表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/57

リア充爆発しろ

 ミーアスティを連れたクラインが後日、捜索クエストの成功報酬として残金を支払いに、冒険者ギルド二階の会計窓口を訪れた。


「クラインさん、ミーアスティさんが戻られて良かったですね」


 クラインからの入金を水晶で確認したカリアナが、仲睦まじい恋人に声を掛けると、クラインは照れ笑いで応えた。

 ミーアスティはぎこちない笑顔だったが、それは両親の借金ばかりか、捜索クエストでも、クラインに頼る不甲斐なさを痛感しているだけで、けして彼を嫌ってない。


「クラインには、私なんかより良い人がいるのではないでしょうか?」

「ミーアスティより良い人なんて、世界中探したって見つからねえよ。なあイチローも、そう思うだろう?」


 クラインはカウンター越しに、なぜか書類を整理していた一郎に問い掛ける。


「ミーアスティさんは、もっと自信を持って良いかと思いますよ」

「ほら、イチローさんも、ミーアスティが世界一の美人だと言っているじゃねえか」

「僕は、そこまで言ってないけど」

「でもイチローさん、私はクラインに負担ばかり掛けているわ。私と付き合っているせいで、お金で苦労させています」


 ミーアスティもカウンター越しに、なぜか書類に目を通している一郎に問い掛けた。

 

「クラインさんは、ミーアスティさんを金で縛るつもりもないだろうし、恋人ごっこにウンザリしているなら、さっさと別れてしまえば良いかと思います」

「おいッ、イチロー! てめえ、なんてこと言いやがる!」

「私とクラインは、恋人ごっこじゃありません!」


 クラインとミーアスティが、カウンターに身を乗り出して一郎に抗議する。


「では、結婚したら良いかと思います」

「「結婚!」」


 クラインが獣人のミーアスティを借金の肩代わりに身請けしたというのは、一郎の穿った見方だったらしい。

 一郎は整理した請求書の束を机で叩いて整えると、お互いを意識して顔を赤くするクラインとミーアスティの前に立った。

 一郎はカリアナに渡す請求を、まるで陰陽師の護符のように顔の前で持つと、


「僕が望むのは恋人募集中の僕の前で、イチャイチャするバカップルの爆死、書類の束に命じるッ、リア充爆発しろ! エクスプロージョン!」


 と、呪文を唱えるような仕草で、会計担当のカリアナの机に叩きつける。

 一郎の剣幕に怯んだミーアスティは、身を固くしてクラインの腰に手を回して、抱き着いた。


「恋人のいない僕が、なんで惚気話に付き合わなかればならないのか? お二人が愛し合っているなら、お金の苦労なんてどーでもいい話ではないですか。冒険者ギルドのクエスト管理者は、恋愛相談係ではないのですよ。イチャイチャ、イチャイチャしてからに、こっちの身にもなってください」

