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巻込まれ体質

 奴隷商のアジトにいたことを認めた一郎は、彼を逃さないように身体を密着させているシロコロフの顎下を撫でた。

 

「これで用事は済んだのかな?」

「あ、顎下を撫でるにゃ〜、力が抜ける〜」

「認めてやったんだから、もう解放してくれよ」


 タマミは首を横に振ると、シロコロフと反対側に回って一郎の隣に座り直す。


「あなたの嫌疑は、まだ晴れていません。あなたは捜索クエストに成功したのに、報酬を受け取らないで現場から姿を消した。私の納得がいく説明がなければ、あなたがアジトにいたと、憲兵に報告させてもらいます」

「タマミは、奴隷商から助けてくれた恩人を憲兵に引き渡すのか?」

「そんなつもりはありません」

「どんなつもりがあるんだよ」

「じつは、あなたが本当に用心棒を撃退したのなら−−」


 酒場に集まっていた男の冒険者は、左右をシロコロフとタマミに挟まれた一郎を見て、嫉妬の炎を燃やしている。

 シロコロフは戦闘技術が高くないものの、失せ物探しに特化した鼻が、パーティ編成で重宝されていれば、タマミも獣人特有のしなやかさと、素早さを活かした剣技で引く手数多の冒険者だった。


「何やら殺気を感じる……、ひぃッ」


 一郎が周囲を見渡せば、ある者は指をボギボキ鳴らし、またある者は剣の鍔を親指で押し上げており、両手に花の彼を睨みつけている。

 シロコロフとタマミが猫耳の美少女であれば、嗅覚や剣技だけが重宝されているわけではなかった。


「イチローのヤローは、俺たちのシロタマペアを独り占めする気か?」

「イチローがギルドに来てから、二階に上がるのが憂鬱なんだよ」

「その気持ち、俺にもわかる。俺たちが命懸けで働いているとき、イチローは事務スタッフの女の子と、キャッキャウフフしていやがると思うとな……、気が滅入るぜ」

「酒場に下りてきて、シロタマまで手を出そうって言うなら、生かしておけねえな」


 ギルド所属の男性たちは、シロコロフとタマミを『シロタマ』と呼んでおり、彼女たちをパーティ編成に加えるには、順番待ちが出るほど人気がある。

 

「あんたたち、男の嫉妬はみっともないよ」

「エリアロスさん、べつに俺たちは、嫉妬しているわけじゃないですよ」


 冒険者たちの一郎に対するヘイト値が、限界を超えつつあったとき、弓使いのエリアロスが口を挟んだ。

 彼女はクエスト帰りの様子で、パーティメンバーと昼から酒を飲んでいる。


「イチローは皆のアイドル、シロタマちゃんたちに興味なんてないさ。だってイチローは、可愛いアリッサと同棲しているのよ。そう、みんな大好き、元副団長のア・リ・ッ・サと」

「な、な、なんだとッ、あのアリッサさんと同棲中だと! 許せん! アリッサさんと同棲しながら、俺たちのシロタマコンビにまで手を出すとは!」


 エリアロスが火に油を注いだところで、一郎は聞き耳を立てるのを止めた。


「−−と言うわけです。あなた、私の話を聞いていましたか?」

「周りが騒がしいので、聞いてませんでした」

「どこまで聞いてました?」


 一郎の腕を捕まえているタマミは、顔を覗き込んで確認しているが、彼は周囲の雑音が気になって、彼女の話を聞き逃している。


「いや、全く聞いてませんでした」

「やはり憲兵に報告しましょう」

「ごめんなさい。ワンモアチャンスプリーズ」

「要点だけ言えば、あなたが本当に強いのなら、私たちと奴隷商を捕まえる捕縛クエストに参加してください」


 タマミは先程、奴隷商を捕えることになった経緯を説明したが、一郎は自分たちの事情に興味がなさそうなので、割愛して要件だけを伝えた。


「それは、憲兵の発注したクエストですよね? 僕は曲がりなりにも、ギルド所属のスタッフです。ギルド長の許可なく、外の依頼を受けられません」

「でも私たちの後任だったあなたは、ギルド所属の冒険者ではないと、ルイズさんから伺っています」

「魔力ゼロでクエスト管理者をやっている僕は、そもそも冒険者の資格すらないです。今回は正式なクエスト参加ではなく、二人が音信不通になったクエストを続行するか、それとも中止するか−−を見極める名目で、管理者として動きました」


 一郎が頑なに拒んでいると、タマミはため息をついて、逃さないように掴んでいた彼の腕を離した。


「あなたは魔力ゼロのクエスト管理者なのに、どうやって用心棒と戦ったのですか? そして本当にあなたの手柄だとしたら、なぜ名乗り出なかったのですか? 私の申し出を断る理由が、そこにあるなら、ぜひ聞かせてくださいませんか」


