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もふもふ天国に潜入

 もふもふ天国の呼び込みの男は、学ランを着た一郎を見ても、入店を拒むことがなかった。

 やはりカーネル王国には、飲酒の年齢制限がないらしい。

 呼び込みの男は、一郎を薄暗い店内に案内すると、前金として3万MCHを支払うように言った。


「前金の3万MTHは、入店料金とワンドリンク代、注文と女の子の指名がなければ、追加料金なしで60分間、席の女の子をお触り放題です。お兄さんは、この店が初めてみたいだけど、女の子を指名しますか?」


 一郎が前金を支払うと、店内のカウンターで簡単な説明があり、女の子の指名を聞かれる。

 この世界には写真がなければ、初来店の一郎が指名する女の子がいなかった。


「そうだな……。ここに茶トラの髪色をしたネコ科の女の子がいると聞いているんだけど、名前は解らないが指名したい」

「お客さんのご指名が、茶トラの猫娘ならアイスティちゃんかな?」

「いるのか?」

「アイスティちゃんは先月、恋人が店に押し掛けてきて退店させられたよ。彼女は本物の獣人で、うちの指名ナンバー1の稼ぎ頭だったのに、まったく迷惑な話しさ」


 一郎がサイコメトリーで見たクラインは、彼に黙って店で働いていたミーアスティを、強引に連れ帰ったらしい。

 クラインが店を訪れた理由は、両親の借金を肩代わりした彼に、内緒で働いていた恋人を連れ出したとすると、捜索クエストを依頼したクラインは、本気でミーアスティの恋人気取りなのだろう。


「クラインは、彼女の失踪に関わってなさそうだ」

「お兄さん、獣人が好きなら、色白で巨乳のミルクちゃんなんてどうだい?」

「ミルクちゃんは、どんな獣人なんだよ」

「牛の獣人です」

「巨乳の牛をお触りするなんて、この手の店初心者の僕には、ハードプレイ過ぎる。出来れば、ネコ科の獣人が良いんだけど」


 ネコ科の獣人を指名した一郎は、同じ店で働く同族の女の子なら、ミーアスティの話を聞けると考えている。


「それがアイスティちゃんが辞めちゃって、猫娘の在籍はゼロなんですよ。少数種族の中でも猫娘は、数が少なくて希少ですからね」

「そうなんだ……。では店の古株を指名します」

「はい。では指名料金2万MCH頂きます」


 一郎がカードを石版に置くと、カードに浮かび上がる残高から2万MCHが、店側の水晶に移動した。

 カウンターから出てきた男が、一郎を座席に案内して5分が経過した頃、猫耳のカチューシャを付けた婆さんが、グラス片手に彼の隣に座る。


「どうもデガラシです。お客さん、まだ若いのに、おばさんを指名するなんて、どんなサービスを期待しているのじゃよ」

「おばさん? おばあさんの聞き間違いかな……、おばさん!?」


 一郎は、還暦を超えているだろう、しわくちゃのデガラシを二度見した。

 白髪頭のデガラシは、猫耳のカチューシャ、露出の激しいバニースーツ、年甲斐もなく格好だけは一人前だが、化粧で隠しきれない顔のほうれい線、露出した肌に貼られたサロンパス。

 ミーアスティの話を聞くために一郎は、古参の女の子を指名したが、お婆さん(古い女の子)を指名したわけではない。


「お客さん、ワシの孫……息子にそっくりじゃ」

「デガラシさん、いま息子に言い直しましたよね? デガラシは、名実ともにお婆ちゃんですよね?」

「チェンジするのか? でも二人目の指名は、料金2倍の4万MTHだぞ」

「上手いシステムだな!」

「お客さん、どうするの?」


 一郎は『ノーチェンジで』と、お触りが目的ではないので、話を聞くだけなら、煙草に火を付けたデガラシで構わないのだ。


「アイスティ? ああ、お客のお目当ては、茶髪の猫娘だったのかい。アイスティは頭を撫でられると、喉が鳴るのが人気でね。彼女は気立ての良い子だったから、太い客も大勢いたよ」

「太い客?」

「太い客は、金払いの良い常連さんのことさ。店名で来店した客にとっては、アイスティが唯一の長毛種の獣人だったし、ミルクは獣人だけど、牛をお触りしてもお乳が出るだけで、もふもふせんじゃろう?」

「ミルクさんは、お乳が出るんですね」

「ワシにも本物の猫耳がありゃ、若い子に負けんがのう。こう見えても、お乳で三人の息子に育てあげたんじゃ、今でも、お乳くらい出せるかもしれん……、試してみるか?」

「そんなチャレンジ精神は、生憎と持ち合わせておりません。デガラシさん、お乳を仕舞ってください」

「若いんだから、無理せんでも良いんじゃよ?」

「デガラシさんこそ、無理しないでください」


 バニースーツの胸元を引き上げたデガラシは『一杯もらっても?』と、一郎に酒をねだるので、彼が了承する。

 デガラシの注文で運ばれてきたボトルにには、『養命酒(養う命の酒)』と書かれていた。

 養命酒を一口飲んだデガラシは、ウトウトと居眠りを始める。


「う〜ん、歳のせいか飲むと眠くなるわい」


 デガラシが膝枕で横になったので、婆さんの相手が面倒臭くなった一郎は、子供を寝かし付けるように、背中をポンポンと叩いた。


「アイスティの太い客には、背が低くて小太りの男がいませんでしたか?」

「地下街のドワーフは、みんなチビで小太りだわ」

「ツルツルにハゲたドワーフは?」

「ああ……、それなら地下街のボスだ……ロックイート一家のボスは……アイスティの常連客さ」


 デガラシが寝落ちしたとき、一郎が入店して30分後、手筈通り冒険者のふりをしたクロコが入ってくる。

 クロコは薄暗い店内を見渡して、女の子を膝枕して撫でている一郎を見つけて、毛を逆立てて驚いた。


「店の娘をもふもふしているなんて、お兄様も、やっぱり男の子だったのですね」

【僕のことは後で説明するから、さっさと店のスタッフに聞き込みしろ】

「お、テレパシー?」


 一郎に目配せされたクロコは、呼び込みの男と、カウンター越しに接客担当のスタッフの聞き込みを開始した。

 ちなみに一郎は、テレパシーでクロコに一方的に呼び掛けたものの、信条に従って彼女の心は読んでいない。

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