ドワーフの作った歓楽街
一郎は翌日、仕事を終えてクロコのテーラーに駆けつけると、冒険者に化けるために彼女は、腰に短剣を差したカウガール風の服装に着替えていた。
「どうですか、お兄様。あたいの格好は、どこから見ても冒険者ではありませんか」
「うん。その服装なら、クロコを冒険者だと疑わないだろうね」
「じつは見た目重視ですが、せっかくなので、魔力伝導率の高い素材を使用して作りました。あたいのテーラーでは今後、冒険者向けの衣類も、注文を受けようと考えています。この服は、その試作品です」
「冒険者向けの衣類って、縫製師は鎧とかも作れるのか?」
「金属製の防具は、鍛冶屋の仕事ですが、皮の鎧や魔法使いのローブなら作れます。お兄様は、冒険者ギルドのクエスト管理者なので、お客様をい〜っぱい、ご紹介頂けるのではありませんか♪」
一郎は『確かに紹介できるだろうね』と、揉み手で近付いてきたクロコに相槌を打った。
「今日は、ミーアスティの働いていた『もふもふ天国』を調べたいんだが、犯人の狙いがネコ科の女子なら、人族の僕が捜索クエストを受けても、地下に潜ってしまうかもしれない。だから表向きは、クロコがフリーの冒険者として、店の関係者を聞き込んで、捜索クエストを請負ったと思わせる」
「やっぱり、あたいは囮なんですね」
「クロコに異変があれば、躊躇なく超能力を使用して安全を確保する」
「あたいは、お兄様を信頼しています。だからクエストに成功したら、お客様のご紹介よろしくお願いしますよ」
「わかってる」
クロコは一郎を店の裏口に案内すると、ドアの向こうには、さらに下に続く階段があり、そこを下りると、ドワーフが非合法に作った地下街に出た。
彼女は地下のテナント同士を繋いだトンネルだと言っていたが、しっかりした坑木が高い天井を支えており、地面には石畳が敷かれている。
日の当たらない地下街には、坑木に吊るされたオレンジ色の街灯と、色取り取りに輝く店の看板があり、まさに不夜城の歓楽街と言った様相だった。
「地下街は、歌舞伎町に似ている」
一郎は行き交う人の多さと、長い一本道の突き当りに掲げられたアーチ看板を見て、新宿歌舞伎町の町並みと重ねている。
「お兄様、もふもふ天国は、この先の道を真っ直ぐです」
地下街のメイン通りには、垂直に交わる交差点が四つあり、クロコが指差した横道を曲がれば、目的地の『おさわりパブ♡もふもふ天国』の立て看板と、店の前で呼び込みをしている男がいた。
クロコは、カーネル王国に娼婦館のような風俗店がないと言うので、地下街にある店舗は、せいぜい女の子が隣りに座って、男性を接客する酒場なのだろう。
一郎のサイコメトリーでも、もふもふ天国は、女子の頭を撫ででしながら、酒を飲ませる酒場だった。
「未成年飲酒は御法度だけど、ここは異世界だし、アリッサやエリアロスが、たまにギルドの酒場で飲んでいるんだから、飲酒に年齢制限がないのだろう。それにおさわり目的で、酒の飲めない客だって利用しないとも限らない」
いかがわしい店を前にした一郎は、自分に言い聞かせている。
聞き込みはクロコの役目なので、彼が店内に潜入しなくても、外から透視やテレパシーを使えば済むのだが、集中して同時に使える超能力は一度に一つ、透視を使えばテレパシーが疎かになり、テレパシーを使えば店内の様子が解らなかった。
「お兄様、怯んでいますか?」
「僕は高校生だからね、この手の店に出入りしたことがないんだ」
「あたいだけ入店して、聞き込みしてきますよ。お兄様のテレパシーは、離れていても使えるのです」
「いいや、店内で何かあれば対処が遅れる。前任者が消息を絶ったのが、もふもふ天国の可能性だってゼロじゃない」
「お兄様は、あたいの安全を考えてくれているのですね」
「クロコを巻き込んだのは、僕だから気にするな」
一郎は『まあ、どうにかなるだろう』と、意を決して店の前に立った。