透視能力は卑怯だ
「もう限界なのよ……、許してちょうだい」
一郎が超能力を意識して使うようになったのは、小学校に入学した歳だったが、両親の証言によると、超能力は生まれたときから、既に使えたようだ。
身の回りで起きる怪現象に悩まされた彼の両親は、自分たちの赤ちゃんは、悪霊に取り憑かれていると、インチキ祈祷師や霊感商法、新興宗教などにのめり込んでいく。
その結果、一郎が意識して超能力を使う頃、いいや、意識して超能力を使わなくなった頃には、両親のストレスが限界に達していた。
「一郎くんの数値は、思ったより伸びないね。もしかして手を抜いている?」
一郎が預けられた児童養護施設は表向き、就学態度に問題のある子供を集めた更生施設を兼ねた施設とされているが、子供の超能力が手に負えなくなった両親に、捨てられた子供たちが集められた超能力研究施設だった。
施設の子供は入所した当初、超能力を使うのに消極的だが、周囲にいる子供たちと競い合ったり、研究員に褒められたりするうち、超能力を積極的に使うようになる。
「先生、僕は手なんか抜いてません」
「一郎くんは、気にしないで良いんだ。先生が能力開発しても、スコアが落ちるケースは稀にある。きっと先生のアプローチに問題があるんだ」
「先生、ごめんなさい。もっと、もっと、がんばります」
一郎はテレパシーを使って、先生の心を読んだ。
【このガキは、入所してから全ての数値が低下している。このまま数値が下がれば、能力が消えて凡人になるだろう。そんなことになれば、俺の責任問題になるじゃないか……。こうなれば肉体的に負荷を掛けて、能力を引き出してみるしかない】
一郎の超能力は、全てにおいて群を抜いていた。
テレキネシスは羽毛からピラミッド、試したことはないが、たぶん月まで質量に関係なく動かせるし、テレパシーであれば、地球の裏側にいる相手の思考も読めた。
「ちょっと痛いけど、違うアプローチを試したいんだけど良いかな? このまま超能力が減退すると、両親に親権を放棄された一郎くんは、施設に要られなくなるし、小学生では一人で生きていけないだろう。先生は、一郎くんの居場所を守りたいんだ」
「わかったよ。先生は、僕のためじゃなくて、自己保身のために僕の超能力を開発したいんだね」
「まさか一郎くんは、他人の思考が読めるテレパスなのかい? す、すごいじゃないか、一郎くんはどの程度−−」
先生を指差した一郎は、彼の身体を天井に押し付ける。
「あなたの考えていることなら、手にとるように解る。僕には、嘘が通用しないよ」
「テ、テレキネシスも使えるのか……、やはり数値を誤魔化していたな……。それほどの超能力がありながら、か、隠す意味が−−」
「この施設の子供たちが、無邪気すぎなんです。大人に褒められたくらいで、能力をひけらかしたり、大人に捨てられたくないから、がんばっちゃったり、本当に無邪気です」
「一郎くんだって……、皆のように無邪気にすれば良いじゃないか」
一郎は指先に、小さな火を灯した。
「パイロキネシスまで……バケモノか」
「僕が、自由気ままに超能力を使えば、先生は死んじゃいますよ。僕みたいな超能力者は結局、どこにいってもバケモノ扱いされます。超能力を使えば、この施設にも僕の居場所がなくなります」
「や、やめろっ、殺さないでくれ……頼むから殺さないでくれ」
「先生も、パパやママと同じだ。本当の僕を知れば、みんな怯えて命乞いをする」
一郎は先生を床に下ろすと、自分の超能力を秘密にして、研究データの数値を施設の子供たちと同程度に改ざんするように指示した。
彼は自活できるまで、施設で暮らす必要があれば、超能力を隠して生きる必要がある。
「わかった。一郎くんの言うとおりにしよう」
「うん。それがお互いのためだよね」
【こいつを研究して論文を発表すれば、世界はひっくり返るぞ】
「世界の前に、先生の身体がひっくり返るから止めた方が良いよ」
先生は口を手で覆ったが、思考の読める一郎には無駄な抵抗だった。
こうして一郎は中学校を卒業するまで施設で暮らすと、先生の手配で、全寮制の高校に入学して退所した。
※ ※ ※
アリッサと湯船を交代した一郎は、家の外で彼女の入浴が終わるのを待つことにした。
一郎が透視能力を使えば、アリッサの入浴を覗くことが可能だし、彼女の思考を読めば、自分に好意があるのか知ることも出来る。
しかし一郎は、この二つの超能力だけは絶対に使わないと決めていた。
透視能力を使って覗き見しても卑怯だし、過去に好きな女子の心を読んで、酷いトラウマを植え付けられたこともある。
彼は経験則から、他人が隠していることを見ても、知っても、ロクなことにならないと考えていた。
「アリッサの裸はッ、正々堂々と肉眼に焼き付ける!」
一郎にとって肉眼での覗きは、見つかるリスクを取るので卑怯ではないらしい。
彼は先ほど割った薪を積上げると、台所の出窓に取り付いたのだが、カーテンが邪魔をして部屋を覗けなかった。
「イチローさん、カーテンに影が映ってますよ」
「僕は、アリッサの裸を覗く奴が現れないように、窓を見張ってるだけです。だから安心して、ゆっくり湯に浸かってください」
「それは有難うございます」
「いえいえ、お気になさらず」
「でも、もう着替えましたので大丈夫です」
湯上がりのアリッサがカーテンを開けると、濡れた髪から石鹸の良い香りがした。
アリッサは一郎を日本に帰す方法を探すと言ったが、そんな方法が見つからないと良いと思った。