魔剣ウンディーネッ、渦巻け! ウォーターボルテックス!」
横目で見ていたトウヤは、呪文を唱えた一郎が、魔剣を横に振り抜く前に、高くジャンプする。
一郎が二匹のユニコーンドッグを軸線上に魔剣を振り抜くと、トウヤの足元を鋭く渦巻いた水が通過した。
「水車の刃、派手で良いね」
一郎の隣に着地したトウヤは、二匹同時に身体を両断されたユニコーンドッグを見て呟いた。
「しかし一郎くん、俺まで巻添えにする気だったのか?」
「すいません、トウヤさんなら避けれると信じて撃ちました」
「うん、俺なら簡単に避けれるけどね」
「ウォーターボルテックスは本来、縦横無尽に型を限定しないで放てるはずなんですが、とりあえず横向きしか撃てなくて」
一郎が完璧に魔導書を読み解けば、横向きに渦巻く水の刃だけではなく、魔剣ウンディーネで縦方向に回る水の刃を飛ばせるようになる。
「中級魔法を使いこなせば、一郎くんは魔剣使いになれそうだ」
「魔剣使い、なんかかっこいい響きですね」
一郎が魔剣使いの称号に、照れくさそうに鼻頭を掻くので、中二臭いトウヤは少し悔しそうだ。
「シロちゃんも、ちゃんと回復役ができるみたいだし、このまま先に進もう」
「褒められたにゃん」
トウヤは、倒した三匹の遺体をアイテムボックスに仕舞うと、聖剣グランドシェイカーを鞘に戻して歩き始めた。
一郎たちは数時間後、アリッサたちと別れた湖の対岸まで、十数匹のユニコーンドッグと、体長三メートルを超えた青虫のようなグリーンワームを倒して到着する。
彼らは湖の岸辺にある開けた場所を見つけると、そこでトウヤが買ってきた弁当を広げて、アリッサたちを待つことにしたものの、日が傾きかけても彼女たちは現れなかった。




