リア充爆発しろ
ミーアスティを連れたクラインが後日、捜索クエストの成功報酬として残金を支払いに、冒険者ギルド二階の会計窓口を訪れた。
「クラインさん、ミーアスティさんが戻られて良かったですね」
クラインからの入金を水晶で確認したカリアナが、仲睦まじい恋人に声を掛けると、クラインは照れ笑いで応えた。
ミーアスティはぎこちない笑顔だったが、それは両親の借金ばかりか、捜索クエストでも、クラインに頼る不甲斐なさを痛感しているだけで、けして彼を嫌ってない。
「クラインには、私なんかより良い人がいるのではないでしょうか?」
「ミーアスティより良い人なんて、世界中探したって見つからねえよ。なあイチローも、そう思うだろう?」
クラインはカウンター越しに、なぜか書類を整理していた一郎に問い掛ける。
「ミーアスティさんは、もっと自信を持って良いかと思いますよ」
「ほら、イチローさんも、ミーアスティが世界一の美人だと言っているじゃねえか」
「僕は、そこまで言ってないけど」
「でもイチローさん、私はクラインに負担ばかり掛けているわ。私と付き合っているせいで、お金で苦労させています」
ミーアスティもカウンター越しに、なぜか書類に目を通している一郎に問い掛けた。
「クラインさんは、ミーアスティさんを金で縛るつもりもないだろうし、恋人ごっこにウンザリしているなら、さっさと別れてしまえば良いかと思います」
「おいッ、イチロー! てめえ、なんてこと言いやがる!」
「私とクラインは、恋人ごっこじゃありません!」
クラインとミーアスティが、カウンターに身を乗り出して一郎に抗議する。
「では、結婚したら良いかと思います」
「「結婚!」」
クラインが獣人のミーアスティを借金の肩代わりに身請けしたというのは、一郎の穿った見方だったらしい。
一郎は整理した請求書の束を机で叩いて整えると、お互いを意識して顔を赤くするクラインとミーアスティの前に立った。
一郎はカリアナに渡す請求を、まるで陰陽師の護符のように顔の前で持つと、
「僕が望むのは恋人募集中の僕の前で、イチャイチャするバカップルの爆死、書類の束に命じるッ、リア充爆発しろ! エクスプロージョン!」
と、呪文を唱えるような仕草で、会計担当のカリアナの机に叩きつける。
一郎の剣幕に怯んだミーアスティは、身を固くしてクラインの腰に手を回して、抱き着いた。
「恋人のいない僕が、なんで惚気話に付き合わなかればならないのか? お二人が愛し合っているなら、お金の苦労なんてどーでもいい話ではないですか。冒険者ギルドのクエスト管理者は、恋愛相談係ではないのですよ。イチャイチャ、イチャイチャしてからに、こっちの身にもなってください」
「お、おう……なんか、すまなかった」
「イチローさん、ごめんなさい」
一郎は『お昼食べてきます』と、鼻息荒く階段を下りていった。
憤慨した一郎は、クラインとミーアスティが両想いなのに、煮え切らない態度なのが、癇に障っただけではない。
恋人の捜索クエストを依頼したクラインが、金でミーアスティを買った卑劣な男だと決めつけた、浅はかな自分にも嫌気が差していた。
「うちの新人が、失礼な態度で申し訳ございません。あとで、ちゃんと注意しておきます」
カリアナが頭を下げると、クラインに抱き着いていたミーアスティが首を横に振った。
「イチローさんに言われた通り、私が借金を気にして、なかなか最後の一歩が踏み出せずにいました」
「ミーアスティ?」
「クライン、私と結婚してくれませんか。借金を返済したら切出すつもりで、実入りの良い地下街の仕事を選んだけど、もう危険な地下街で働かないわ」
「金のことなら気にするなって、ミーアスティ、俺と結婚してくれ」
「クライン愛しているわ!」
「ミーアスティ愛してるぜ!」
抱き合う二人を見ていたカリアナも『リア充爆発しろ』と、会計窓口に『休憩中』の札を立てて、鼻息荒く階段を下りた。
※ ※ ※
一郎がギルド一階の酒場で、アリッサの作ってくれた弁当を食べていると、目の前の席にシロコロフとタマミが座った。
彼女たちは、ミーアスティ捜索クエスト中に奴隷商の罠にはまって、檻に閉じ込められていた冒険者である。
「僕はクエスト管理者なので、捜索クエストの成功報酬なら、二階のカリアナさんに請求してください」
奴隷商事件を解決したのはマジシャンズブラックこと一郎で、そもそもの計画では、クロコを呼び付けて自分の身代わりに、成功報酬を受け取らせる手筈だった。