「お、おう……なんか、すまなかった」

「イチローさん、ごめんなさい」


 一郎は『お昼食べてきます』と、鼻息荒く階段を下りていった。

 憤慨した一郎は、クラインとミーアスティが両想いなのに、煮え切らない態度なのが、癇に障っただけではない。

 恋人の捜索クエストを依頼したクラインが、金でミーアスティを買った卑劣な男だと決めつけた、浅はかな自分にも嫌気が差していた。


「うちの新人が、失礼な態度で申し訳ございません。あとで、ちゃんと注意しておきます」


 カリアナが頭を下げると、クラインに抱き着いていたミーアスティが首を横に振った。


「イチローさんに言われた通り、私が借金を気にして、なかなか最後の一歩が踏み出せずにいました」

「ミーアスティ?」

「クライン、私と結婚してくれませんか。借金を返済したら切出すつもりで、実入りの良い地下街の仕事を選んだけど、もう危険な地下街で働かないわ」

「金のことなら気にするなって、ミーアスティ、俺と結婚してくれ」

「クライン愛しているわ!」

「ミーアスティ愛してるぜ!」


 抱き合う二人を見ていたカリアナも『リア充爆発しろ』と、会計窓口に『休憩中』の札を立てて、鼻息荒く階段を下りた。


 ※ ※ ※


 一郎がギルド一階の酒場で、アリッサの作ってくれた弁当を食べていると、目の前の席にシロコロフとタマミが座った。

 彼女たちは、ミーアスティ捜索クエスト中に奴隷商の罠にはまって、檻に閉じ込められていた冒険者である。


「僕はクエスト管理者なので、捜索クエストの成功報酬なら、二階のカリアナさんに請求してください」


 奴隷商事件を解決したのはマジシャンズブラックこと一郎で、そもそもの計画では、クロコを呼び付けて自分の身代わりに、成功報酬を受け取らせる手筈だった。

 しかし奴隷商のボスに雇われていた用心棒が、マジシャンズブラックを悪魔だと勘違いしたので、仕方無しにシロコロフとタマミに、手柄を譲って名乗り出なかったのである。

 骨折り損のくたびれ儲け。


「シロちゃん、やっぱり違うんじゃないかしら?」

「タマにゃん、こいつで間違いないにゃん」


 シロコロフとタマミは、鼻をひくつかせて一郎の前から動かない。


「まだ何か御用ですか?」

「私たち、あなたに聞きたいことがあります」

「事と次第によってにゃ、おみゃーを憲兵に引き渡すのにゃ」

「僕を憲兵に引き渡す?」


 シロコロフは『そーにゃ』と、一郎の横に触り直すと、顔を近付けて匂いを嗅いでいる。


「私とシロちゃんは、失踪者の調査クエストを受注して、奴隷商のアジトから逃げた残党を追い掛けているのです」

「調査クエスト? ギルドは、そんなクエストを発注してませんよ」

「あたいらは、冒険者ギルドの捜索クエストだけじゃにゃーて、カーネル王国の調査クエストも受注していたにゃん。奴隷商が拉致していたおんにゃの子は、ミーアスティの他にもいたから、その背景を憲兵から内々に調査依頼されてんにゃ」

「ああ、フリーの冒険者は、ギルド以外からもクエストを受けられるのか……。で、なぜ僕が、事と次第によって憲兵に引き渡されるの?」


 シロコロフは一郎の項を舐める。


「タマにゃん、やっぱりこいつはアジトに出入りしたにゃん。この匂い、汗の味、檻の中に残っていた残り香と完全一致したにょだ」

「あ、そういうことね」

「そういう事情なので、あなたが奴隷商のアジトにいた理由を、私たちに聞かせてくださいますね」


 シロコロフとタマミは、冒険者ギルドのミーアスティ捜索クエストと同時に、憲兵隊からの失踪者調査クエストを請負っていた。

 つまり彼女たちの調査クエストは現在も進行中であり、アジトに残された痕跡から、カーネル王国では違法の奴隷売買について調査している。


「僕は捜索クエストを買って出たけど、何の進展もないまま、君たちが女の子たちを解放したからね。奴隷商のアジトに出入りしたことはないし、何かの間違いじゃないかな」

「いいえ。魔力を剣技にも振分けている私はともかく、魔力18万全てを嗅覚に注ぎ込んでいるシロちゃんの鼻は、騙せないです。シロちゃんは、失せ物探しに特化した冒険者なのです」

「18万程度の嗅覚だから、きっと間違いもあるんじゃない?」


 一郎が知っている魔力は、アリッサの魔力53万、トウヤに至っては魔力1億7千万なので、たかが魔力18万では、たいしたことがないと考えた。


「冒険者登録できる最低魔力が5万、現役冒険者だって魔力平均10万なのですよ? 嗅覚強化に魔力18万を使用しているシロちゃんの鼻が、間違っているはずがありません」

「魔力の数値って、そんなもんなんだ」

「ちなみに私の魔力は、平均値を遥かに上回る26万です。あなたが、どんなに高い魔力をお持ちか解りませんけれど、私たちはバカにされる魔力ではありま−−」

「僕の魔力ゼロです」

「魔力ゼロ……、そんな人間は、この世界に存在しま−−」

「この世界の人間ではないです」


 タマミが肩を落とすと、シロコロフが代わって一郎に問い掛ける。


「そいつは変だにゃ、アジトの前には争った形跡があったにゃん。おみゃーさんが奴隷商の仲間じゃにゃーにゃら、あたいらを捕えた用心棒を追い払ったにょは、誰だったと言うのかにゃん?」

「だから僕は、そもそもアジトに行ってない」

「にょんにょん、それは嘘にゃ」


 シロコロフは、人差し指を横に振った。


「あたいは失せ物探しのプロ、いわば探偵稼業で生活しているにゃん。あたいには、嘘が通用しないにゃいよ。おみゃーさんとは初対面なのに、あたいらが捜索クエストを受注していると、知っていたじゃにゃーですか。おみゃーさんが、奴隷商に捕まっていたあたいらと、何処で会ったにょか教えてくれにゃーか?」

「名古屋弁もどきのくせに、ツッコミどころが的を得ている」

「あたいはにゃ、おみゃーさんが奴隷商の仲間だと思わにゃい。あたいらを助けてくれたにょは、たぶんおみゃーさんだにゃん」


 一郎は弁当の蓋を閉じると、鼻頭を指で掻いた。

 彼は出会ったばかりの冒険者に、超能力のことを打ち明ける気になれないものの、思いの外賢いシロコロフを煙に巻く、上手い言い訳が見つからない。


「ああ、僕がアジトに踏み込んで、奴隷商から女の子たちを解放した。僕が奴隷商の雇った用心棒を追い払って、ミーアスティの首輪を外してやったよ」


 両手を上げた一郎は、観念した様子で話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