 一郎は腰に差していた魔剣ウンディーネを鞘ごと抜くと、テーブルに置いた。


「魔剣ウンディーネです」

「実物を見るのは初めてですが、術者の魔力を必要としない魔法剣ですね」

「ええ、僕は魔剣を使って、用心棒どもを退けました」

「用心棒には、サザーランドの槍大将だったナンジョーがいました。魔法剣があれば、魔力ゼロでも一流の冒険者に勝てるのですか?」

「ラッキーでした」

「本当ですか?」

「結果が証明しています」

「ナンジョーは、勇者トウヤと互角に戦った男です。この魔法剣が強くても小細工なしで、あなたに倒せる相手とは思えません」


 用心棒の撃退を認めた一郎は、魔剣ウンディーネを使ったと誤魔化せると思っていたが、魔剣を見せられたタマミは、彼の言い分を疑っている。


「僕は、トウヤさんに剣を習っているんだ。トウヤさんは、僕の師匠なんです」


 一郎は腕前を疑っているタマミに、勇者の弟子だと伝えた。

 彼はトウヤに剣を習っていれば、本当に師弟関係なのだから、本当に勇者の弟子である。

 ただ一郎は、トウヤの弟子であることに、全くステータスを感じていなければ、むしろ隠しておきたい恥部だった。


「えーッ、あなた勇者トウヤの弟子なのですか!?」

「タマミさん声が大きいっ、静かにしてください。僕がトウヤさんの弟子なのは、秘密にしておきたいんです」

「なぜでしょう?」


 魔力至上主義の異世界では、魔力1億7千万のトウヤが憧れの対象であり、一郎が勇者の弟子ならば、誇って当然である。


「トウヤさんはバカなので、弟子だと知れ渡ったら恥ずかしい」

「はあ?」

「いやいやっ、ええとですね……、僕が勇者の弟子を名乗らない理由は、ちゃんとありますよ」

「私は、それを聞いています」


 一郎が隠している理由を強いて上げるなら、異世界転移で勇者気取りのトウヤとつるんで、面倒事に巻き込まれたくないからだ。


「僕は魔剣ウンディーネがなければ、魔法が使えません。だから僕が、トウヤさんの弟子だと世間に知れ渡れば、僕を人質などに利用して、勇者を倒そうとする連中が現れるかもしれない」

「あなたは、勇者トウヤに迷惑を掛けたくない?」

「迷惑を掛けられるのは、僕だけどね」


 タマミは少し考えてから、得心のいった顔で手を打ち鳴らした。


「確かにナンジョーのように、勇者トウヤを恨んでいる者もいますね。つまりあなたは、勇者の弟子であることを隠したいので、名乗り出なかったのですね」

「それだ!」

「どれですか?」

「トウヤさんに迷惑を掛けたくなかったのが、僕が名乗らなかった理由です」


 タマミが勘違いしているなら、それが一郎が成功報酬を諦めて、名乗らずに現場を立ち去った理由である。

 そういうことにした。


「おはよう、話は終わったかにゃ?」

「シロちゃん、おはよう」

「タマにゃんの話が長くて寝てたにゃ」


 一郎に身体を預けて寝ていたシロコロフは、垂れたヨダレを手で拭うと、それを彼の制服に擦り付ける。


「おい、手品にゃーにゃもどき、僕にヨダレでマーキングするんじゃない」

「減るもんじゃなにゃーし、良いじゃにゃーか」

「とにかく、僕は午後の仕事があるので、これで失礼するよ」


 シロコロフを手で押し退けた一郎は、もう二度と冒険者の真似事をやめて、クエストを引き受けないと心に誓った。


「待ってください」

「まだ、何か?」

「あなたの事情は解りました。だけど、あなたが勇者トウヤの弟子なら、ぜひ彼を紹介して頂けませんか? 私たちは、どうしても奴隷商の元締めを捕まえたいのです」


 シロコロフも上目遣いで一郎を見ていれば、タマミたちには、何かしらの引くに引けない事情でもあるのか、奴隷商の捕縛に熱を上げているように思えた。


「トウヤさんとは明日、僕の休憩を利用して町の外でピクニックする予定がある。トウヤさんには、そこでタマミの話しておくよ。勇者様は、きっと快諾してくれるだろう」

「ありがとうございます!」


 一郎は『どういたしまして』と、深夜アニメが大好きで美少女好きのトウヤなら、可愛らしい獣人の願いを安請け合いすると考えて、面倒事を押し付けようとしている。


「一郎くんッ、今日はピクニック日和だね!」

「トウヤさん、今日は一段と張り切ってますね」

「まーね! 君の知り合いの女の子が、飛び入り参加したいというので連れてきた」

「僕の知り合い?」

「ギャラリーが多いと気合いが入るぜ!」


 アリッサの家を訪れたトウヤは翌日、リャーナと一緒に、町で声を掛けられたというシロコロフとタマミもピクニックに連れてきた。

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