しかし奴隷商のボスに雇われていた用心棒が、マジシャンズブラックを悪魔だと勘違いしたので、仕方無しにシロコロフとタマミに、手柄を譲って名乗り出なかったのである。
骨折り損のくたびれ儲け。
「シロちゃん、やっぱり違うんじゃないかしら?」
「タマにゃん、こいつで間違いないにゃん」
シロコロフとタマミは、鼻をひくつかせて一郎の前から動かない。
「まだ何か御用ですか?」
「私たち、あなたに聞きたいことがあります」
「事と次第によってにゃ、おみゃーを憲兵に引き渡すのにゃ」
「僕を憲兵に引き渡す?」
シロコロフは『そーにゃ』と、一郎の横に触り直すと、顔を近付けて匂いを嗅いでいる。
「私とシロちゃんは、失踪者の調査クエストを受注して、奴隷商のアジトから逃げた残党を追い掛けているのです」
「調査クエスト? ギルドは、そんなクエストを発注してませんよ」
「あたいらは、冒険者ギルドの捜索クエストだけじゃにゃーて、カーネル王国の調査クエストも受注していたにゃん。奴隷商が拉致していたおんにゃの子は、ミーアスティの他にもいたから、その背景を憲兵から内々に調査依頼されてんにゃ」
「ああ、フリーの冒険者は、ギルド以外からもクエストを受けられるのか……。で、なぜ僕が、事と次第によって憲兵に引き渡されるの?」
シロコロフは一郎の項を舐める。
「タマにゃん、やっぱりこいつはアジトに出入りしたにゃん。この匂い、汗の味、檻の中に残っていた残り香と完全一致したにょだ」
「あ、そういうことね」
「そういう事情なので、あなたが奴隷商のアジトにいた理由を、私たちに聞かせてくださいますね」
シロコロフとタマミは、冒険者ギルドのミーアスティ捜索クエストと同時に、憲兵隊からの失踪者調査クエストを請負っていた。
つまり彼女たちの調査クエストは現在も進行中であり、アジトに残された痕跡から、カーネル王国では違法の奴隷売買について調査している。
「僕は捜索クエストを買って出たけど、何の進展もないまま、君たちが女の子たちを解放したからね。奴隷商のアジトに出入りしたことはないし、何かの間違いじゃないかな」
「いいえ。魔力を剣技にも振分けている私はともかく、魔力18万全てを嗅覚に注ぎ込んでいるシロちゃんの鼻は、騙せないです。シロちゃんは、失せ物探しに特化した冒険者なのです」
「18万程度の嗅覚だから、きっと間違いもあるんじゃない?」
一郎が知っている魔力は、アリッサの魔力53万、トウヤに至っては魔力1億7千万なので、たかが魔力18万では、たいしたことがないと考えた。
「冒険者登録できる最低魔力が5万、現役冒険者だって魔力平均10万なのですよ? 嗅覚強化に魔力18万を使用しているシロちゃんの鼻が、間違っているはずがありません」
「魔力の数値って、そんなもんなんだ」
「ちなみに私の魔力は、平均値を遥かに上回る26万です。あなたが、どんなに高い魔力をお持ちか解りませんけれど、私たちはバカにされる魔力ではありま−−」
「僕の魔力ゼロです」
「魔力ゼロ……、そんな人間は、この世界に存在しま−−」
「この世界の人間ではないです」
タマミが肩を落とすと、シロコロフが代わって一郎に問い掛ける。
「そいつは変だにゃ、アジトの前には争った形跡があったにゃん。おみゃーさんが奴隷商の仲間じゃにゃーにゃら、あたいらを捕えた用心棒を追い払ったにょは、誰だったと言うのかにゃん?」
「だから僕は、そもそもアジトに行ってない」
「にょんにょん、それは嘘にゃ」
シロコロフは、人差し指を横に振った。
「あたいは失せ物探しのプロ、いわば探偵稼業で生活しているにゃん。あたいには、嘘が通用しないにゃいよ。おみゃーさんとは初対面なのに、あたいらが捜索クエストを受注していると、知っていたじゃにゃーですか。おみゃーさんが、奴隷商に捕まっていたあたいらと、何処で会ったにょか教えてくれにゃーか?」
「名古屋弁もどきのくせに、ツッコミどころが的を得ている」
「あたいはにゃ、おみゃーさんが奴隷商の仲間だと思わにゃい。あたいらを助けてくれたにょは、たぶんおみゃーさんだにゃん」
一郎は弁当の蓋を閉じると、鼻頭を指で掻いた。
彼は出会ったばかりの冒険者に、超能力のことを打ち明ける気になれないものの、思いの外賢いシロコロフを煙に巻く、上手い言い訳が見つからない。
「ああ、僕がアジトに踏み込んで、奴隷商から女の子たちを解放した。僕が奴隷商の雇った用心棒を追い払って、ミーアスティの首輪を外してやったよ」
両手を上げた一郎は、観念した様子で話し始めた。




